同じ世界で一緒に歩こう 13
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直江は待ち合わせのホテルのロビーに1時間前に到着していた。思いのほか高速道路がすいていて、予定よりも30分早くたどり着いてしまったのだ。もちろん高耶との待ち合わせは30分前行動が当たり前。そしてプラス30分。 「そうか、部屋は洋室と和室とあって…洋室だとすると自然に高耶さんと同室ということに…むっふっふ」 ロビーにいる宿泊客は、白いフィッシャーマンズセーターにマフラー、茶のコーデュロイパンツを着てサングラス、と言ういでたちの観光ホテルには似合わない垢抜けたイイ男が、変な含み笑いをしている姿に寒気を覚えた。 モデルという職業は芸能人とは違って、ある程度知名度は抑えられる。アンテナの高い人間だったら直江を知っていて当然、メンズのファッション誌をよく見る人間だったら大抵知っている、テレビCMやプロモに注目が行く人間ならそこそこわかる。 「温泉プールがあるのか…空いている時間を見計らって二人で…湖も一望できるとなればムードも満点だな。ああ、そうだ。ちょっと寒いが夜の散歩もいいかもしれない。冷えた高耶さんの肩にコートを羽織らせる私。振り向く高耶さん。『ありがとう、直江。オレ、直江のそーゆーとこ、好きなんだ…』なんて言ってまたも私を虜にする高耶さん!その場で抱きしめ、キスをして、『早く部屋に戻ろう?なおえ』なんて!」 「何をいちびってるんだ、こんなとこで」 背後からささやかな怒気を孕んだ声がした。高耶だった。 「たたたた高耶さん!お、お早いご到着で!」 溜息をつきながら直江の隣りに座る。家族のミーハーぶりに加え、直江の妄想とはこりゃ前途は本気で多難だ、と思う。 「親父と美弥の前ではそんな顔すんなよ。しっかりと友人役を務めてくれ」 恥ずかしがった高耶が顔を逸らした先にホテルの玄関から入ってくる美弥と父親を見つけた。 「おーい、美弥。こっちこっちー」 手招きしてみせると美弥が駆け寄ってくる。その姿が高耶に少し似ていてサングラスを外しながらクスリと笑ってしまった。 「こんにちは!直江さん!お久しぶりです!」 美弥の後ろには直江の今日の課題、高耶の父親がいた。 「はじめまして。高耶さんのお父様ですね。直江信綱と申します。高耶さんにはいつもお世話になっております」 挨拶合戦になってしまいそうな二人の間に割って入って、高耶がわめいた。 「美弥もお腹すいた!お父さん、お昼は何食べるんだっけ?」 譲の名前を出したせいか、父親の緊張も少し取れたようだった。 家族といる高耶は直江が今まで見てきたどの表情とも違う。 「直江さん」 美弥と高耶で白鳥にエサをやっている。その後姿を見ながら父が直江に語りかけた。 「高耶のイメージが変わったんです。ずっと刺々しかったあいつが、東京でどうなることかと思ってたんですがどうやら心配はなかったようですね。自分のせいで高耶がグレた時はもうどうなってもいいと思ってました。大切な息子のはずなのに、どうにでもなれと思ってしまったんです。でもあの子は立ち直ってくれて、東京で目標も見つけて、あなたのような優しい友人も出来て、たいしたヤツです。気持ちが安定してるように見えるのは、直江さんのような方にお世話になってるからなんですね。ありがとう」 お義父さん…(←ポイント) 「どうかこれからも高耶をお願いします」 日が傾き出して、そろそろ冷えてきたからホテルに戻って温泉に入ろう、と美弥が言った。
「やっぱりこうでしたね」 洋室のツインを二部屋取り、美弥は当然父親と同室。高耶は直江と同室だった。 「そりゃそーだろ。美弥と直江、親父と直江、なんてコンビはおかしいだろ?」 ちょっとだけキスをして、それから大浴場へ行った。中には高耶の父もいて、直江はここぞとばかりに背中を流し親睦を深めた。 夕飯では酒をやめた父親に申し訳ない、ということで酒は飲まなかったが、高耶と二人で部屋に戻ってからビールを飲んだ。 「オレも少し飲んでいい?」
その夜。 「たったあれだけで酔ったんですか、高耶さん…どうして俺が歯磨きしてる間に寝てしまうんですか…俺はあなたの言葉を期待してたのに!そりゃたくさんキスできましたよ。でも、でも〜!」 直江の手にはこの旅行では不必要になってしまったコンドームが。
高耶が東京に戻ってきた当日。 「親父はおまえが『お父さん』て呼ぶのを『高耶さんのお父さん』てつもりで聞いてたけど、おまえのセリフを文字にすると『お義父さん』だったろ?」
故郷もいいけど直江のそばが一番いいな、と思った高耶、19歳の春。
END
あとがき お父さんが登場しましたが、原作でも出番があまり |
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