同じ世界で一緒に歩こう

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学校のともだち



 
   

いちまんえん!!いちまんえんがオレの手の中に!
このいちまんえんは好きに使っていいんだ!オレのいちまんえん!!

まえに買って忘れてた宝くじがあったから、どうせ300円しか貰えないか、と思いながら昼休みに換金してきたら、なんと一万円当たっていた!!
この一万円で何をしよう!ああ、こんなにたくさんお金を使えるなんて、オレってラッキー♪

「仰木〜」

換金して学校に戻る途中、昼飯を食いに行ってた同級生が道端で声をかけてきた。
こいつのアダナは『Nちん』だ。『ん』にアクセントを置いて呼ぶようにしてくれ。

「何をニヤニヤしとんのー。うみゃーもんでも食うたんか?」

Nちんはどこぞの王子様のような美しいツラをしてるんだが、どうにも名古屋弁が抜けないらしい。
普段は矢崎とNちんと富士そばとかに行って昼飯を食うんだが、今日は換金するために一人で先に銀行へ行ったんだ。
ちなみに換金してきたのは内緒だ。だってNちんに宝くじが当たったなんて言おうものなら、ソッコーでたかられる。

Nちんは渋谷の「SISCO」って店でレコードばっかり買ってるから金がいつもない。今時CDじゃなくてレコードを買ってるのは何でか聞いたら、趣味でDJとかやってるんだと。
オレにはわからない趣味だし、Nちんが好きな音楽もさっぱりわからない。
けどなんでか意気投合して一緒に行動してるんだけどさ。

「矢崎は?」
「パチンコしに行ったわ〜」
「またか!昼休みによくやるよな。あいつパチプロになるつもりかよ」
「かも」

Nちんに悟られないように一万円が当たった喜びを抑えて、学校に戻った。
次はテキスタイルの授業だから、4階の教室。Nちんと一緒にロッカーからアクリル絵の具を出した。

「今日さあ、帰りに渋谷行かん?」
「あ、今日はパス。寄るとこあっから」
「どこ?」
「六本木」

今日は直江といつものカフェで待ち合わせをしてる。一緒に出かけてもいいし、そのまま帰ってもいいしどっちにしても直江と一緒にいられればいいやー、なんつってな。

「六本木か〜。じゃあ俺も行くわ」
「ええ!なんで!」
「WAVEでレコード見たいし。茶するぐらいの時間はある?」
「…まあ、あるっちゃあるけど」

直江との待ち合わせがバレたらマズイな。どうしよう。

「けどオレ、待ち合わせだし」
「待ち合わせの時間まででええから付き合ってよ」
「いいけど…」

Nちんは矢崎みたいに詮索好きじゃないから大丈夫かな?

 

地下鉄で六本木に出た。直江との待ち合わせまでにはまだ1時間以上あるから、Nちんとマックに入ってちょっとだけ食った。
待ち合わせの時間になったから、オレは青山方面の直江の事務所へ、NちんはWAVEへ。
カフェにはもうすでに直江が来て待っていた。

「わりぃ!遅くなった?」
「いえ、先ほど来たばかりですから」

本当みたいで灰皿にはタバコが一本しかない。良かった。

「今日はどーする?」
「欲しいCDがあるんですけど、WAVEに寄ってもらえませんか?」

WAVE!!今まさにNちんがいる所じゃないか!それはマズイ!

「ダメ!今日はWAVEはダメ!」
「どうしたんです?」
「…さっきまで同級生と一緒だったんだよ。そんで、そいつが今ちょうどWAVEにいる…」
「別にかまわないでしょう?悪い事をしているわけでもないし」
「そーだけど…でも事務所の人たちに言ったようにさ、親戚ですって言うわけにはいかないんだぜ。Nちんは矢崎とも仲いいんだから、オレがタチバナと一緒にいるなんて知ったら矢崎にもバレる」
「そうですか…困りましたね。マネージャーの出産祝いにCDを贈る約束をしたんですよ。取り寄せしてもらっているので、引き取りたかったんですが…」

オレが直江の事務所でバイトしてた間に出産したマネージャー。
まだ産休を取ってて、明日の午前中に事務所に赤ちゃんを見せに来るそうで、そのために直江は用意しておきたいって言う。
その人のおかげで今の直江がある、そう思うとダメって言ってるオレが悪者みたいだ。

「んー、じゃあいいや。行こう。見つかってもオレが直江の付き人バイトしてたのは本当だし、言い訳はできるもんな」
「そうですよ。あまり気にしすぎてると却って怪しまれます」
「だな。じゃ、行くか」

直江と連れ立って六本木の交差点を歩く時ほど他人の視線を感じないことはない。
なるべく離れて歩いても、直江が後ろからオレを見てるから連れだってわかってしまう。
けど半分は優越感。

「あ、タチバナさんじゃないですか!」

WAVEに着いたらさっそく声をかけられやがった。入り口のディスプレイの監督をやってる人だった。
なんで直江と知り合いなのかは知らないけど、こうして声をかけられるのは毎度のことだ。そのたびにオレは脇で待ってたりしなきゃいけない。
ここで勝手に行こうもんなら「あいつは誰だ」みたいな非難の目を直江に向けられてしまうし、直江が後で「置いていかないでくださいよ」って泣きそうになるから。
大の大人が泣きそうになるってどうなんだ?

「じゃあ、また」

やっと話が終わって直江が解放される。エスカレーターに乗って、クラシック売り場へ行くと、直江はレジに直行した。
オレはクラシックなんか全然わかんねーから、キョロキョロしてたらNちんがエスカレーターに乗って降りてきてしまった。
隠れなきゃ、と思った瞬間、目が合った。なむさん。

「仰木も来てたのか。クラシック?仰木が?」
「いや、オレじゃなくて…えっと、前のバイト先の人と」
「バイト?古着屋の?」
「その後の…なんだけど」

マゴマゴしながら話してたら、直江が来てしまった!

「高耶さん?」
「あ」
「お友達ですか?」
「ああ、うん。学校の、Nちん」
「そうですか。はじめまして」

Nちんだってタチバナぐらいは知ってるはずだ。でも言い訳考えてあるし、大丈夫。

「はじめまして。タチバナさん…ですよね?」
「ええ。高耶さんには冬休みに事務所のバイトに来てもらっていたんですよ。Nちんさんも同じ学部なんですか?」

『Nちんさん』てなんだよ、『Nちんさん』て。

「クラスも同じです」
「そうですか。頑張ってくださいね」
「はい」
「じゃ、高耶さん。まだ買い物しなくてはいけませんから、行きましょうか。それでは失礼しますね」
「あ、はい。どうも」
「じゃー、また明日な」

うまいな、直江は。誤魔化すのが。

「あー、本当に会うとは思わなかった。びびった〜」
「明日は聞かれると思いますから、ちゃんと言い訳を設定しましょう」
「うん。それにしても直江。おまえって誤魔化すのとかうまいよな?もしかしてオレにも色々と…」
「ありませんよ!もう、何を言い出すかと思えば」
「ま、いいか。信じてやる。で、どうするんだ?Nちんは出てったみたいだけど」
「自分の分の欲しいCDもありますから、付き合ってください」
「いいぜ」

直江が欲しがってたCDは、トム・ウェイツってゆー歌手のだった。最近、渋谷のバーで聞いて、欲しくなったんだって。
そのCDを手にとった直江のかっこいいこと!!サマになってる!
あ、そーいえば…

「なあ、直江。オレからプレゼントとかして欲しくない?」
「プレゼントですか?いつもしてもらってますけど」
「何を?した覚えはねーぞ?」
「毎日、キスしてくれるじゃないですか」
「ば、バカ!そうじゃねえよ!」
「高耶さんから貰えるなら、空き缶のプルトップでも大事にしますよ?」
「うー!そうじゃねえっつってんだろ!このCD買ってやるよ!」
「は?」

高耶さんはいつも貧乏じゃないですか、ってツラで見られた!

「宝くじが当たったんだよ。だから、直江にコレを買ってやる。…欲しかったんだろ?」
「ええ…本当ですか?」
「うん。貸せ。会計してくっから」

もう今日はどこにも行かないで直江んちでコレ聞こう。あいつ、絶対に嬉しいはずだし。
どんな曲なんだろう。楽しみだな。

「ほれ。有難く受け取れよ」
「はい。ありがとうございます。…大事に、しますね」
「そーだぞ。一生、大事にしとけよ」
「ええ」

帰ろう。直江。そんで一緒に聞こう。オレも直江がどんな曲好きなのか知りたい。

 

「あ、これ。オレも知ってる曲だ」
「そうなんですか?どこで聞きました?」

トム・ウェイツのCDは、結局オレが一枚と、直江が一枚買った。
オレが買ってやったのはファーストアルバムで、直江が自分で買ったのはRAIN DOG(犬?)ってCD。
まずは直江が買ったのからステレオに入れてみた。
ちなみに直江が持ってるのはミニコンポじゃない。
一昔前に買ったからたいして良いものじゃないって本人は言うけど、すごくいい音が出るオンキョーの本物のステレオだ。
それにCDを入れて二曲目。聞き覚えのある曲だった。

「えーとな、確か…Nちんの家で見たんだよな。ダウン・バイ・ローってゆう映画だ」
「ダウン・バイ・ローですか。私は見てませんね。誰が監督してました?」
「ジム・ジャームッシュ」
「難解だったでしょう?ジム・ジャームッシュって」
「うん。イマイチわかんなかったけど、ちょっとスッキリする感じはしたぞ」

しゃがれ声のボーカルが渋くてカッコイイ曲だったから覚えてた。
それにメロディが今まで知ってたような曲と違って斬新だったんだ。オレにとっては。

「いつ、見たんですか?」
「えーと、夏休みが終わった後ぐらいだっけなー」
「どこで?」
「Nちんの家で」
「仲良しなんですねえ、やけに」

しまった…直江の地雷を踏んだかも。直江はオレの友達にはけっこう寛大なとこがあるけど、仲良くしすぎると嫉妬する。
譲だけは別格だからって言ってあるから、譲にだけは妬かないけど。

「なんでそんなことで妬くんだよ」
「いけませんか?」
「直江に出会う前の話じゃんか。しかもオレの場合は…オレの!場合は!相手は友達だろーが。直江の場合は友達どころか女だけどな。不特定多数の!」
「いたたたた!耳が!耳が痛い!」
「そんなオッサンギャグかましたって無駄だ。Nちんは友達。おまえは…」
「おまえは?」
「彼氏?」
「どうして疑問形なんでしょうか…?」
「さあ?」

ちょっと背中を丸めてオッサンの哀愁を帯びた直江を無視して、もう一枚のCDをかけた。
こっちはファーストアルバムだ。
今まで聞いていたのと似てるのかな?と思ったら、しっとりしたピアノが聞こえてきた。

「まったく違いますね」
「ああ。こっちは…なんか癒し系かも」

声も若くて、軽い感じがした。でも哀愁があって、すごくいい曲だった。

「直江はどっちが好き?」
「どっちなんて言えませんよ。比べる要素がありません。でも、一個だけあるとすれば、こちらはあなたが贈ってくださったCDですから、そういう意味ではこちらの方が好きです」
「バカか。けど本当に比べられないな」

どっちも同じ人物が歌ってる。
アホな直江も、優しい直江も、かっこいい直江も、全部好き。
それと同じだ。

「高耶さん。ありがとうございます」
「ん?」
「この曲は、私にとって一生一番大事で、好きな曲になりました。いつまでも二人で聞きましょうね」
「うん」

スローな曲に合わせるように、直江がゆっくりチューしてきた。 

「もっとチューして」
「じゃあ、言ってください」

いつもこうなんだよな。直江って。オレが恥ずかしいの知ってるくせに。

「じゃあ直江から」
「愛してます」
「オレも」
「ちゃんと言ってくださいよ」
「…愛してるぞ、直江」

そんでそれからはずーっとチューしてくれた。
本当に愛してるからな、直江。

 

失敗した。
あれから直江は何かっちゃあ、あの曲をかけてチューを迫る。
まー、そんなとこも可愛いと思うようにすりゃいいのか。
でもNちんがトム・ウェイツやWAVEでの話をするたんびに、耳まで赤くなるから困る…。
直江のアホー!!

 

END

 

あとがき

WAVEってもうなくなったって本当?
六本木なんかヒルズぐらいしか
行かないからわかんねーずら。
東京の人間なんてそんなもんよ。


   
         
   


   
 

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