牡丹燈籠
 


 
         
 

そこにいたのは紛れもなくお船だった。直江との破談が決まって、どこかへ消えてしまった女だ。
侍女を伴って夜道を帰る所だと言う。

「そちらにいらっしゃいますのは、若様ではありませぬか。どうなされたのです?」
「あいや、麓の村人に招かれて出かけたはいいが、帰り道に迷ってしまってな。若様はこのようにお体がお悪いゆえ、ここで難儀しておったのだ。私の失態だ。恥ずかしい」
「そうでらしたのですね。もし良ろしければ私の屋敷でお休みになってくださいませ。すぐそこですから」
「有難い!すまんな、お船どの」
「よろしいんですのよ。さあ、いらしてくださいな」

渋る高耶を背負い、牡丹燈籠の後を追う。
そして一寸の間歩くと、屋敷が見えた。難儀していた場所のすぐ、こんな近くに屋敷があったとは直江ですら気付かなかった。

「どうぞ。こちらにお布団を用意いたしますので、若様はお休みになってください。すぐに温かい粥をお持ちいたします。直江様は座敷にいらしてくださいませ。少々ならお酒もございますので、少し温まれた方がよろしいですよ」
「かたじけない」

高耶を寝かせた直江はお船の申し出通りに座敷へ行こうとした。

「直江!」
「どうしたんです?」
「行くのか?」
「ええ。少しだけ、頂いてまいります。高耶さんはお休みになってください。すぐに戻りますよ」
「…直江…あのおなごは、おまえの…」
「もう昔の話です。きっとお船もそう思ってますよ。大丈夫です。私はいつまでもあなたの元を離れません」
「そうか…」

座敷へ行った直江を酒でもてなしたお船である。高耶の元には侍女が粥を持って行った。
それを見た直江は安心してお船が出す酒を楽しんでいた。お船との懐かしい思い出を話しながら。

「直江様は、もうどなたかを娶られたのですか?」
「いや、そのつもりはない。今は景虎様のおそばで、景虎様に御使えできればそれで良いのだ」
「そうですか…もう、私のことは、想ってくださらないのですね…」
「あ…ああ、そうだな…」
「私はまだ、あなた様のことをお慕い申し上げておりますのに」

お船の手が、直江の腿に伸びる。女人特有の甘い匂いがする。ゴクリと喉が鳴った。
久しく女人には触っていない。想いを寄せる高耶が直江を相手にするわけがないため、禁欲を心がけてきた。
高耶を想って自慰をしても、それだけでは収まらぬ精が鎌首をもたげてくる。

「あなたが誰を想っていても、私はあなたをいつも…」
「お船…」

座敷の行灯の明かりが消えた。

 

 

直江が夜明け前に高耶を起こしに寝所へ入った。

「高耶さん、帰りましょう」
「え?」

寝ぼけていた高耶に強く言う。真剣な面持ちで。

「さあ、行きますよ」
「ああ…」

名残惜しそうでいて、どこか緊迫した顔をしている直江に疑念を持ちながら、高耶は手を引かれて門を出る。その時、直江の肩から何か靄のようなものが出ているのを見た。寝ぼけたままの眼のせいか。それとも朝靄が直江にかかっていただけか。
屋敷を出て急ぎ足で山道を行く直江の後を必死で追う。息切れがしてきてとうとう地面に手をつくと、直江が振り返り高耶を抱いた。

「すいません…」
「いや、いいんだ。もう少しゆっくり歩いてくれれば」
「すいません…高耶さん」
「直江?」
「背負います。乗ってください」

直江に背負われて山道を登り、下り、そしてようやく我が家へ着いた。門の前でお晴と長秀が心配顔で待っていた。

「どうしたのよ!もう心配してたんだから!!」
「いったいどうしたってんだよ!」
「すまん。道に迷ってな。知り合いの家で休ませてもらったのだ」
「景虎は無事か?」
「え?ああ…疲れて眠ってしまったようだな。すまんが、景虎様の寝所を用意してくれ」

お晴が急いで寝所に布団を敷く。そこに直江が高耶を寝かせた。

「お晴、悪いが下がってくれ」
「うん、わかった。でも、どうして?」
「景虎様のお召し物が泥で汚れているからな、着替えさせるんだ」
「あ、そっか。汚れた着物は廊下に出しておいて。あとで洗うわ」

高耶の服を脱がす。その行為に自分の汚さを感じた。
昨夜、私は何をした?高耶さんという愛する人がいながら、私は。

「なおえ?」
「高耶さん…すいません。起こしてしまいましたね。着替えてください」
「あ、うん。おまえも泥だらけだな」
「あとで着替えます」

高耶が着替えるのを目を伏せて待っていると、高耶から声がかかった。

「直江」
「はい」

そこを見ると、高耶の肢体があらわになっていた。

「昨夜、何かあったんだな?あんなふうに突然帰るなんて。お礼も言わないで帰るなんて」
「いえ、そんなことは」
「何があった?」
「何もありません」
「そうか…」

裸のまま、高耶が直江に抱きついた。

「…どうしたんですか?…」
「おまえから、オスの匂いがする」
「え…」
「あの女に、こうしてもらったのか?」

直江の袴の上から、高耶の手が男根あたりをまさぐる。

「おたわむれはおやめください」
「たわむれじゃない」

袴の紐を解き、腰を緩めて高耶の手が滑り入り、着物の裾を割る。そして褌の上から男根の形を確かめるように握った。
すでにそこは熱を持っていた。

「高耶さん!」
「脱げ。おまえの摩羅を見せてみろ」
「おやめください!」
「やっぱりあの女と何かあったんだな?」
「…それは…」

高耶の手が直江を脱がせ、褌まで取り払ってしまった。

「おまえはオレのものだ。全部。心も、体も、頭も、摩羅もだ。誰であろうが、おまえを自由になんかできない。おまえ自身ですらな」
「…たかやさん…」
「そんなに飢えてたなら、オレがしてやるのに。おまえがオレだけのものになる代わりに、オレがおまえを満足させるのに」

高耶が猛った男根を咥える。搾り取るように吸い、扱き、舐める。
昨夜、お船に与えた時よりも、直江の熱が上がる。焦がれ続けた愛する人が、己の男根を咥えている。
それがたとえ、服従を誓った代償だとしても。

高耶の褌に手を伸ばす。結び目を緩め、取り払う。高耶の男根もすでに大きく立ち上がっていた。それをゆるりと撫で、腰をなぞって菊門を触る。
こんなことは大罪だとわかっているが、主人を辱めているのはわかっているが、止まらない。

菊に指を入れた。

「あう!」

男根から口を外し高耶が叫ぶ。
我に返った直江は体を引き、土下座をした。

「申し訳ございません!主人である景虎様にこのようなことを!」
「直江!」
「お許しください!」

高耶が直江の肩を押し上げて、目を覗き込んだ。鳶色の、美しい目を。

「おまえはじっとしておれ」

直江が果てるまで、高耶は男根を咥えていた。背筋がわななき、ただ男根を晒し、呆けている直江の股間に顔を埋めて。

 

 

 

後悔の念が押し寄せる。高耶から施してきた行為とはいえ、主人に口淫をさせてしまった。
直江の精を口の中で受け止め、それを懐紙に吐き出した高耶の目線は直江を捉えていた。あんなに淫靡な顔は、今までどの女ですらしなかった。
その時の高耶の男根の形が目に焼きついて忘れられない。猛った若いオスが、誘うように涙を流していた。

目を逸らし、己の衣と高耶の衣を抱え、立ち上がった。

「すみません!」

高耶を振り返ることもないまま、障子を開け、全裸のままで廊下を走り去る。この姿を長秀やお晴に見られはしないかとの思いが頭を掠めたが、一刻でも早く高耶の寝所から遠ざからねばならぬと急いで走り、自室にこもった。

「なんてことを…」

しかし一度でも高耶の淫猥な行為に触れてしまったからには、その精を抑えることなどできはせぬ。
思わず抱えて持ち出してしまった高耶の衣に顔を寄せ、匂いを嗅いでまた男根に血を注ぐ。手が勝手に動き出す。
己の摩羅に手を添え、最後に目に焼きついた高耶の男根を思い浮かべて扱き倒す。
高耶を想い、何度もしてきたこのような痴態を知られてはならないと常に秘めていたが、今だけは止められない。いくらでも出せるだろう。桃色の男根が直江の脳を犯す。

「高耶さんッ…」

今は彼も己の手で摩羅を弄くっておるのだろうか。あの張り詰めた、腹に付くほど反り上がった摩羅を。
淫靡な黒い瞳を潤ませながら、己の指を私の摩羅のつもりでしゃぶりながら、背をしならせ、菊をわななかせ、熱い白い精を放っているのだろうか。

精が泉から果てるまで、直江の手は赤黒く充血した男根を握っていた。

 

 

その夜、直江が精も根も尽き果て、疲れ眠っていると障子の向こうから橙色の明かりが近づいてきた。人の気配に目を覚まし、脇差を持って起き上がる。

「誰ぞ、そこにおるのか」
「直江様」

その声は昨夜抱いたお船である。

「お船どの…」

障子を開けると牡丹燈籠に照らされたお船がいた。一人でこの屋敷に入ってきたのだろうか。門の閂をし忘れたのか。

「いかがなされた、このような夜更けに。曲者と間違われても致し方ないのだぞ」
「申し訳ございませぬ。直江様にお会いしとうござりまして、いてもたってもいられずに…」
「だからといって屋敷に来るなどとは。景虎様に見つかろうものなら斬り殺されてしまうぞ」
「それでもお会いしたかったのです」

夜更けに庭で話し声がしては誰に見られるかわからない。長秀やお晴なら見逃してもくれようが、景虎であったならばあの気性だ。真剣で斬り殺されるかもしれぬ。
それに今朝の行為の後、景虎は寝所から出ずに、お晴以外とは顔を合わせようとしなかった。
あのようなことがあったというのに、この刻にお船と自分が逢瀬をしていようものなら直江共々斬首されよう。

「とにかく、こちらへお入りください。景虎様に見つかりでもしたら大変だ」

お船を寝所に入れ、燈籠から火をもらって行灯の明かりをともす。その直江の背に、お船が抱きついてきた。

「あなた様を、もう一度、味わいとうございます。忘れろと言われても、忘れられませぬ。どうか、直江様。お船の願いを聞き入れてくださいまし。直江様!」

すでにお船の手は直江の寝間着の中に滑り込み、男根を握っている。手弱かな手で、ゆるゆると扱き、オスを育てる。

「駄目です、お船どの」

その手を振り払う。そして向き直り、寝間着を正し、見つめる。

「私にはすでに心に決めている方がいらっしゃるのだ。昨夜のことは間違いであった。そなたには申し訳ないことをしたと猛省して
おる。だから、もう帰ってくれ」
「直江様…」
「すまなかった」
「嫌です、そんなの」
「わかってくれ…」
「わかりませぬ!」

直江に圧し掛かるようにして、お船が接吻をする。床に倒れた直江の口に舌を入れ、蕩けるような口付けをした。
またあの香りがする。頭を冒す、甘い香り。柔らかい肌。
一日かけてあれだけ精を出し尽くしたにも関わらず、また不埒な思いが蘇る。

あの人の菊門に、己の摩羅をぶち込んで、恣、擦って、扱いて、突き上げたら、どうなるだろう。

許されない行為をお船に向かって吐き散らす。

果てる刹那、呟いた。

「高耶さん…」

 

 

 

 
         
   
つづく
   
         
   

1へモドル / 3へススム