hold on me,
squeeze 3 |
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直江が入ってきてから3日目、金曜の退社後は直江の歓迎会になった。小さな会社のために集まったのは社員ほとんど。 高耶は浅岡と並んで座っており、その向かい側に千秋がいた。 しかし今日の浅岡は違った。自分から進んでお酌をして回っている。 「直江さん、どうぞ」 直江のグラスにビールを注ぐ浅岡を見ながら、そういうことか、と千秋が呟いた。 「なんだ?そーゆーことって」 1時間ほど千秋と販売員の社員とくだらない話で盛り上がる。たまに視線を感じて振り向くと、直江がこっちを見て困った顔をしていたりする。 「すいません、挨拶へ行きますから」 そう言ってようやく浅岡から逃げた直江は、元は浅岡が座っていた高耶の隣りの椅子に座った。 「お、来たな。直江課長補佐!まあ乾杯しよーぜ。これからよろしく〜」 少し酔った千秋が何度目かの乾杯を勧めた。テーブルにいた6人のグラスが合わさる。 「歓迎会なんてしてもらって逆に申し訳ないですよ」 今までの直江の仕事はどんな内容だったかを聞きながら、ちびちび飲んでいた高耶に統括部長からお声がかかった。 「なんだ?またおまえ何かしたのか?」 しかたなく席を立った高耶を心配して千秋が見つめる。販売員たちも同様だ。 「いつも俺たちの盾になって怒られてるんだよな…仰木くんて…」 直江も周りの話を聞きながら心配になってきた。ここ3日間、高耶と仕事をしていて特に大きな非は認められない。 「おまえなあ、電話連絡なんかするなって言っただろう!」 統括部長や社長が座っているテーブルから怒声が聞こえた。高耶が怒鳴られているようだ。 「おまえが間違ったこと教えると直江くんが迷惑するんだ!」 直江の向かいに座っている千秋は眉をひそめて直江に言った。 「あいつ、あんたに何か間違ったこと教えたのか?」 さっきあのテーブルで何か言っただろうかと考えたが、特に思いつくことはない。 「電話代が無駄になるって言ったろうが!」 部長の言葉でピンときた。 「それか」 そう言うと椅子から立ち上がって直江は高耶の元にツカツカと歩み寄り、部長と高耶の間に割って入るようにして高耶をかばった。 「部長。そのお話ですが、私は仰木くんに賛成ですよ」 食い下がった直江に不快感を持ったのか、部長のターゲットが直江に代わった。 「直江くん。キミは出向だろう?こっちの社員の問題はこっちで処理する。余計な口を挟まないでくれないか」 これにはさすがの直江もキレる寸前だ。笑顔がなくなり、 「わかりました。私は出向ですから、これ以上余計な口は挟みません。ですが仕事は仕事です。その点に関しては私にも権限はありますから先程の話は私が責任を持って改善します」 部長の隣りの社長がハラハラして見ていた。いつも社長の腰巾着の部長が本社のエリート、直江に失礼な言葉を吐いている。 「すいません、さっき私が余計な話をしてしまったんですね…」 モヤモヤした気持ちを酒で鎮めようと高耶は慣れない酒を飲んだ。その高耶を見て自分の配慮のなさに自己嫌悪した直江も酒を流し込む。 「仰木〜。おまえそんなに強くないんだからあんまり飲むなよ」 一気に雰囲気の悪い歓迎会になってしまった。 「オレは帰るから。んじゃ」 居酒屋を出た所で高耶が帰ろうとした。若い社員たちが腕を引っ張って引き止める。 「では私も帰ります。あまりカラオケという気分ではありませんから」 直江の声は落ち着いているが、どうやら酔っているらしい。顔色も良くなく、悪酔いしたんだな、と思った。 「じゃー、オレたち帰るから。またな」 浅岡があからさまにガッカリした様子で直江を見つめている。可哀想なことをしたかもしれないが、高耶は直江に残ってやれ、と言うことはできない。自分のせいで直江も嫌な思いをしたのだ。 「タクシーを拾いましょうか。この酔い方では満員電車には乗れなさそうですから」 朝が弱い高耶は会社の近くにアパートを借りていた。歩けば15分だが、遅刻しそうな日は自転車で行けば5分で着く。 「コンビニ寄っていい?麦茶飲みたい」 帰り道にあるコンビニで高耶はペットボトルの麦茶とアイスクリームを買った。直江はウーロン茶を。一緒にレジに出したら直江が財布を開けた。 「いいって。自分で買うから」 白い壁の鉄骨アパートに着いた二人は1階の高耶の部屋に入った。部屋の隅には畳んである布団、他はチープなAV機器に本棚があった。でも何か欠けている…。 「意外と片付いてるんですね」 部屋の真ん中にある小さなテーブルに買ってきた物を置いてから、座布団代わりにとクッションを出した。 「たくさんCDがあるんですね。仰木、くんは…どんな音楽が好きなんですか?」 そういえばテレビがない。さっき何か欠けていると思ったのはこれだったのか。 「どうしてテレビがないんですか?」 先日から気になっていることが高耶にはあった。直江が自分を呼ぶときに、必ず言葉を詰まらすのだ。 「あのさ、なんでいつもオレの名前呼ぶ時、変に詰まるんだ?」 目の前で男前が困っている。今日は二度も困らせてしまったようだ。 「会社でそう呼ぶわけにもいかないでしょう?あなたを初めて見た時から仰木くん、よりも高耶さん、の方が自然な気がしたんです」 さっきまで困った顔をしていた男前が今度は嬉しそうに笑う。やっぱり男前は笑っても男前だ〜と思いながらその顔に見とれてしまった。 「じゃあ、高耶さん。CDを見せてもらっていいですか?」 ネクタイを緩めながら直江がCDラックの前へ膝で移動する。床に胡坐をかいて座り、ラックの中を覗き込む姿はエリートとは思えないほどほのぼのしている。 「ビートルズは私も全部ありますよ。高耶さんはどのアルバムがお好きですか?」 高耶がビートルズをコンポに入れて再生した。シタールの伸びやかな音が流れる。 「あ、そーだ。電気消してスタンドだけにするとまたいいんだよな」 オレンジ色のランプだけが灯る。その光にグラスの冷えた麦茶が琥珀色に反射する。 「壁によっかかって手足をダラーってさせてみ?何も考えないでボーっとすんの」 言われてやってみたらとても良かった。今までビートルズをこんな聞き方で楽しんだことはない。 「な?すげーいいだろ?」 ああ、そうか。自分が理想としているキレイな人とは、こんな人だ。性別なんか関係なく、焦がれてしまう。 「高耶さんには付き合ってる人がいますか?」 うーん、と考えてから 「憧れてる人はいる」 確かに直江は憧れだが、それは先輩としてであって、恋愛ではない。 「で、どうしたいわけ?」 しばらく冗談に付き合ってやるか。そんな軽い気持ちで返事をした。 「まずは友達からだったら、これからは直江と呼んでください。ね、高耶さん」 三つ指を付いて頭を下げる直江に合わせて、自分もそうした。なんだか笑いが込み上げてきて二人で笑った。 「じゃあそろそろ帰りますね。ありがとうございました。明日、電話を入れてからテレビを届けます」 玄関で見送ると、額にキスされた。驚いて声も出ないまま、ドアが閉まった。 「あいつ、もしかしたら本当に本当なのか?」 だけど、イヤじゃなかった。
つづく
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自分で書いてるくせに |
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