高耶さんは17歳 |
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うちの向かいにはメゾネットタイプのアパートがある。 そんな店子さんの中の一軒、鬼小島さん夫婦が転勤で部屋を出ていくことになった。 「そうですか、北海道ですか。遠いですねえ」 お茶を作って直江と話す鬼小島さん夫婦に出す。 「橘さんには本当にお世話になってしまって、大変感謝しております」 まだ若い夫婦で、年齢は旦那さんが30歳ぐらい。奥さんは20代半ばだろうな。 「高耶くんもどうもありがとう」 それはお義母さんに言われて仕方なくやっただけであって、本当ならあんな面倒なことしてるより、直江とイチャイチャしてたかったんだけどな〜。 そんなこんなで鬼小島さんは翌日の日曜日に引っ越した。
3月の下旬。次にアパートに入る人が見つかったらしい。 「直江は顔見た?」 なんて話してたら、玄関のチャイムが鳴った。もしかして。 「あ、私が出ますから、高耶さんは座ってていいですよ」 直江がカメラ付きのインターフォンに出ると、声が聞こえた。若い男だった。 「おじゃましま〜す」 鬼小島さんの時みたいにオレはお茶を作ってソファに座った二人に持って行く。 「彼は親戚の子で高耶さんと言います。わけあってここに住んでるんです」 直江よりももう少し濃い茶色の髪のそいつは馴れ馴れしく挨拶をした。菓子折りをオレに渡す。 「千秋修平さんとおっしゃるそうですよ」 馴れ馴れしいどころか図々しい。こんなやつが新しい店子さんだなんて。 直江と千秋が話してるとこを見てたら、どうやらこの千秋って男は橘家と知り合いらしい。 「では母にお会いしたことあるんですか?」 なんで直江にタメ口きいてんだよ!この若造が!! そいつは30分ばかり直江と話しこんでから帰って行った。
「ま……まずいです、高耶さん……」 春休みの出勤日。直江は午後に帰ってくるなり玄関に座りこんだ。 「どしたんだ?」 まずいどころじゃねえ!!オレと直江が同じ学校の教師と生徒だってのすら隠してここに住んでるのに! 「橘先生、よろしくお願いしますって、不適な笑顔で挨拶されました……」 ワタワタしてたら玄関のチャイムが鳴った。二人同時にドアを見つめると、すりガラス越しに背の高い男……千秋の姿が見えた。 「で、出ましょう。こうなったら私が説得します……」 直江の後ろに隠れながら、ドアを開けるのを見守った。 「橘センセ。お邪魔してもいい?」 警戒心たっぷりのオレと直江。千秋の一挙手一投足をじっと見ながら、入ってくるのを待った。 「まさか大家さんが同じガッコの先生とはね〜。いや〜、驚いた」 スリッパを勝手に履いて上がりこんでくる。勝手にリビングへ行ってオレと直江がいつもイチャイチャしてるソファに座った。 「それはこちらもお願いしたいところなんですが……その、実は」 ……良かった……拍子抜けするほどアッサリと聞き入れてくれた……。 「だけど家賃の交渉ぐらいはさせてくんねーかな」 前言撤回!いいヤツじゃないじゃんか! 「もうちょっと安くなるように、橘のオジサンに話しておいてくれると嬉しいな〜」 うん。お父さんとお兄さんはオレたちの味方だからな。話せばわかってくれるだろう。 「いや〜、いやいやいや、まったくつくづくいやはやラッキーだな〜、俺って♪」 こっちはアンラッキーだ!このバカ教師が!! 「しっかし……橘先生、この家、新築なんだろ?なんだってこんな新築一軒家に独身なのに住んでんの?」 うわ、いつも冷静な直江がキレ始めた!声がすっごく低くなってる!いつも低くてかっこいい声だけどさらに低くなってる!! 「ふーん……色々ねえ……ま、いいか。じゃ俺、帰るわ。まだ荷解きも残ってるしな。あ、高耶。手伝うか?」 直江はこめかみに怒りのマークを浮かべながら、オレに手伝ってらっしゃい、と言った。 「手伝う……」 なんなんだ、これ〜!!
不機嫌なまま引越しを手伝いに行ったんだけど、実はもう結構片付いてて、オレがやったのは靴箱の整理と洋服の整理だけだった。 「あのさ〜、橘先生ってどんなやつ?」 そうか、それを聞きたかったのか。 「うん、真面目な先生だと思う」 千秋は真面目な先生ってのが苦手なんだそうだ。教育実習で真面目な先生に指導受けたせいだって。 「それは大丈夫だと思うけど。あれで案外柔軟だし、人の話はちゃんと聞くし」 なんか、千秋の方が直江より年齢が近いせいか気が合うってゆーか、テンポが合った。 「橘先生と暮らしてて面倒とか起きないわけ?」 思ったより悪いヤツじゃない。 「あ、明日は台所用品の買い物、行ってくれよ」 やっぱ悪いヤツだ。
そして新学期が始まった。 結局オレは引越しの手伝いを3日連続でやらされて、直江はお義母さんと毎日のように電話でケンカ。 そんで今年度もオレは橘学級。譲も一緒。たぶん直江がうまいこと操作したに違いない。 始業日には部活があって、部長を決めることになってるそうだ。 「どうして千秋先生がいるんだ?」 ヒソヒソと森野と話してたら、門脇先生が家庭科室に入ってきて説明を始めた。 「今年から副顧問で千秋先生が入ります。なんかね、料理好きなんだって」 意外だ。だけど引越しの片付けの時に台所用品を買いに行かされたんだよな。 そして門脇先生と千秋が見守る中、部長の選出が始まった。オレは2年生から入ったからもちろん除外。 そんで部長は森野になった。本人は面倒臭いから嫌がってたけど。 「参ったよ、高耶。部長になっちゃった」 良かったじゃねえか。 「がんばろうね、成田くん!」 目をキラキラさせて喜んでる森野。それを見てたらオレにもこーゆー時期があったなぁ、と思い出す。 あ、いけね!! 「悪いけどオレ、忘れ物したから戻る!じゃーな!」 森野はメチャクチャ嬉しそうに手を振った。 んで、家庭科室の前を通って歴史準備室に。 「頼む!今月マジで金欠なんだよ!金貸してくれ!綾子!」 あやこ……?あやこ……綾子……門脇綾子……!! 「アンタね〜、また競馬に突っ込んだんでしょ?一人暮らしするんだから考えなさいってこの前言ったばかりじゃない」 なんだなんだ?どうして綾子とか呼んでるわけ? 「お願い!貸して!4万、いや5万!」 そこでオレのピコピコブレーンは高速で回転し始めた。 そのピコピコブレーンで弾き出した答えとは! 見つからないようにドアを開けてそのシーンを撮影した。 「サンキュー!んじゃまた明日!給料出たら返すから!」 やべえ!こっち来る!逃げるぞ!!
息を切らして逃げ込んだ歴史準備室。そこには運よく直江しかいなかった。 「どうしたんですか?そんな息を切らして」 わけのわからない直江に説明をした。 「もしかしたら千秋先生と門脇先生が付き合ってるかもしれない、と、こういうわけですね?」 この前のホワイトデーで直江に白状させたオレの手腕を思い出したのか、直江は大きく溜息をついた。 「それを見せて吐かせるんですね?」 それから本題に入ってお昼ご飯の用意が出来ないって話したら、じゃあ一回家に帰ってから食べに出かけましょうってことになった。
その日の夜、オレは千秋を呼び出して我が家のリビングで詰問した。 「これ、な〜んだ」 かたくなに口を割らなかった千秋に直江が一言言った。 「説明できないなら部屋を貸せませんね」 それを聞いてグッと詰まった千秋。 「その映像によれば競馬で負けたからですってね。そしてギャンブルで散財したあなたに門脇先生が金を貸す。そんな借金を同僚からしているのも問題です。場合によっては門脇先生にも話を聞かなくてはいけません」 そしたら千秋はブツブツ文句を言いながらも白状した。 「綾子は〜……オレの従姉弟で〜……近所で暮らしてたから姉貴みたいなもんで〜……」 そこまで聞いてないんだけど、ってことまで千秋は話し出した。 「頼む!学校のみんなには黙っててくれ!」 うげ。直江が千秋を呼び捨てにしやがった。怒ってんだな〜。 「おまえがこの先、ちょっとでも高耶さんに迷惑をかけるようなら、おまえもろとも門脇先生も、だぞ」 そんなわけで我が家にも学校にも平安が戻ってきた。
いつもの朝、オレは弁当を作って直江のカバンに入れて出勤の直江を送り出した。 「じゃあ高耶さん、先に出ますね」 あ、チューしてない!直江を追いかけて玄関まで。 「直江、直江!チューしてってから出かけろ!」 直江はドアを開けてから一回閉めてオレにチューをした。いつもみたく1分ぐらい。 「おっはよーゴザイマース!」 って、声と同時にドアが開いた。 「えええええ――――――!!!!」 バレたー!! 「もしかして、橘先生と高耶って……」 ヤバイヤバイヤバイ!! 「頼む!黙っててくれ〜!!」 ピンチ、橘夫妻!どうなるんだ、オレたち〜!
その日の夕方、千秋と橘夫妻で会談が行われた。 「夫婦ね〜……橘先生と高耶がね〜……じゃあ……」 何か妄想したらしくってニヤニヤし始めた千秋。 「な、なんだよ」 ……結局、オレは千秋にコキ使われるわけか……。 「すいません、高耶さん……」 ちっくしょー!!
END
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あとがき |
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