腕
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なんて最悪な男だ。オレが殺したいのはおまえだよ。
「すいませんが、失礼します」 縛られたままの高耶のジーンズのポケットを男が探る。右の尻ポケットに携帯が入っていた。他には財布がジャケットにあったが 「お名前は?」 男は内線で先程の案内人を呼び出し、高耶の携帯とイカサマでの勝ち金300万を渡してから高坂に、これで借金を返しておけ、 「ああ、それと黒田に連絡を」 黒田という人物が何か関係してくるのかと思ったが、今の高耶にはわかるすべもない。 「もうすぐ解いてあげますから、大人しくしてなさい」 木製の飾り棚から男が何か出した。床に転がっている高耶からはそれが見えなかったが、何かがパキンと割れる音がしたのはわかった。 「ハッ!ざまあみろ!」 うまくいけば脳震盪を起こしてしばらくは動けない。その隙に緩んだガムテープを外してしまえば! 「威勢のいい坊やだ…こんな状態になっても私から逃げ切るつもりとはね。ますます気に入りましたよ」 男は脳震盪どころか何のダメージも受けていない様子で高耶の頭を鷲掴みにして床に押さえつけた。 「私から逃げようなんて、二度と考えられないようにしてあげますよ」 一度、高耶の頭を持ち上げてから、再度床に叩きつける。脳震盪を起こしたのは高耶だった。 「なにすんだ!」 床に口が割れたアンプルの空瓶が転がっている。 「なにを…!しや…がった…」 意識が朦朧としてくる中で、高耶はヤバイ薬を打たれたのではないかと思う。しかしそれも5秒で終わった。
目が覚めたのは昼間だった。知らない家の知らないベッドにバスローブ姿で寝かされている。 「どこだ…ここ」 起き上がろうとしたら腕がロープでベッドに括り付けられていて起き上がれない。足は毛布が掛かっているがどうにか自由だ。 「目が覚めましたか?」 ドアに昨夜の男が寄りかかって立っている。こちらもバスローブ姿だ。無理矢理犯されたのではないかと体中の神経を尖らせた。 「何もしていませんよ。俺にも選ぶ権利というものがありますからね」 男がベッドに近付いてきて手にしていた書類を読み上げる。 「仰木高耶さん。松本出身、現住所は板橋区下赤塚。年齢は23歳。もっと読みましょうか?」 鋭い光をたたえた男の目が、これは嘘ではないと語った。 「では改めて読み上げます。高校を卒業後に上京、1年間フリーターをしてからパチンコから入って麻雀。その後はなしくずしにカジノバーに移行。カジノでも麻雀でも腕のいいサマ師になったそうですね」 男は自分の黒いバスローブのポケットから携帯電話を取り出した。高耶のものではない。 「見ますか?」 携帯の画面を見せられた高耶の顔から血の気が引いた。全身に鳥肌が立つ。 「これは……」 そこには高耶の一番大事な妹、美弥の姿が写っていた。大学の構内で笑顔で友人と談笑する姿だった。 「とても可愛いお嬢さんだ。お兄さんの失敗のために大学を辞めて風呂に沈められたら可哀想ですよね?」 物腰は柔らかいが、とんでもないことを言う男だ。妹をソープに売り飛ばすなんて。 「そんなわけですからね、あなたは私の手足になってもらいます。あなたが私の指示に従って行動しているうちは妹さんには手を出しませんし、私たちの存在もしらないままにしておきます。無事に仕事を終わらせれば、妹さんは何も知らないで済みます。幸せな結婚も、可愛い子供も産めます。なかなかいい条件でしょう?」 男は口元だけで笑い、携帯電話をポケットにしまった。 「わかったよ…わかったからもうコレ、外してくれよ」 コクリと頷いて、男がロープを外すのを待っていた。拘束が解けると腕に赤い痣ができているのがわかった。 「覚悟は出来た。まずは、何をしたらいい?」 男はその高耶の表情に感銘を受けたようだった。目を見開いて高耶の漆黒の双眸を見つめる。 「私の名前を覚えなさい」
直江のマンションのリビングへ行くと高耶のアパートにあった服が置いてあった。 「これ、どうしたんだ?!」 体だけではなく、何もかもがこの男の手中だ。 「あなたの部屋は先程のベッドルームです。本当なら子飼いの手下には部屋など与えませんが、あなたは特別ですよ。体力を落とされたらヘマしてしまうでしょう?あの部屋にこれを運んで、好きなように使いなさい。私の部屋は向かい側です。言っておきますがくれぐれも、私を殺そうなんて思わないように。あなたに殺られるようなドジではありませんけど、もし私に危害を加えるようなことがあれば、妹さんの身の安全は保障できませんからね」 悔しさで下唇を噛む。どうしようもない怒りが込み上げてくるが、高耶にはそれをぶつける場所もない。すべては自分の浅慮から始まったことなのだ。 「くそ!覚悟したんじゃねーのかよ!いまさらブルッてどうすんだ!」 こうなったらやるしかないんだ。美弥のためにも、自分の一生のためにも。危ない橋なら何度も渡ってきた。 その時、ドアがノックされた。直江だった。 「入りますよ」 高耶の返事がないのに遠慮なしに入ってくる。バスローブから先程の携帯電話を出して高耶に渡した。 「今日からこれを使ってください。仕事が終わるまでは誰とも連絡はつけさせない。これにかかってくる電話はすべて私からだと思っていいですよ」 室内にあった電話機を直江が持ち上げ、内線をかけた。美弥の携帯電話に繋げと命令をしている。どうやらこのマンションには自分たち以外にも誰かが詰めているようだった。 「どうぞ。美弥さんと繋がりましたよ」 受話器を受け取って耳を当てた。 『もしもし?』 電話を切るとすぐに直江がそれを奪った。電話をかけるという自由も高耶には残されていないらしい。 「さすが、機転が利きますね。化石の採掘場?それなら日本にはもうほとんどない炭鉱よりも疑われないし、真面目な仕事だと思ってもらえますよね。やっぱりあなたは頭がいい。私の目に狂いはなさそうだ」 しかし化石の採掘ときましたか、と繰り返して笑いを堪えている。 「うるせえな」
なんて最悪な男だ。オレが殺したいのはおまえだよ。
つづく |
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この話、別に直高にやらせることなかったような気が・・・
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風呂に沈める ・・・ ソープランドで無理矢理働かせること |
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