高耶さんは17歳 |
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3学期も終盤に入ってホームルームでプリントが配られた。 「今回のプリントは3年生になってからのクラス替えのための進路希望票です。皆さんもご存知だとは思いますが我が校では3年生で進路別のクラスになります。就職希望か進学希望でクラス替えをしますから、ご家族とよく話し合って書き込んでくださいね」 直江が……じゃなくて、橘先生が最前列のやつらにプリントを配る。そこから流れてオレの元にも。 だけどそんなこと言ってられない心境にオレは陥ってしまうのであった!
帰ってから買い物をして、夕飯の支度の時間になるまでテレビを見てた。 『今日の特集は、働かずに家にいる若者、ニートの実態に迫ります』 美人ニュースキャスターがそう言って、映像が流れ出した。 『だってさ〜、働くつってもしたい仕事なんかないし、あっても無理だし』 投げやりな感じのニートにインタビュアーが質問を始めた。 『じゃあ将来とかに不安はある?』 そんな暖簾に腕押し的な問答が続いて、ニートの親が登場だ。親は甘やかし気味な感じがした。 そんで最後にニートは毎日の日課の(本人は仕事だって言ってたけど)パチスロに出かけて行った。 「28歳にもなってこれじゃ親も苦労するよな〜……あ、直江と同い年じゃん、今のやつ」 かたやダラダラとニートを続ける28歳。かたやバリバリの教師をしてる28歳。 そこでオレは直江がニートになった姿を想像した。 でもまあ直江は働き者だし、オレを幸せにするためならどんなにきつい仕事だってするだろう。 今、気が付いた!!
「やっぱ進学希望で」 プリントには進学希望のとこに丸がつけてある。希望大学は書いてないけど、そんなのはこれから決めればいいんだ! 「まあ、やってやれないことはありませんが。今の成績だったら無理ですよ?」 2学期の期末テストで平均点を10点上げたのに、まだまだ上げなきゃいけないわけ?! 「それでも進学すんの!」 なんでかってゆーと、進学しても何して働きたいとかないから。それがなきゃ専門学校には入れないじゃん? 「学科は?」 直江は大きな溜息をついた。 「あ、だったら学校の先生になる!そんで直江と同じ学校で働くの。どう?」 ムカムカムカ。 「決めた!オレは学校の先生になる!直江と同じ高校教諭になるんだ!」 オレの進路が決まったぞ!直江と一緒に学校で働く!コレに決定!! 「高耶さん、まずはご両親にも相談しないと。あなたの進路を私が決めることは出来ないんですよ。まだ高校生のうちはご両親の判断を仰ぐっていう約束になってるんですから」 ちくしょう。直江のやつ、絶対にオレじゃ無理だって思ってるんだ。
「大学?嘘だろ?高耶」 翌日、オレと直江は揃って実家へ行った。夕飯を食べながら進学の話をしてみたら、案の定、父さんも母さんも美弥も驚いてた。 「おまえの脳ミソじゃ大学受験すら無理なんじゃないか?」 父さんと直江の会話に腹が立って怒鳴ったら、美弥と母さんはオレから目をそらしてヒソヒソやった。 「くそー!どいつもこいつもー!」 なんでみんなオレの危機なのに関心が薄いんだろう? 「ニートじゃないでしょ?立派な専業主婦でしょ?お母さんと同じなんだからいいじゃない」 オレがバカだってことか〜!!くっそー!頑張ってもダメってこと言いたいわけか〜!! 「別に俺はおまえの進学について、あ〜金がかかるな〜とか、また面倒なことが増えるな〜とか、せっかく嫁に出したのにまだ実家の世話になるつもりなのか〜とか、そういうことを考えてるわけじゃないんだ」 ソレもあったのかよ!お嫁に行った息子なんかどうだっていいってか? 「そうねぇ。高耶の進学費用をお父さんとの旅行につぎ込むつもりだったのに、とか、家をリフォームできるわ、とか、考えてなんかいないのよ?」 父さんだけじゃなく母さんまでも! 「美弥にパソコン買ってくれるってお父さんが言ったとか、そーゆーのもないからね。お兄ちゃん」 もう怒ってるのがバカらしくなってきた……。 「就職希望でいいじゃないですか、高耶さん」 そんなわけでオレの大学進学希望はたった1日で崩れ去った。
ぶーたれたオレは家に帰って直江に文句ばっかり言ってた。だけどさすが先生。聞き分けのない生徒の扱いには慣れてるもんだからケーキだのチョコだのクッキーだのと出してきて、オレの機嫌を取った。 「どうしてそんなにニートにこだわるんですか?」 確かに家事は大変だけどさあ……。ニートだって思われるの嫌なんだよな。かっこ悪かったもん、あのテレビのニート。 「それは何もやっていない人間だからそう見えるんです。あなたはちゃんと家事やってるじゃないですか。高校生が主婦だなんて難しいことしてるんですよ?卒業したって家のことやってればニートみたいなだらしなさは外見に出ませんから、本当に大丈夫ですよ。それでも心配だったら何かやりたいこと見つけて勉強したらいいですよ。ね?……ところで高耶さん?」 今まで?小さい頃になりたかったものとか? 「小学生の時は探検家と、動物園の飼育係。中学生になってからは刑事と探偵とヘリコプターのパイロット」 最近?一年前とか?だったら……。 「直江の奥さんになりたかった」 だよな。オレは直江の奥さんになりたくてなったんだ。 直江は優しい笑顔でオレをキュウっと抱きしめた。 「高耶さんの就職はもうすでに決定してるんですよ」 決定。オレは直江の「いい奥さん」になる!!
それから数日して譲が進学コースを希望してるってのを知った。 「高耶は就職希望なんだ?じゃあ3年生はクラスが違っちゃうね」 は?今なんとおっしゃいました、譲さん。 「担任の可能性って?」 がーん!!3年生になっても直江が担任だったらいいな〜って思ってたオレの立場は?! 「しかも就職クラスは歴史と数学の授業はなくなるよ。情報処理とか政治経済の授業に替わるんだ」 そんなぁぁぁぁ。オレの一番の楽しみの直江の授業がなくなるのか?! 「譲!いい案を考えてくれ!」 夕飯を作る時間になるまで譲と悪知恵を出し合った。
「やっぱ進学希望で」 直江が帰ってきてすぐにプリントを渡した。 「私の奥さんが就職先じゃないんですか?」 ものすごく真剣な顔で直江が聞いてきた。 ここで登場するのがさっきまで譲と考えてた悪知恵だ。さすがクラスのエース譲。悪知恵もバッチリだった。 「実は……最近ちょっとモテてるんだ」 嘘だ。全然モテてなんかない。これが譲の考案した作戦。 「この前もコクられた」 直江は眉間にシワを寄せて考え込んだ。 「高耶さんに言い寄ってくる愚か者が増えます……」 いいなんて言うわけがないんだよな、この嫉妬深い旦那さんがさ。 「……進学希望にしなさい。来年もどうにかあなたの担任になれるように工作しなくては」 ぃやったー!!大成功!! 「あなたを女生徒の誘惑から守りますからね!」 こうして直江を唯一嫉妬させることができるオレと、橘学級のエース・譲の作戦は成功した。
END
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あとがき |
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