連続昼メロドラマ風小説全6回
   
 
一枚の錘
 イチマイノオモリ


 
         
 

あれから一週間してまた商店街で買い物をした。今度は電球が切れたから電器屋へ。点けたり消したりすると電球ってのはすぐに疲労してしまうし、いつも残業のオレは防犯のために台所の電灯だけは寝る時以外つけっ放しにしている。
付け替えが面倒にならないように寿命の長いのを選んでそれを買い、いつものように肉屋でコロッケを買った。
今回はカニクリームコロッケを無事に買うことができた。

もしかしたら、あの直江ってやつが公園にいるかもしれない。用はないが先週の経済の本の話も少し気になってるし、今度はもう少し詳しく作業員の話も聞いてみたい。楽しそうだったら紹介してもらえるかも。

「高耶さん!」

いた。公園のベンチに座ってコロッケとパンを食ってる。オレも食パン2枚入りパックを買ったから、それにコロッケを挟んで、コロッケパンにしようと思ってたとこだった。

「またいたんだな」
「ええ、あなたが来るかも知れないって思って」
「なにそれ」

隣りのベンチに腰を下ろして、コロッケを食パンに挟んだ。そうしたら直江が意外そうな顔をして覗き込んできた。

「そうか。そうすれば不味いコロッケパンなんか食べなくても出来立てコロッケで美味しいのが食べられますね」
「だろ?けどそれだけじゃ野菜不足になるから野菜ジュースも」
「考えてますね」
「当たり前だ。健康ってのは本人の努力や工夫がないと得られないもんなんだよ」
「…そうですね…。ええ、よくわかります」

コロッケパンを食べ終わってから、直江に同僚が過労死した話をしてやった。直江は他人の事とは思えない様子で黙って聞いて
いた。

「もしかしたらそれは、私の身にも起こっていたかもしれないんですよね…高耶さんは大丈夫なんですか?」
「オレは平気。栄養考えてメシ食ってるし、睡眠時間もできるだけ捻出してるし、昼休みも寝てる。サボって休憩もしちゃうし」
「そうですか。でも出来るだけ早く家に帰って寝てくださいね。体を壊してからでは何もなりませんよ」
「わかってる。死んじまったら何もかも終わりだって知ってるから。だからって堕落した生活もしたくない。オレは自立して誰にも頼らないで生きていく自信がある。マズイと思ったら考えるようにできてるしな」
「誰にも頼らないで…って、ご家族は?」
「いない。両親は離婚して家族はバラバラ。母親は再婚して妹と新しい旦那さんと仙台だし、親父は…行方不明」

どうしてこんな男に身の上を話したか自分でもわからないけど、別にオレはこういった話を他人にして恥ずかしいとか、同情して欲しいとか、そんなのは感じない。ただ単に真実だから話したってかまわない。
直江は可哀想にって顔はしなかった。こう言っただけだ。

「じゃああなたは常に強くなくてはいけないんですね」

だから、こう答えてやった。

「そうだ」

その瞬間、直江はオレを見て悲しそうな顔をした。
どうしてだろう。意思をしっかり持って話したオレを、悲しそうに見るヤツは今までいなかった。
たいたい、すごいですね、とか、頑張ってとか言われる。そんな答えを期待してはいないが、反応が違うと違和感を覚える。

「弱い人間は嫌いですか?」
「大嫌いだ」
「でしょうね。あなたは目がそう言ってる。でも高耶さん。あなたに救われる弱い人間は多少なりともいると思いますよ」
「なんだって?」

どんな意味なのかはわからなかった。直江はオレの言い返した言葉を無視して立ち上がった。

「もう時間です。戻ります。来週もここで会えますか?」
「は?」
「毎日ここで昼食をとっています。もし良ければ来週も話し相手になってください」
「ヒマだったらな」
「それでかまいませんよ。ではまた」

小脇に置いた黄色いヘルメットを持って、直江は公園を出ていった。オレは手に持っていたコーラのペットボトルを口にして、公園から見える作業中のマンションを見た。意外な所で意外な人物が働いてるんだな。こんな話が出来るやつがいたとは。

それから公園の中で遊んでいる子供を見た。公園デビューとかいう習慣てまだまだあるんだろうか?
オレが小さい頃は親と一緒に公園なんか行かなかった。近所の兄ちゃんとかが誘いに来て、それで子供だけで遊ぶような感じだったのに、今はどうして親の社交場みたいになってるのかわからない。

それに、見ろ。
転んで泣けば親がすぐそばにいるから、あいつらはガマンをしない。意地でも泣かないで自分で傷口を洗って、友達ともう一度遊ぼうって気にはならないのか。
ああいうガキが将来弱い人間になるんだ。ガマンも、意地も、根性もない大人になるんだ。親父みたいな。

「くそったれ」

公園を出ようと立ち上がって、出口に向かって歩いた。鬼ごっこをして遊んでいた子供がオレの脇を走り去って行こうとしたが、後ろから追いかけてくる鬼を振り返ったせいで前を見なかったんだろう。
オレに全速力でぶつかった。当然、体の小さい子供は転ぶ。

「大丈夫か?」

手を取って立たせようとしたら、その子供の母親が般若のような顔をして走ってきて、子供を抱いて立たせた。

「大丈夫?!怪我は?!」
「うわーん、おかあさーん!」

子供はたぶん5歳ぐらいだ。しりもちぐらいで泣くなんて、おかしくないか?

「もうちょっと気をつけて歩けないの?!」

ちょっと待て。それはオレに言ったのか?

「子供が走ってるのがわかってるのに、どうして避けてくれないんですか!」
「おい」

母親の方を向いて、顔をしかめて睨んだ。

「まずは母親であるあんたがオレに謝るべきだろう?そうやって甘やかして子供のためになるとでも思ってんのか?そんなの弱い人間になるだけなんだ。それが母親の望むことなのか?弱い子供に育って欲しいってか?バカバカしい。子供が転ぶのがそんなにイヤなら外で遊ばせるんじゃねーよ」
「な、なんですって!」
「あんた自身が弱い人間なんだろうな。子供は親を見て育つんだ。きっとあんたに似て立派に弱い人間になってくれるだろうよ。
ええ?万々歳だな」

まだキーキーがなりたてそうな母親を無視して公園を出た。来週、直江と会うのはもうご破算だ。ここへはしばらく来られないな。
まあ、いいか。
別に直江に会いたいわけじゃないし。

 

 

 

そして直江との再会はなく、二週間が経った。
珍しく定時に帰ってくることが出来たオレは、さっさと家に帰って風呂に入って寝てしまうつもりで、夕飯は簡単にハンバーガーで済ませることにして買った。
さすがに毎日疲れて帰ってきてるだけに、早くに帰れる日は早く寝て疲れを一気に取り除きたい。

「高耶さん?」

商店街で声をかけられた。直江だ。

「スーツ姿だったので気が付きませんでした。かっこいいじゃないですか」
「そーゆーあんたはいつもの作業着姿なんだな」
「ええ。このまま歩いて帰るつもりだったんです」
「歩いて?近所だったのか?」
「近所というか…寮です。会社で一軒家を借りてもらって、そこで作業員が数名で住んでます」
「ふーん…じゃあ、家は?」
「実家は宇都宮ですけど、今は決まった家はありません…」

そうだっけ。会社を辞めて貯金もなくて、たぶん家賃が払えなくなって追い出されたんだろうな。それで寮のある仕事に就いた
わけか。
同じ方角だったから歩きながら話した。

「それ、夕飯ですか?」
「そう。久しぶりに早く帰れたから寝貯めしておくつもりでさ。少しでも睡眠時間を取りたいんだよ。だから今日は手抜き」
「そうですか…高耶さんさえ良ければ一緒に食べようと思ったんですけど…仕方ないですね。体を休める方が大事ですからね」
「あんたこそ、しっかり栄養つけて休まないと大変だろ?肉体労働してるんだから、体が資本なんだぞ」

こんなでかい体でジャンクフードなんか食ったら力も出ないだろうに。

「そうします。とりあえず今日は寮でしっかり食べますよ。でも高耶さん。どうして最近公園に来ないんですか?」
「ああ、あそこにいる主婦とちょっとあってな」
「ちょっとって…不倫とか?」
「違う!ケンカみたいな感じになったんだよ!なんだよ、不倫て。冗談じゃない」
「じゃあもう来ないんですか…」
「行かない。二度とあんなわけわかんねーことで罵られたくないしな」

困ったように直江は笑って、でしたら…と言った。

「でしたら、別の場所で会えませんか?」
「はあ?!なんで?!」
「もっと話がしたいんです。それだけじゃダメですか?」
「変なの。いいけどさ。どこで?」
「本当にいいんですか?」
「いいよ。あんたと話すの楽しいし。土曜は公園ぐらいまでしか出られないんだろ?だったら日曜は?」

日曜なら時間も昼休みだけって決まってない。少しのんびりできる方がオレとしても有難い。

「日曜、ですか?」
「ああ、ダメなら土曜でいいけど」
「いえ、とんでもない。日曜で」

そう言ったはいいものの、直江は貧乏人だ。オレよりもたぶん。コロッケとパンが昼飯なぐらいだからな。

「そしたらウチ来る?日曜だったらちゃんとした食事作ってるから何かご馳走すっけど」
「…いいんでしょうか…?」
「いいよ。まあ、オレに付き合ってのんびりしてもらう駄賃みたいなもんだ」

直江はきれいな笑顔を見せた。作業員の格好をしてるくせに、飛び切りキレイだった。

「面白い人だ。じゃあ、今度の日曜に会いましょう。待ち合わせはこの先の四つ角で。何時がいいです?」
「そーだな…昼飯食いに来いよ。1時でどうだ?」
「はい、わかりました」

そう言ったところで道が分かれた。オレは左の道へ。直江は右。

「じゃあな」
「ええ、日曜に。昼食、楽しみにしてます」

オレはまったく気が付かなかった。あいつがいつも笑ってるから。
オレが直江を傷つけてたなんて。

 

 

会社では毎日残業が続いた。過労死までする人間が出たってのに、まだまだ残業を改善する気はないらしい。オレは別にかまわないんだけどな。
だって、それだけ働いてれば嫌なことを忘れる。親父のことも、地元のことも、今の人間関係も。
そして、過労死したヤツがいたことさえも忘れる。

結局、過労死ってのは本人の問題であって会社側の問題ではないってのが実情としての意見だ。あいつは要領が悪かった。
よく考えてみろ。オレやあいつだけじゃなく、他の奴らだって同じぐらい残業して、同じぐらいか、それ以上の仕事をしてるんだ。だからあいつは勝手に死んだってことだ。

そう。勝手にすればいい。誰だって勝手に生きてりゃいいんだ。親父がそうしたように。
オレがこの会社で働いてるのもオレの勝手だ。辞めるのだって。誰にも文句は言わせない。

その日、会社が終わったのはまたもや深夜だった。まばらに残っていた同僚も一人二人と帰り、最後にオレだけが残った。
会社のドアの鍵をかけて、いつもの高架下を通って駅に向かう。酒臭い連中の脇をすり抜け、下を見ればいつもいる怠け者たち。
浮浪者が数人いた。
こいつらは何人もこうして高架下にいるのに、仲間ってわけでもなく、群れるって感じでもなく、ただそこに居るだけだ。
だらしなく体を横たわらせているのもいれば、座って目を瞑っているのもいる。
だけど新入りとは馴れ合わないようで、たまに新入りがいてもすぐに居なくなってしまう。そして別の場所でその新入りを見かけることもある。

こうして浮浪者の社会も成り立っているんだろう。人間関係なんかもないようであるんだろう。
いつか、オレも体にガタが来て、こうなる日が来るんだろうか?あの親父の子供なんかじゃロクな死に方はしないよな。
だけど今のオレは働ける。真面目に働いて、その代価を給料としてもらえる。今以上の贅沢なんかしたいとも思わないけど、できるなら死ぬまで働きたいって思う。
結婚なんかする気はまったくないけど、死ぬなら畳の上で。それだけでいいんだ。贅沢は、言わない。

 

 

つづく

 
         
   

高耶さんがとても冷たい人間に
なっているので、私としては
楽しいんだけど、読んでる皆さんは
ヒー!とかなっちゃう?

今回は全然甘さがないので
苦手な人はいまのうちに
やめておいた方がいいかも。

   
         
   

1へモドル / 3へススム