同じ世界で一緒に歩こう

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基礎科修了制作



 
   

冬休みが明け、学校が始まって4週目。オレはものすごい量の課題に追われている。

すべては修了制作のため。今、オレたちが制作してるのはグループ制作。
クラスを班で分けて、それぞれのテーマで立体オブジェと服を作る。
オブジェ制作はデッサン、テキスタイルの授業を使っての作業だ。服は縫製、パターン、デザイン画の授業を使う。
2月下旬に行われる卒業展示会、通称「卒展」に成績が良いオブジェと服が展示され、一年間のうちに制作した課題の数々も良い成績だと展示になる。
このために短い3学期は存在する。

そうすると当然、直江と会う時間もなくなる。
直江と会う時間がなくなると当然、直江は拗ねる。
直江が拗ねると、たまに会う日にどえらい目に遭わされる。
そうなるとオレも怒る。直江が謝る。許す。仲直り。学校の課題に励む。直江が拗ねる。
風が吹けば桶屋が儲かる、とは違うけど、堂々巡り真っ最中だ。



オブジェは学校外には持ち出せないから、学校の建物が閉館になるまではオブジェを作る。閉館後は持ち帰って服を作るようになってる。
オレの班は5人。そのうち女の子が3人で、オレと矢崎が男チームだ。

矢崎はロックな男が似合う高円寺に住んでいる。学校から高円寺までは山手線で新宿乗換えで約40分。駅からアパートまではなんと20分も歩かなくてはいけない。
その点、オレは地下鉄で約30分、徒歩も合わせて40分以内という環境だ。そんな利点があって、矢崎はここ数日間オレのアパートに泊まることが増えた。

これも直江を拗ねさせる要因でもある。



学校の建物を出てすぐに、電話がかかってきた。
さっきまでオブジェを作っていて、今からアパートに帰るところ。時間は午後9時。夜間コースの生徒が使わない教室を使ってグループ全員で居残ってた。

そこにかかってきたあの着信音。直江だ。

「もしもし?」
『高耶さん?今どこですか?』
「さっき学校出て、駅に向かってる。何か用か?」
『用か…って、寂しいこと言わないでください。今日は会えますよね?』
「無理」
『今日もですか?もう4日も会ってないんですよ?』

たった4日だ!でも会うって言っても直江んちで夕飯を食べただけか。

「今から帰って服作るんだよ。時間ができたら連絡するから」
『いつなんですか、それは…そうだ!もし夕飯がまだだったら…」
「無理だっつってんだろ」
『た、高耶さん…』
「こっちから連絡するからそれまで待ってろ。いいな?」
『納得できませんが…頑張ってください…』

それで電話は切れた。オレだって会いたいとは思うけど、そんな時間は本気でナッシングだ。
直江だってそれはよくわかってる。
オレがどれだけ頑張ってて、どれだけデザイナーになりたいって思ってるかも。だから無理強いはしない。

「何、仰木。彼女から?」

矢崎や学校の友達には彼女がいるってことになってる。実際は彼氏なんだけど。
そう言っておけばこういった電話があった時に誤魔化すのが楽だし、オレが浮気するんじゃないかって心配してる直江にも安心してもらえるから。

「まーな」
「いいのかー?そんな冷たくして」
「平気。いつものことだ」

横で聞いてた女子もかわいそーだとか言うけど、直江はオレを理解してるから大丈夫。

「仰木くんの彼女って、地元の子?」
「違うけど」
「そっかー。じゃあ大丈夫だよ。私なんか彼氏が地元にいるからさ、電話もさっさと切りたくても切れなくて困るときあるよ。課題が多い時なんか、マジで切りたいのにね」
「そーだな。確かにそんな時もある」
「でも仰木くん!アレは冷たすぎ!きっと傷ついてるよ」
「そうかな〜?平気だと思うんだけどな〜」

だって直江だもん。あのくらいじゃへこたれない。でも、ちょっと可哀想だったかな?

駅前でみんなと別れて、オレだけ地下鉄に乗った。ホームで電車を待つ間、直江にメール。

『さっきは友達もいたからちゃんと話せなくてゴメン。オレも直江に会いたいよ。でもマジで忙しいからまた今度な』

このぐらい言っておけばあいつも機嫌直すだろう。カバンに携帯を仕舞おうとしたら、すぐに返事が返ってきた。

『お疲れ様です。お友達の前だったのなら仕方ありませんね。頑張ってください。あなたにはいつも私がいることを忘れないで。愛してます。高耶さんは?』

最近、直江はこうゆうメールでも「愛してる」って言わせないと気がすまないらしい。図に乗るなって思うけど「高耶さん病」という病気にかかった直江の気持ちはわからないでもないし、あんまり会えないのはオレが忙しいせいだって思うから、今のところは許してやってる。
つーわけでサービスもしてやってるんだ。特に今日は大人しくして貰うために大サービス。

『愛してるってば。ちゅ』

最後の「ちゅ」が大サービス部分だ。同じ携帯電話会社じゃないから絵文字が使えないもんでね。
不本意だ。(怒)

 

 

ばたん。
人間、床に倒れると「ばたん」という擬音がよく似合う。

高耶さんからのメールに返事を出して、風呂でも入るかと立ち上がったらすぐに返事が来た。

『愛してるってば。ちゅ』

ばたん。卒倒した。
幸い、毛足の長いカーペットの上だったから良かったものの、これが廊下だったら頭を打って死んでいたかもしれないぐらいクラクラっとして後ろに倒れた。
なんて可愛らしい、かつ、男心をくすぐる返事なのだろう!
このメールは保存だ。永久保存だ。設定しなくては!

今まで高耶さんから来たメールはすべて残しておいたのだが、先日うっかりして消してしまった。初めて来たメールや、いくつかの可愛らしいメール、愛が感じられるメールには保存をかけてあったから、それまで無くなるような羽目に至らずに済んだが、俺の落ち込みは3日ほど続いた。
枕を涙で濡らしたものだ。

それを聞いた高耶さんは大笑いで、別な涙で枕を濡らして、腹筋を筋肉痛になるまで動かしたらしい。
だから言ってやったのだ。「私は高耶さん病に罹ってるんですよ」と。
そしてまた腹筋を痛めていた。座布団2枚とまで言われてしまった。山田君の登場だ。

「ああ、高耶さんに会いたい!」

もう限界だ。ラブラブなこの時期に、会えないなんて悲しすぎるじゃないか。しかも家は車で5分とかからないご近所さんだって言うのに!
高耶さんがアパートに戻ったあたりを狙ってまた電話をかけてみるか。

 

 

アパートに戻って、さっそく服の材料を床に広げたときだ。
電話が鳴った。直江からの。

「どうした?」
『今から少しだけ行ってもいいですか?5分以内で帰りますから』
「絶対に5分て約束できるならいいけど。絶対にだ」
『はい。ではすぐに向かいます』

何しに来るんだろ?ま、いいか。可哀想だから30分ぐらいはいさせてやろう。
直江は10分後にやってきた。まだオレのアパートの合鍵は渡してないから、ノックをして。

「入れよ」
「いえ、すぐに済みます。ここでかまいません」
「何?」

顔を見られて嬉しいって言ってから、チューされた。

「用は済みました。おやすみなさい」
「えー?!そんなんで帰るのか?!用ってそれか?!」
「そうですよ」

うわー。嬉しそうなツラしやがって。たったこれだけでいいのかよ。オレは…やっぱ足りない!

「なおえー!」

帰ろうとした背中に張り付いて帰さなかった。このまま帰らせるわけにいかないっての!

「もうちょっと、話そう」
「大丈夫なんですか?忙しいんでしょう?」
「うん、少しなら平気。もうちょっとだけ」

直江が向き直って、もう一回チューして、部屋の中に入らせた。
狭い上に服の材料が散らばってて座るとこがないからベッドに座らせて、寄りかかって手を繋いでもらった。
電話とかだったらいくらでも直江に冷たくできるんだけど、会うとそーもいかない。くっついていたい。

「頑張ってますね」
「うん。寝る時間もないほどだけど、いい作品作りたいしさ。入選したら卒展に飾られるんだ。だからみんなで頑張ってるとこ。あんまり会えなくてごめんな」
「いいんです。この状況を見てしまったら何も言えませんよ」

実際、矢崎は胃を壊してしまったし、女子も頭痛でクスリばかり飲んでる。他の班でも同じらしい。
でもオレには直江がいて、すごく癒されてる。

「これが終わったらたくさん会えるから。毎日直江んちに行くからな」
「ええ。待ってますよ。体を壊さないでくださいね」

30分間、直江とくっついて、チューもたくさんして、甘えた。
帰るって言われて悲しかったけど、縫い物をしなきゃいけないから道路まで見送りに行って別れた。
もうちょっと一緒にいたかったけど。

 

 

オブジェが入選した!!金賞じゃないけど銅賞を取った!
嬉しくて直江にソッコー電話したら、おめでとうございます、って!やったー!卒展にも飾られる!
グループのみんなで駅前のウェンディーズでコーラの祝杯をあげた。みんなバイトも返上してやってたから貧乏だしな。

「うちは親が見にくるって。矢崎くんと仰木くんは?」
「わざわざ田舎から出てこないって、あのぐらいじゃ。あ、でも仰木の彼女は来るんじゃん?」

そうか。見せたいって思えば直江を誘ってもいいのか。でもあいつが来たら場内混乱にならないかな?
そうでなくても何百人も見に来て、ショー会場なんかはギューギューらしいし。

「うーん、どうだろう」
「呼べって。せっかくの銅賞なんだからさー!」
「まー、聞いてみるけど」

 


「行きます!」

やっぱりな。

「あなたの第一歩じゃないですか!私が行かなくてどうするんです!行きますよ!」
「ちなみに、入場券が必要なんだけどさ、何枚欲しい?」
「1枚で!」

1枚って…。

「誰か誘って来い。千秋とか、綾子ねーさんとか」
「…私ひとりで不都合ですか?」
「友達には彼女が来るって言ってあんの。だから、なるべくグループで来てほしいわけ。他にも事務所の女の子がいればカモフラージュになるしさ」
「…そうですか…そうですよね。私は彼女ではありませんからね。わかりました。…わかりましたよ」
「な、なおえ〜。いじけんなってばー」

背中を丸めて拗ねる直江は見慣れているけど、今回は放っておいたら立ち直らないような気がして、後ろから抱きついてほっぺにチューしてやった。

「ちゃんと来いよ?」
「…ええ、ちゃんと高耶さんの一歩を見ます」
「いつでも直江の隣りを歩けるように頑張るから」
「待ってます。いつまでも」

 

 

歩調を合わせて、直江と歩けるように。

 

 

END

 

あとがき

クリスマスだのお正月だのは
すっ飛ばして、いきなり修了制作です。
賞ってどんなのだったっけ?とか
思いながら書いたのでテキトーですが。
私のグループが賞を貰ったんで、
(リーダーのおかげで)
それを元にしました。
本当は直江に会うヒマすらないはず!

   
         
   


   
 

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