同じ世界で一緒に歩こう


アルバイト


その1

 
   

 

 

高耶の冬休みのある日。
いつものように直江のマンションで昼間からくつろいでいる高耶。この頃はアパートにも帰らずに直江の家にいる。
そして広げているのはアルバイト情報雑誌。

高耶はまだ新しいアルバイトを見つけていない。この際、えり好みせずにコンビニでもいいのだが直江がどうしても許してくれない。

「アルバイト、見つけなくてはなりませんね」
「だよなー。マジで光熱費が払えないんだよなー」
「早くしないと止められますよ?」
「わかってる!だからこうして探してるんだ!」

希望のバイト先にいくつか面接はしてみたが、毎回敢え無く失敗している。

「どんな所がいいんです?本当に紹介しますよ?」
「洋服関係でー、接客じゃなくてー、時給は800円以上でー」
「そうですね…確か…冬休み中だけでアルバイトを探している所はありますが…短期でいいなら一件ありますよ?」
「え!何?!なんで今まで黙ってたんだよ!」

高耶と過ごす時間が減るからとは口が裂けても言えなかったが、本気で高耶がアパートから追い出されるとなったら話は別。

「私の事務所です。社員の女性が急に辞めてしまったので、その代役を見つかるまでの間、探してたんです」
「ッ時給は?!どんな仕事?!」
「時給は千円です。一日だいたい8時間で、週に5日ほど。スケジュールの都合でクリスマスと年末年始は休みです。ただし…長秀の、付き人ですが」

千秋の〜?!
露骨にイヤそうな顔したのを直江が笑った。

「だから言わなかったんですよ。どうしますか?背に腹は変えられないなら紹介しますけど」
「うーん、千秋か〜。あいつコキ使ってくれそーだしなあ。でももうマジヤバいしな〜」
「早くしないと決まってしまいますよ」
「うー、やる!冬休みだけでもいい!えーと、その日数だと一日8000円で…10日。8万か!」
「フィッターと同じくらいですね。付き人と言っても何から何までやらせるわけではありませんから安心してください。ちゃんとしたマネージャーが付いてます」
「やる!すぐ事務所に電話しろ!今すぐだ!」
「はいはい」

8万円もあれば光熱費を払ってもまだ余裕がある。長期のバイトを見つけるまでにどうにかなるだろう。

「ラッキー」
「高耶さん、すいません。長秀の付き人はもう決まってしまいましたって」
「えええ!そんなあ…おまえのせいだぞ、直江!」
「その代わり、別のポストで募集してますが」
「え?!今度は何?!」
「私の付き人だそうです。チーフマネージャーが妊娠してたんですが、さっき陣痛が起きたとかで。今年中は大丈夫だって言ってたんですけどねえ」
「…直江の…?」
「なんですか、そのイヤそうな顔は」

イヤなわけではないが、もし自分たちの関係を千秋以外の人間が知ってたら、と思うと怖い。

「どうします?私の付き人だと時給は200円上がりますって。募集が殺到する前に決めてくれと言ってますけど」

受話器を保留にしたままで直江が急かす。
実際はまだ募集をかけていないが、直江としては高耶に付きっ切りになってもらえるのが嬉しいため嘘をついての問いかけであった。

「わかった!やる!」
「では決まりですね。従兄弟ということにしておきますから、話を後で合わせましょう」

そうしないと関係を探られそうで直江も面倒だったのだ。
事務所の人間に伝えると、さっそく明日から来てほしいと言われた。毎日の通勤は直江の車で行くか、タクシーで直江と一緒に行くかだ。高耶にとっては交通費すらも痛い出費だったため、有難いことには違いないが。

「直江の明日のスケジュールって?」
「明日は午前中にカタログの打ち合わせと、昼に銀座でショーがあります。それと雑誌の撮影が夜に入ってます」
「オレは何をすればいいわけ?」
「スケジュールの管理と、護衛みたいなものですね。サブマネージャーは事務所に残って他のスケジュールの管理と、オファーを受けます。ですから高耶さん。あなただけで私を護衛ですから」
「オレより強いくせに何言ってやがんだ」

一応、面接を形だけでもやるそうなので、午前中は打ち合わせの前に行かなくてはならない。
直江が早めに車で送ってくれると言うので、どうせ同じ場所に行くならと申し出を受けた。

「じゃあ泊まって行きますか?」
「そうだな。そうすっか」





その夜。

「高耶さん?客間で何をしてるんですか?」

直江が風呂に入っている間に、客間に布団を敷いていた。今日はここで寝るらしい。
ずっと一緒に寝ていたのに?

「うん。明日から働くならさ、直江と一緒じゃない方がいいかな、と思って。仕事とプライベートを一緒にしないように練習」
「そんなことは…一緒に寝てくださいな」
「駄目」
「寂しくなっても入れてあげませんよ?」
「大丈夫」

高耶が強情なことを知っている直江はすぐに諦めて、その夜は別々の部屋に寝た。

しかし深夜、別の部屋に入って2時間も経たないころ、直江の寝室のドアがそっと開いた。

「直江?」

物音で目が覚めてドアを見てみると、高耶が枕を抱えて立っていた。

「どうしたんですか?何かありましたか?」
「こっちで寝る」
「はあ…」
「駄目ならいいけど…」
「いえ、こちらへどうぞ。いらっしゃい」

羽布団をめくって高耶を入れてやった。直江の体温で温まっていたベッドの中はポカポカして気持ちいいらしく、高耶はすぐに目を閉じた。

「寂しくなった?」
「うん。やっぱいつもの場所がいい」

体を丸くしている高耶の髪にキスをしてから、直江も布団に入り直した。

「チューは?」
「はい。おやすみなさい」

ふくよかな唇に軽くキスをして、直江も目を閉じた。





「あれー?なんで高耶がここにいんだよ」

六本木の一角にある事務所に入って一番先に高耶を見つけたのは千秋だった。今日は付き人との初顔合わせらしい。

「今日から学校が始まるまで俺の付き人をやることになったんだ」

千秋から守るようにして直江が高耶を背中に庇う。

「へー、そりゃ旦那も嬉しいこったな。ま、ヘマしねーよーにしろよ」
「しねーよ!」
「直江に甘えてたら仕事になんねーからな。そのへんはちゃんとしろよ。直江もな」

千秋の意外な言葉を聞いてしまったようだ。ああ見えて案外、仕事には情熱を持って接しているらしい。

「長秀はこの事務所の中でも一番厳しいんですよ。甘えた行動を取るスタッフはすぐにクビにしてしまうんです。ですがそれも長秀が一生懸命やってるってことですから、気にしないでくださいね」
「余計なこと言うな、直江。そうやっておまえが甘やかすから高耶はすぐにつけあがるんだよ」
「つけあがっても、いいんですよ」

直江と千秋の会話について行くのがウザいと思っていた高耶の背後から若い女の声がした。

「長秀〜?!どこにいるの〜?!」

ちょっと怒っているような感じだ。

「ああ、いたいた!すぐに来なさいって言ったでしょ!顔合わせしてちょうだい!」

モデルの人かな?と高耶が思ったほどの美人が目の前に立った。フワフワした髪をうるさそうにかき上げて千秋に詰め寄る。

「わりぃ、わりぃ。すぐ行くって」
「あら、直江。おはよう。あ、その子?あんたの従兄弟って」
「ああ、そうだ。仰木高耶さんだ。所長と面接なんだが」
「あ、所長ね。渋滞に巻き込まれたからって遅れるそうよ。それで、私が面接するんだけど…必要なさそうね。しっかりしてるみたいだし。よろしくね、高耶くん。私、門脇綾子。ここの事務所全体の管理をしてるの。所長秘書と兼任。じゃあサブマネージャーに説明させるから、あっちの応接室を使って」
「あ、はい」
「直江はまだ時間があるからこの前のスチルでも見てたら?ポジ、ファイリングしてあるから。ほら、長秀!さっさと行きなさい!」
「ほー、従兄弟ねえ」
「長秀!」
「へいへい。行きますよー」
「アルバイトの子なんだから、優しくしなさいよ!あんたのせいで何度付き人がいなくなって困ったかわかんないんだからね!」
「うるせえなー。わかってますよー」

綾子は見た目と違ってハキハキしていて頼りがいのある女性らしい。高耶が心配するような女性ではなさそうだった。
何よりも直江を『直江』と呼んでいたし。

「では高耶さん、サブに会ってください。こちらです。サブは男性で、高耶さんとも年齢が近いですから、かしこまることもないですからね」

応接室と言っても木製のパーティションで仕切っただけのスペースだった。直江の所属事務所なだけにインテリアは洗練されていて、そのスペースも開放的で雰囲気が良い。白を基調にしていて、外の光が入ってくるとまるで屋外のような気分になる事務所は高耶も好きになっていた。

「一蔵、いるか?」
「はい、タチバナさん」
「仰木高耶さんだ。私の従兄弟だ。今日からしばらく付き人のバイトをしてもらうから頼んだぞ」
「はい!」

直江はその場で去ってしまったが、一蔵と呼ばれたサブマネージャーは特に気負うこともなく高耶に話しかけた。

「よろしく。一蔵って呼んでくれていいから。仰木くんって、タチバナさんの従兄弟なのか。似てないな」
「え?あ、はい」
「敬語苦手そーだなー。ここの事務所ってあんまりかしこまってないからタメ口でもいいぜ。長秀もそう言ってたしな。でもタチバナさんと綾子さんだけにはどうしても敬語使っちまうんだけどさ」

フレンドリーな一蔵に好感を覚えた高耶は安心してにっこりと笑った。

「んじゃ、説明すっからな。今日から仰木くんがやる仕事は、俺がいつもやってることなんだけど…」

一蔵の説明を30分ばかり聞いた高耶は直江の人気に呆気に取られた。
オッカケがいるとか、そのオッカケからプレゼント攻撃があるために付き人はいつも大きなカバンを用意しておかなくてはいけないとか、直江を狙う女性モデルが名刺を渡してきたら丁重に断るとか、本当に護衛をやらせられるらしい。

「前はさ、タチバナさんも名刺とか電話番号とかけっこう受け取ってたんだけど、先々月かなあ。いきなり全部断れって言われて、それからは断るようになったんだ。本命の彼女でも出来たんじゃないかって噂だよ。従兄弟なら知ってるんじゃない?」

オレのことだ…

「いや、知らない。あんまそうゆうこと話さないし」

て、ことにしておこう。

「じゃあ、そろろろカタログの打ち合わせに行く時間だから。基本的にうちのモデルってショーは付き添いナシで出かけるんだけど、今日は打ち合わせもあるから一緒に行って。まー、長秀の場合は半分タレントみたいな仕事してるからショーでもマネージャー付けたりしてるけどさ」
「へえ…直江はファッションモデルしかしないの?」
「タチバナさんもちょっとはやるけど、本人が気乗りしないから無理にやらせないだけ」
「ふーん」

ファイルが入ったカバンとプリントアウトされた地図を渡され、直江の座っている大きなテーブルに行った。
直江はテーブルに置かれたライトボードに虫眼鏡のようなモノクルを乗せて覗き込んでいる。その下にはポジフィルムがあった。

「何見てんだ?」
「ああ、高耶さん。終わったんですね。これは先週の撮影スチルです。どんな写りをしてるのかチェックしてるんですよ。見ますか?」
「うん、ちょっとだけ」

覗き込んで見るとプリントされた写真とは違う鮮明な画像が見えた。被写体を下から撮ったもので、青空の下にコートをたなびかせた直江がいた。

「これは広告に使う写真です。今から行くモトハルの宣伝用で、駅の掲示板や雑誌に出ますよ」

モトハル、と聞いて高耶が顔を上げた。

「そうだ!もう行かなくちゃ!間に合わねーぞ!」
「では行きましょうか。車は私が運転しますから、高耶さんはいつもみたいに助手席で」
「オレも免許ぐらいは持ってるぞ」
「私が運転します」

高耶の運転も乗ってみたいが、普段から乗り慣れていない人間の運転は信用できない。それを言えば烈火のごとく怒るのが目に見えているので黙っておく。

「行くぞ!」


 

 

つづく

 

   
         
   

やっと綾子ねーさんを出せました。

   
 

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