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東京メトロと高坂さん


その2

 
   

 

 

夕飯はイタリアンだった。食材を買うカゴには続々とカラフルな野菜が入っていく。
マンションに着いてから直江も手伝って食材をエコ袋(高耶持参)から出す。まったく料理ができない直江に覚えろとばかりに手伝わせながら次々と手際よく準備していく。

「何を作るんですか?」
「出来てからのお楽しみだ」

以前、直江がイタリアンの店に連れて行ってくれたとき、一緒に食べた野菜のオーブン焼きが二人して気に入り、それを直江に作ってやりたい一心で料理本を図書館で借り、譲を実験台にして練習したのだ。
譲の家にはオーブンレンジがあるからターゲットになってしまったとも言えなくない。

譲の味覚はどうかと思う時もあるが、基本的にはお坊ちゃまだから舌は肥えているため、直江に食べさせるものの練習にはもってこいだ。
その中でも譲が美味いと言ったメニューを直江に披露するために気合を入れて料理をした。

直江のキッチンには一応道具も揃っているし、調味料も豊富だった。
ただ気に入らないのは、それを揃えたのが直江本人ではなく、何人かいた直江の女だということ。
直江は料理なんか何一つできやしない。

それらを使って料理をするのはイマイチ納得できないが、それでもこのキッチンはすごい。
豪華なオーブンレンジ、広いシンク、スライド天板、コンロなんか3つも付いている。しかも最近流行りのIHなんかじゃなく、れっきとしたガスコンロだ。

「ここがオレんちの台所だったらなー!」

美弥に色々作ってやるのに!親父の好物のレバニラ炒めもこの火力ならシャキッとしたニラになるのに!
オレだってオーブンで毎日カップケーキを焼いて食える!

「高耶さんの台所ですよ、ここは。あなたしか使いませんから」
「そーじゃなくてさあ。自分の実家にあったらなーって思ったわけだ。直江んちにこんな台所があってもどうしようもねーのになー」
「確かにどうしようもありませんけどね。でもあなたが来て使うでしょう?それだけのために台所があってもいいじゃないですか」
「もったいないオバケが出るな」
「そんなオバケが出ない方法もありますよ?」
「どんな?」
「高耶さんがここに引っ越してくればいいじゃないですか」
「…家賃払えるわけないだろ」
「そんなのいりませんよ」
「…って!なんでオレがおまえと住むんだよ!」
「駄目ですか?」
「駄目だろ。つーかオレ、別に直江と住みたいわけじゃないし。根津って気に入ってるんだよな。世話焼きオバちゃんとか、カミナリ親父とかいて面白いしさ」

カミナリ親父なんて今時いるのか、と一瞬違う方向に思考を走らせたが、高耶の言葉にはちょっとだけ傷ついてしまった。
一緒に住むなんて高耶の性格からしたら無理に決まっているのはわかっていたが、こうやって言葉にされると寂しい気持ちになってしまう。

「まあ、そんなに遠くないからいつでも来てやるって。そのためにはチャリかバイクが欲しいとこだな。明日にでも近所のオバちゃん連中に聞いてみっか」
「自転車だったら私が買いますよ」
「新品は困るんだよ。盗まれたら悔しいから。オバちゃんたちに聞けばチャリの一台や二台、すぐにどうにでもしてくれるんだぜ。下町ネットワークってすごくねえ?おまけにリサイクルにもなって一石二鳥だろ」

どうも高耶は自分に甘えるのを制御しているらしいと直江は思った。
高耶としては身に付いた貧乏性から来るいつもの癖のようなものだが、直江との金銭感覚の違いや生活習慣の違いは直江には理解できないらしい。

「バイクは学校に入るために売っちまったんだよ。もったいないことした〜」
「バイクがお好きなんですか?私も一応免許は持っていますが、まったく乗ってませんよ」
「そりゃお互いにもったいないことしてるな。今のバイトで貯金したら買いたいんだけど、給料安いから無理かもしれねえし、もしかしたらクビになるかもしんねえし」

クビ?

「高耶さんがバイトしてるのって、古着屋ですよね?お給料が安いのはわかりますけど、なぜクビになりそうなんですか?」
「ああ…んー。後で話すよ。さっさと作って食おうぜ」

どうも今日外にいたくない気分というのはこれが原因らしい。
何かしたのだろうか?気が短い高耶のことだから、お客さんと喧嘩でもしたのかもしれない。
少し沈んだ横顔を眺めながら、高耶の指示に従って野菜を耐熱皿に並べた。





出来上がった料理は直江もお世辞抜きで美味かった。
いつの間に練習したんだろう、と思う。
練習して、それを誰かに食べさせたんだとしたら妬けてくるが、それでも自分に食べさせたくて練習したのかと思えば耐えられる。

「ご馳走様でした。本当に美味しかったですよ。いつのまに覚えたんですか?」
「オレはな、料理は天才なの。一回食えば何でも作れるようにできてんの」

嘘なのは悪戯っぽい笑顔でわかる。
それを優しく包むような笑顔で返し、直江と高耶は一緒に片付け物を始めた。
一緒に、がポイントだ。
こうしてなんでも一緒にやってやることが、高耶には効果がある。
世界が違うと常に考える高耶の気持ちを溶かすには、物事を一緒にやることによって和ませるのが必要だと大人の洞察力を駆使して考えた。

「コーヒーだったら私が淹れますよ。座って待っていてください」
「うん。じゃあそうする。この前の牛乳があったら入れてくれよ。半分以上は牛乳で作って。砂糖も多めにな」
「カフェオレですね。わかりました」

食後のひと時を使ってさっき高耶が口走ったバイトの話を聞いた。
いくらか気弱げに話し出し、両手で温くなったカップを持ちながら直江の隣りに座りなおす。

「昨日、バイトだったんだ」
「知ってます。あなたにシフト表を貰いましたから」
「そう、そんでな、いつもは倉庫の整理とか、仕入れや売り上げの打ち込みなんかをしてるんだけど、昨日は接客のバイトの女の子が急に辞めちまって。で、しかたなくオレが接客してたんだ。そしたらさ、間違ってレジ打っちまってな」
「どのくらいですか?」
「一万円少なく打って、そんで店長にこっぴどく怒られてさ。社員だったら責任は仕事で負えるけど、バイトはそんなの出来ないからたぶんクビになる」

たった一万円でクビ?!
直江はそう思ったが、学生アルバイトの一万円は大きい。
店長が店長たる自覚を持って働いている店なら、その一万でとやかくは言わないだろうが、あいにく高耶が働いている古着屋の店長は雇われ店長で、しかもヒステリックな女だった。
昨日も高耶をさんざん落ち込ませて、何度も聞こえるように一万円、一万円とねちっこく言っていた。

「他のバイト仲間は気にするなって言うんだけどさ、オレ、これでも責任感とか強いから気になってしょうがないんだ。バイトってすぐにクビに出来るんだろ?明日もバイトなんだけど、もう来なくていいとか言われたら…またバイト探さないといけないし、決まるまで生活とかも苦しくなるし」
「でも接客は高耶さんの仕事内容にはないんでしょう?だったら接客をさせた店長にも問題があるじゃないですか。お仲間の皆さんもそう知っていたから気にするなとおっしゃったんじゃないですか?」
「それはそうだけど、そうゆう店長じゃないんだよ。明日も接客なんだ。また間違えたら絶対にクビになりそう」

高耶さんをクビにするなんて!こんなに可愛らしい人なのに!
直江の怒りは静かにこみ上げる。高耶にも気付かれることなく。

「あーあ、どうにでもなれって感じ。とりあえず、明日行ってみるしかないんだ。クビになったら今度はピーコックでバイトしようかな〜」
「そこの、ピーコックですか?」
「時給いいしな。それに売れ残りを貰えたら食費も浮くじゃん。直江んちも近いしさ」

最後の一言が異様に嬉しかった直江。クビ歓迎!とまで思ってしまったが、それが高耶の本意ではないのをわかっているから黙って聞いていた。

「なー、直江」

隣りに座った高耶が体をもたれかけてきた。いつもはこんな行動を取らないのに、今日はどうしたんだろうか?はやりバイトの件で落ち込んでいるんだろう。

「なんですか?」
「今日、本当は帰るつもりだったんだけど…ひとりで家にいるのイヤだからさ、一回帰って泊まる用意してきていいか?」
「ええ。もちろんいいですよ。車を出しますね。学校の準備も持って来ないといけないんでしょう?」
「うん。明日はテキスタイルの授業があるから絵の具とかカラス口とか持ってこなきゃ」
「じゃあ、もう少ししたら行きましょうね」

いい雰囲気になってきた、と直江が思ったとたんに携帯の着信音が鳴った。
ピーピーと鳴る警告音のような着信音は高坂だ。まさに直江にとっては警告だった。

「直江、電話鳴ってる」
「無視しましょう」
「でもこの音は女からだろ。出たほうがいいぞ」
「高耶さんがおっしゃるなら。すいません」

テーブルに置いた携帯を取って通話ボタンを押すと高坂のハスキーボイスが聞こえてきた。

「なんだ?」
『あら、ひどい言い方するわね。また例の恋人と一緒だったわけ?』 (堀内賢雄さんの声で読んでください)
「そうだ」
『ねえ、明日なんだけどヒマ?ちょっと付き合って欲しい所があるんだけど』
「明日も、あさっても、この先ずっとヒマじゃない。おまえと会う時間など作れない」
『まあそう言わないで。夕方4時ごろなんだけど、来なさいよ。面白いものが見られるから♪』
「なんだ、それは」
『アンタの恋人に関係してることなのよね〜。来ないと損するから来なさいね』
「おい、それは…!」
『待ち合わせは明日メールするわ。じゃあね〜』

こちらの言い分も聞かずに電話は切れた。高耶さんに関係していることだと?
行かないわけにはいかなくなってしまった。

「なんだって?」
「明日高坂と話をつけます」

高耶には余計な不安をかけさせたくなくて咄嗟に嘘をついた。疑わしそうな目で見ていたが、直江が肩を抱いて別れてきます、と告げると一回り小さくなって直江の体に自分の体を預けた。





翌日、直江はメールで呼び出された場所へ向かった。代官山駅からすぐのオープンカフェだ。
待ち合わせの時間よりも30分前に来てカフェを楽しむことにした。外に出されたテーブルで足を組んでタバコを吸う。
やはり屋外で吸うタバコは新鮮でうまい。
そう思いながらも頭の中は高耶に関係するという高坂の言葉が気になってしっかり活動していない。

「お待たせ〜。いつものごとく早いわね」

スタイルが飛び切り抜群な女が目の前にあわられて、促してもいないのに椅子に座った。
高坂昌子。黒百合のような佇まいが美しい女だ。
男性マネージャーを伴っての登場だった。
雑誌やテレビ出演時などと違ってカジュアルなスタイルを好むため、今日の服装は黒いタンクトップに皮のパンツ、そして古着のコートといった具合だ。

昼間の待ち合わせは人目を引くというわけでのマネージャー同伴だが、実のところこのマネージャーは比喩ではなく高坂の奴隷である。使いっ走りどころの話ではない。

「すぐ行くわよ。さっさと立ち上がってちょうだい。話は道々してあげるから」

高坂と直江で歩くと街行く人々はみんな振り返る。タチバナと高坂だ、と、噂をする。
もしこれでマネージャーがいなかったら写真雑誌にでも売り込もうという輩もいたに違いない。

「今日はね、あたしの友人面したムカつく女の鼻っ柱をへし折ってやるのよ。行きつけの洋服屋の女なんだけど、あたしの友達だとか言っては店に来る芸能人に話してるらしくて」
「それのどこがいけないんだ?友人なんだろう?」
「店員と客なだけよ。一回飲みに出かけたってだけで友人面するんだから厚かましいったらない。あんな図々しい女があたしの友達だなんて言って回って、知り合いとかに迷惑をかけて、こっちはいい面の皮だわ。たまったもんじゃないわよ。裏表ありすぎ。ハナを開かしてやんのよ」

こういうさっぱりしたところが気に入って高坂と付き合ってみたが、さっぱりしすぎていて毒舌になり、何度も直江を怒らせたことがある。
それでも高坂と付き合うのは後腐れがなくて良かった。

「それでなんで俺が駆り出されるんだ?高耶さんに関係していることとは何だ?」
「来ればわかるわよ。ま、交換条件てとこかしら?」

数分歩くと少し賑やかな通りになった。若者が大勢闊歩する代官山を「変わったな」と思いながら高坂に続いて歩いていく。
自分がモデルを始めた頃は、もっと閑静で穏やかな街だったのに。

「ここよ。ちょうど4時ね。入りましょ」
「ああ…」

直江には不似合いな若者のカジュアルな店。
今日は直江もカジュアルだったが、直江のはもう少し高級で大人のカジュアルだ。

「いらっしゃいませ〜。あ、高坂さん!お久しぶりです〜」
「こんにちは。店長さんいる?」
「いますけど…今ちょっと立て込んでるみたいです」
「もしかして、バイトの子の話?」
「ええ、そうなんですけど…ご存知だったんですか?」
「昨日、店長から電話があったのよ」

直江は店内を見て回りながら話を聞いていた。あの革ジャンなんか高耶さんに似合いそうだな、などと思いながら。

「あ、終わったみたいです」

奥にあったドアから女が出てきた。あれがここの店長か。
おや?後ろから付いて来るのは…

「高耶さん?」
「直江!」
「どうしたんです?今日はアルバイトの日では…ああ、ここだったんですか」
「うん。でももう帰るから」
「バイトは8時までの予定じゃありませんでしたか?」
「そうだったんだけど…」

そこでピンときた。クビになったに違いない。
さっきの女が店長で、高坂の友人の図々しい女か。

「あら、ヨシアキ。知り合い?」

高坂の口元が楽しそうに歪んでいる。高耶がここで働いているとわかっていたのだ。
なるほど、そういうことか。

「ああ、私の大事な友人で高耶さんというんだ。ここでアルバイトをしているそうだ」

あくまでも直江は現在進行形で話す。それを読み取って高坂も話を合わせていく。
高耶はなぜ直江がここに高坂と来ているのかわからず、嫉妬と不安と困惑が混ざった顔をしている。

「そうなの〜?偶然ね。私の友達がここの店長なのよ。ねえ、アイコ?」

アイコという名前らしき店長のほうに顔を向けてニッコリ笑った。悪魔のような笑顔だと直江と高耶は同時に思った。

「店長はヨシアキのファンなんですって。じゃあ高耶くんがここで働いてるのなんかあなたには嬉しいんじゃないの〜?ヨシアキがたまに来るかもよ?」
「え、その。はい。仰木くんにはいつも助けてもらっています」

店長が直江に向かって挨拶をしながら答えた。
嘘をつけ。
3人が同時に心の中でツッコんだ。高坂が言うように裏表がある女だとすぐにわかった。

「高耶さんは私でも見習わなくてはいけないほどの頑張りやさんなんです。これからもお願いしますね」
「あ、はい」
「いいんだ、直江。オレもうここ辞めるんだから」

真っ正直な高耶はここで直江のコネを使って残ろうなどとは思っていない。もう他を探すと決めている。

「え〜?高耶くん辞めちゃうの?どうして?何かあったの?」

ライバルである高坂からわざとらしく話しかけられて驚いたが、そんなことはアンタに関係ないとばかりに睨みつけた。
だが高坂も負けるような女ではなかった。

「ああ、昨日アイコが言ってた一万円間違えた子って高耶くんだったの?あたし言ったじゃなーい。そんなのアンタが接客じゃない子にやらせたからだって。責任はアンタが取るものなのよ。なんのための店長なのよ〜」

明るく、笑って言っていたが、急に。

「だからアンタはくだらない人間なのよ」

直江はここにきてようやく高坂の本当の意図がわかった。高坂はこの女を潰しにきたのだ。恥をかかせに来たのだ。
そのために高耶と自分を利用したのか。

「アンタみたいな女はね、いくらあたしと親しくなろうが、タチバナとツテが持てるわけないのよ。どうせあたしと仲良くしたのだってタチバナ目当てだったんでしょ。根性汚くて小さい女ね。あんたと友達だなんて真っ平だわ。こんな下衆な女、あたしは友達にした覚えはないわねぇ?」

店内にいた客も、店員も、いきなり始まった高坂の罵倒に聞き入っていた。小気味良いほどの歯切れだったが、内容は相当えげつない。

「行くわよ、ヨシアキ」
「あ、ああ」
「ま、待て!オレも行く!」

高坂の後に直江、高耶、マネージャーと続いて店を出て行く。店長は呆然としていたが、すぐに店内だというのも忘れ泣き崩れた。
高耶が振り返って見ると、店内でガッツポーズをしている店員が数人いた。




「ありがとね、ヨシアキ。て、ことで話をつけてあげるわよ」
「なんのことだ」
「別れてあげるって言ってんの。嫌なら高耶くんとの二股でもいいけど?」
「バカな!高耶さんを二股になどかけられるか!」
「だったらいいじゃないの。別れてあげるから高耶くんと仲良くやんなさい」

じゃあね〜、と軽く手を振って高坂は焦るマネージャーを連れて行ってしまった。

「なんなんだ?」
「とにかく、別れられたみたいですね」

直江にはどうも千秋がからんでいると確信した。昨日の今日でタイミングが良すぎるが千秋にしては上出来だ。
高耶の名前やバイト先をリークしたのは千秋に違いない。そして偶然にも高坂の潰す相手が高耶のバイト先の店長だった。
半分は高坂と千秋が仕組んだようなものだが。

「あーあ、バイト探さなきゃ」
「ピーコックで働くんじゃないんですか?」
「あはは。直江んちから近いしな。そうすっかな」
「毎日行きますからね」
「じゃ、オレ、毎日直江んちに行ってやるよ」
「本当ですか?!」
「…冗談だ」

思いっきり呆れた顔をした高耶に向かって、ガックリと肩を落とした直江。

「けどまあ、あの高坂って女も悪いヤツじゃなかったんだな。直江と別れてくれて安心した」
「ええ、本当に」
「おまえは高坂のことは好きだったのか?」
「いいえ、恋愛しているつもりはありませんでしたよ。ただ体だけの付き合いと言えばいいでしょうか」

体だけの付き合い、と聞かされて高耶は困惑した。
大人には多々あることかもしれないが、まだ少年から抜け出したばかりの高耶としてはそれはわからない。
好きでもない人間とただ寝るだけの関係って?

「オレのことは好きだよな?」
「好きですよ。とても」
「わかんねーんだよな。なんでさ、好きでもない女とそーゆー関係になれるわけ?」
「好きな人がいなかったからですよ。私は好きな人とそういう関係になった経験がないんです。今まで好きな女性は何人かいましたけど、決まって失恋してばかりでした」
「直江でも失恋するのか」
「そりゃしますよ。だから本当に好きな人とは高耶さんとのお付き合いが初めてです」
「うそくせー」

二人はそのまま代官山散策を始め夕食を済ませ、金曜ということもあり高耶と一緒にタクシーで千石の直江のマンションまで帰ってきた。






今日も高耶は直江と待ち合わせてモデル事務所の階下のカフェにいた。
今回持ってきている雑誌はアルバイト情報。駅で配っている無料の情報誌だ。

「おう、高耶。どやさ♪」

向かいの椅子に千秋が座った。直江はまだ事務所にいる時間だが、千秋は終わったらしい。
どやさ♪は千秋が使う変な言葉の中でも一番変なもので、いまだに高耶はこの言葉の意味がわからない。

「どやさってなんだよ。方言?」
「知らね。どうですか?とかそういう意味じゃねえの?」
「わけわかんねー。それよりも千秋。おまえ高坂にオレがあの古着屋で働いてるって言っただろ。直江に怒られたんじゃねえの?でもさ、すげーことがあったんだぞ」
「知ってるよ。全部高坂から聞いた。直江からもちょっと聞いた」
「あの店長ムカつくからスッキリしたぜ。余計なお世話だったけどサンキューな」
「お、素直じゃんか。えらいえらい。んで?女全員と別れた直江にチューの解禁はしたのか?」

そんなことまで直江から聞かされていたのか!あの野郎!
真っ赤になって千秋を睨んだが効果はなかったらしい。

「解禁はしたようだな。直江もご苦労なこった。けどその様子じゃエッチの解禁はしてないみたいだな」
「ええええええっちってなんだよ!」
「エッチはエッチ。やってねえだろってこと」
「男同士でそんなんできるか!」
「できるんだよ。バカだなー。本当にお子様なんだな。まったく…」

溜息をつきたいのはこっちだと言いたかったが、うまく言葉が出てこない。
男同士でセックスなんかできるわけがないと思っていただけに衝撃も強い。男同士で付き合う場合、キスだけで良いものだと思い込んでいたのだ。

「お、男としたって直江はつまんねえだろうが!」
「そうでもないんじゃねえ?やっぱ好きな相手とはしたくなるだろうしさ」
「どうやってしろってんだよ!」
「あれ〜?本当に知らないの?教えてやろうか?」

千秋は高耶の耳元で男同士のセックスの仕方をかいつまんで教えた。

「うわー!イヤだ!考えたくねえ!すっげーヤダ!」
「でもそうゆうもんだぞ?たぶん直江もどうしようか考えてはいるんじゃないか?あいつもあれでグルグル回転する男だしな。いつまでもお預け食らってたんじゃそのうちキレるかもよ?」
「キレるって!」
「腹ペコの犬に餌見せながら食わせないんじゃそのうち噛みつかれるってこと。襲われないように気を付けながら付き合うんだな。じゃ、俺様はこれからデートだから♪まったなー」

茫然自失する高耶がどのぐらいの時間そうしていたかはわからない。が、確実に悩みの元凶がやってきた。

「高耶さん、お待たせしました」
「…今日は、帰る…」
「はあ?!」
「じゃあな」

どうしよう!!!どうする?!オレ!!







ここ数日、直江が弱ってきている。
俺様としちゃあ見物なんだが、何があったのかぐらいは知ってるだけに笑えてしかたない。
この俺様の名前は、若手の中でも群を抜く天才モデル、安田長秀こと千秋修平だ。

「どしたの、直江!最近元気がないじゃん!高耶みたいな可愛いのを目の前にしてお預けじゃあくたびれもするわな〜。いや〜、そろそろこの事務所もトップ入れ替えって感じか〜?」
「貴様、高耶さんに何を言った」
「おや?俺様は親切にレクチャーしただけよ?高耶からなんも聞いてないの?」
「おまえが高耶さんに何かを言ったらしき所までは話してくれたが、その先は何も言わん。それからずっと避けられてるんだ。メールや電話なら普通に話してくれるが、会いたいと言っただけで拒まれる。おまえが何を言ったかしらんが、もしこれで高耶さんに会えなくなったら長秀!全部、お・ま・え・の・せ・い・だ!!」

どこかで聞いたような会話だな。ま、いいか。
俺様の知ったこっちゃないし〜ぃ。

「くそう!高耶さん!いったい何があったっていうんだ!」

 

直江信綱、周りに振り回されながら、自分で回転するのが上手な30歳、独身。恋人アリ。

 

 

END

 

 

あとがき

高坂が女で登場。おいしい役どころ♪
可哀想なアイコさんは都合主義の私の犠牲者です。
原作に登場する人はみんな好きなので
嫌な役どころは私の作ったキャラで演じてもらいます。

東京メトロになったのは2005年からですが
いまだに「営団線」と言ってしまいます。
直江が知らなかったのは当たり前ですけど
切符ぐらいは自分ひとりで買えって感じですね。


   
         
   


   
   

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