高耶さんは17歳


第15話  ホワイトデーとオレ 

 
         
 

先月のバレンタインに直江は50個以上のチョコをもらって帰ってきた。
生徒だの教師だの、バスで乗り合わせるOLだの道ですれ違う女学生だの学校の目の前の喫茶店のウェイトレスだの商店街の店のオバちゃんだのコンビニの店員だのなんだのと!!!
50個も貰ってきやがった!!

そりゃ旦那さんがモテるのは誇らしい。
だけど!
貰いすぎだ!!
モテすぎだ!!

そんなわけで『高耶のホワイトデー作戦』は始まったのだった!
直江に言い寄る女ことごとくを抹殺してやる!!

 

 

ホワイトデーの約一週間前の日曜日。
オレは朝から直江においしい朝飯を作って、ベタベタ甘えて、サービスで大好き大好きって言ってやってた。

「どうしたんですか?」

どうもこうもオレには作戦があるのだ。それにはまずは直江に気分良くいてもらわないといけない。

「どうもしないよ。直江が好きで好きでどーしょもないだけ」
「そんなこと言って、何か欲しいものがあるんでしょう?」

う、するどい。
そう。今月のオレはもうすでに半分以上も小遣いを使っちまってピーピーだ。
だから買わなきゃいけないものに足りないから、直江に買ってもらおうとしてるんだな。

「なんですか?買ってあげますよ」
「んーと、じゃあ一緒に買い物いこ?」
「ええ、いいですよ。どこ?」
「ジャスコ」

ジャスコならオレが欲しいもの全部揃う。

「ジャスコ?」
「なんならダイエーでもいい」
「ダイエー?」
「そう、行こう」

さっそく直江の愛車ウィンダムでジャスコへゴーだ。

「ジャスコで買えるものが欲しいなんて珍しいですね。いつもはわざわざ原宿に服買いに行ったりしてるのに」
「今日はいいの。ジャスコで揃うの」

直江に何が欲しいのかって何度も聞かれたけど、教えてやらなかった。
買うときまでは内緒だ。だって反対されそうなんだもん。いざとなったら商品棚の前で駄々こねてやる!

ジャスコに着いてオレたちはさっそく食料品コーナーへ。
直江にカートを押させてとある棚の前に。

「これこれ〜。たくさんあるな〜。よしよし」
「え?!」

ドサドサとカートに放り込んだいくつもの袋は小麦粉だった。薄力粉も。

「どうするんです、こんなに」
「いいからいいから」

直江の頭の中は今頃????ってマークでいっぱいだろう。
でもまだ教えてやんねー。
それからグラニュー糖の袋いくつか、タマゴ数パック、牛乳数本、ココアも数袋、バターも数個。

「部活で使うんですか?」
「ノー!」
「いったい何を」
「だから内緒だってば〜」

それから行ったのは……。

「お菓子を作るんですか?」
「イエース!」

お菓子の用品コーナーだった。
クッキーの型と、オーブン用のクッキングペーパーと、その他もろもろ。

「お菓子を作るにしてもこんなにたくさん……いったい何人分作るんですか?部活じゃないんでしょう?」
「50人分だよ」
「……それはもしや……」

直江の顔色が少し変わって血の気が引いた。

「フ。いい勘してるじゃねーか。そうだ。オレがおまえのバレンタインのお返しを作るんだ」
「なぜ……?」
「なぜ?なぜならば!橘先生にはとっても愛する奥さんがいるってことを知らしめてやるんだ!」

ヨロッとなった直江は棚にぶつかってラッピング用の袋をいくつか落とした。
それを拾ってカートに入れて、リボンも入れて、万事OKだ。

「……本当に作るんですか?」
「当然」
「50人分も?」
「あたりき」
「……ふぅ……そうですか……」

なんだか諦めたみたいな旦那さんはカートの中のものを改めて見てから、オレの顔をまじまじと見た。
言いたいことが顔に書いてあった。
『無理じゃないですか?』と。

「無理じゃねえ。絶対作る。作るったら作る」
「何も言ってませんよ」
「すっげーうまいクッキー作ってオレの旦那様を狙う愚か者どもを抹殺してやる!」
「……お願いします……」

よし!直江の了解も得たことだ!
頑張って作るぞ、クッキー50人分!!

 

 

とりあえず、家に帰ってからすぐに練習してみた。
生地をプレーンとココアの2種類作って寝かせてから焼く。簡単じゃねーか。さすがオレ。料理部。
オヤツのつもりで焼き立てを直江に食わせた。

「おいしい?」
「……ええ、とても……まさかこんなに上手く出来るとは思ってませんでした」

そーだろ、そーだろ!

「なあ、これなら誰に渡しても恥ずかしくないかな?」
「そうですね。大丈夫ですよ。でも」
「でも?」
「なんでもありません。あなたのクッキーを誰かに食べさせるなんてもったいないかな、と思っただけです」
「えへへ〜」

直江はニッコリ笑ってオレの頭を撫でた。

「高耶さん、このクッキーでオヤツにしましょうか。コーヒー作ってくださいな」
「うん!」

オレが慎重にコーヒーを作ってる間、直江は書斎でやることがあるから済ませるつって出て行った。コーヒーを作ってリビングのテーブルに置いたら、電話台の上にあった親機のランプが赤く光ってた。
てことは、直江が書斎で子機を使ってるってことだ。

「なんだろ……?」

だけど待っても待っても直江は来ない。
仕方がないから書斎に持って行ってやろうと思ってお盆にクッキーとコーヒーを乗せて持って行った。
そしたら。

「そうですか……やっぱりキャンセル出来ませんか……」

直江が誰かと喋ってるのがドア越しに聞こえた。
子機を使って電話中なんだっけな。

「いえ、そういうことではなく……高耶さんが」

何?オレが?

「それで困ってるんですよ。正直に?そんなこと正直に言ったら怒られます。やはりコッソリやるしか……」

コッソリ何するんだ!誰とコッソリ話してるんだ!

「バレたら怖いですから学校に持ってきてもらえますかね?すいません、お願いします」

こ、こ、怖いって、オレが?!
なんでオレが怒ったりするんだ?!怒られるようなこと直江がしてんのか?!

「直江っ!」
「うわ、高耶さん!!」

驚いた直江は子機の通話ボタンを慌てて切って、おでこに汗を浮かべて誤魔化し笑いをした。
そこにズンズン歩み寄って机にお盆をガチャンと置いて直江に向き直った。

「何がコッソリなんだ!オレに何を隠してるんだ!夫婦なんだから隠し事はなしだぞ!」
「そ、そんなこと話してませんよ!」
「嘘だ!話してた!オレに怒られるって何するつもりだ〜!」

アワアワしながら直江は違うんです、そうじゃないんです、聞いてくださいってオレの肩を揺さぶった。

「……言え」
「……大変申し訳ないんですが……ホワイトデーのお返しは兄の知り合いに注文してしまったんです」
「へ?!」
「ハーブティーとクッキーのセットを……」

くくくく、くっきいだ〜?!

「でもあの高耶さん!それは生徒へのお返しには含まれてませんから!生徒の分は返さないことにしたんで、その分のクッキーを作ってもらえれば!」
「……じゃあ生徒以外の22人分はそっちを渡すってことなのか……?」

オレはバレンタインのチョコの数を数えておいた。言っておくけどいじめようとか、嫌がらせしようとかじゃなくて、奥さんとして旦那さんのお返しのことを考えてだ。
性格には54人だった。生徒が32人。その他22人。合計54人。そこには美弥と母さんは含まれない。

「その22人には奥さんお手製のクッキーは渡らないってことか……さては生徒以外の女には奥さんはいませんよってアピールするつもりなんだな……」
「まさか!」
「じゃあオレのクッキーを渡せばいいだろう。そのハーブティーのセットと一緒に、さ。それで何か不都合あんのか?」
「あ……ありません……」

直江は優しい旦那さんなんだけど、ちょっとムカつくんだ。
オレと直江は夫婦なのに、直江はいつもオレより優位に立とうとするから。
今回だってオレの機嫌を損ねないようにとか、どうせ高耶さんには話したって無駄だろうとか、そーゆーふうに考えてたに違いない!

「わかったな?セットについてくるクッキーはそのままでもいい。だけど直江。『橘先生の奥さん』からのクッキーもしっかり渡せ」
「わかりました」
「オレのわからないところで渡さずに済むようにしよう、とか考えるなよ?……オレはおまえが誰からチョコを貰ったか、ぜ〜んぶ知ってるんだからな……」
「は……はい……」
「リサーチするからそのつもりで……」
「はい……」

そーゆーわけで直江はホワイトデーには奥さんお手製クッキーを持って学校に行くことになった。

 

 

 

そのホワイトデー当日。オレは職員室に行った。
なんでかって?リサーチに決まってんじゃんか。

「山本先生〜」

直江を狙ってる女教師の代表、山本先生のとこへ。用事はないけど授業でわからないことがあるからって名目で。
もちろん山本先生の机の上には見覚えのあるクッキーとハーブティーが。

「あ、このクッキーうまそうじゃん。どしたの?」
「……橘先生の彼女、というか婚約者?……が、作ったんですって」

落胆しながら答えてくれた。
彼女とか婚約者ってのが気に入らないけど、直江をいくら好きになっても無駄だってのがわかっただけ儲けもんだ。
だけどもうちょっと意地悪しちゃえ。

「そっかー。橘先生の婚約者か〜。って、ことは奥さんみたいなもんだよな?」
「……そうみたいね……」
「コレ、おいしい?」
「……おいしかったわ……とっても……」

遠い目をしてなんとなく「振られたのね、あたし」みたいな表情をしてる。
そうです、振られたんです、あなたは。
ザマアミロ。

 

ちょっと遅めに帰ってきた旦那さんが開口一発言ったのはこれだった。

「職員室にまで来なくていいじゃないですか〜!」

直江はオレが山本先生と話してる間じゅうずっと気が気じゃなかったらしい。
こっちをチラチラ見てたからそーだろーとは思ってたけど。

「山本先生だけじゃないから。他の生徒や先生のとこにもな。それに喫茶店にも行ったし、商店街の肉屋とパン屋と八百屋と花屋とケーキ屋にも行った。あとバス停のそばのコンビニにも行った」
「……徹底的じゃないですか、それ……」
「そーだ。旦那さんがニコニコ笑顔でお返しを渡したりしてんだぞ?心配して当然じゃんか」

大きな溜息をついて直江がオレの目の前に立った。

「心配しなくても私はあなただけのものですから」

う、ヤバイ。ちょー嬉しい。しかもちょーかっこいい。
直江ってオレのこと大事にしてくれてんだもんな。なんか悪いことしちゃったかな?

「とにかくこれでホワイトデーの話は終わりにしてください。高耶さんだけ、愛してますよ」
「ん」

チューされてギュウって抱かれていい気分。
だけどなんか一個忘れてるような気が……なんだっけ……?なんだっけ?

「あ!!」
「どうしました?」
「オレにはお返し、ないのか?!」

本物のバレンタインチョコは自分で食ったけど、部活で作ったチョコケーキを直江にあげたんだ、オレは。

「もしかして……」
「とんでもない!ありますよ!ちゃんと用意しました」
「ハーブティーのセットだったら殴るぞ……」

ビクっとしたけどすぐに持ち直して待っててくださいねってつってリビングから出て行った。
なんだろ。何くれんだろ?

「お待たせしました。どうぞ」
「ありがと」

もらったのは小さな箱。リボンを解いて開けてみるとちょっと大人っぽい高価なシャープペンが入ってた。

「うわ、かっこいい!」
「これでしっかり勉強してくださいね」
「……それかよ……」

でも嬉しかったのは確かで、オレはさっそく翌日からそのシャープペンを使い出した。
歴史の授業以外も直江と一緒にいられるような気がして毎日楽しいもんな!

ところが、直江の部屋を掃除してた日に発見したのだ。アレとアレを。机の引き出しに入ってた。
それは付箋紙に「高耶さん」と書かれたハーブティーのセット。
そのかたわらには近所の文房具屋のレシート。買ったものはシャープペン。日付はホワイトデー当日の夜6時過ぎ。
このレシートから導き出される推理結果は……。
言わずもがなだ!!

「直江〜!!」
「なっ、なんですか!!」

オレは黙ってその2品を突き出した。

「……きっ、気のせいですよ!気のせい!」
「どこがだ!」
「違いますってば!」
「違うわけないだろ!もう許さねえ!1ヶ月チューしない!エッチもしない!」

どうだ!エロ教師にはつらい罰だろうが!

「そんなにガマンできません!」
「だから罰っつーんだよ!ガマンしろ!ガマンできなくて浮気したら離婚だからな!」
「浮気なんかしませんよ!こんなに怖い……いや、可愛い奥さんがいるのに!」
「……追加1ヶ月……」
「……す、すいません……」

だけどオレは結果的に1週間で許してやった。
だって直江は本当はいい旦那さんだから。
ちゃんと54人全員に『奥さんの手作りクッキー』を渡してたし、ついでに誰に渡す場合も「私の奥さんが作った
んですよ」ってデレデレで言ったらしいし。

直江。これからも恐妻家……じゃなくて愛妻家の橘先生でいてくれよ!

 

 

END

 

 
   

あとがき

だいぶ遅れまして。
高耶さんてばとっても
ヤキモチ妬きです。
それはまだ17歳のなせる業。
つーことで。

   
         
       
         
   
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