春休みになった。
冬休みからすぐに春休みだなんて、オレも年を取った証拠な気がしてならないが、そこはあえて考えないようにしよう。
とりあえず、今日は帰省だ。
帰省をするにあたって、高耶と直江は相当に揉めた。
一週間の帰省を直江に報告したら、旅行の計画を練っていたのにと直江が言い出し、勝手に計画するなと高耶が怒りだし大喧嘩になった。
「オレだって実家には帰りたいんだよ!」
「せっかくの長い休みだからどこかに行きたいってあなたが言ったから!」
「だからって計画しろとは言ってないだろ!どうせまだ電車の予約もしてないんだしいいじゃんか!もうオレはあずさの指定席予約したんだからな!」
「どうして私に何も言わずに!」
「実家に戻るのにおまえの指図を受ける必要はないだろう!」
そこまで高耶が言ったところで直江が拗ねた。
「そうでしたね…私に相談しなくてもご実家に帰るのは自由ですね。なんたってあなたの地元なんですから?私なんかが何か言う資格はありませんよね?」
「う…」
「楽しんでらっしゃい。あなたがいなくても私は平気です」
「平気って…」
たまに突き放す言い方をする直江が高耶は嫌いだ。
大人なんだから、そのへんはゆとりを持って欲しいといつも思うのだが、直江にとってそんなゆとりは無いらしい。
仕返しだ。困らせてやれ。
「オレは直江が仕事で何日もいないのが寂しいのに…直江は平気なんだな…」
「え。高耶さん…」
「いいよ。直江が平気なら帰省したって心配しないから」
「そうではなくて」
「いいってば。マジで。オレももう少し大人になんなきゃいけないってことだろ?」
「すいません!本当はメチャクチャ寂しいんです!平気なんかじゃありません!」
「最初から素直にそう言え」
「…………騙しましたね」
おうよ、騙しましたとも。
「けど直江がいない時寂しいのは本当だからな」
「高耶さん!」
ギューギュー抱きしめられて息が苦しいが、まあこれで機嫌よく送り出してくれるならいいか、と高耶は内心ほくそ笑んだ。
「で?どこに旅行するつもりでいたんだ?」
「フランスです」
…………もったいないことした!!!!
帰省なんか土日でだってできるのに!ああ、憧れのフランスよ、さようなら…。アデュー、フランス…。
「フランスは夏休みにでも行きましょうね」
ニッコリされても苦笑いしか出ない高耶。どうせ関東の温泉あたりだろう、ぐらいしか予想が出来なかった自分の貧乏性が恨めしい。
「あ、そうだ。高耶さんとフランスに行くつもりで休みを取ってたんで、観光がてらお邪魔していいですか?」
「あ?何が?」
心はフランスとお別れ中だっただけに、直江の話に付いて行かれないでいた。
「松本ですよ。馬刺しも食べたいですから」
「直江が松本に遊びに来るのか?いいけど…譲も一緒に帰るからあいつがオレを連れまわす予定になってるんだ」
「譲さんとの約束がない日に行きますよ」
「一日くらいなら空けられると思う」
「たった一日ですか?」
「うん。まず高校の同窓会に行って、次の日は中学のクラス会。その次は美弥と譲と出かけて、親父が一泊でどこかに連れて行ってくれる予定になってる。できるだけ美弥ともいてやりたいじゃん?」
「そうですか…」
一日ぐらいは久しぶりに実家でのんびりグータラ過ごすつもりでいたが、直江の落胆ぶりが可哀想でグータラは諦めた。
「でも直江のために一日空けるから!どこ行きたい?」
「おまかせします」
「んー、じゃあ松本市内か諏訪の温泉だな。間欠泉センターとかどうだ?」
「どこでもいいですよ。あなたと一緒なら」
「計画しとく」
グータラはできなくなったが、わざわざ直江が会いに来てくれるのは嬉しい。
本当はこれがオレの彼氏だと大声で自慢したいぐらいだが、そうもいかないので案内がてら見せびらかすしかないのが実情だった。
「…親父には会う?」
「…会いたいところですが、高耶さんはいいんですか?」
「まー、友人てとこならいいかな。さすがに恋人とは言えないだろ」
「そうですね。徐々に懐柔していきますか」
「うん。できればそのうち本当のこと話したいけどな」
「ああ、高耶さん!本当に本当にいつか許してもらえるようにしますから!頑張ります!」
手を固く握って見つめられる。
親父の前でそれだけはするなよ、直江…。
直江という友人が松本に行く、と電話で父親に話したところ、だったら一泊旅行にも一緒に行ってもらえばいいじゃないか、と言い出した。
高耶は内心「それはマズイんじゃねーのか」と思ったが、いつかこの関係を話さなくてはいけなくなった場合、直江と父親に面識があり、さらに親しくなっていてもらえれば…という思惑もあり、承知した。
行き先は諏訪湖の観光ホテルに決まったそうだ。
直江を招待する形になった。
「本当ですか、高耶さん!」
「なんかいつの間にかそうゆう話になったんだ。美弥がさ、この前東京に来た時に世話になったって話したらしくて、御礼をしたいって思ってたんだと。だから今回は親父の招待ってことで甘えてくれ」
「感激です!」
「でもおまえが泊まるような高級ホテルじゃないからな」
「あなたとならどこだってパラダイスですよ」
帰省前日は直江のマンションに泊まって、当日は直江が車を出して譲を拾い、新宿駅まで行くことになった。
直江は譲ともこれが初対面になるはずだ。
「とうとう明日からですね…会えない時間が寂しくなります」
「別にたったの3日だろ。そんなに寂しがることないじゃん。今までだってそうゆうことあったんだしさ」
「まあ、そうですけど…」
本気で寂しがっている直江をどこか可愛いと思う自分が可笑しくて、甘えさせてやろうと思った。
「今夜エッチする?」
「いいんですか?」
「いいよ。でもキスマークはつけるなよ。温泉行くんだから」
「わかりました」
どうせ譲との待ち合わせは午後だし、一週間エッチできないからな、と思いながらラブラブな時間を作った。
「うわー!本当にタチバナさんだ!」
「そんなに驚くことか?」
帰省当日、譲のマンションまで迎えに行った高耶は譲の驚きように逆に驚いた。
車の外に出て挨拶をした直江と握手までしている。
「直江と呼んでください。よろしくお願いします。譲さん」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
二人が高耶のほうを向いてニッコリ笑った。どちらの笑顔もなぜか怖いと思ってしまった高耶だった。
きっと直江は「これで譲さんも私の親友同然です」だろうし、譲は「これが高耶の彼氏なんだ〜?あーんなこともこーんなこともしてるんだね〜」だろうし、どちらもあまり有難くない笑顔には違いない。
「さっさと出ようぜ。渋滞してあずさに乗り遅れたらどうすんだ」
「ええ。じゃあ行きましょうか」
直江が譲の荷物を預かりトランクに入れた。後部ドアを開いてどうぞ、と促す。
相変わらず完璧なエスコートぶりだが、高耶はもう慣れっこで何とも思わない。
エスコートに慣れない譲は元から大きな目をさらに大きくして驚いていた。
こうゆうとこに絆されたんだろうな、高耶…。
白山通りから靖国通りを抜け、新宿まで向かったウィンダムの後部シートから、譲は珍しいものを見た。
誰かに甘える高耶。
今まで自分にも甘える素振りを見せたことのない高耶が、運転席の男に甘えた表情で話し、ワガママを言い、諌められて拗ねて、頭を撫でられて機嫌を直す。幸せそうな笑顔。隣りの男も優しい低い声で甘やかす。
なるほど、これは高耶が落ちるわけだ、と思った。
新宿に到着して荷物を出し、あずさの乗り場まで直江が見送ってくれた。
では明々後日、と言いながら高耶の頬に触れる。普段なら人前でするなと怒る高耶も、今日ばかりは素直に受け入れて少し寂しそうに、うん、とだけ言った。
譲がいなければキスも許しそうなぐらいだった。
予定通り、譲と美弥に付き合って帰省当日から3日間過ごした。
明日は直江がやってくる。諏訪の温泉ホテルに現地集合だ。
午前11時に待ち合わせをして、仰木家の車で観光地へ赴く。直江の車はホテルに置いておくことにしてある。
「お兄ちゃん、明日は直江さんに会えるね〜。楽しみだな〜」
「おまえ、妙に直江を気に入ってるんだな。気持ちはわかるけどさ」
「うん。直江さんステキじゃない?優しいし、かっこいいし、有名だし、背高いし、大好き」
大好き????
「もしかして美弥。おまえ、直江に惚れたとかじゃないだろうな?」
「そうだったらどうすんの?」
「…どうって…」
「あー、美弥、あーゆー人と結婚したいなー。お兄ちゃんも直江さんみたいな人が美弥の結婚相手だったら安心でしょ?」
「安心…だけど…」
直江はオレの彼氏だぞ!いくら妹とはいえ、直江をやるわけにはいかん!
「けど年齢が離れすぎてるからパス!」
「そっか…」
ああ、良かった…
美弥のはしゃぎように父親が会話に入ってきた。
「そんなにいい男なのか?」
「そーだよー!お父さん、見てこれ!写メ撮ったんだ。それにこの雑誌!このページの人が直江さんだよ」
「モデルとは聞いてたが…高耶がこんな人と知り合いになるとはな。東京はすごいなあ」
「いや、東京はすごくはないぞ…たまたま知り合いになっただけで。近所に住んでたから仲良くなっただけであって、こんな話がゴロゴロしてるわけじゃないよ」
「ほー。会うのが楽しみだなあ。サインもらわにゃ」
「恥ずかしいからやめてくれ!サインだったらオレが貰っておく!」
なんだか前途多難かもしれない、と思いながらはしゃぐ父娘を眺めていた。
つづく