本科になったら余裕ができた。
授業にも慣れて、要領がわかってきたからだと思う。
不器用さは相変わらずだけど、ソーイングもなんとかサマになってきたんじゃないかな?
本科から立体裁断を習うことになって、難しいけど楽しさも増えてきたし。
本科の夏合宿では、自分で立体裁断をしたものを品評会ってゆー名目でショー形式で発表する機会がある。
それと並行して普通の課題もあるから忙しいっちゃ忙しいんだけどね。
「高耶さん、何やってるんですか。ウチで」
不服そうな直江の声が頭上から聞こえてきた。今は直江んちのリビングでA2サイズのイラストボードと格闘中。
「これはー、今度の品評会に向けてのプレゼン作品。テーマを決めて、それに添った説明書いたり、コラージュ作ったり、全体的なイメージを相手に伝えるってゆうやつ」
「そうではなくて、なぜ私の家で」
「だって直江んちって要らない雑誌とかたくさんあるんだもん。雑誌の切抜きでコラージュ作るんだからちょうどいいだろ?」
「だからって二人きりでいる時間にやらなくても」
そうか、それで不満なのか。
「だって家で一人でやってるのとだったらさ、直江と一緒にいながらの方が楽しいじゃん。気分的に」
最近直江の扱い方が深く理解できてきた。こうやって「直江ラブ♪」みたいなことを言えば喜んで何でも許してくれたりする。
「そ、そうですか〜?もう高耶さんは甘ったれですね」
「そう。甘ったれだから直江と一緒にいたいの」
だから黙っててくれ。
「一生懸命やってるんだ。直江と同じ世界に入るために♪」
「高耶さん!」
「ダメ。チューはこれが終わったら。な?」
「はい!」
大人しくなってくれたはいいんだけど、今度はニコニコしながらずっと見てるから集中できない。
何がそんなに楽しいんだか!イライラするなあ、もう!
「あっち向いてろ!気が散る!」
「いいじゃないですか。私といるほうが楽しいんじゃないんですか?」
「楽しいけど、それとこれとは話が違うんだってば!テレビでも見てろよ!」
「はいはい」
言うことを聞いてくれたようでテレビのバラエティを見てくれてる。ようやく集中できるな。
今回の作品のテーマは『可憐な夜会』だ。美弥が花のような装いで夜会に出席、みたいな。基本的にオレは美弥が着る服を作っているわけだし。
雑誌で花や、キレイな夜景、輝石のアクセサリーの写真を切り抜いて、コラージュの材料にする。
ピンクのA2ボードにペタペタとうまい具合に貼って、その真ん中にひときわ可憐な花を置いてさらに余り布のオーガンジーをクシュクシュに捩って花っぽくして両面テープで張って完成!
次は説明を入れるボードに取り掛かるんだけど…
タイトルは雑誌のページでハッキリした色のページを文字の形に切り取って作った。問題は説明文だ。手書き?パソコン?
「直江〜。ちょっとアドバイスして」
「なんでしょう?!」
嬉しそうな大型犬みたいに尻尾を振って近寄ってきた。
直江の目の前に茶とピンクと薄い水色のマーブル模様が入ったA4の紙を突き出した。
「この紙にな、説明文を入れたいんだ。何で書いたらいいと思う?」
「手書きでいいんじゃないですか?素朴ですよ」
「でも字が汚いし…そーだ!直江が書け!」
「ええ?!私が?!」
「そう!おまえ字うまいだろ?筆型のペンがあるから、それで」
「私の字だと果たし状みたいになりますよ…」
確かにそうだな。書道何段とか言ってたから。
「高耶さんが素朴な字で書けばいいんですよ。あなたの作品なんですから、あなたらしく」
「うんっ」
どうにかこうにか大方完成した。あとは仕上げにデザイン画を貼るボードを作ればいい。でも肝心のデザイン画が出来てないから貼れないんだな、これが。
けど提出日はまだ先だし、あとは来週でいいや。
「終わりましたか?」
製図ケースにボードを入れて片付けてたら直江がさっそく食い付いてきた。
「終わった。もう3時間も経ってたんだな。どーりで疲れるわけだ」
「紅茶でも淹れますか?」
「いい、オレがやるから直江は座ってろ」
「お疲れでしょう?」
「いいんだってば。オレがやりたいのー」
直江と過ごす時間の3時間を消費してしまったのが申し訳なくて、オレがやった。
こんなオレに付き合って大人しくしてくれた直江に感謝しよう。
「高耶さん」
「んー?」
「終わりましたよね?」
「終わったぞ」
「さっきチューがどうたらって言いませんでしたっけ?」
「…そうゆうのはよく覚えてるんだな」
「はい♪」
しょうがない。オレもしたくないと言えば嘘になるし。
「じゃ、チューしていいぞ」
「高耶さんからしてくださいよ」
「じゃ、目ェ閉じて」
「はい」
序盤に、と思ってほっぺにチューしてやった。直江は目を開けると不満そうな目つきでオレを見た。
「違うんじゃないですか?」
「そうか?」
「こうですよ」
楽しい。こうして直江が甘やかしてくれるのが好きだ。直江も楽しそうだし、幸せだな〜って思う。
「直江、大好き」
「おや、珍しいですね。あなたからそんな言葉が聞けるなんて」
「温泉でも言ったもん」
「どうせなら愛してるって言ってください」
「恥ずかしいからヤダ…」
「愛してますよ、高耶さん」
「…うん、オレも」
甘やかされるのっていいもんだな。
「急なんですが、仕事で海外へ行ってきます」
「へ?どこに?」
「パリへ…2週間弱」
直江がいなくなる。
「マンションへは毎日来てもいいですからね」
「毎日直江んちにいるから電話して来いよ」
「時差がありますから…忙しかったら無理かもしれません」
「夜中でも早朝でもいいから!」
「出来る限りは」
直江がいないなんて寂しい。しかも2週間も離れてるなんて初めてだ。
「仕事で行くのはわかってるけど…ヤダ」
「お土産買ってきますよ。寂しくないように出来るだけ連絡もします。だからそんな顔しないで下さい。離れがたくなってしまうじゃないですか」
「だって〜」
「私がいない間は長秀や譲さんと遊んで、思いっきり羽を伸ばすつもりで過ごせばいいんですよ」
「そんなの直江がそばにいるからできることなんだぞ!いないのに、そんなの楽しくない…」
「可愛いことを…!ああ、連れて行きたい!」
だけどそれは叶わぬ夢だ。
オレにはオレの生活があるし、直江だって仕事に恋人を連れて行くわけにはいかないだろう。
「おとなしく待ってるから、怪我とか病気とかしないで帰ってこいよ?」
「はい。あなたの言いつけですからね」
寂しい。
つづく