最近、直江がどこにも連れて行ってくれない。
今まではオシャレスポットだとか、落ち着いてて雰囲気のいい街なんかに連れて行ってくれてたんだけど、ここ数週間は直江のマンションかオレのアパートばっかだ。
たぶん何かあったんだろうな。
学校が終わってから譲に会った。譲の家はオレのアパートから5分ぐらいのところだ。大学が近いんだってさ。
オレが譲の家に転がり込んでからその後は直江の話をしてなかったから、報告をしようと思って会うことにした。
ついでに譲の紹介で割りのいいアルバイトなんかもないかなーなんて。
恥ずかしかったけど話してみたら譲はけっこう理解があった。
気持ち悪いとかは思わないって。
「じゃあ結局直江さんとはうまくいってるわけね?モデルって言ってたけど、直江なんていたっけ?」
「あ、そっか。直江は本名だからな。芸名はタチバナヨシアキだ」
「…マっ!マジで?!タチバナ?!あのタチバナヨシアキ?!」
「あの、って言われてもよくわかんねーよ」
「バカだな!高耶は!相変わらずバカだ!物事知らなすぎだよ!」
「そっか〜?」
譲の動揺っぷりからすると、直江は一般人にも知られた存在らしい。
オレ、そんなのと付き合ってるのか?あの直江がねえ…。
「直江がどんなモデルかは知らないけど、幻想を抱くのは良くないぞ。直江ってあれでもオッサンなとこあるし、料理はできないし、意地悪だし、アホだぞ」
「高耶はもー!わかってないからそんな言い方できるんだ!」
「だってそうだもん。昨日だって口開けて寝てたし。イビキもかいてた」
「…た、たかや…?」
「寝てる間に腹とか掻いたり」
「…ちょっと、待って。何?直江さんちに行ってるのはわかったけど、泊まったりしてんの?」
「うん、何度か」
「…えええええ!!!」
急に大声で叫びやがった。鼓膜が破れそうなぐらい。
「そんなあ…あの高耶が…深志の仰木が…で?どうなの?男同士ってのは」
………………………………。
「おまえ死ね〜〜〜〜〜!!!このエロガキ!!」
「高耶♪」
「してねえ!そんなのしてねえ!!まだしてねえ!!!」
「まだってことはするつもりなんじゃんか」
「言うなあああ!」
まさか譲がこんな話に食いついてくるとは思ってもみなかった!
お互い童貞のくせに!!
「おまえだってまだなくせに何エロいこと聞いてんだよ!」
「まだって?え?もう済んでるよ〜。ヤダなあ、高耶。そんなのもわかんなかったの?」
童貞じゃないのか…こいつ。童顔のくせに。
「誰とは言えないけどね〜。あーあ、高耶は女の子も知らないうちに男に食われちゃうのかあ」
「食われるとか言うな!」
「ふふーん。いいけどぉ。どんなだったか報告してね」
「するかー!!」
譲と千秋を会わせたらどんなコンビになるのか怖い。絶対に会わせないぞ!
「今日はゆっくりしていけるんだろ?もっと直江さんとのこと教えろよ〜」
「教えるわけねーだろ。それに今日はまた直江んちに行くんだよ。夕飯作りに」
「今日こそって感じ?うひひ」
「しねーよ!直江がしなくてもいいって言ったんだ!」
「へえ?なんで?普通したくなるもんだけどな」
そりゃ確かにオレだって彼女ができればしたいって思っただろうな。
でも直江は男だ。
そんでオレも男だ。
たぶん直江だって男と付き合うのは初めてだろうからさ、戸惑ってたりしてるのかも。
「でも高耶が幸せそうで良かったよ。今までこんな高耶の顔を見たことなかったもんな」
「…そうかな?」
「そーだよ。もう帰らないと直江さんが迎えに来るんだろ?行ったら?」
「うん、バタバタして悪かったな。また今度な」
「そのうち会わせてくれる?」
「まー、そのうち。もうちょっと落ち着いたら」
「よろしく〜」
高耶さんを迎えに行くために車を走らせていたら、歩道を歩く高耶さんの姿が見えた。クラクションを短く鳴らし、振り向いた高耶さんに手を振った。
歩道に寄せて車を停め、中からドアを開ける。そして乗り込んできた高耶さんにシートベルトをしてあげる。我ながら完璧なエスコートだ。
…なんとなく複雑そうな表情だが。
「今、帰りですか?」
「譲の家に寄ったんだ。直江と付き合ってるって話してきた」
「理解してもらえました?」
「してたよ。そのうち会いたいってさ」
「そうですか。譲さんに合格を頂かないといけませんね」
「合格って、そりゃオレが決めるこったろうが」
まずマンションに帰る前にピーコックに寄った。
ついでにと高耶さんは求人情報も見ていたが、今のところレジ係しか募集していない。ここには書いてないが女性限定に違いない。
「バイト、募集してねーのな」
「本気でここで働くつもりだったんですか?」
「うん」
「高耶さんさえ良ければ紹介しましょうか?」
「どこ?」
「事務所の階下のカフェですが」
「…厨房だったらどうにかなるけど、フロアはなー。愛想笑いとかできねーしなー」
「そうでしたね…」
「そうでしたって何だ?!そこはお世辞でも「そんなことないですよ」とか言うもんだ!」
「すいません…」
「コンビニにしようかなぁ。そしたら弁当の売れ残りとか貰えるし…」
高耶さんが売れ残りを?!
そんなこと、この直江信綱が許せるわけがない!
「うーん、もうちょっと探してみっか」
「私もどこか探しておきます」
買い物をしていたら視線が気になった。
いつもは自分だけだから気にならない程度に無視していたが、高耶さんは思ったより目立つ。何よりこの男同士での買い物風景はあまり見かけないからだろう。
好奇の眼差しの人間もいるし、俺がタチバナだと知ってみている者もいる。
高耶さんはこういうのを気にするだろうか。だがこの辺が鈍感で助かる。
「タマネギもジャガイモも直江んちにあるし…あ、そうだ。直江、おまえんちって魚焼いてもいいのか?」
「ええ、かまいませんよ」
「部屋が魚臭くなるけど」
「高耶さんの料理なんですから、魚臭くなってもかまいません。それに和食は好きですし」
「そーなの?いつも連れてかれるとこがイタリアンだのフレンチだのだから和食はそう好きでもないのかと思ってた」
「一番好きですよ。あまり食べる機会がないだけで。高耶さんがお好きだったと知っていたらお連れしたのに」
「ホントか?!じゃあ今度は和食な!うまい刺身が食いたい!やっぱ魚は生が一番うまいよな!」
はしゃぐ高耶さんを見てつい微笑んでしまった。そのせいかさらに視線が険しいものになった気がした。
まずい。この視線を高耶さんに気付かれてはならない。
俺が平気でも高耶さんはシャイだからな。また会えないなんてことになったら!
「じゃあサンマに決定。これ焼いて、肉じゃがだろ。それとほうれん草の白和えと…ゴマと豆腐ってあったっけ?」
「いえ、なかったと思います」
「じゃあそれと、あとは〜、山芋のすりおろしでOKだ」
「なかなか豪華ですね。私がレジに並びますから、高耶さんは残りの買い物を持ってきてください」
「ダッシュで行くから並んでろよ」
「わかりました」
別行動なら視線が自分だけに注がれるはずだ。高耶さんが傷つくことはない。
レジのそばに高耶さんが好きな紅茶を見かけた。前に一緒に来た時に言っていたアールグレイだ。イギリス土産で貰ってから好きになったが、スーパーでは高価で買えないと嘆いていたのを覚えていた。
それを取ってカゴに入れた時に高耶さんが戻って、カゴに白ゴマと豆腐を入れた。
「じゃあオレ、あっちで待ってるから」
エコ袋をリュックから出して買い物台で待っているそうだ。今日は機嫌がいいらしく、やけに楽しそうだ。
会計をして台までカゴを持って行くと、待ち構えていたようにエコ袋に入れだした。
「あ!この紅茶!おまえ買ったのか?」
「はい、お好きだって前に言ってたでしょう?」
「高いのに…もったいない…でも嬉しいなー。これさ、直江んちに置いてオレがいつでも飲めるようにしといていい?」
「そのつもりですよ。一緒に飲みましょうね。ミルクティーにするとおいしいそうですから」
「へー。物知りだな。じゃ、早く帰ろう!腹減ってきた」
「はい」
荷物は俺が持つと言っているのに、高耶さんはモデルがエコ袋なんか持ったら幻滅されるといって奪ってしまった。
並んで歩いていて考えてしまった。このシチュエーションはまるで夫婦ではないか。
なんて素晴らしいんだ!
だがそんな事を言えば鉄拳が飛んでくるだろう。それに、気にしてしまうに違いない。
あなたが傷つかないように守るのは、私の義務ですからね。
いつもながら高耶さんの料理の手さばきは見事だった。出来上がったものを食べるとさらに見事だ。
どのぐらいの期間、自炊をしていたのだろう。父親が酒びたりになった小学生の頃から数えて、もう6,7年といったところか。
「うまい?」
「ええ、とても。肉じゃがでこんなにおいしいのは初めてです。白和えも上手ですね」
「だろ?美弥も譲もオレの肉じゃがと白和えは美味いって言うんだぜ」
譲さんも高耶さんにご馳走になったことがあるのか。ジェラシーだな。
「たまに譲の家に行くと作るんだよ。あいつボンボンだから自炊できねーの」
たぶん高耶さんと譲さんが一緒に買い物をしても、周りは学生同士の自炊としか思わないだろう。だが俺と高耶さんだと、やはり異様な組み合わせに見えてしまうのだろうか。
「どしたー?」
「美味しくて感動してたんです。今度はまた違う得意料理を食べさせてくださいね」
「まっかされよー!」
高耶さんもジャ●アンだったのか…。
その日は高耶さんはアパートに帰ると言うので運転するために酒は飲まなかった。連日泊まるのは気が引けるらしい。
紅茶を飲みながら話した内容は、学校の話に、高耶さんの親友の譲さんの話。中学生からの親友で、高耶さんがどん底までグレなかったのは譲さんのおかげだそうだ。
「ぜひお会いしたいですね」
「けどな〜」
「なんですか?」
「あいつさ、オレと直江が付き合ってるの知ってるじゃん?んでさ、チューとかしてんの?って聞いてくるわけ。そりゃするよって答えたらゲラゲラ笑うんだよな。失礼なヤツだと思わねー?」
「長秀みたいですね…」
「そう!千秋みたいなんだ!あのふたりを会わせたら大変なことになるぞ」
「それだけは避けましょう…」
長秀がもう一人増えたというわけか。それはたまらん。
「あ、直江ぇ」
「なんでしょう?」
「チューしたくなった。今日は一回もしてないよな?」
「今朝しましたよ」
「あ、そーか。…直江はしたくないか?」
「したいです」
何度もキスをして、何度か愛していると囁いて、そっと抱きしめた。高耶さんから自分と同じシャンプーの匂いがした。
「ねえ、高耶さん。本当に、一緒に住みませんか?」
「だって学生だしさ。第一家族になんて言えばいいかわかんねーしさ。あそこのアパートも案外気に入ってるし」
「そういう理由は抜きにして、本心ではどう思ってますか?」
「そりゃ毎日一緒がいいなーとは思うよ。でもさ…男同士で他人で一緒に住むって、なんか誤解されそうだよな…誤解じゃないんだけど、知られるのも勘ぐられるのもイヤだ」
やはりそう思うのか。
「直江だって変な噂が立ったら困るだろ?仕事に支障が出ないか?」
「私の場合はタレントではないので、スキャンダルは平気です。でも高耶さんがそう思うならやめておきましょうね。無駄に苦労はする必要ないですしね」
「ごめんな」
「いいんですよ」
客間を高耶さん用に改造してもいいと思ったが、その必要は今はないのか。
残念だが仕方ない。
「そろそろ帰る。車出して」
「はい」
玄関と、駐車場と、高耶さんのアパートの前で名残惜しいとばかりにキスをした。
つづく