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アルバイト


その2

 
   


モトハルの会社に着いて、プレスルームに通された。
コーヒーを出されて待っていると、モトハルがプレスの女性を伴って静かに入ってきた。

「おう、直江。久しぶりだな。今回もカタログを引き受けてもらって助かったよ」
「こっちこそ感謝してる。もう何年も使ってもらってるからな」

高耶もさっき一蔵から聞いたが、モトハルのショー用のカタログはすべて直江を使っての作品だった。カタログのどのページをめくっても直江しか写っていない。モデル冥利に尽きると直江は笑った。

「ああ、モトハルに紹介しておく。高耶さんだ。今は臨時のアルバイトで付き人をしてもらってる。来年の初めまでだが、何度かこちらに出向くと思う。よろしく頼む」
「よろしく、高耶くん。あまり難しい要求はしないと思うから、緊張しなくていいよ」
「…高耶さん?ご挨拶をしてください」

モトハルがプレスルームに入ってきた時から緊張で口が開かない。ファッション界の大物、モトハルが目の前にいる!!

「あ、あの、仰木高耶です!よろしくお願いします!」
「高耶さんは服飾学校の生徒さんなんだ。おまえに会えて緊張してるらしいな」
「そうなのか。勉強、大変かもしれないけど頑張ってな。さてと、仕事の話を始めるぞ」

モトハルも直江も仕事モードに切り替わり、カタログ制作のためのコンセプトや構成をプレスから聞いている。まだプレス関連の授業を受けていない高耶は真剣に耳を澄ませて聞いていた。

「タチバナのサイズには合わせてあるんだな。撮影のスケジュールなんだが、そのへんはどうなってる」
「すべて門脇さんとも打ち合わせ済みです。スケジュールは問題ありません。あとカメラマンの手配も完了してあります。今回も武藤潮さんにお願いしました。こちらに全日程がありますので、タチバナさんもご覧になってください」

何枚か綴ってある用紙にスケジュールと着る服の写真、カメラマンの名前、撮影場所などが記載されていた。
高耶も同じものを貰って見てみる。真冬の撮影で半袖や袖なしだ。そういうものだと知ってはいたが、まさか直江が凍死するようなことにはならないだろうな…と心配している。

「この武藤ってカメラマンは前回のか?あいつ、若いくせにいい写真撮るからな」
「そうだろう?武藤を見出した時は興奮したよ。生命力まで写真に収めるようで本当に凄い力量だ。ま、被写体もいいんだけどな」

だいたい2時間近く話しただろうか。

「話はこんなもんだな。直江、一緒にメシでもどうだ?」
「いや、次の仕事までに余裕がないんだ。もう行かなくてはならん。高耶さん、失礼しましょうか」
「あ、うん。じゃあ、あの、キッカワ先生、これで失礼します。どうぞよろしくお願いします」
「ああ、またな。直江はすぐに無理するからしっかり監視してくれよ」
「はいっ」

会社を出てから直江に次のショー会場を告げた。だが時間はまだ余裕があった。

「せっかく誘ってくれたのに、忙しいなんて嘘つくなよ」
「モトハルとの食事じゃ、あなたが緊張して食べられないじゃないですか。夜まで仕事があるんですからちゃんと食べてもらわなくては」
「うー」

確かに緊張してしまう。
見透かされているのに腹が立つが、直江が高耶を思いやってしたことだとわかっているだけに怒れない。

「次は銀座ですね。早めに行って食事しましょうか」
「うん」






その後、銀座の貸しスペースで国内有名ブランドのショーに出た。直江がステージに立っているのを見るのは初めての高耶は、直江の圧倒的存在感に脱帽した。
服の良さを最大限に引き出し、なおかつ上質なものを更に上質に見せるモデルなのだ、直江は。
人気があるのも頷ける。

ショーが終わって控え室に行くと、高耶がいつも参加しているフィッターがたくさんいた。

「直江、早く着替えてくれ。次は新宿だ。あんまり時間がないから」
「はい、すぐに行きます」

ショー用のシャツのカフスボタンを外しながら返事をする。その直江に付いてフィッターをしているのはどこかの専門学校の生徒だろうか。
可愛い女の子が顔を赤くしながら裸体の直江から脱いだ服を受け取っている。

「…あ、しまった。ネックレスが…髪にからまったみたいだな。すいませんが外してもらえますか?」

フィッターの女の子に声をかける直江。女の子の目の前に直江の裸の背中。
そのちょっぴり微笑ましい光景に思わず嫉妬してしまった高耶が、ズンズンと近寄ってくる。

「時間がねえって言ってるだろ!引っ張って取れ!」
「たっ、高耶さん!痛いですよ!何してるんですか!」

ぶち。

見事に髪が数本抜けた。

「あ、つー…乱暴な真似しないでください。ほら、フィッターさんが困ってますよ」
「貸せ」

直江を無視してフィッターからネックレスを取り上げた。絡まった髪をブチブチ切りながら外すと、突きつけて返した。

「高耶さん、ちょっと…」
「早く着替えろ。あと5分で出るぞ」

なぜか女王様モードになっている高耶に恐れをなして、直江は素早く服を着ると、とっとと出ていこうとする高耶のあとを追いかけた。

「なんてことするんですか。何も抜かなくてもいいでしょうに。ハゲたらどうしてくれるんですか。それにフィッターさんが…」
「おまえはそうやってフィッターなら誰でもいいから引っ掛けてたのか?」
「はい?」
「オレもそのターゲットだったってわけか?ち。なんだ、嘘だったのか。オレを一生愛してるとか何とかってのは」
「何をおっしゃってるのか意味がわかりませんが…」
「ふん。ほら、次行くぞ」






「高耶さん、いったい何をそんなに怒ってるんですか。時間がないのはわかりますが、ちゃんと遅刻しないで来られたでしょう?」

夜の撮影も無事終わって(正確には初台のオペラシティのバーでの撮影)一日の報告のために六本木の事務所に戻る車中だ。
あれから高耶はずっと黙って直江の仕事だけに集中していた。いつものような会話もない。

「事務所で報告が終わったら食事をして帰りましょう。ちゃんと不機嫌な理由を聞かせてもらいますよ」
「別に不機嫌じゃない」
「口を尖らせて言うセリフじゃないですね。いいですね?話してもらいますよ」
「知るか」

一蔵と綾子に今日の報告を済ませてから駐車場に向かって車に乗った。それでも高耶は直江から顔ごと逸らしていた。

「何を食べますか?芝浦においしいフレンチの店がありますから、そこへ行きましょうか」
「直江」
「言う気になりました?」
「オレのこと、この先、どうするつもりだ?」
「どうって…ずっと一緒にいるって約束したじゃないですか。それとも、何ですか?あなたはもうイヤになったんですか?」
「直江の返答しだいでは、考える」
「先のことはわかりません。でも確実に言えることはありますよ。私はあなたを一生愛していきます。誰に何を言われても、何をされても」
「ふうん」

本気にしていないような返事が返ってきた。それにムッとした直江が乱暴にハンドルを切った。
体が慣性で左後ろに傾いた。

「私は本気ですからね」
「でも、そのうちきっと女の方がいいって言い出しそうだ」
「何を…」

驚いた直江が東京タワーの前の道路で車を停車した。

「どうしてそんな事を言い出すんです?私が何かしましたか?」
「フィッターの女の子…あの子に見せた顔が、オレに初めて会った時と同じ顔だった…それと、オペラシティで女のモデルと寄り添って撮影してた時の顔…マンションで見る直江と同じだった」

どうやら女性2人に嫉妬していたらしいと直江にもやっとわかった。

「そうでしたか?フィッターさんには仕事のサポートをしてもらっている敬意を払っていますから、同じ顔をしてたかもしれません。高耶さんもフィッターをやってましたから、いつもそれを思い出してしまうのも、本当ですよ。バーでは…カメラに撮られる時は役にのめり込みますから、そんな顔だったんでしょう。そうでないと仕事になりません」
「直江は、いつか女を取るって、思ったんだ」
「でも、高耶さん。バーで相手モデルを見ながら、あなたに笑いかけるようなイメージでやってたんです。基本は高耶さんを思っていつも表情を作ります。それでは駄目ですか?」
「…嘘じゃないのは知ってるけど、なんかさ、直江は女と一緒にいるのが自然だなって」
「あなたとは自然じゃないですか?」
「だって…オレ、ガキだし、オシャレじゃないし…男だし。認めてくれてるのは譲と千秋だけだし。オレがいなくなっても、直江の隣りにはキレイで優しい女がいて、そっちの方が直江にとってもいいのかなって思ったんだ」
「…二度とそんな事は言わないでください。今度言ったら高耶さんでも殴りますよ」

異常に思い詰めた高耶が憎らしい。自分の気持ちを踏みにじられた気分だった。
怒りで顎がガクガクと震えた。

「だったら、今のうちにわか…」
「別れませんよ!」

狭い車内で直江の怒声が響いた。

「あなたが何を言おうが、どう思おうが、私は別れる気はありません!私から逃がしません!」

直江が激怒してる。
怖いけど、嬉しいけど、辛い。

「よく考えてみろよ。じーさんになってもオレを愛してるって言えるのか?」
「言えます!」
「生活はどうするんだ?女と男じゃないんだ。結婚はできない。そんなんでやってけると思うか?」
「やっていきます!」
「オレが世間体を気にして結婚するって言い出したら?」
「させない!それだけは絶対にさせない!あなたが私以外の人間を愛したら殺します!」

殺します、か。

「じゃあ、今のうちに殺したら?」
「…本気で言ってるんですか…?」
「直江に殺されるなら、それでもいいよ」
「高耶、さん…」

泣き出しそうな高耶をシフトごしに抱いて、キスをした。

「人に…見られる」
「もういい。誰に見られても、あなたを失うぐらいなら、このままずっと離さない」
「直江…」
「お願いですから、私を捨てないでください。あなたがいなくなったら生きていけない。廃人になってしまう」

本当にそうなりそうな直江の声が掠れた。泣いているのは直江だ。肩口に顔を押し付けて、涙を高耶のダッフルコートに染み込ませている。

「やっと見つけた私の半身を、あなたは引き裂いて壊すつもりなんですか…」
「そうじゃない…自信がなくなっただけで…。もう泣くなよ。おまえの気持ちはわかったから」
「もっとわかってください。毎日あなただけを愛して、あなたを想って、幸せで苦しいぐらいなのを」
「…わかったよ」
「もっと、キスさせてください」
「うん…」

夜の東京タワーのオレンジ色の光の中で、ずっと飽きるまで、キスをした。





芝浦のフレンチは諦めなくてはならなかったが、デートをしようと言い出した直江に付き合って日比谷公園に寄った。
何組か同じようにカップルがいたが、どれも男女の組み合わせだった。

「カップルだらけ」
「夜の公園はそんなものですね。でも街灯が少なくて暗いから、私たちも気にせずに手を繋げるんですよ」
「うん」

いつも甘ったれの高耶があんな事を言い出すのには、相当な覚悟が必要だったに違いない。そして相当寂しかったんだろう。
察した直江が暗い公園の歩道で手を繋ごうと言い、高耶も素直に受けた。

「ごめんな」
「もういいんです。二度と言わないと約束してくれれば」
「言わない。直江が廃人になるのヤダもん」
「ありがとうございます」

明るい広場に出て手を離した。急に手が冷気で冷たくなる。

「帰ろう」
「そうですね。帰ってまたたくさんキスしてください」
「チューだけ?」
「他にも色々」
「うん」

直江だったら全部大丈夫かもしれない。
高耶はそんなことを少しだけ思いながら車に乗り、シートベルトをしてくれている直江にキスをした。
ウィンダムはゆっくり発進した。

 

END

 

あとがき

他にも色々、って何をするんだろう?
とお考えになったあなた!
鋭いです!
6と7の間で二人はエッチしました!
裏の入り口がどこかに隠されています。
「ABOUTページ」にヒントがあります。


   
         
   


   
   

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