そうこうしてるうちに土曜日になった。
直江が明日来るから食材を買っておかなきゃいけないと思って、商店街に行ってセール品ばかりを狙って買い物をした。
和食が作れそうな食材ばっかり揃ったから、肉じゃがと、アジの干物と、小松菜のからし和えでも作ろうと決めた。
あとアサリの味噌汁にでもするか。こっちは輸入物のアサリが特売だった。
日曜だから昼からビールでも飲んで、ビデオでも借りて見ればいいかなって思って、酒屋とレンタルビデオにも行った。
映画はどんなのが好きなんだろう?
話によると元々は真面目なサラリーマンぽかったから、たぶん洋画でいいんじゃないかな。オレはアクションが好きだけど、直江は
ヒューマンものが好きそうだ。
オレも見たかった「フィッシャーキング」って洋画と、自分だけで見るつもりのジャッキー・チェンの映画を借りて帰って、土曜の昼飯はいつものコロッケとパンにした。
日曜は昼前にいつも起きる。
起きて、顔を洗ったりしてから着替えて昼飯の準備をする。
このアパートに誰かが来るなんて、引越してきてから譲ぐらいだった。しかも入社してすぐだったから、1年間誰も来てない計算になる。
掃除は土曜にして、日曜は何もしないでのんびりってのがオレの過ごし方だ。直江が来てもそれほど気を使わないで済むと思う。
元々気を使うタイプじゃないんでね。
友達が近所に出来たんだって思えばいい。何かと便利だよな。
「お待たせしましたか?高耶さん」
「いや、待ってない。今来たとこ」
普段着の直江は別人みたいだった。ヨレヨレの作業着じゃない。アイロンなんかかけてないけど、質の良さそうな白いシャツ。
リーバイスのジーンズ。革で出来たパトリックのスニーカー。作業員やってるなんて思えない。
「そうゆうカッコしてると若者みたいだな」
「まだ若いつもりですけど、変ですか?」
「変じゃない。なあ、あんたって何歳なんだ?」
「31歳です」
そんなに若かったんだ。けどオレと11歳も離れてる。話が合うかわからないけど、たぶん大丈夫だ。何も話さなくても居心地悪くないやつだし。
「オレんち、こっち。ここから10分ぐらい」
「はい」
特に何かを話すってこともなく、家までの10分を歩いた。その直江の手にはケーキ屋の箱がぶら下がってた。
「ああ、これですか?甘いものはお好きなようなので、これをお土産にしたんです」
「なんで甘いもの好きだってわかったんだ?言ってないよな?」
「コーラ飲んでたじゃないですか。あんな甘ったるいもの、好きでなきゃ飲みませんよ」
コーラは好きだ。コーラってか、炭酸が好きなんだよな。たぶん毎日疲れてるからだろう。スッキリしたいなって思うと自然に炭酸に
手を伸ばしてしまう。
「あとで一緒に食べましょうね」
「うん、そうだな。直江は甘いの好きなのか?」
「普通に食べますよ」
オレは近所のコンビニにあるなめらかプリンが好きだとか、直江は昔ながらのタイ焼きが好きだとか、そんな話をしながらアパートまでたどり着いた。
「散らかってはいないけど、キレイでもないからな。気にすんなよ?」
「ええ。私の寮もそんなにキレイじゃありません。男所帯ですからね」
狭いアパートに直江ってゆーでかい男が入ってくると狭さが目立つ。男が二人もいれば狭くもなるのか。オレだって身長はでかい方なんだしな。
「テキトーに座ってて。あっため直したらすぐ食えるからな」
「はい」
ニッコリ笑って正座で座る。なんだか調子が狂うな。もしかしてこいつ、どこかのお坊ちゃんだったんだろうか。
そんな雰囲気がする。
午前中に作っておいたものをあっためて、少し冷めた干物を出した。ついでにビールも出しちゃえばいいか。
「ビール、ですか」
「うん、飲めなかったか?」
「いえ、頂きます。好きですから」
良かった。もし嫌いだったら他に酒なんかないし、オレだけ飲んでちゃ悪いよな。
「さー、食おうぜ。オレも腹ペコ」
「美味しそうですね。いただきます」
ちゃんと箸を持って、行儀よく食べる。今更気が付いたんだけど、もしかしてこいつって本当はモテてたんじゃないかな。
いくら忙しくても女は姿を見るだろう。その姿に惚れるってこともあるだろう。ただ本人が忙しかったから女と出かけることもなくて、
それでモテないって思ってただけなんだろう。
だけどそんなのに興味はない。他人がモテようがモテなかろうが、オレには関係ない。
「あんたさあ、そーゆーカッコしてれば女にモテるんじゃねーの?今度一緒にナンパとかしに行く?」
「行きませんよ。そんなの楽しくないでしょう?そうやって付いてくる女に信用できるのはいませんからね」
「そうなの?」
「そうなのって、あなたナンパの経験があるから私と出かけようって言ったんじゃないんですか?」
「ないっての。オレどっちかって言ったら硬派だもん。それに…正直な事言うと面倒でさ。どうせ毎日忙しくて、会うヒマなんかないし、土日だって疲れてるのに女に気を使って無理したくねーし」
これは本音だ。女がいたら何かと面倒そうだなって思う。彼女がいた経験がないオレが言うのもなんだけど、本気でそう思う。
経験がないからこそ欲しいとも思わないのかもしれない。
「私はいいんでしょうか?」
「だってあんた、気を使わなくても良いじゃん。黙っててもいいし、話しててもあんま考えなくていい会話ばっかりだし」
「そうでしたか…?」
「いきなり経済の話したら追い出すけどさ」
「しませんよ」
食事が終わってから、ケーキを出してきて映画を見た。フィッシャーキング。
ラジオのDJが電話をかけてきた聴視者に余計なこと言って、殺人を犯させてしまうって出だしだ。その被害者はどこかの幸せな
家族。それから数年して、頭がおかしくなった被害者の男と、DJが出会って、親睦を深めて、病気を治して、ってゆうそんな話だ。
見ていたら直江が眉をしかめて黙っていた。そんなシーンじゃないのに、だ。
「どうかした?もしかして、見たことあったか?」
「いえ、ありませんけど…なんとなく、境遇が似ていたもので」
「え?家族が死んだ、とか?」
「いいえ、家族は実家で元気にやってます。そうではなく…色々と…」
なんだろう?話す気がないなら聞かなくても全然かまわない。直江の私生活なんか興味なければ聞きたいとも思わない。
オレだって自分のことをなんでもかんでも話す気はない。
「あなたは、あなたが傷つけた人間に、この作品の主人公のように心から接することはできますか?」
「は?」
映画が終わって巻き戻しているところに質問が来た。急にそんな質問されても。
「私は逃げ出しました。私が被害を与えてしまった人たちから。金で解決させて。そして心から接することもできませんでした」
「ふーん。まあ、そんなもんじゃねーの?」
「できることなら、謝罪をしたい。でも、被害が消えるわけじゃない。だから今も逃げてます」
もしかして犯罪者?まさかな。
「あなたも、誰かを傷つけて生きているって気が付きませんでしたか?」
「え?」
「人間は多少なりとも誰かを傷つけて生きていかなければいけない。そう思いませんか?」
「まあ、それは思うけど…けどオレ、そんな他人を傷つけるほど交友関係ないからな〜」
実際そうだ。友達って言えるのは譲ぐらいしかいない。あとは会社の人間だけど、こっちは友達ってほど話したこともない。
本当に仕事だけしてる相手だ。流れ作業みたく、ああして、こうして、こうなるって感じ。
「もし、あなたのお父さんが、あなたに傷つけられたのが原因で失踪してしまっていたら?」
「有り得ない。オレが傷つけられたかもしんないけど、親父を傷つけたなんて思わない」
「そうですか。…色々と苦労してきたんですね」
まただ。全然同情しない顔で、当たり前の苦労みたく言う。
「私がなんであなたとこうしているか、わかりますか?」
「タダメシ食いたかったから?」
「いいえ。あなたに好かれたかったんです」
「すかれ…」
好かれたかったって?どうして?
「コロッケを譲ってくれたから、あなたがいい人に見えたんです。それだけじゃダメですか?」
「…変なの。あ、わかった。あんた、友達いないんだろ」
「いませんね、そういえば…だからかもしれない」
「じゃあお互い友達少ない同志ってことで」
「はい」
すげー年上だけど、全然共通点ないけど、こいつだったら友達になれるかもしれないって思った。
その日は夜まで直江と過ごした。色んな話をして、けっこう頼りがいあることもわかった。
直江が帰ってしまうと寂しくなった。なんとなく思ったんだよな。ああいう大人は理想の親父像だって。親父が直江みたいだったら、
離婚することもなく、酒びたりにもならず、オレに暴力も振るわず、オレの金盗んだりもせず、失踪だってしなかったんじゃないかな。
甘えるってわけじゃないけど、直江と話してると落ち着く。だからまた来週も来いって言った。直江は笑ってありがとうございますって答えた。どこかに出かけるわけでもなく、二人でダラダラして過ごして、楽しむ。そんな感じ。
小さいころに親父の横で過ごす日曜が好きだったから。
何回かそうやって会ってて、ある日、直江が来週は来られないって言った。どこに行くかとかは聞かなかった。
ただ「あ、そう」って言っただけ。別に直江がどこに行こうが何をしようがあいつの勝手だ。
だけどその日曜は不安で、寂しくて、イライラしてて、直江が何をしてるのか気になってた。
翌週、直江はまたオレのウチに来て、食事をした。映画は見ないでトランプやって。
「何か賭けますか?」
「えー?何を?賭けるっつっても金なんかないぞ。直江だってねーだろ?」
「ありませんよ。だからお金のかからないもの。例えば、プライドなんかを」
「プライド?」
「そう。一日間、何でも言うことを聞くとかね」
「面白そうじゃん!絶対勝つ!そんで直江に洗濯とか掃除とかしてもらうんだ!」
「じゃ、始めましょうか」
種目はオイチョカブだった。鉄工所で働いてた時に先輩にさんざん負けて教え込まれて強くなったから自信があった。
一方、直江は寮でみんなとやってようやく勝てるようになったと言っていた。
エースから10の札までを使って、カードを伏せて並べていく。
9回勝負って決めて、賭けの目印にコーラに付いてきたフィギュアを使った。オレはバットマン、直江はロビン。
今は9本場。どっちも4回ずつ勝ってる。
「よっしゃ!ニロクでオイチョだ!」
これで直江はオレに勝てる確率はほとんどない。
「おや…私は…」
親の直江が最後のカードをめくった。パシンといい音をさせて叩きつける。
「カブですね。私の勝ちです」
10の川に9のカードを叩き付けたんだ。これでこの勝負は直江の勝ち。
「ああー!くそー!なんでだー!!」
「残念でした。私に運が付いてたってことでしょうね。さて、私の勝ちですから…」
「もー!なんでも言ってみろ!夕飯も作れって言うなら作る!肩揉めって言うなら揉む!」
「いい覚悟です。では、私に抱かれてください」
ちょっと待て。今、なんつった?抱かれろ?
「おい…」
「約束ですから。私とセックスしましょう。あなたが女役です」
「冗談だろ…」
「いいえ」
そんなバカな。
逃げようとしたら足を掴まれて転んでしまった。倒れたオレに直江が覆いかぶさる。本気の目だ。
「やめろって!こんなの賭けてないぞ!」
「賭けましたよ。プライドを賭けるって言ったでしょう?あなたのプライドを私が壊してあげますよ」
「嘘…」
「大丈夫。本気でイヤならしませんから。でもキスぐらいしていいでしょう?」
「なんでそんなこと…」
寮でこうゆうの、普通にあるのか?まさか!!
「あなたが好きだからって言いませんでしたか?」
「あれって…だって、友達になるってことじゃ…」
「違います。あなたが好きなんです。一目惚れってやつですよ」
楽しそうにクスクス笑うけど、目が本気だ。どんどん直江の顔が近づいてくる。目をギュッとつぶって、顔を逸らしたけど、直江の吐息が、影が、オレに迫る。
そして、キスされた。
「もしかして、キスするの初めてですか?」
「んな…」
「いつも他人に無関心を装ってるあなたが好きです。ペシミストぶりが好きです。あなたを見るたびに、私は心を抉られてもっとこちらを見てほしくて、優しく接して、少しずつ陥落していったつもりです。キスされてイヤでしたか?」
「当たり前だ!」
「本当に?」
…イヤじゃなかった。直江がオレに関心を寄せてくれてるのは嬉しかった。最初から嬉しかった。
「もっとしますよ。やらない代わりに、キスだけなんですから」
直江はもっとキスしてきた。イヤだって言っても押さえつけられて、大声を出せば隣近所に男に組み敷かれてる高耶さんを見られますよって言って、ずっとオレを黙らせてキスしてた。
ディープキスされて、感じて、オレは自分から舌を絡めた。
「イヤじゃなくなった?」
「…うん…」
「高耶さんは、私を好きですか?」
「…好き」
うん。きっと、ずっと、好きだった。直江がいない週末は寂しくて耐えられなかった。誰に会ってるのか、どこへ行ってるのか本当は気になってた。問い詰めたかった。
直江の日曜を誰かが独占してるのが許せなかった。
「好きだから、抱いていいよ…」
「プライドを捨てて?」
「違う。プライド捨てないまま、直江に抱かれたいって思ってる…」
「遠慮も、優しくもしませんよ?きっと乱暴に扱います。あなたを抱きたくてしかたないから」
「オレだって、優しくしない。直江のためにガマンなんかしない。オレが直江に抱かれたいんだから」
直江とセックスしたい。独占したい。
つづく
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