高耶さんは17歳


第20話  遠足とオレ

 
         
 

初夏と言えば新緑。新緑と言えば山。山と言えばザ☆遠足だ!!
高校生にもなって遠足で山を登らされるのはイマイチ納得できないけど、橘先生が引率ならOK!OK!

ダッサいイモジャーに身を包んでゼーゼー言いながら登山でも、オレの手作り弁当を持った橘先生が「大丈夫ですか、高耶さん」なんつって手を引いてくれちゃうわけだろ!
かー!楽しみでしょうがねえな!

 

 

「せんせー。バナナはオヤツに入りますか〜?」
「バカなこと言ってないで早く夕飯にしてください」
「うーい」

オレの旦那さんである橘先生は今日は夕飯前にしっかり帰ってきた。明日の遠足のために早めの帰宅が許されたんだそうだ。
オレの手料理を食いながら明日の遠足についてちょっと話した。

「弁当はオレと同じでいいよな?」
「そうですね……何を作ってくれるんですか?」
「登山と言えばオニギリだろ。あと唐揚げときゅうりの塩漬けときんぴらごぼうの予定」

朝早くに起きて支度をするから、下ごしらえはさっきやっておいたんだ。
あとは明日、揚げ物をしてオニギリを作るだけ。

「お弁当、一緒に食べるんだとしたら同じメニューなのは……見られたらまずいですよね?」
「あ!そうか!バレるよな!」

困った!直江と一緒に弁当食いたい!だけど同じメニューにもしたい!
うう〜ん、ここは悩みどころだな〜。

「なんでしたら私はオニギリだけでいいですよ」
「いや、そーゆーわけにもいかないだろ、奥さんとしては!」

話し合いの結果、直江にはオニギリ3個だけを作ることにした。
他のおかずはオレが多めに作って持ってったってことにして、一緒に食う直江に分ける、これだ!

「練習しなきゃ!いや〜、母さんが多めに持たせるから〜」
「……なんの練習ですか、それ」
「セリフだろ!おまえに分けるときにみんなに疑われないように!」
「……いえ、そんな練習しなくても……普通に、食べる?って聞いてくれればいいのでは……?」

そっか。それだけでいいのか。

「どうせあなたは成田くんと二人でしか行動しないんですし」
「まあな。譲と直江と3人で食えばいいだけのこったな」

でも他の生徒や先生に直江の弁当を覗かれて、オレと同じだってのがバレるのはヤバイから、最初の計画どーり多めにおかずを持って行ったってことにするに決定した。

「あ、明日の服を出さないと。ポロシャツとカーゴパンツでいいですよね?」
「いいんじゃん?……オレはジャージだけどな……」

直江はかっこいい服装で、ちょっとお値段お高めのトレッキングシューズを履いて行く。片や、オレはと言えば学校指定の青ジャージ。靴は普段体育で履いてる学校指定運動靴。
デートの登山だったらオレもオシャレして行けるのにぃ。

「高耶さん」
「ん?」
「バナナはおやつには入りませんけど、重いからやめておいた方がいいですよ」
「キー!!」

 

 

 

予想以上に登山はきつかった。ハンパじゃねえよ、山!!

「高耶、大丈夫……?」
「譲こそへこたれてるじゃねーかよ。オレはまだまだ大丈夫……って、あれ!!」

オレが指差した方向にいたのは直江、じゃなくて橘先生に手を引かれて歩いてる女子生徒だった!!
いくら険しい山道だからってオレの旦那さんと手を繋ぐなんざ許さねえ!!

「そりゃ女子にはこの山道はちょっときついよね」
「じゃなくて!」
「……抑えて抑えて……」

ひーん!悔しいよー!!
オレがか弱い女子だったら直江が優しく手を繋いでくれるだろうに〜!!しかも公然と〜!!

「もうオレ、下山したい……」
「バカ」

ザクザク進む譲の後を、ヨボヨボの爺さんみたいに歩いてたオレに気付いた直江は声をかけてきた。

「仰木くん、大丈夫ですか?」
「……ダメかも」
「しっかり歩いて。もうすぐ頂上ですから」

だけど手は女子生徒に繋がれたまま……ああ、オレの奥さん人生でこんなに悔しいことはない!
直江と女生徒の後ろで嫉妬全開の奥さんは弁当だけを楽しみに山を登りましたとさ!!

 

 

 

頂上に全員集合してから写真を撮って、それから各自お弁当タイム。大きな木の下、根っこを椅子にして座ったオレたち。もちろん直江はオレと譲を探し出して一緒に食おうと言ってきた。

「……一緒に?」
「何かダメなことでも?」
「さっきの女子と食えばいいじゃん。あいつ、橘先生のファンなんだし」

プンスカ怒ったオレは譲の前だってのに意地悪をした。苦笑いの譲と直江。
どうせまた拗ねてるだけだって言いながら、直江はオレの隣りにちゃっかり座った。

「仕方ないでしょう?体力のない女の子にはああしてやらないと登れませんよ」
「……そりゃそうだけどさ」
「家に帰ったら手を繋いであげます」
「ふん」

自分が持ってきた弁当を開けると直江のぶんも当然入ってる。
もしこれでオレが「食わせない」なんて言ったら、直江はオニギリ3個だけを食って終わりだ。
んで下りの山道で腹をグーグーいわせて、炭水化物しか摂ってないからエネルギーがあっても足をむくませたりして、ちょー可哀想なことになる。

「……オレの、食う?」

近くに女子が座り始めたからわざとらしく聞いてみた。

「母さんが、多めに、持たせちゃって!食いきれないから!」
「……ええ、じゃあ、いただきます」

いつもの爽やかカッコイイラブモードの笑顔で言われて、オレはついうっかり見蕩れてしまった。
横の譲はオレを見てニヤニヤ笑ってる。まるで千秋のように。
実質上、仲直りをした夫婦は仲良く弁当を半分コ。唐揚げを食った旦那さんはまたあの笑顔でオレを見た。

「おいしいです」
「……あ、ええと……」
「仰木くんのお母さんはお料理上手なんですね」
「う、うん」

直江のオトコマエさ加減にマゴマゴするだけのオレ。正反対に直江は上手に言葉を選んで奥さんの料理を誉める。
オトナだ……直江ってオトナ!かっこいい〜!!

「ええっと!もっと食っていいから!」
「はい。ありがとうございます」

膝の上に乗っけたちょっと大きめの弁当箱から直江がたまに唐揚げやきんぴらやきゅうりを摘む。
ああ、これが二人きりだったら!!

『直江、あーんして?』
『そんな、恥ずかしいですよ、屋外で』
『誰も見てないから大丈夫だよ。あーんして』
『じゃあ……あーん』

なんつってな!!うひー!!恥ずかしいぜ、こりゃ!!

「……仰木……くん?」
「んあ?」
「……口開けてボーっとしてると、虫が入ってきますよ……?」

おっと、いけねえ。妄想しちまった。エヘヘヘ。

直江が3個目の唐揚げを食って、オニギリも全部食い終わったところに女子が来た。うちのクラスじゃない、知らない女どもだ。

「橘先生、もうお昼ご飯終わった〜?」
「ええ、今ちょうど終わったところです」
「一緒に写真撮ろうよ!」

直江の腕を引っ張って、連れて行こうとする女ども。オレの旦那さんに触るな〜!!
オレだって一緒に写真撮ったり、仲良く喋ったり、手を繋いで下山したりしたいんだ〜!!

「せ、先生!」
「あ、ああ……仰木くん……じゃあ、行って来ますね。成田くん、仰木くんがフラフラしないようにちゃんと一緒にいてあげてくださいね」
「は〜い。行ってらっしゃい、先生」

あああああ!直江が行っちまう!!女子に連れ去られちまう!!拉致だ、拉致!!
行くな〜!直江〜!

「……あとで写真、撮ってやるから泣くな」
「うう……譲……どうしてオレは高校生で奥さんなんだろうな……」
「知らないよ、そんなの」

集合時間まで直江は戻ってこなかった。なんでかっつーと今がチャンスとばかりに直江と写真を撮ったり喋ったりしたい女子が殺到したからだ。
ようやく戻ってきたのは集合時間の5分前。

「たか……仰木くん、そろそろ集合時間ですよ」
「写真……」
「あ、そうですね。じゃあ、成田くんにお願いしましょうか」

直江のデジカメを譲に渡して一枚だけ撮った。山の頂上の木の下、みんなが集合場所に移動してる時、こっそりと肩を抱かれてたった1枚。

 

 

 

下山は直江がクラスの列の一番後ろにいたからわざとノロノロ歩いて一緒に歩いた。

「下りは女子と一緒じゃなくてもいいんだ?」
「下りの道は登りと別の道だから、ちょっと緩やかなんですよ」
「ふーん」

先生と手ェ繋いで歩きたいな〜。いいな〜、女子は〜。男って損だな〜。

「疲れましたか?」
「体力的には全然経平気なんだけど、精神的には疲れたっつーか、悔しかったっつーか」
「じゃあそれは帰ってから、ね」

耳元で囁かれてウヒャーってなって、慌てたオレは躓いて転んでしまった。
坂道だから派手にゴロゴロと一回転してバッタリ倒れた。

「イテテテ」
「だ、大丈夫ですか?!」
「うん……イテ〜……膝が……」

先を歩くオレのクラスの奴らも、追い越していく隣りのクラスの奴らも、みんな転んだオレをクスクス笑って通り過ぎていく。
くー、恥ずかしい!

「膝?見せてください」

ジャージを捲り上げたら膝が擦り剥けてた。しかも打ったみたいで痛かった。

「救護の先生が最後尾にいますから、待ってましょう。消毒しないと」
「大丈夫だよ」
「雑菌がたくさんありますから、手当てしないと。破傷風にでもなったらどうするんですか」

きつめに言われて頷いた。後から来た隣りのクラスの先生に「うちのクラスをお願いします」つって直江が残ってくれた。
しばらくすると救護の先生が来て、リュックの中から消毒液と絆創膏のでかいやつを出して手当てしてくれた。

「立てますか?」
「……うん、なんとか……」

立って歩くぐらいは全然平気だった。救護の先生は他にも怪我人が出るかもしれないからって先に行っちゃって、オレと直江が取り残された感じだ。

「肩、貸しますよ」
「一人で歩けるから大丈夫」
「せっかくのチャンスですけど、いいんですか?」

………………そうか!!これはチャンスなのか!!

「んじゃ、手!手がいい!手ェ繋ぐ!!」
「はい」

わざとジャージの膝を片方だけ撒くって、怪我をしましたアピールして直江と手を繋いだ。
うわ〜。旦那さんと手を繋いで遠足なんて、なんかすっげー楽しいじゃん!!さっきまで精神的なダメージばっかり受けてたのにさ!!

「そこ、気をつけて」
「ん♪」

このままずーっと下りが続けばいいのにな〜。富士山ぐらい高い山だったら良かったんだけどな〜。
なんつー幸せ!なんつー楽しさ!
もう遠足登山サイコー!!

 

 

 

「おう、おかえり!遠足ご苦労!」
「はい、ただいま。家に帰るまでが遠足ですからね」

玄関で直江を迎えて、抱きついてチューした。
直江は遠足が終わった後も学校でミーティング。そんでオレよりちょっと遅く帰ってきた。

「怪我はどうですか?」
「たいしたことないから大丈夫。さっき風呂入ったけどたいして沁みなかったし」

ホラ、と傷がある膝を見せた。もう乾いてきてるし、消毒もしたし大丈夫だ。

「もうすぐピザ来るから、直江も風呂入って来い」
「あとでちゃんと絆創膏貼らないとダメですよ?」
「わかったってば」

ふふふ。オレにはこの遠足の締めくくりがあるのだ!!直江に甘え足りなかった今日の遠足のシメを!!
ピザが来て金を払ってた後ですぐ、直江が風呂から出てきた。リビングにピザを置いて、今日はのんびりとテレビを見ながら食べるんだ。
ソファに座った直江にビールを渡して、オレはグレープフルーツジュースを置いた。

「高耶さん、膝。絆創膏を貼りなさいって言ったでしょう?」
「直江がやって?」
「……はい?」
「直江に貼って欲しいんだ」

ハーフパンツのポケットに入れてあった絆創膏ビッグサイズを手渡した。
そんで隣りに座って甘えながら、膝を立てた。

「橘先生は今日、ずっと女子に引っ張りまわされてたから。甘えるヒマが下山だけじゃ足りないよ」
「まったく、可愛いこと言いますね。はい、じゃあ足を伸ばして、膝をここへ」

直江の腿の上に足を投げ出して置いて、傷のある右足膝に絆創膏を貼って貰った。
丁寧に優しく、ゆっくり貼った橘先生は、最後にオレのふくらはぎにチューをした。

「はい、終わりです。また明日も貼ってあげますね」
「やった♪」

初夏の風が入る気持ちいいリビングで、直江とオレはテレビを見ながら喋って、ピザを食って、チューをした。
遠足の疲れを残した気だるさが心地よかった。

「あとで撮った写真を見ましょうね」
「いい写真だったらまた写真立てに入れる?」
「ええ。ジャージの高耶さんも、可愛いですから」

遠足サイコー!!毎月あればいいのに!
旦那さんと遠足できるなんて、オレってやっぱ幸せ者じゃねえ?

 

 

END

 

 
   

あとがき

高校生にもなって登山する
学校ってあるのかしら?
しかもジャージで。
ねえな。ねえよ。

   
         
       
         
   
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