高耶さんは17歳


第18話  男らしさとオレ

 
         
 

ある日、オレと直江は並んで座ってテレビを見ていた。
クイズ形式のバラエティでアンケート調査をした結果を当てるってゆう番組だ。
そこで若い独身女性にしたアンケートでこんなのがあった。

『結婚相手の男性に求めるものは?』

こんな質問だ。
その結果はこうだ。上位三位が『優しさ』『経済力』『包容力』。以下は『男らしさ』『仕事の甲斐性』なんてのもあった。

「上位三位って全部直江に当てはまるな〜」
「そうですか?」
「良かった、結婚したのが直江で」

そんでチューしてイチャイチャして。

「ところで」
「ん?」
「仕事の甲斐性と、男らしさっていうのはどうですか?高耶さんから見て」
「……仕事の甲斐性は……オレが風邪引くと抜け出してきたり、仕事より高耶さんてゆーとこがあるからNGだな」
「そ、そんな……これでも一生懸命先生をやってるつもりなんですが」
「いい先生なんだけど、奥さんから見たらさ〜」
「じゃあ、男らしさは?」

直江は真剣な顔をしてオレを見た。

「それはオレの方が男らしいじゃん」
「はい?今なんて?」
「だって直江はすぐにウジウジ考え込むし、意地悪なとこあるし、オレに内緒で工作とかするし」
「じゃあ男らしくないってことですか?!」
「違うよ、違う。男らしいけど、オレの方が男らしいって言ってんの」

確かにそうだろ?成績悪くったって悩まないし、言いたいことは言うし、直江よりずーっと男らしいと思うわけ。

「甘ったれで泣き虫なのに?」
「それは関係ない!男らしいのとは別物だ!」
「一緒ですよ」
「違う〜!!」

ケンカになりそうになったけど、バカバカしいからしなかった。
直江は笑って「じゃあそういうことにします」って言った。このへんが包容力だよな。

 

 

ところが翌日、これを蒸し返すものが各教室に貼り出された。校内新聞だ。
うちの学校の新聞部は毎月A4サイズ3枚の校内新聞を作る。そこには自由な校風に見合った記事が載っている。
校長先生をモデルにした4コママンガもあれば、部長のつぶやき(社説みたいなもんか)もあるし、テーマに沿った人気投票なんかもある。

その人気投票が今回の問題だ。

「うわ〜、高耶が男らしい生徒ナンバーワンになってる〜」

誰も読まないその新聞を真面目に見てた譲がオレに言った。

「マジで?!」
「うん、理由も書いてあるよ。弱音を吐かない、困ってた後輩を助けてた、掃除をサボってた生徒を叱った、とか」
「そんなことしたっけな……?」
「高耶はそーゆーとこあるからね。自分で気が付いてないだけだよ」

そうなのか?まあ確かにそのへんのヘナチョコ男子生徒とは違うと思うけど。
だけどオレ、目立つ生徒じゃないんだけどな〜。そのへんの平凡な……いや、そりゃ確かに腕白だけど、普通にしてたつもりなんだけどな〜。

「すごいね、高耶!」
「うーん、すごいのかな〜?」

そんな話をしてたら帰りのホームルームのために橘先生がやってきた。

「ホームルームを始めます」

ちょっと目が据わってる。もしかして校内新聞、見たのかな……?昨日、意地になってたもんな。
手短にホームルームを終わらせると、直江はオレのとこに来た。

「校内新聞、読みましたか?」
「読んでないけど、譲に聞いた」
「……なんだか納得行かないんですけど」
「そーゆーのは帰ってからにしろ」

ヒソヒソヒソ。

「じゃあ後で」
「おう」

まったく。本当は根に持ってたんだな。小さい男だぜ。

 

 

で、帰ってから夕飯の買い物をして、さてそろそろ作るかって時に直江が帰ってきた。

「ただいま、高耶さん」
「おかえり」
「…………」
「なんだ?」
「いえ」

ほら、こうゆうとこが男らしくないっての!言いたいことあんなら言えよ!!

直江は着替えに2階へ行ったから、オレは夕飯の支度を始めた。
今日もオレの料理はうまそうに出来上がった。ホカホカご飯に熱々味噌汁、野菜の煮物、エビのマヨネーズ炒め、子持ち昆布の酢味噌和え。どうだ、参ったか。

「……今日もおいしそうですね」
「だろ?なんかオレ、一年で料理の腕がグワーッって上がったよな!」
「ええ。とっても奥さんらしくていいですね」

待て。
奥さんらしくて?確かに奥さんだ。だけど今の棘のある言い方は何だ?

「おい」
「はい」
「今日の校内新聞、そんなに気に入らなかったのか?」
「そうではありませんよ。高耶さんが誉められているのは私も嬉しいです。まあ、ちょっと人気が出すぎたら困りますけど」
「ポイントはそこじゃないだろ」

直江はしらばっくれてエビを口に放り込んだ。プリプリのエビは直江のためにわざわざブラックタイガーを奮発したやつなんだぞ!

「だって高耶さん、すぐにいじけるじゃないですか。弱音なんかしょっちゅう言ってますよ?」
「直江だってイヤミばっか言うじゃん。今だってすっとぼけやがって。オレが聞かなきゃ言いたいことも言わないくせに」
「それは高耶さんへの思いやりでしょう」
「いいや。違う。そうゆうのは思いやりじゃなくて気弱なだけだ」

睨み合いが続いた。今回はどうやら直江から折れるつもりはないみたいだ。

「じゃあどちらがより男らしいか勝負しましょう」
「はぁ?」
「学校では出来ませんからね、譲さんと私たちの家族と、千秋に決めてもらいましょう」
「なんでそんなことすんだ?もう決まってるってのに」
「そう思われていたんじゃ旦那さんとしての立場がありませんから」

そーゆーことか。ふん、男らしさに関してはオレも直江に負けるつもりはねえぞ!

そんなわけで周りの迷惑省みず、オレと直江の勝負が始まった。

 

 

「……バカらしい」

夕飯が終わってから遠くの親戚近くの他人である千秋を呼びつけて審査員を頼んだ。
ソッコーで一蹴された。

「どっちとかどうでもいいじゃねえか。夫婦なんだろ?お互いに妥協しあってだなあ」
「妥協はしている。高耶さんを男らしくないとは言っていないんだ。この人が強くて勇敢なのは知ってる」
「オレだって直江が優しくて力持ちでかっこいいことはわかってるんだよ」
「なんだ、ノロケかよ……そんなの自慢したくて呼んだのか?」

ノロケ?そんなふうに聞こえたのか?

「違うってば。マジで直江よりオレの方が男らしいって言ってんの」
「いえ、絶対に私です」
「わかったわかった!普段のおまえらを見て俺が判断する、そーゆーこったろ?」
「そうだ!」

千秋はハアアアアアと溜息をついてオレを見た。

「高耶だな」
「よっしゃ!」
「どうして?!」

深々とソファに体を預けながら、千秋は疲れた顔をどうにか正常に戻して言った。

「高耶に引越しを頼んだときのことだ。文句を言うわりにはテキパキやって頼りになった。それに俺が副顧問やってる料理部でも仰木先輩の信頼度はすげー高い。危ないことや重いものを持つこと、そういうのを一手に引き受けるのが仰木先輩のス☆テ☆キ☆なとこだって女子生徒からは大評判。以上!」

だろだろ?オレってやっぱ男らしいじゃんか!

「まずは一勝!」
「く……次は負けませんからね……」

喜びにひたるオレと落胆する直江を呆れて見ながら、千秋が言った。

「生まれてきて今まで、こんなにアホくさい審査をしたのは初めてだ」

 

 

 

「……そんなアホらしいことで俺を呼んだの?……高耶?」
「アホらしいとは何だ!これは重要なことなんだぞ!」

学校帰りの譲を拉致して家に連れ帰った。
直江が帰るまでにこの勝負の説明をして、オレに味方してくれるように頼もうと思ったんだけど。

「決まった。先生が帰ってきたら発表して、すぐ帰る」
「おう。正当な審査を頼むぞ」
「もちろん」

直江が帰ってきてリビングに来ると譲は立ち上がった。

「先生」
「はい、なんですか?」
「だから先生」
「……は?」
「譲!とっとと審査結果を発表しろ!」
「だ・か・ら!先生だよ!じゃあね、高耶、先生。お邪魔しました。帰ります!」

がーん!親友だと思ってたのに〜!!

「せめて理由を聞かせてくれ〜!!」
「高耶はいっつも先生に頼りっぱなしだってゆーのを知ってるから!」

唖然とするオレを振り切って、親友・譲はダッシュで帰ってしまった。予備校のために。

「ふ……見てる人はちゃんと見てるってことですね」
「くっそー……」
「これで一勝一敗ですね。さて、次が決戦です」
「負けるもんか!」
「私こそ」

 

 

その次は日曜日、オレの実家へ行くことになった。
決戦が終わるまでオレと直江は夫婦生活を一旦停止、寝るのも別々、食事だけ一緒。

そんな冷戦状態のさなか、夕飯の支度をほとんど終えたオレがリビングで休憩してた時のこと。
カーテンを閉めた窓から小さな音がした。

「ん?」

窓を閉め忘れてたかな?と思って行ってみてカーテンを開けると、そこに知らないオッサンが立ってた。

「うわ!誰だてめえ!」

ちょービックリしたけど、逃げたオッサンを追いかけようと庭用のサンダルを履いて走り出した。
庭を通って玄関へ回ったオッサンはそこで壁のようなものにドンとぶつかり転んだ。壁は黒いスーツを着た直江だった。

「直江!そいつ覗きだ!捕まえてくれ!」
「なんですって?!」

慌てて立ち上がって逃げようとしたオッサンの服を、直江が掴んで引き寄せて、一本背負いした。
すげー。さすが直江。

ところがオッサンは寝技に持ち込んだ直江の腕からスルリと抜けて逃げて行ってしまった。

「あ!逃げた!追え!」
「そんなことより!何もされていませんか?!」
「うん、窓開けたら立ってただけだから」
「怪我もありませんね?」
「ないよ」
「良かった……」

庭先でギュギュギューっと抱きしめられて、オレは改めて優しい旦那さんと結婚できて良かったな〜と思ったんだ。

「逃がしたのは残念でしたけど、あなたに何もなくて良かったです」
「直江は?あんな大技出して、どっかおかしくしたとこないか?」
「ええ。頑丈に出来てますから」

それから。
優しくて強い旦那さんとちょっと興奮気味に話しながら夕飯を食べた。
直江は高耶さんに何かあったら大変だから、警備会社にホームセキュリティを頼もうって言い出した。

「うん。オレもやっぱ怖かったし。そーしよう?」
「さっそく明日にでも申し込みしてきますよ」

いつものように夕飯を食べて、さっきの話をしながらリビングでお茶を飲んでた。
ちょっと直江に甘えながら。だって優しくしてくれるんだもん。いいじゃんか。

「さっきの高耶さん、とっても男らしかったですよ。校内新聞で出ていたように、本当に勇ましくて」
「直江だって。一本背負い、かっこよかった」

もうオレは直江に軍配を上げようと思ってた。やっぱ直江の方が男らしいって気がしたから。
ところが。

「そんなことありませんよ。やはり私なんかよりも高耶さんの方がずっと男らしいです。私の負けです」
「違う!直江の方がずっとずっと男らしい!」
「いえ、高耶さんです!」

睨み合いが続いた。

 

 

「……んで?今度は俺に何を審査させる気なんだ?」
「どっちが男らしいかだ」
「……この前、言っただろ。高耶だ、高耶」

千秋をまた呼び出して男らしさコンテストの再開だ。

「う〜、やっぱ千秋はオレか……負けた……」
「負けた?高耶の勝ちじゃないのか?」
「いや、オレは直江の方が男らしいと思うんだよな〜」
「いいえ、私は高耶さんの方が……」
「いい加減にしろ!!」

千秋がキレた。

「おまえらはそうやって毎回毎回ただノロケたいがために俺様を呼び出してんのか?!こっちだって忙しいんだよ!おまえらのアホくせえコントに付き合ってるヒマはねえの!帰るぞ!!」

帰っちゃった。すっげー怒って。

「なんで怒ったんだろ?」
「さあ?別に私たちはノロケもコントもしていないはずなんですが」
「だよな〜?だけどさ、千秋もこの前の譲も怒ったよな?もう男らしさで競うの、やめた方がいいのかな?」
「ですね。やめましょうか」
「同じくらいってことにしよう?夫婦なんだ。なんでも一緒ってことで」

直江に仲直りのチューをされてご満悦。
冷戦も終わったことだし、今日からまた仲良し夫婦に戻るんだ!

 

 

「で?決着はついたのか?」

料理部の帰り、千秋と一緒に歩きながら校門のとこまで歩いた。

「なんの?」
「男らしさのだろうが。他人にあんな迷惑かけといて、なんの?じゃねえよ、すっとぼけんな」
「忘れてた。決着はつけるのやめたんだ。直江とは仲良し夫婦でいるのが一番だな〜と思ってさ」
「やってらんねえ……」

そこに旦那さんが現れた。走って。きっと準備室からオレが帰るのを待ってたんだろう。

「一緒に帰りましょう」
「うん」
「今日の夕飯は何の予定なんですか?」
「直江が好きなメニューだから楽しみにしてろ」
「はい」

3人で並んで通学路を歩いて帰った。途中、バス停になると千秋と直江はそっちに行ったけど。

「じゃあまたあとで。高耶さん」
「ん、またな」
「早く帰りますからね」
「うん、寄り道すんなよ?」

そこまで黙ってた千秋が叫んだ。

「おまえらウゼえ〜〜〜〜!!!毎日毎日ケンカしてた方がマシだ〜〜〜!!!」

もうケンカなんかしないもん。
だってオレと直江は愛し合ってんだから!!

 

 

END

 

 
   

あとがき

どっちでもいいじゃねえか。
こいつらほっとくと
ノロケしか言わないように
なりがやった。
ケ。

   
         
       
         
   
ブラウザでお戻りください