同じ世界で一緒に歩こう

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遠距離・至近距離


その2

 
   


直江がいなくなって、オレは国際電話を待つために直江のマンションへ行くようにした。
初日はアパートに帰って、近所のオバちゃんが調達してくれた貰い物のチャリで荷物を運んだ。
時差が9時間だから、オレがマンションに戻った夕方6時は、直江にとって朝の9時。仕事で出かけるぐらいの時間だろう。
一人で寂しく夕飯を作って食べていたら、メールが来た。直江?!と思ったら千秋。

『直江がいなくて寂しいなら俺が遊んでやってもいいぜ』だって。

またクラブだのバーだのに連れ回されるんだったらお断りだ。だったらデザイン画を描いてた方がいい。

『課題やってるから平気。遊びに出るほどヒマじゃない』
『アパートにいるなら差し入れ持って行ってやろうか?』
『直江んちにいるからいいよ』

千秋ってのは食い下がるタイプらしく、こうしてメールしてるとだいたい電話が掛かってくる。今回もだ。

『直江んちかよ。じゃー、俺、行くからさ』
「いいって。課題やってるって言っただろ」
『直江のマンションで一人じゃ広くて寂しいんじゃないかって言ってんだよ』

確かに寂しいけど、わざわざ来てもらうほどでもないから断った。そしたら直江から「高耶さんが寂しくないようにたまに様子を見てやってくれ」と頼まれたと言われた。
そこまで子供じゃないんだけどな。でも直江の気遣いが嬉しい。

「平気だってば。オレのことはいいから遊びに出かけたら?」
『そうか〜?まあ、退屈したり直江がいなくて寂しいとか思ったら電話してこいや。な?』
「うん、サンキュー。じゃーな」

二日目からこんなでいいわけがない。寂しくないって思えば大丈夫だ!
そこに電話がかかってきた。直江には電話に出ていいって言われてるから出た。怪しまれたら留守番のバイトだって言いなさいね、ってよ。

「はい、直江ですが」

うわー!「直江ですが」だってよ!何、オレ!直江の嫁さんみたいじゃんか!

『高耶さん?』
「直江!」
『昨日は連絡できなくてすいませんでした。ホテルに着いたら日本時間で深夜2時だったもので』
「うん。そんなこったろうと思った。寝てたから気にすんな」

本当は起きてたけど。

『長秀から連絡はありましたか?』
「あったけど、遊びに行こうって言われて断った。遊びには出たくないし」
『退屈してません?寂しくないですか?』
「大丈夫。課題やってれば時間なんかすぐ過ぎるしさ。それよか今って仕事中なんじゃねーのか?」
『休憩時間ですから』

その時、直江の背後で女の声がした。英語だ。外人の女が「ヨシアキ」って呼んでる。
直江も英語で何か言って、その女を待たせてるらしい。浮気の心配はしてないけど、一気に寂しくなった。

『すいません。呼ばれてるみたいです。また後で電話しますから』
「いいよ。そんなに時間取れないんだろ?気にしないでいいから、仕事ガンバレよ」
『…はい。本当にすいません。じゃあ、明日また』
「うん、明日」

こっちはもう夜で、ベランダから見える風景もそろそろ明かりが減ってくる時間なのに、直江がいる所は昼過ぎぐらいで仕事してるんだな。
パリってどんなとこなんだろう?まだ寒い季節なのかな?どんな人たちと一緒にいるのかな?
なんか、離れると心まで離れてるみたいに感じる。
つまんないな。

 

 

朝、電話のコールで目が覚めた。
直江の寝室に子機があるから、それで出たら直江だった。

『おはようございます、高耶さん』

ちょっと酔ってるみたいな声だ。そりゃそうだろう、パリは夜だもんな。直江だって仲間と食事して酒も飲むだろうし。

「おはよう…」
『起きられましたか?』
「今起きた」
『食事して酒が入ったら急に…あなたの声が聞きたくなって、どうしようもなくて』
「そんな弱音を吐いてないで、しっかりしろって」
『愛してるって言ってください。聞かせてください』
「いま、どこ?」
『ホテルの部屋です。さっき食事会がお開きになったので…高耶さん』

直江がその先を言おうとしたら、大きな音がして、数人の声が聞こえてきた。男も女も英語だかフランス語だか喋ってるみたいだ。
直江も英語だかフランス語だかでちょっと乱暴に言い返してる。

「もう学校に遅刻するから切るぞ」
『え?!高耶さん?!』

タカヤサーンて、発音の悪い男の声がした。意味がわかって言ってるわけじゃないってわかってるけど、なんかすっごく悔しくて直江の返事も聞かないまま電話を切ってしまった。
だって!からかわれてるみたいで!直江との会話を邪魔されて悔しくて!
悔しくて!

 

 

それからも直江は時間が空くと電話をしてきたけど、これ以上寂しい思いをしたくなくて早目に切った。
本題に入ろうとする前に会話をさえぎって、上っ面だけの話をして。
直江もそんなオレにイライラしたみたいで、声が固くなるばかりだった。ケンカなんかするつもりないのに。

『オース、高耶!どやさ♪』

千秋から電話があった金曜日。退屈だし、寂しさ限界だしで、直江のマンションに呼んで夕飯を一緒に食べようと誘った。
その後すぐに譲からも電話があって、ついでに譲も誘った。
オレの寂しさだけが理由で二人を会わせてしまったわけだけど、年齢も近い3人だったから楽しく過ごせた。
譲はモデルの長秀が案外気さくだったのが嬉しかったみたいで、メールの交換もしてたし、千秋も譲の素直なとこが気に入ったみたいだった。

「お、電話だぜ、高耶」
「直江さんからじゃないの〜?」
「たぶん…」
「早く出ろよ」

出たくない。また寂しくなるだけだもん。

「高耶?どうしたの?」
「なんでもない」

しかたなく受話器を取って「直江ですが」と言った。案の定直江から。

『ずいぶん賑やかですね。今日は長秀が来てるんですか?』
「そう。あと譲も。泊まって行くって」
『…最近、元気ないですね。何かあった?』
「別に」

会話が止まってしまった。直江は何も言わないオレに不信感を持ってて、オレは直江にワガママが言えないストレスを抱えてる。だって、仕事の邪魔できないじゃん。

『来週帰ります。お土産もたくさん買いましたから楽しみにしててください』
「わかった」
『愛してるって言ってください。長秀たちの前で』
「なんで!」
『…いいですよ。別に。期待してませんから。…もう帰るまで電話しませんから、ご自由にどうぞ』

それで電話が切れてしまった。直江から切った。今までそんなことなかったのに。

「直江何だって〜?」
「ご自由にどうぞってさ」
「よっしゃ!家主の許しが出たな!直江秘蔵の高い酒飲んじゃおうぜ!」
「ええ〜?いいの〜?」
「いいんだよ!成田!飾り棚のバカラのグラス出せ!」

千秋と譲に心配されたくなくて、無理して笑って、たくさん飲んだ。
ベロベロに酔って、千秋に抱えられて寝室に入った時、気のせいかもしれないけど千秋が言ったんだ。

「直江だって寂しいんだろうよ」

って。

 

 

電話はその後、本当に来なかった。毎日深夜まで待っても、一度もなかった。
きっと怒ってるんだ。千秋が言ったように直江だって寂しいのに、オレは直江に上っ面だけ合わせて話してたんだから当然なんだ。

デザイン画は出来上がってボードに貼り付けたけど、こんなのやってて本当にあの直江と同じ世界に入れるのかわからなくなってしまった。
パリも、ショーも、外国語で喋るモデルも、オレは知らない。
直江がいないから寂しいんじゃなくて、直江が遠い人になったみたいで寂しかったんだ。
タカヤサン、なんて知らない外人に呼ばれて、英語で喋る直江の声を聞いて、直江が知らない人になったみたいで、直江を取られたみたいで、悔しかったんだ。
こんなダメなオレを、直江は嫌いになったかもしれない。

ドアの鍵が開いた音がした。

「高耶さん?」

リビングのソファで丸くなって座ってたオレを見つけて、近寄ってきた。

「ただいま」
「おかえり」

目を合わせられなくて、そっぽを向いて返事をしたら頭を抱えられて髪にチューされた。

「何があったんですか?他に好きな人でも出来ましたか?」

オレの髪に顔を埋めて直江が優しく問う。

「離れていたら気持ちも離れましたか?もう愛してるって言って貰えなくなったんですか、私は」
「そうじゃない…直江は?オレを嫌いになった?嫌なヤツだって思った?本音を言わないから怒った?」
「怒ってませんよ。でも、すごく悲しかった。あなたがガンバレって言うのは当たり前なのに、あなたの寂しさを理解できなく
て、自分が情けなくて悲しくなりました」
「まだオレのこと好きか?」
「愛してます。あなたと離れて過ごすなんて拷問だ。二度と離したくない」
「寂しかったか?」
「ええ、とてもね」
「オレも〜…」

ソファで直江に抱いてもらって、グズって、甘えた。
やっぱりこうして甘えてるのが好きだ。直江がそばにいないのはオレだって耐えられない。

「言ってくださいな」
「愛してる、直江」
「チューしますか?」
「する〜」

前みたいにほっぺじゃなくて、唇にチューした。

「仲直りできたところでお土産見ませんか?」
「ん、見る」

持って行ったトランクの他に、もう一個トランクが増えてて、これ全部がオレへのお土産だって言う。
トランクごとくれた。

「これでいつか一緒にパリに行きましょうね」
「すげー」

中には洋服だとか、雑貨だとかがたくさん入ってた。けど。

「やっぱり高耶さんにはこれかな、と思いまして」

ヨーロッパにしかなさそうな布がたくさん入ってた。布だけじゃない。ボタンやリボンやレースも。

「高耶さんが描くデザイン画はだいたいこんなイメージでしたから。これでも探し回ったんですよ。あと刺繍の見本帳もね。下手なブランド物よりもこっちの方がいいでしょう?」
「直江〜!」
「喜んでいただけました?」
「うん!ありがとう!」

オレがお土産を見てる間に直江は食器棚を開けた。そして固まった。

「…ここにあったブランデーがないんですが…」
「あ、それ千秋たちと飲んだ」
「………………」
「ごめん。えーと、ホントにごめん」

直江が大事にしてたブランデーだって知ってたけど、あの時はしょうがなかったんだよ。
いそいそと直江に近寄って行って、抱きついて謝った。

「ごめんな」
「いいですよ。ところで高耶さん。譲さんと長秀を会わせても良かったんですか?」
「…あんまし良くなかったと思う…」
「私は譲さんに会う機会はそれほどありませんが、あなたは譲さんとも長秀ともよく会うでしょう?」
「そーなんだよなー。失敗した」
「これから大変ですけど、頑張ってくださいね」

もしやこれは仕返しか?
オレが直江に素直に「寂しい」って言ってれば良かったのに、強がってガンバレって言い続けたのを根に持ってるとか?ブランデーの件も怒ってるとか?まさか。直江に限って。

「あなたがどう対処するのか楽しみです」

やっぱ根に持ってる!仕返しかよ!くー!

「でも、何かあったら私がかばいますから」

…やっぱり直江は優しいほうがいいや。

 

 

「留守の間に出来上がったデザイン画を見せてください」
「描き直しする。直江の買ってきた布で作るから、服の柄を変えなきゃな」
「高耶さん!なんて可愛らしいことを!」

これからもたくさん甘やかせよ、直江。

 

 

END

 

あとがき

直江が海外に行っても高耶さんが
主役だったのでパリの様子はなかったな。
甘ったれ度100%の高耶さんが
書きたかったのでこんな話に。
たぶん直江は海外生活をした
ことがありそうな感じ。


   
         
   


   
   

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