hold on me, squeeze


 
         
 

高耶がフロアに戻ると、千秋をはじめ心配げな同僚がすぐに近づいてきた。
まだ何がなんだかわからない高耶は質問を矢継ぎ早にされても返答できずにいた。

「とにかく全員いったん落ち着こうよ。仰木くん、なんで社長に呼ばれたんだ?」
「えーと、入金ミスってか、横領疑惑で、査問されてた…」
「それでどう答えたんだ?」
「してないって答えた」
「疑惑は晴れたのか?!」
「そう、みたい…」

ここまで聞いて、千秋だけが直江が社長室に入って行った理由がわかった。今日が直江の決行日だったのだ。
それからもたくさん質問されたが、高耶はどう答えていいものかまだ思いつかない。

「疑惑が晴れたんだったらメデタシメデタシってことでいいじゃねーか。な?営業回りしよーぜ!行くぞ!仰木!」
「ええ?ああ、そっか」

千秋が高耶の腕を掴んでエレベーターまで引きずって行った。後に残された社員はどうして直江が本社の人間らしき数人と社長室に入ったのか、どうして高耶が出されてきたのかの疑問が残っていた。
色々な憶測がフロア内を飛び交ったが、昼休みになってもドアが開かない社長室で何か重要な会議が行われていることだけは予想できたようだ。

 

 

今日一日は仕事をした気がしないまま、定時でアパートに帰ってきた。
営業に出ている間に直江や社長たちは本社の会議室へ移動したようで、どうなったのかもわからない。
営業で千秋と一緒に回りながら今までのいきさつを話してもらった。千秋も昨日直江から聞かされて知ったのだそうだ。

「じゃあ、直江って本当に本社の調査部だったんだ…そんな部署あるんだな」
「隠密同心みたいなものらしいぜ。探偵みたいな真似したり、潜入捜査したり」
「オレが失くしたって言われた16万を出したのも…?」
「そう。ああやって被害者を庇うのは調査の一環。あの場合は誰が盗んだのか、おおよその見当は付いてたから、顔色で判断するためだったんだと」

他にも千秋が直江から聞いていたことを話した。
吸収のために調査が始まったのはもう半年も前。部長に的が絞られたのは4月からで、ずっと進行していたこと。
最近になってようやく確信したので、この会社に入ったこと。
部長が高耶をスケープゴートにしていたこと。
直江はすべて知っていたようだ。

もしかして、調査のために利用された?
こっちが性欲の処理のために利用していたように、直江も?

まさかと打ち消して、その日の仕事を終わらせた。

 

 

高耶がアパートに戻ってから数時間後。
夕飯のホカ弁の空き箱をゴミ袋に入れて口を縛っていたらインターフォンが鳴った。そのまま玄関のドアビューで来客を確認した。

「直江…」

直江が連絡なしでここへ来るのは珍しいことではない。いつものことだ。
ドアを開けて直江を迎え入れる。

「どうした?もう会議は終わったのか?」
「ええ、とりあえず今日は終わりました。高耶さんにすべてをお話しようと思って来たんですが」
「ああ、それか。いいよ。今日、千秋から聞いたし」
「そうだったんですか。何かもっと聞きたいことがあればいくらでも質問してくださいね」

玄関先で直江にキスされて、自然に直江の腕を掴んだ。カサリとポリ袋の音がした。

「何買ってきたんだ?」
「お弁当です。高耶さんのお気に入りのお弁当屋さんのね。ここで食べさせてください」
「いいよ」

テーブルに弁当を広げて食べ始めた直江に麦茶を出す。
ありがとうございます、と食べながら言う直江に行儀が悪いからやめろと叱った。
こんな男前が小さなアパートでホカ弁を買ってきて食べながら、高耶に叱られる図はたまらなく可笑しくてつい心が和む。

「明日も会議?」
「ええ。そうなりました。部長にはもう少し付き合って頂きます」
「なんかさ、そんなことになってるとは思ってなくてビックリしたよ。オレが辞めるように仕向けてたのって、オレが辞めた後に横領もピッタリやめて、全部オレのせいにしようとしてたってことだろ?」
「そうです。いい勘してますね」
「ああ腹が立つ!徹底的に絞ってやれよな!」
「もちろん。私怨も込めて絞りますよ」

冗談のような口調だったが、直江の目は本気だ。そこでひとつだけ気になっていた質問をぶつけてみた。

「部長がオレに濡れ衣着せてたのを知ってて、近づいてきた?」
「最初はね。私が営業を選んだ目的はそうですよ」
「それからは?」
「本当に好きになったんです。そうでなければ男同士でセックスなんかしませんよ」

ああ、そうですかい…

「ご馳走様でした。ここのお弁当って美味しいですね」
「オバちゃんと仲良くなると磯辺揚げオマケしてもらえるぜ」
「どうやって仲良くなるんですか?」
「オバちゃ〜ん、今日も若々しくてキレイだねーって」
「……もしかしてあなた、女タラシなんですか?」
「そうだよ?知らなかった?でも男もタラせるようになったから、これからは…」
「ダメです!!そんなこと許しません!!」
「嘘だよ、ノリ悪いなあ。女もタラしたことないよ。オレの冗談に付き合うのは弁当屋のオバちゃんぐらいだってば。オレを信じてくれって言ったろ?」
「そうでした…冗談がキツいですよ、もう」

ふいに高耶の手が直江の頬に伸びた。その仕草に艶を感じてドキリとしたが、指が頬を撫でてご飯粒を取った。

「弁当ついてた、ってよくオフクロに言われたろ?」

指先のご飯粒を高耶は口に運んで食べた。

「これからも取ってやっから、一緒にメシ食おうな」
「はい。どうぞよろしくお願いします」
「泊まってく?」
「もちろんです」

 

 

 

それから数日して、朝、社員が出社すると部長のデスクに荷物がなくなっていた。昨日付けで退職したらしい。
社員には詳細は伝えられなかったが、もうすでに噂は広まっているようでヒソヒソと話す社員もいた。

直江が本社調査部の人間だと知られるのはこの先の調査に支障をきたすため、課長補佐のまま営業を続けている。
高耶と一緒に営業に出ると、戻りが遅くなることに気付いているのは千秋のみのようだ。
浅岡はその後しばらく直江を避けていたが、時間が立つごとに立ち直ってきたようで、最近では直江奪取計画を立てているとの社内でもっぱらの噂だ。高耶が毎日ハラハラしているのは言うまでもない。

直江が高耶にコッソリ教えてくれたことによると、色部も元々は調査部にいたそうだ。現役で調査部にいたころ、直江が調査部に入ってきてノウハウを教えたらしい。
色部が調査部にいた経験のおかげで、部長の横領が明確になった。

10月の人事異動で直江は本社に戻るそうだが、その際に高耶と離れて働くのは不安だと言い出した。
この会社に入って高耶が客からも社員からも人気があるのを知って、女に関わらず、どこぞの男に言い寄られたりしたらたまらないのだと言う。
毎日、嫉妬に狂ってしまうだろう、と。

「しかたないだろ。おまえは本社の人間で、オレは子会社なんだから。どうせ来年には吸収されちまうんだし、オレも本社勤務になるんだろうが」
「ですが、このまま店舗は続けるんだそうですよ?私はどこに派遣されるのかわからないし。私の目の届かない部署にあなたがいるってことなんですよ?」
「オレも調査対象かよ」
「個人的に調査したいぐらいです」

肩を落として高耶の部屋のカーペットをいじる。
仕事以外では情けない姿をするもんだな、と思いながら、前々から気になっていた提案をしてみた。

「だったらさあ…、一緒に暮らさねー?」
「本当ですか?!信じていいんですか?!」
「だからあ…」
「信じてほしいだけ。そばに…いさせて欲しいんじゃなくて、そばにいる…ですね」
「そう。よくオレが言ったセリフを覚えてたもんだな…恥ずかしい…」
「そんな私も好きでしょう?」
「まーな」

だったら私はあなたを搾り尽くすように抱きしめます。
こうして。

 

 

おわり

 
         
   

これで全部終わりです!
ここまでお読み頂きまして
ありがとうございました!!
初の中編で、
まったくうまく構成できてなかった
ことを反省してます。

またこんな感じで書くかもしれません
ので、よろしくお願いします!

   
         
   

8ニモドル  / オマケ・その後