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おれたちは誰かに許されたくて生きているのかもしれない。
マンションに無事戻った直江はコートを玄関で脱いでリビングへ行った。スーツのジャケットの上から縛られた血まみれのハンカチを見て千秋が叫ぶ。 「なっ、直江!どうしたんだ、その傷!」 服を脱いで床に放り出し、千秋に止血を頼んだ。すでにほとんど止まりかけていたが赤く裂けた傷は中の筋肉を覗かせるほど深かった。 「浅くて良かったな。もうちょっと抉られてたら色部のオッサンとこ行かなきゃダメだったかもな」 色部はモグリで医者をしている。普通のマンションの中に診察室兼、手術室を作ってヤクザや不法滞在の外国人のために多額の 「なるべく色部さんには関わりたくない。金がかかるし、何より上杉会長の耳に入る」 もし直江が銃弾で怪我をしたと知れば、色々と詮索されるだろう。今はカジノ経営者であっても会長にとっては杯を交わした元舎弟 「そういえば。あいつ、さっき出てきたぜ」 ローテーブルの上には高耶が使ったホットミルクのカップが置いたままになっていた。全部なくなっているということはとりあえず必要なぶんの栄養補給はできたのだろう。 「俺にもくれないか?」 小さな鍋で牛乳を沸かし、直江にホットミルクを差し出した。それをゆっくりと飲んでいる。
マンション内に静寂が訪れる。直江はベッドに入ってカーテンから透けて入る街の明かりを見ていた。 「どうしたんですか…」 心臓が跳ね上がるほど驚いた。直江の部屋のドア正面に高耶が毛布にくるまった姿で立っていたのだ。 「高耶さん…?」 下を向いたまま高耶が直江の寝室に入る。そして窓際まで行き、カーテンを開けた。外の明かりが部屋の中に満ちる。 「高耶さん?」 そうかもしれない。 「だから昨夜、おまえに抱かれて心地よかったんだと思う…」 ベッドに座った直江は相変わらず裸にガウンを引っ掛けているだけで、心臓の上の傷を晒している。 「それ、どうしたんだ?」 高耶がベッドに寄ってきて直江の左隣りに座った。腕の包帯を見ながらゆるく掴んだ。 「痛い?」 その時、高耶の体が震え出した。しっかりしていたはずの高耶は幻想の中にいただけで、実際はまだ恐怖という名の色濃い混乱の 「高耶さん…?」 顔を上げようとした時には直江に抱きこまれていた。素肌が頬に熱かった。 「すいませんでした…あなたを巻き込まなければ良かった…私なんかに会わなければ良かったのに」 抱き込まれたまま唇を重ねていた。直江の舌が高耶の口内に入ってくる。激しい口付けだった。 「なにするんだ…」 一緒に堕ちようと、高耶が囁いた。
俺は何をしてるんだ? 「ん……!」 高耶の痴態を腹の下に見ながら、直江は自問自答している。 「普段のあなたじゃないみたいだ」 それなら今の姿は高耶の本性なのかもしれない。それを喰い貪れるならそうしたい。 「いいんですか?」 とろけるほどゆるんだ高耶の後ろに、直江は怒張した性器を当てた。 「痛い?」 直江が角度を変えるとさらに大きな悲鳴を上げる。いつ千秋に悟られてしまうかわからないほど大きく。 「静かに…優しくしますから、声を上げないで」 直江が腰を小刻みに動かす。できるだけ高耶に痛みを与えないように小さく。それでも耐えられないのは直江だった。 「はあ…っ」 果てるにはまだぬるい。直江は高耶の腰を掴んで激しく律動させた。高耶の中を熱い塊がピストンする。 「あ!ああ!」 キスをした。正真正銘のキスだった。スキンシップなどではない。そんな甘いものじゃない。これも違う。これはセックスだ。 「んん!あ、そこ、ダメだっ…!」 ようやく高耶の弱い部分を見つけた感情をどう表せばいいのか。暗い喜び。汚い至福。 「あなたとなら、地獄でもいい」 直江に揺さぶられながら高耶はその言葉を遠い場所で聞いていた。下半身に走る甘い痺れが脳内を犯し、まともな思考を奪い去る。
冷えた部屋の中で、息を潜めて囁き合う。熱はふたりの間だけに残り、窓が結露で濡れていた。 「これ、どうしてついたんだ?」 ベッドの上に座り直して直江はタバコを吸った。抱かれていた腕が引いて少しだけ寒さを覚える。 「あ、包帯…」 激しく動いたせいか腕の包帯がいつのまにか解けてしまっていた。高耶も座って直江の左腕を取った。 「動いて平気なんですか?」 左腕に纏わりついていた包帯を一度外すと血が滲んでいた。救急箱を取りに行こうとした高耶を笑って止めて、見た目ほどはひどくないからとガーゼを外して見せた。 「どうしてこんな傷ついたんだ?」 沈黙がふたりを包む。それは高耶にもわからない。直江だってなぜ抱いたのかわからない。 「これは…撃たれました。たぶん店のことで揉めてる相手からでしょうね。ちょっと今はイザコザがあるんです。ただの脅しですよ」 ヘタクソな包帯の巻き方を見ていてつい笑顔になってしまう。 「なに笑ってんだよ」 ようやく巻き終わった高耶がその左腕に抱きついた。 「どうしたんですか?」 直江は高耶を抱いてベッドに沈んだ。戻らなくてもいいと言外に伝えながら。 「いったいどうしてこんなことになったんでしょうね…」 高耶にとっては道連れが出来たという所だろうか。体を繋げたからとはいえ直江が本当に高耶と地獄まで付き合うとは思えないが、 「なあ…長くなってもいいから、その傷のこと、教えてくれよ」
おれたちは誰かに許されたくて生きているのかもしれない。
つづく |
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なんだか簡単にほだされてしまったような気が。
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