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直江、疑惑の中で


その1

 
   

 

オレの付き合っている相手はトップモデル。
パリコレとかにも出るぐらいの有名人。
最高にかっこ良くて、最低に躾が出来てない男。


高耶と直江が付き合うことになって、千秋は直江に事の真相を問いただした。
初めは誤魔化していた直江も、千秋の毎日のしつこい問いかけが億劫になり心配してくれた手前もあって多少端折ってはあるが正直に話した。
千秋はああ見えてなんだかんだと裏で世話を焼いていてくれていたからでもある。
半分以上は野次馬根性だったが。

直江から真相を聞いた週の土曜。直江と高耶が待ち合わせをしていたカフェに、千秋がやってきた。
直江が仕事で遅刻をするというメールを高耶に入れ、退屈をさせたら申し訳ないと気を使った直江が仕事帰りの千秋を捕まえて高耶の元に行かせた。
モデル事務所の階下にある洒落たカフェがいつもの二人の待ち合わせ場所になっている。

千秋としては目の前の可愛い男子学生が、あの直江と付き合っているのがまだ信じられない。
直江を好きになりそうなタイプではない。
可愛らしい女の子とウブな恋愛をするが、実は親友と二股を掛けられていて、激怒して別れ、親友とも音信不通になるタイプなはずだ。
などと千秋の妄想はどんどん膨らんでいくばかり。
だが実際は「あの直江」が身辺整理をするほどの相手なのを知っているせいか、好意的な視点で二人を見ているのである。

千秋は勝手に想像しながら笑いを含んだ声で高耶をからかいだした。

「直江の携帯、こっそり見たことねーの?」
「見るわけないだろ。そんな他人のプライベートまで」
「一回、見ておいた方がいいと思うぜ〜?あいつの携帯は女の番号とアドレスばっかりだからな」

実は直江、身辺整理をしていった相手から順に、データの削除をしている途中である。まだまだ別れていない女の電話番号がいくつか残っている。

千秋は高耶のためと言い出し、今までの直江のご乱行をかいつまんで教えた。
もちろん面白くてやっているのだが。

そーか。
そーゆー男だったか、あいつは!
多少の予想はしてたけど、そこまで駄犬だったなんて。
こりゃオレが躾をしてやらなきゃいけないな。
浮気なんかしたらキャンと言うまでぶん殴りだ。

「遅れてすいません、高耶さん」
「直江、今日からオレが人としてのあり方を教えてやる」
「はい?」
「これも愛のムチだと思って受けるんだぞ」
「はあ」

高耶が何を言っているかわからなかったが、ニヤニヤと千秋が笑ったせいで、直江にも察しがついたらしい。

「長秀〜!!!」
「頑張れよ、旦那!今までのツケを支払うつもりでな!高耶の愛のムチだったら打たれたいんじゃないの〜?」
「やかましい!もう行け!高耶さんに何を話したんだか知らんが、俺がその程度で高耶さんとの絆を疑うわけがないだろう!」
「ほー。ま、頑張れ」




「オレは疑ってんだけど」
「…高耶さん…そんな…」

待ち合わせのカフェから車で直江のマンションに向かった。
高耶は以前、直江の彼女と鉢合わせして以来、このマンションに寄り付かなかったが、最近はようやく直江の本心が伝わってきたせいか、マンションにも遊びに来るようになった。
土曜の夕方から明日日曜の夜までの約束でデートに漕ぎ着けた直江だったが、これはどうやら無事にはいかなくなってしまったようだ。

「携帯見せてみろ」
「はあ?!」
「いいから。携帯をオレに見せられないんだとしたら、何かやましい事を隠してると思ってもいんだな?」
「今はやましいことなんかありません!ただ、その…」
「なんだ?」

時々高耶は傲慢な女王のような表情で直江を見る。その目で睨まれたら背筋が凍りつくほど恐怖が湧き起こってくるものだった。だが今回はその表情の中に気弱な部分が見え隠れしていた。

嫉妬してるのか。なかなか可愛いですね、高耶さん。
もっとその顔を見せてください。

直江の脳味噌は自分に都合がいいように考える癖を持っている。

「実は、まだ整理している途中なんです。だから女の番号が少し残っているんです」
「削除しろ。電話があっても出なければいい」
「仕事がらみのこともありますから」

これは本当だ。

「とりあえず見せろ。オレが判断して削除するかを決める」
「はあ…」

高耶をやりこめることが出来ない。今までの女はすがってくるばかりで、高耶のように上からものを見るような言い方をしたことがないから、どう切り返していいものかすらわからない。
俺はまだまだ甘かったようだな。

「電話帳画面を出せ。そっか、そうやって使うのか」
「なんです?覚えてどうするんですか?」
「別に?」

小ざかしい真似をするもんですね。ですがあなたになら操作を覚えれてもかまわない。
そして私がいない隙にコッソリと見て、私の愛を再確認するだけなんですからね。フ。

「あ、この名前は…おまえ、いつのまにこいつと仲良くなったんだ?」

その名前は今人気絶頂にいるアイドル歌手の名前だった。

「前にお話ししたじゃないですか。プロモの撮影があるって」
「ああ、それか。だが!なぜ電話番号やメアドを聞く必要があるんだ?どう考えてもこんなプライベートなアドレスを知っておかなきゃいけないはずがないだろう!」
「それは…その歌手が携帯を機種変したとかで、赤外線を使ってアドレスの交換をしたいと言うものですから」
「本当か?下心はひとつもなかったのか?」
「ありませんよ!そんな小娘に対して!」
「小娘…?こいつ、オレより1コ上なんだけど?だったらオレは何だ?小僧か?」

ああ言えばこう言う。

「違いますよ…あなたは小僧なんかじゃありません。どうしてわかってくれないんですか」
「おまえの屁理屈はどうだっていい。それは削除だ」
「はい…」
(どっちが屁理屈なんですか…)

こうして電話番号とアドレスはどんどん削除されていった。
次はメール受信画面を出せと言い出す。
これも相手がどんな内容を送ってきたか、自分がどんな内容を送ったかを忘れないためにまだ削除していないものがある。内容によって別れ方を変えないと面倒なことになるからだ。

「そんなところまで見るんですか?!」
「当たり前だ。自分の……が、誰に何を送ったか、気にならないヤツがいると思ってるのか?」
「自分の…なんです?」
「うるせえ!」

小さい声だったが、確かに「恋人」と言ったようだ。
それに満足して直江はメールの画面を出した。
恋人と高耶に言って貰えるなら、メールの内容を見られても甘く愛を囁いて削除すれば大丈夫、とたかをくくっている。

「…なんだ、デートの約束の確認か。えーと…ほほー、これはオレが横浜にバイトに行った当日に送られてきてるな。て、ことはだ。オレと会って、その翌日にデートしてたってことか」

高耶の目が冷たく光る。

「高耶さん、だってまだ付き合ってない時のことですよ?そりゃデートにだって行きますよ」
「おまえ、言ったよな?横浜で会った日からオレが好きだったって」
「言いました…」
「なのにか?へぇぇぇぇ。好きな相手がいるくせに翌日は他の女と会ってたってか。しかもホテルのレストランで食事?その後は何をしてたんだかな」
「…すいません…」

否定されなくて傷ついたのは高耶だった。
本当は直江から嘘でもいいから「何もしていない」と言って欲しかったのに。
これが大人の付き合い方ってヤツなのか。
そうやって我慢するしかないのか。

「もういい。なんか、すっげー嫌な気分になってきた。帰る」

嫉妬深い自分にも、遊び三昧だった直江にも腹が立つ。
やっぱり直江と自分は付き合うべきではなかったんだ。
まさかこんな苦労をする羽目になろうとは。

「帰らないでください!最後まで削除しますから!今日はこれから食事に行くって約束だったじゃないですか!あなたと出かけるのを楽しみにしていたんですよ!」
「食欲なくした」
「高耶さん…」
「もう削除しなくていい。おまえが全部の女とケリがついたらオレに連絡してこい。それまで会いたくない。もしケリが付かない女がいたら言ってくれればオレが我慢するから」
「我慢なんて…そんなこと、高耶さんにさせるわけにはいきません。わかりました。まだ私にあなたという大事な人がいることを知らない女には電話をしてそう言います。それが終わったらメモリはすべて消します。だから帰るなんて言わないで下さい」

まさか直江がそこまで言うとは思わなかった高耶は、呆気に取られて直江が電話をかける姿を見つめているだけだった。

「ああ。タチバナだ。すまないがもう君とは会えない。恋人が出来たんだ。一生かけて愛するつもりのな。悪いがこれっきりにしてくれ」

一方的に話して電話を切る。そしてそのメモリを消す。それを数回繰り返した。

「わー!待て、直江!そんな別れ方したら恨まれるぞ!」
「じゃあどんな別れ方をすればいいんですか?これでいいんですよ」
「でも!」
「あなたは黙ってなさい。私がどれだけあなたを大事に思っているか、こうして見せなければわからないんでしょう?だったら最後まで見ていなさい」
「わかったから!わかってるからー!そんなふうに別れられたら…可哀想だ」
「可哀想?どうしてです?あなたにとっては敵じゃないんですか?敵に塩を送るようなお人好しは上杉謙信ぐらいですよ。それともあなたは謙信並みのお人好しなんですか?」

なんでここで謙信が出てくるんだ?いや、それどころじゃないっての!

「いーからそうゆう言い方はよせ!相手の気持ちを考えろ!オレは別れろとは言ったが余計に傷つけろとは言ってない!」
「ですが」
「だってもし…オレがおまえに振られるような時、そうやってこっちの気持ちも関係なく一方的に…別れるって言われるわけだろ?オレ、そんなのイヤだし、聞きたくねーよ」
「高耶さん…そんな私たちが別れるなんてことは…」

高耶の言葉に心痛を覚えた直江が泣きそうな顔になっている。

「そんなことは有り得ません!私があなたに愛想を尽かされることはあっても、私があなたを傷つけるなんてことは絶対にありません!」
「言い切れないだろうが、そんなの。とにかく、もっと優しくしてやれよ。みんなおまえを好きだったんだから。そりゃさ、オレだっておまえが女に優しくしてる場面は見たくないけど、でも、裏を返せばオレが直江を奪ったわけだから、それだけで可哀想なんだぞ。その人たちをもっと傷付ける必要はないだろう?」

なんて優しい人なんだ、高耶さん!俺はこの人を愛して間違っていなかった!
感激した直江は高耶の頭をそっと撫でてから、引き寄せた。

「約束します。あなただけをずっと愛していきます。ですから、もう疑わないでください。ちゃんと全部の女に理解して貰って別れますから、待っていてください」
「うん」
「本当に、一生、あなただけを愛します。高耶さん」
「うん」
「まだ言ってくれませんか?」
「何を?」
「私を愛していると」
「…全部と別れたら言ってやる」
「っ…わかりました」
「それまでチューもナシだからな」
「…わかりました…」

最後は半分泣き声になっていたが、直江は気を取り直して高耶を食事に連れ出し、またマンションに戻らせた。
おいしい食べ物で機嫌を取り戻した高耶に、プラズマテレビと5,1Chサラウンドで映画を見せ、明日の夜まで高耶と一緒にいられるという約束を確実なものとした。

つづく

 

   
         
   

ちょっとアホすぎますね。直江ったら。

   
   

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