高耶さんは17歳


第14話  ニートとオレ 

 
         
 

3学期も終盤に入ってホームルームでプリントが配られた。

「今回のプリントは3年生になってからのクラス替えのための進路希望票です。皆さんもご存知だとは思いますが我が校では3年生で進路別のクラスになります。就職希望か進学希望でクラス替えをしますから、ご家族とよく話し合って書き込んでくださいね」

直江が……じゃなくて、橘先生が最前列のやつらにプリントを配る。そこから流れてオレの元にも。
前に直江にも話したんだけど、オレは就職希望だ。直江の奥さんに就職すんの。永久就職ってやつだ。

だけどそんなこと言ってられない心境にオレは陥ってしまうのであった!

 

 

帰ってから買い物をして、夕飯の支度の時間になるまでテレビを見てた。
5時からのニュースを煎餅ポリポリかじりながら見てたら、今日の特集が始まった。

『今日の特集は、働かずに家にいる若者、ニートの実態に迫ります』

美人ニュースキャスターがそう言って、映像が流れ出した。
テレビの中には顔にボカシを入れた若者、男性28歳がいた。こいつがニートだ。
そいつが言うことにはこうだ。

『だってさ〜、働くつってもしたい仕事なんかないし、あっても無理だし』

投げやりな感じのニートにインタビュアーが質問を始めた。

『じゃあ将来とかに不安はある?』
『あるけど〜。だからって今すぐ働きたいとは思えないんだよね〜』

そんな暖簾に腕押し的な問答が続いて、ニートの親が登場だ。親は甘やかし気味な感じがした。
でもお父さんの方はどうにかして息子を働かせたいらしく、自分の働く会社に縁故入社でもいいから、と言っていた。

そんで最後にニートは毎日の日課の(本人は仕事だって言ってたけど)パチスロに出かけて行った。
更生する気はなさそうだ、っていうナレーションで終わった。

「28歳にもなってこれじゃ親も苦労するよな〜……あ、直江と同い年じゃん、今のやつ」

かたやダラダラとニートを続ける28歳。かたやバリバリの教師をしてる28歳。
どう考えても、誰から見ても働く28歳の方がかっこいい。
良かった。直江が働き者の旦那さんで。もしニートなんかされたらオレたち夫婦、餓死だよ、餓死!

そこでオレは直江がニートになった姿を想像した。
貯金を使い果たして家も売り払って貧乏ぐらし?やだー!!
そんな時はオレが働くのか!そんな旦那さんやだな〜!!

でもまあ直江は働き者だし、オレを幸せにするためならどんなにきつい仕事だってするだろう。
そんでオレは直江のために専業主婦。
…………専業主婦…………?

今、気が付いた!!
オレは高校卒業と同時に専業主婦。
こう言えば聞こえはいいけど、ご近所さんから見たらオレはニートってことになるんだ!!
従兄弟のお兄ちゃんに世話になってるニート・仰木高耶!!いやさ橘高耶!!ええい、どっちでもいい!!
だけどニートになるのは勘弁だ!!

 

 

「やっぱ進学希望で」
「はい?」
「今日のプリント。進学希望にしたから」
「大学受験するんですか?」
「そう」

プリントには進学希望のとこに丸がつけてある。希望大学は書いてないけど、そんなのはこれから決めればいいんだ!

「まあ、やってやれないことはありませんが。今の成績だったら無理ですよ?」
「う、それは……がんばる」
「平均点をあと15点上げればそこそこの大学には入れます。でも10点以下だったら無理でしょうねぇ……」

2学期の期末テストで平均点を10点上げたのに、まだまだ上げなきゃいけないわけ?!
神様!!もしいるならオレに頭脳をくれ!!

「それでも進学すんの!」
「大学じゃなくて専門学校でもいいんですよ?」
「大学なの!」

なんでかってゆーと、進学しても何して働きたいとかないから。それがなきゃ専門学校には入れないじゃん?
大学なら行ってるうちに何か見つかるかもしれないし?

「学科は?」
「学科?……考えてない」
「じゃあ何になりたいとかないんですか?」
「ない」

直江は大きな溜息をついた。

「あ、だったら学校の先生になる!そんで直江と同じ学校で働くの。どう?」
「……嬉しい限りですが……ちょっと高耶さんには無理なような気が……」

ムカムカムカ。
どうしてそこで無理って決め付けちゃってるわけ?!

「決めた!オレは学校の先生になる!直江と同じ高校教諭になるんだ!」
「本気ですか?!」
「本気だ!!そーゆーわけだから今日から家庭教師やれ!!」
「……もうちょっとよく考えましょうよ……」
「ダメ!」

オレの進路が決まったぞ!直江と一緒に学校で働く!コレに決定!!

「高耶さん、まずはご両親にも相談しないと。あなたの進路を私が決めることは出来ないんですよ。まだ高校生のうちはご両親の判断を仰ぐっていう約束になってるんですから」
「え〜。そうなの?」
「だから明日、一緒にご実家に帰って決めましょう」
「……うーい」

ちくしょう。直江のやつ、絶対にオレじゃ無理だって思ってるんだ。
だから親に相談しようなんて言ってるんだよな。あの両親じゃ「おまえの頭じゃな〜」とか言うもん。

 

 

「大学?嘘だろ?高耶」
「マジだ!」

翌日、オレと直江は揃って実家へ行った。夕飯を食べながら進学の話をしてみたら、案の定、父さんも母さんも美弥も驚いてた。

「おまえの脳ミソじゃ大学受験すら無理なんじゃないか?」
「大学は誰だって受けられるの!高卒程度の資格さえあれば!」
「……義明くんはどう思う?」
「はあ……まず合格は無理ではないかと……」
「なんだと〜!!」

父さんと直江の会話に腹が立って怒鳴ったら、美弥と母さんはオレから目をそらしてヒソヒソやった。

「くそー!どいつもこいつもー!」
「いいじゃない、結婚したんだから大学なんか行かなくても」
「母さん!オレがニート呼ばわりされてもいいのか?!直江も!」

なんでみんなオレの危機なのに関心が薄いんだろう?

「ニートじゃないでしょ?立派な専業主婦でしょ?お母さんと同じなんだからいいじゃない」
「いくら嫁だからって男だぞ、オレは!」
「実際にニートになるわけじゃないからいいとは思いますよ?だけど大学は……専門学校なら……」
「そこなんだ、高耶。わかるだろ?」

オレがバカだってことか〜!!くっそー!頑張ってもダメってこと言いたいわけか〜!!

「別に俺はおまえの進学について、あ〜金がかかるな〜とか、また面倒なことが増えるな〜とか、せっかく嫁に出したのにまだ実家の世話になるつもりなのか〜とか、そういうことを考えてるわけじゃないんだ」
「考えてるじゃん!」

ソレもあったのかよ!お嫁に行った息子なんかどうだっていいってか?

「そうねぇ。高耶の進学費用をお父さんとの旅行につぎ込むつもりだったのに、とか、家をリフォームできるわ、とか、考えてなんかいないのよ?」
「だから考えてるじゃんってば!」

父さんだけじゃなく母さんまでも!

「美弥にパソコン買ってくれるってお父さんが言ったとか、そーゆーのもないからね。お兄ちゃん」
「……美弥まで……」

もう怒ってるのがバカらしくなってきた……。

「就職希望でいいじゃないですか、高耶さん」
「そうだな。すでに義明くんの嫁に就職してるんだしな」
「いいわよ、専業主婦は」
「羨ましい〜、お兄ちゃ〜ん」
「……ぶー」

そんなわけでオレの大学進学希望はたった1日で崩れ去った。
家族も家族だけど旦那さんも旦那さんだ。そう思わねえ?

 

 

ぶーたれたオレは家に帰って直江に文句ばっかり言ってた。だけどさすが先生。聞き分けのない生徒の扱いには慣れてるもんだからケーキだのチョコだのクッキーだのと出してきて、オレの機嫌を取った。

「どうしてそんなにニートにこだわるんですか?」
「だって……直江はしっかり働いてるのに、オレは一日中家の中なんて。近所の人にどう思われるかわかんないもん。外出るのも恥ずかしくなったらどうすんの?」
「そんなことですか……いいじゃないですか。家で出来る仕事をしてるんですから。家事こなすのって大変なんでしょう?」

確かに家事は大変だけどさあ……。ニートだって思われるの嫌なんだよな。かっこ悪かったもん、あのテレビのニート。
それを言ったら直江は笑ってこう答えた。

「それは何もやっていない人間だからそう見えるんです。あなたはちゃんと家事やってるじゃないですか。高校生が主婦だなんて難しいことしてるんですよ?卒業したって家のことやってればニートみたいなだらしなさは外見に出ませんから、本当に大丈夫ですよ。それでも心配だったら何かやりたいこと見つけて勉強したらいいですよ。ね?……ところで高耶さん?」
「ん?」
「今までなりたいものって何がありました?」

今まで?小さい頃になりたかったものとか?

「小学生の時は探検家と、動物園の飼育係。中学生になってからは刑事と探偵とヘリコプターのパイロット」
「最近では?」

最近?一年前とか?だったら……。

「直江の奥さんになりたかった」

だよな。オレは直江の奥さんになりたくてなったんだ。
結婚してからずっと直江の奥さんをやってきて、大変だなって思うことはあっても楽しかったし、ずっと続けて行きたいと思ってるし、直江の奥さんになれるのはオレだけだって思うと幸せだし。
てことはニートじゃないってことか?

直江は優しい笑顔でオレをキュウっと抱きしめた。

「高耶さんの就職はもうすでに決定してるんですよ」
「そうだよな。大学とか専門学校とかより、直江のいい奥さんになるのがオレの進路かも。な?」
「それが私にとっても最高の就職先だと思いますよ?」
「んじゃもっといい奥さんになる」
「ええ。お願いします」

決定。オレは直江の「いい奥さん」になる!!

 

それから数日して譲が進学コースを希望してるってのを知った。
学校帰りにマックに寄ってシェイクを飲みながら話した。

「高耶は就職希望なんだ?じゃあ3年生はクラスが違っちゃうね」
「あ、そっか。まあ仕方ないな」
「橘先生とも相談した結果なんだろ?まあ先生のことだから高耶の担任になれる可能性がなくなるのを承知で言ったんだろうね。あ〜あ、すっごい悔しがってそう」

は?今なんとおっしゃいました、譲さん。

「担任の可能性って?」
「え?知らないの?3年になると受験科目の先生は進学クラスの担任で、就職クラスの担任は体育や家庭科なんかの受験科目にはない学科の先生がなるんだよ?」
「じゃあ……直江がオレの担任になる可能性は……」
「ゼロだね」

がーん!!3年生になっても直江が担任だったらいいな〜って思ってたオレの立場は?!

「しかも就職クラスは歴史と数学の授業はなくなるよ。情報処理とか政治経済の授業に替わるんだ」
「えええええー!!!」
「知らなかったの?」
「知らなかったー!じゃあじゃあ、直江と学校での接点は……」
「まったくないね」

そんなぁぁぁぁ。オレの一番の楽しみの直江の授業がなくなるのか?!
それより何より直江が女教師や女生徒に誘惑されないか心配で胃に穴が開くかも!!
ニートどころの騒ぎじゃないじゃん!こうしちゃいられん!!

「譲!いい案を考えてくれ!」
「何の?」
「直江をうまく丸め込む案だ!」

夕飯を作る時間になるまで譲と悪知恵を出し合った。

 

 

「やっぱ進学希望で」
「はあ?」

直江が帰ってきてすぐにプリントを渡した。

「私の奥さんが就職先じゃないんですか?」
「深刻な問題が起きたんだ。ニートなんかよりもっと深刻な」
「……な、なんでしょうか……それは……」

ものすごく真剣な顔で直江が聞いてきた。
オレにとっては学校が天国になるか地獄になるかの大問題だ。
だとしたら選ぶのはもちろん天国になる方に決まってる!

ここで登場するのがさっきまで譲と考えてた悪知恵だ。さすがクラスのエース譲。悪知恵もバッチリだった。

「実は……最近ちょっとモテてるんだ」
「は?!」

嘘だ。全然モテてなんかない。これが譲の考案した作戦。

「この前もコクられた」
「誰にですか!」
「それは言えない。相手のプライバシーもあるからな」
「……それで?」
「就職クラスになると校内で直江の目がオレから完璧に外れるだろ?どうなると思う?」

直江は眉間にシワを寄せて考え込んだ。

「高耶さんに言い寄ってくる愚か者が増えます……」
「そうゆうこと。直江がそれでもいいなら就職希望にするけど」

いいなんて言うわけがないんだよな、この嫉妬深い旦那さんがさ。

「……進学希望にしなさい。来年もどうにかあなたの担任になれるように工作しなくては」

ぃやったー!!大成功!!

「あなたを女生徒の誘惑から守りますからね!」
「うんっ!」

こうして直江を唯一嫉妬させることができるオレと、橘学級のエース・譲の作戦は成功した。
来年も直江のクラスだったらいいな〜。
どうにかうまいこと裏工作でも何でもして担任になってくれよ?橘先生♪

 

 

END

 

 
   

あとがき

実は高耶さん、本当は
モテてるんですが、本人が
気が付かないだけです。
ああこれで3年生になっても
直江が担任になってくれるんだ〜。
良かった良かった。

   
         
       
         
   
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