同じ世界で一緒に歩こう



ニンニク禁止


その1

 
  「ひええ!旦那!それだけは勘弁してくだせえ!頼む!直江!」
「だったら言え」
「うー…」

相当高耶さんにきつく言われていたのだろう。長秀は渋々話し出した。

「…なんてことを〜!高耶さんが引いて当たり前じゃないか!」
「あそこまでウブだと思わなかったんだよ!それにこの話を直江にしたらモデルの命とも言える顔をメタクソのボッコボコにするって言われてんだよ!すっげー怖いんだぞ、あいつ!ありゃ絶対元ヤンだっての!」

高耶さんがグレてたのは知っているが、そこまで怖い高耶さんを見たことはない。
これは根が深いかもしれないな。

「おまえがバラした事は内緒にしておく。だがモトハルに売り込むのはこの問題が解決したらだ。いいな?」
「わかったよ〜…あー、どいつもこいつも心臓に悪いったらねーや」
「原因は自分だと自覚をしろ」

さて、どうやって高耶さんに会うか。待ち伏せなどと男らしくないことは駄目だ。
誠意を込めて会いたいと伝えればいいのだが、今の頑なな高耶さんではそれも効果がないかも知れない。
困ったな…
とりあえず車に乗ってから高耶さんにメールで探りをかけてみよう。ここからなら高耶さんが学校でも家でも迎えに行くのにそう時間はかからないしな。

『今日はお時間ありますか?最近会えないのでとても寂しいです。もしお時間があるようでしたら電話を頂ければお迎えにあがります。5分だけでもかまいません。どうしてもあなたに会いたい』

返事がすぐに帰ってきた。

『今日は課題をやらなきゃなんないから駄目。また今度な』

また今度っていつですか!
私が甘いからってワガママばっかり!いや、そのワガママが可愛らしくていいんだが。
いや!そうじゃない!今回ばかりは駄目だ!
このままでいたら自然消滅という形で終わってしまうじゃないか!

『2週間も会ってないんですよ?あなたは寂しくないんですか?私だっていつまでもあなたのワガママを聞いていられる余裕はありませんからね。それなりの覚悟をしておきますよ。あなたがいなくなっても寂しくないように』

これはさすがに慌てたらしい。平仮名と誤字だらけのメールが来た。

『なおえに会いたくないんじゃなくて本当に過大が玉ってるんだよ』

過大が?玉ってる?

『たった5分でも会えないって言うなら、しばらく会わないほうがいいですね。どのぐらいがいいですか?1年?2年?』

今度は電話がかかってきた。だがあえて無視して出なかった。
私が少しも怒ってないと思ったんですか?これでもガマンしてるんですよ。
着信音が切れたと思ったら今度はまたメールが来た。

『ごめん、怒ってるんだよな。あと1時間ぐらいしたら時間が取れるから、そしたらアパートに迎えにきてくれ』

やっと本気で私が怒っているのを理解したようだ。今まで甘すぎたな。これからはもう少し厳しくしないといけないかもしれない。

返事は出さずに携帯を助手席に放り投げた。
高耶さんの家までは約30分。それまでどうやって長秀が植え込んだ高耶さんの恐怖心を取り除くか考えるとするか。

タバコに火を点け、目を閉じてシートに深く沈みこんでいたら携帯のメール着信の音がした。
また高耶さんだった。

『返事ぐらいしろよ』

しませんよ。今日はしません。このままアパートまで直接行くんです。私がどんなに不安だったかあなたも知ればいいんです。

『なんで返事しないんだよ。怒ってるってわかったから返事しろ』

いいえ。しません。

それから高耶さんのアパートに向かった。まだ1時間経っていないが、少し早めに来て待ちきれなかったとアピールしてやるのも手だ。
インターフォンがない高耶さんの部屋のドアを叩いた。

「誰?」
「直江です。開けてください」
「待ってろ」

10秒ぐらいしてドアが開いた。下を向いて口を尖らせた高耶さんが出てきた。

「入れ」

どうも怒らせてしまったらしい。これはまずいぞ。

「高耶さん?課題は終わったんですか?」
「まだ。あとちょっと。でもいいから」

玄関から見えるテーブルの上にはミシンと布が乗っていて、本当に課題をやってたらしいのがわかった。
忙しかったのは本当だったのか、と反省しながら座って靴を脱いでいたら。

「直江のバカ。もう別れたいとか言うなら聞かないからな」

泣き声で言われてしまった。
顔を覗き込んでよく見たらすでに瞼が腫れていた。もしや俺が来るまでずっと泣いていたのか?
泣きながらミシンを?!可愛いじゃないですか!

「高耶さん?!なんですか、それ!別れるなんてとんでもない!」
「だって、会わないほうがいいなんて。しかも1年とか…そんなの絶対ヤダからな!」
「別れませんよ。すいません、驚かせてしまったんですね。あなたにそんな思いをさせていたなんて」

玄関で立ったまま高耶さんを抱きしめた。この人が泣くとは。まさかこんなに脆い人だったなんて。

「オレだって会いたかったんだよ。でも…」

長秀の言ったことを気にしていたんだとは言い出せないようだ。

「もういいんです。こうして会ってくれたんですから。私こそ大人気なかったですね。何も言わなくていいですから、ちゃんと顔を見せてください」

目を真っ赤にしながら高耶さんはこっちを向いてくれた。
腫れた瞼を触ると目を閉じたから、思わずキスしてしまった。

「うー、やっぱ直江に会えないのはヤダ。なんでこんなんなんだろ、オレ」
「私だって同じ気持ちですよ。もう泣かないでください」

目をこすって涙を拭うと、高耶さんは俺をクッションに座らせてその横に寄り添った。

「明日までの課題をやっとかないと駄目なんだけどさ。出来るまでにあと30分ぐらいかかるんだ。待っててくれるか?そしたら直江んちに泊まりに行く」
「いいですよ。待ってますからゆっくりやってください」
「サンキュー。ちょっとミシンがうるさいと思うけど、ガマンしててくれ」
「はい」

高耶さんがやっているのはジャケットのポケットの部分の制作だった。どうやってポケットを作るのか知らなかった私は教科書を除いて見てみたが、サッパリわからない。
複雑な図面を見て、高耶さんは理解しているんだと思うと尊敬してしまった。

裏地と表地の間に出来上がるポケット。ポケットの種類にもいくつもあって、その中でも一番ジャケットの雰囲気に合う形のものを作っているそうだ。

「できた!あー、良かった。失敗したらジャケットごと作り直しだもんな〜」
「そうなんですか?ポケットって案外難しいんですね」

「一番難しいんだぞ。着てるヤツはなんとも思わないで使ってるだろうけど。例えばワイシャツのなんかは布をくっつければいいだけなんだけど、ジャケットやパンツのポケットはそうもいかないんだ。ジャケットの場合は、まず切り込みを入れるんだ。その切り込みの幅と、この…口布ってゆうんだけど、これの幅が同じじゃないと切り込み部分が引き釣れたり、切りっ放しの所が見えるだろ?オレはあんまり器用じゃないから難しいんだ。それで中の布は裏地を使って、その裏地が表から見えないように接ぐんだけど、その長さを間違えたりな。口布もうまく付けないとポケットの中身がデローンてなるから」

高耶さんが服を作っている時の顔のなんと生き生きとしていることか!さっきまで泣いてた顔が輝いている。

「洋服を作るのが本当に好きなんですね」
「うん!」
「影ながら支えになりますから、頑張ってくださいね」
「そう思うならさっきみたいなメール寄越すなよ」
「すいません…」

もういいんだよ、と言ってジャケットを大きな紙と一緒に上手に畳み、どこかのショップの袋に入れた。
明日の授業はソーイングと平面裁断のパターンの授業だそうだ。裁縫道具と製図道具はリュックに入れた。

「直江、先に出て待っててくれ」
「はい」

寒くなってきたから車に暖房を入れておかねば。
高耶さんを残して先に車に入った。

「お待たせ。行こうぜ」

その高耶さんの姿になんとなく寂しい思いがした。同時に納得もした。
なぜかというと、高耶さんは着替えてきたからだ。たぶん明日、学校へ行くための服装なのだろう。
あまりオシャレじゃないと本人が言う割りに、私から見たらセンスは良いと思う。ブランド物は身につけないが、デザインが清潔で好感が持てるような服装をいつもしている。

今の服装は白い襟付きのカットソーシャツ。ポイントは紺のボタンとステッチ。
それに青いジーンズと、カーキのMA−1だ。スニーカーは白キャンバスのジャックパーセル。

それを俺がいない場所で着替えた、という所に長秀の言葉を気にしているのが見て取れた。

「なんだ?」
「いえ、何でもありません。センスいいな、と思ってたんです」
「どこが?シャツ以外は全部高校の頃から持ってたやつだぞ」
「シャツがいいですね。どこで買ったんですか?」
「お下がり。譲ってゆう親友から貰ったんだ。気に入って買ったら似合わなかったんだって」

譲さんか…聞いたことがないな。矢崎君なら知っているが。
高耶さんの親友とは。今度会わせてもらわねば。

「…今度会う?」
「譲さん、にですか?ええ、ぜひ」
「会いたいって顔してたぞ」
「そうですか?」
「会っておかないと不安だって顔。何か疑ってるとか言い出すんじゃないだろうな」
「そんなわけないじゃないですか」

疑ってはいないが、私とその譲さんとどちらが大事なのだろう、と思ってはいた。

 

つづく

 

   
         
   

泣かすなよ。

   
 

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