hold on me,
squeeze 8 |
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「あれ〜?直江さんまだ戻ってないんすか〜?」 千秋が営業を終わらせて戻ると、先に戻っているはずの直江がまだ帰ってきていなかった。 「なあ、仰木が入金したはずの7万てさ、ホントーにないわけ?」 そういえば直江はどこに行ってるのだろうか。出かける前の様子だったら高耶のアパートに行っているかもしれない。
高耶はクッションの上で小さく丸まっている。その正面に直江も正座で座っていた。 「何から知りたいですか?」 そんなことも知っていたのか。どこかで見られていたのか。 「仕事で聞きたいことがあって、それで帰りに食事をしただけです」 今年度から入金が不足しているのに、横領しているとなればテレビがないアパートは不自然だ。 「正直、おまえがオレを庇って16万出したとき、おまえを最低だって思った」 いつでも直江は嘘をついているようには見えない。今までだってそうだった。 「わかった。信じる」 直江が目を閉じる。高耶が横に座ったようだ。小さく囁く。 「おまえを好きなんじゃなくて、おまえを愛してるんだ」 いつか直江が高耶を口説くために使った手だった。それをもう一度なぞって、今度は高耶が直江に気持ちを伝えた。 「わかった?」 高耶を腕の中に閉じ込めて、きつく抱いた。高耶の腕も直江の背中に回って強く抱く。 「わかんなくない。オレはおまえを愛してる」
1時間ほど予定より遅れて直江が会社に戻った頃、重役会議が行われていた。重役といっても小さな会社。課長の色部ですらかりだされ、社長室にて6人で行われる小さな会議だ。 「何を話し合ってるんでしょうか?」 いつも席にいる経理の女性に聞いてみたがわからないそうだ。 「でもさっき仰木くんがどうとかってコーヒーを運ぶ時に聞こえてきましたよ」 話しながら出してもらったファイルをデスクに持って行って、直江の持っている手帳を照らし合わせた。 先程、高耶と愛を確認しあったのはいいが、このまま横領疑惑が晴れないのなら辞めるつもりだと言っていた。 まだ定時になっていなかったが、バッグに書類を詰め込むと直帰します、と言って出て行った。
翌日、高耶が出社してすぐ、色部に呼ばれて社長室へと連れて行かれた。 「何があっても、何を言われても、キレたりするなよ。俺はおまえを信じてるからな。それとな、できるだけ話を伸ばせ。粘り強くな。 わけがわからずドアをノックして二人は入って行った。すでに重役が5人揃っている。 「座りなさい」 社長の机を左右3人がけのソファを挟んだ正面に、背もたれもない椅子が用意されていた。 「今日はな、キミの入金ミスについて話がある」 あえて横領と言わないあたりが社長の老獪ぶりを表していた。とうとう来たか、と覚悟を決めて高耶は背中を伸ばした。 「今年度に入ってから計上で会わない数字が130万弱。先日の16万は除いてだ。昨日部長からも言われたそうだが7万の入金はどうした?」 押し問答が続いた。水掛け論になってもいいから長引かせて、色部の言うとおりに時間を稼いでいればどうにかなるはずだ。 「仰木〜。そろそろ白状しちまえよ。今なら不問にして、返済するだけでいいと社長からの仰せなんだぞ」 部長は高耶が横領したと決め付けて話を進ませている。しかしやっていないものはやっていない。 「失礼します」 ノックに続いて直江が入ってきた。知らない顔の数人を引き連れて。 「お話中すいませんが、先に皆さんにこちらの話を聞いてもらいます」 有無を言わさない強い口調で直江が応接セットのテーブルの前に、高耶を押しのけるようにして立った。 「直江くん。もう少し待てないのか?」 そう言うと直江が連れてきていた男性たちがテーブルに数枚の書類と封筒を出した。 「こちらはこの会社の接待費の計上です。今年度の予算内ではありますが、半年分ほどです」 人数分コピーしてステープルで綴じてある書類が全員に回る。その金額を見て色部以外の全員が訝しげな顔をした。 「これがどうかしたか?予算の食い違いなど毎年のことだろう」 一枚めくって接待費の内容と申請者の一覧が出てくる。 「これは…」 高級クラブ、ゴルフ場、高級旅館などでの接待費として使われているのが一目瞭然になっている。 「そしてこちらを」 封筒の中身は調査書だった。写真入りで数枚に渡ってファイルしてあった。 「5月12日。この前日に仰木くんがしたはずの入金11万弱がなくなっています。そして12日の夜の写真です。新宿の繁華街で部長の姿を捉えたものです。調査によりますと、この風俗店で部長は友人と思われる2人と10万ほど使用しています。領収書はもちろんありません。そして二枚目。これは先月の休日の競馬場ですね。調査員が確認したところ、その週の木曜にまた仰木くんが入金したはずの24万が紛失しています。部長が競馬場で使った金額は25万です。どうぞ皆さん、もっとありますから見て行ってください」 部長以外の全員が書類手にとってを食い入るようにして見ている。 「直江くん!こんな、こんな調査をして何を考えてるんだ!」 先程まで息巻いていた部長が青ざめて座っている。 「今なら返済だけで不問に付しますよ?まあ、人の口に戸は立てられませんけど?」 一体何が起こっているのかわからなかった高耶が呆然と直江を見ている。 「仰木くんは横領などしていないと、わかったでしょう?ではこの会議は今から私の権限で統括部長の査問および審議に入ります。 誰にもイヤとは言わせなかった。 「仰木くん。もう戻っていいですよ。大変な目に遭いましたが、あなたは優秀な社員ですから、胸を張って戻ってください」 呆然としたまま高耶は社長室から出て行った。
つづく |
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一話から引っ張ってきた部長が |
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