同じ世界で一緒に歩こう 5
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ハルに絶対に長秀を使うな、と言うことだってできるんだぞ」 「ひええ!旦那!それだけは勘弁してくだせえ!頼む!直江!」 「だったら言え」 「うー…」 相当高耶さんにきつく言われていたのだろう。長秀は渋々話し出した。 「…なんてことを〜!高耶さんが引いて当たり前じゃないか!」 高耶さんがグレてたのは知っているが、そこまで怖い高耶さんを見たことはない。 「おまえがバラした事は内緒にしておく。だがモトハルに売り込むのはこの問題が解決したらだ。いいな?」 さて、どうやって高耶さんに会うか。待ち伏せなどと男らしくないことは駄目だ。 『今日はお時間ありますか?最近会えないのでとても寂しいです。もしお時間があるようでしたら電話を頂ければお迎えにあがります。5分だけでもかまいません。どうしてもあなたに会いたい』 返事がすぐに帰ってきた。 『今日は課題をやらなきゃなんないから駄目。また今度な』 また今度っていつですか! 『2週間も会ってないんですよ?あなたは寂しくないんですか?私だっていつまでもあなたのワガママを聞いていられる余裕はありませんからね。それなりの覚悟をしておきますよ。あなたがいなくなっても寂しくないように』 これはさすがに慌てたらしい。平仮名と誤字だらけのメールが来た。 『なおえに会いたくないんじゃなくて本当に過大が玉ってるんだよ』 過大が?玉ってる? 『たった5分でも会えないって言うなら、しばらく会わないほうがいいですね。どのぐらいがいいですか?1年?2年?』 今度は電話がかかってきた。だがあえて無視して出なかった。 『ごめん、怒ってるんだよな。あと1時間ぐらいしたら時間が取れるから、そしたらアパートに迎えにきてくれ』 やっと本気で私が怒っているのを理解したようだ。今まで甘すぎたな。これからはもう少し厳しくしないといけないかもしれない。 返事は出さずに携帯を助手席に放り投げた。 タバコに火を点け、目を閉じてシートに深く沈みこんでいたら携帯のメール着信の音がした。 『返事ぐらいしろよ』 しませんよ。今日はしません。このままアパートまで直接行くんです。私がどんなに不安だったかあなたも知ればいいんです。 『なんで返事しないんだよ。怒ってるってわかったから返事しろ』 いいえ。しません。 それから高耶さんのアパートに向かった。まだ1時間経っていないが、少し早めに来て待ちきれなかったとアピールしてやるのも手だ。 「誰?」 10秒ぐらいしてドアが開いた。下を向いて口を尖らせた高耶さんが出てきた。 「入れ」 どうも怒らせてしまったらしい。これはまずいぞ。 「高耶さん?課題は終わったんですか?」 玄関から見えるテーブルの上にはミシンと布が乗っていて、本当に課題をやってたらしいのがわかった。 「直江のバカ。もう別れたいとか言うなら聞かないからな」 泣き声で言われてしまった。 「高耶さん?!なんですか、それ!別れるなんてとんでもない!」 玄関で立ったまま高耶さんを抱きしめた。この人が泣くとは。まさかこんなに脆い人だったなんて。 「オレだって会いたかったんだよ。でも…」 長秀の言ったことを気にしていたんだとは言い出せないようだ。 「もういいんです。こうして会ってくれたんですから。私こそ大人気なかったですね。何も言わなくていいですから、ちゃんと顔を見せてください」 目を真っ赤にしながら高耶さんはこっちを向いてくれた。 「うー、やっぱ直江に会えないのはヤダ。なんでこんなんなんだろ、オレ」 目をこすって涙を拭うと、高耶さんは俺をクッションに座らせてその横に寄り添った。 「明日までの課題をやっとかないと駄目なんだけどさ。出来るまでにあと30分ぐらいかかるんだ。待っててくれるか?そしたら直江んちに泊まりに行く」 高耶さんがやっているのはジャケットのポケットの部分の制作だった。どうやってポケットを作るのか知らなかった私は教科書を除いて見てみたが、サッパリわからない。 裏地と表地の間に出来上がるポケット。ポケットの種類にもいくつもあって、その中でも一番ジャケットの雰囲気に合う形のものを作っているそうだ。 「できた!あー、良かった。失敗したらジャケットごと作り直しだもんな〜」 「一番難しいんだぞ。着てるヤツはなんとも思わないで使ってるだろうけど。例えばワイシャツのなんかは布をくっつければいいだけなんだけど、ジャケットやパンツのポケットはそうもいかないんだ。ジャケットの場合は、まず切り込みを入れるんだ。その切り込みの幅と、この…口布ってゆうんだけど、これの幅が同じじゃないと切り込み部分が引き釣れたり、切りっ放しの所が見えるだろ?オレはあんまり器用じゃないから難しいんだ。それで中の布は裏地を使って、その裏地が表から見えないように接ぐんだけど、その長さを間違えたりな。口布もうまく付けないとポケットの中身がデローンてなるから」 高耶さんが服を作っている時の顔のなんと生き生きとしていることか!さっきまで泣いてた顔が輝いている。 「洋服を作るのが本当に好きなんですね」 もういいんだよ、と言ってジャケットを大きな紙と一緒に上手に畳み、どこかのショップの袋に入れた。 「直江、先に出て待っててくれ」 寒くなってきたから車に暖房を入れておかねば。 「お待たせ。行こうぜ」 その高耶さんの姿になんとなく寂しい思いがした。同時に納得もした。 それを俺がいない場所で着替えた、という所に長秀の言葉を気にしているのが見て取れた。 「なんだ?」 譲さんか…聞いたことがないな。矢崎君なら知っているが。 「…今度会う?」 疑ってはいないが、私とその譲さんとどちらが大事なのだろう、と思ってはいた。
つづく
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泣かすなよ。 |
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