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同じ世界で一緒に歩こう

15

優しい直江



 
   

ある日、高耶は気が付いた。
直江は自分以外の人間にも優しいことを。
以前、何人もいた女を整理した際は冷たい態度で相手を傷つけたこともあったが、普段の直江は優しいのだ。


高耶の学校が休みの日に、二人で映画を見ようと銀座へ向かった。
次回の上映時間まで時間が余っているということで、映画館がある百貨店の一階のカフェで遅めの昼食を取ろうと建物に入った。
混雑する出入り口のドアを一人の細身の女性が開けようとしていた。風があってドアが重いのだろうか、ヒールの足をよたつかせながら力いっぱい引いていた。

その後ろにいた直江がおもむろに手を伸ばし、ドアを引いてやった。

「あっ、ありがとうございます」
「どういたしまして」

開いたドアから女性が入っていく。その後を直江がドアを抑えながら入って、高耶が入るのを待った。

「おまえって女には甘いよな」
「そうですか?高耶さんには目一杯甘くしてますけどね」
「知ってる」

カフェの前には数人の行列が出来ていた。こんな場所で直江を立たせておいたら目立ってしょうがない、と高耶は思ったが、すぐに先頭のカップルが中に入ったので、待つための椅子が二つ空いた。
椅子が空いた~♪と高耶はすぐに座ったが、直江はそのまま立っている。

「座んねーの?」
「ええ、私はこのままで。どうぞ座ってください」

直江がそう言って目を向けた先には、後ろに並んでいた仲良し母娘の二人組み。母親の方に椅子を勧めた。

「あら、すいません」
「いいえ」

母親は何度も頭を下げて座ったので、高耶もなんとなく直江に倣って二十歳ぐらいの娘に椅子を譲った。

「タチバナ様、どうぞ」

カジュアルな服装とエプロンのウェイトレスが直江を呼んでやっとカフェに入れた。さっき椅子を譲った母娘はもう一度頭を下げて入店を待っている。

「えーと、あーゆーの何て言うんだっけ?レディファースト?」
「私はレディファーストは嫌いなんですけど、そうなってしまったようですね」
「嫌いなのにやったのか?」
「癖みたいなものです」
「へー」

軽くランチを食べてから、映画館へ。映画館に行くには長いエレベーターに乗らなくてはいけない。
映画は指定席を買ってあるから、上映ギリギリになってから行った。
そのエレベーターが一階に到着したが、直江は自分たちより先に待っていた女性二人組みの脇をサッとすり抜け、先に乗ってしまった。
なんて失礼なことを!と、高耶ですら思ったがそうではなかったらしい。

「何階ですか?」

直江はエレベーターの中のパネル前に立って、ドアオープンのボタンを押しっぱなしにしている。続々入ってくる客のために先に入ったのだ。そして降りる階を聞くとボタンを押す。
そうしてようやく自分たちが降りる階になったが、直江はまたもボタンを押して全員が降りるのを待っている。
最後に、

「さあどうぞ、高耶さん」

先に高耶を降ろしてから自分も降りる。

「エレガみたい」
「いいじゃないですか。私たちは指定席ですから早く出たって座席確保しなくて済むでしょう?皆さん、とても焦った表情でしたから、きっと早く入って席を取るつもりだったんですよ」
「そっかー」

タバコを吸ってから入る、と言った直江のために、売店でミネラルウォーターとコーラを買って先に入った。
すると周りの席が埋まらないうちに直江が来て、座席に座った。

 

 

映画の後、銀座で色々な店が見たい、と言い出した高耶のためにウィンドウショッピングをすることになった。
一流ブランドが並ぶ通りを歩いていた時、高耶がとても入りたさそうな顔で一軒一軒覗くから、入りましょう、と言って、とあるブランドの店のドアを開けた。

「だってオレこんな格好だし!」
「私もカジュアルですから」

直江が先に店に入る。それから高耶がオドオドした足取りで続くが、直江はドアを開けて高耶を迎えた後、並んで店に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

落ち着いた声の女性店員がにこやかに迎える。

「こんにちは」
「タチバナ様、お久しぶりです」
「少し拝見させていただきますね。いいですか?」
「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」
「さあ、高耶さん」

高耶の肩を押して前へ進むように促す。初めての高級ブランドショップに緊張していた高耶だったが、直江に肩を抱かれるようにして歩くと緊張がゆっくり取れた。
店内を眺めるように見てから、高耶は直江のジャケットの裾を引っ張って店の一角へ向かった。
キレイな形のワンピースやスカートが並んでいる。どうやらそのデザインが気になって仕方がなかったみたいだ。

「ここの服ってさ、一回全部のパーツを糸を解いてバラバラにしてから、他の会社がもう一回縫い直そうとしても元の形には戻らないんだって。自社の縫製工場でしか出来ないんだって。知ってた?」
「いいえ。それは知りませんでした。さすがですね」
「その中でもこういうシフォンの生地のワンピースは絶対に無理なんだってさ。だから量産できねーんだよ」

店員がその会話を聞いていたのだろう。後ろから声をかけられた。

「よくご存知ですね。ファッション関係のお仕事の方ですか?」
「え?いや、オレは…」
「高耶さんは服飾学校の学生さんなんですよ。やはりいい服は見る人が見ればわかるものでしょう?」

高耶が言ったことをまるで自分のことのように自慢げに話す。笑顔で嬉しそうに話す直江と高耶が微笑ましかったのか、店員がわざわざ高耶を店内のあちこちに案内して新作の服の説明を始めた。
高耶も楽しそうに聞いている。直江はと言うとそんな二人を嬉しそうに、しかしちょっぴり妬ましげに見ていた。

 

 

「直江と一緒だとこーゆー店に入っても変な目で見られないからいいな」
「一応モデルやってますから、どこのお店でも丁寧に扱ってもらえるんです。実はたいして買ったことはないんですけどね。まあ、役得ってところですか」
「その役得っての、オレにも恩恵あるからそのまま維持しろよ!」
「はい」

銀座の裏通りを歩いていると狭い歩道に、飲食店から出たばかりとおぼしき男性が数人固まっていた。その横を通り抜けるとすぐに、男性たちも歩き出し、高耶と直江の後ろについた感じになった。

「あ」

直江が高耶の体を腕で塞き止める。なんだ?と思いながらその腕で押されるようにして直江の後ろになった。
歩調もゆるくなった。
その時、直江の前から女性が一人で歩いてきて、直江に頭を下げながら高耶の横を通りすぎた。後ろの男性たちも塞き止められた高耶で気付いたのか、固まって歩いていたのが縦列になり、女性に道を譲った。

「あ、そーゆーことか」

直江は団体で歩いていた自分たちも含めた男性たちに、女性がぶつかりながら歩くのを阻止したのだろう。
男性の団体の中を、女性が一人で通るのはある種の不安を掻き立てるのは高耶もわかる。

それから今度は直江が高耶の右側になって歩き出した。そっちは車道側だ。
無意識なのか意識的なのか、直江は高耶をかばう形で車道側に立ったのだ。

「直江…」
「はい?なんですか?」
「なんでもない」

誰にでも優しいってのはいいもんだな。オレが自慢したくなる。この優しさを持ってる男はオレのものだー!って。

「えっへっへ」
「なんです、不気味に笑ったりして」
「なんでもなーい。なあ、そろそろメシにしねー?」
「もういいんですか?買い物とか、何か欲しいものがあったら買ってあげますよ」
「いい。別に欲しいものなんかないし。あ、そーだ!直江の服買おう!」
「私の?」
「そう!オレが選んだ服ってないだろ?直江に似合いそうなの、一回選んでみたかったんだ~」

アホ直江スイッチオン。

「じゃあ行きましょう!高耶さんに選んでもらえるなら葉っぱ一枚だって堂々と着てみせます!」
「葉っぱ~?そんなの一枚で外に出たら逮捕されるぞ」
「逮捕されてなんぼです!」
「じゃー、葉っぱ買おうぜ!」

高耶が選んだ服は高級ブランドではなく、GAPのセール品のポロシャツだった。

「葉っぱじゃないですね」
「…そのうち葉っぱのパンツ作ってやるよ…」

本気だったのか、直江…

 

それから夕飯を食べに直江いきつけの築地にある和食屋へ向かった。のんびり歩いて銀座から築地へ。
築地の市場から近いということで新鮮な刺身を出す小ぢんまりした店だった。ただ今日は市場が休みのために鮮度はいささか落ちるが、身を寝かせておいた方が美味い魚を出してもらった。

壮年の板前さんが店主らしく、カウンターに座った直江ときさくに話す。お勧めの日本酒を紹介されて言われるままに飲む。
高耶も日本酒を勧められたが、直江が年齢を明かすと『二十歳になってから飲みなさい』と笑顔で言ってくれた。

直江は会話を店主に振り、最近は何が美味しいのか、この味付けはどうなっているのかなどを訊ねていく。人から話しかけられるのが好きそうな店主で息子に話すように嬉しそうに教えてくれていた。
高耶などは孫のつもりなのだろう。学校の話などを聞いてきて、頑張ればいつか身を結ぶものだと軽い説教も垂れた。だが不思議と不快ではない。
歯切れがよく、嫌味のない喋り方だったのが高耶にとっては好印象だったのだ。

会計をして店を出る時、直江は店主以下従業員に

「また近いうちに来ますから、みなさんお体に気をつけて頑張ってくださいね」

と、言って出た。
高耶は

「すっごく美味しかったです。二十歳になったら酒飲ませてください」

と、言って店を後にした。
どうやら直江の愛想が自分にも移ってしまったらしい。

「おまえってどこ行っても人気者だな。そーいやさ、矢崎がさ」
「矢崎くんが?」
「あの横浜でフィッターやった日にさ、直江の担当になったオレに『噂どーり好青年か?』って聞いてきたんだよ」
「噂…ですか」
「そう。今になってから思い出しても遅いけど、おまえって本当に好青年なんだな。知らなかったわけじゃないけど、今日は実感できたな。誰にでも好かれるタイプってやつ」
「うーん、自覚はありませんけどね…ただできるだけ楽しく過ごしたいと思ってるだけで、意識してはいませんよ」
「そーゆーとこが好かれるんだってば」
「高耶さんは俺のどこを好きになったんですか?」
「…教えない」

恥ずかしげもなく聞いてくる直江に赤い顔を見せながら呟く。

「ねえ、どこですか?教えてください。聞いたことないですよね?」
「教えない!」
「じゃあ、私が高耶さんのどこを好きなのか教えますから」

聞きたくないわけではないが、聞いたら答えなくてはいけないのか、と思って首を振る。
それでも直江はかがんで自分の顔と高耶の顔の高さを合わせて詰め寄る。

「教えないって言ってるだろ!」
「俺は高耶さんの全部が好きです」
「ああ、もう!聞きたくないって言ってんのに!オレは教えねーからな!」
「ケチ」
「うるせえ!…あ、おまえの嫌いなとこ教えてやろっか」

復讐とばかりに高耶は意地悪な顔をした。

「嫌いなとこなんかあるんですか?!」
「あるある!山ほどあるぞ!」
「直しますから教えてください!」
「まずその執拗にオレに迫るとこ。あとけっこうすぐ怒るとこ。たまに甘やかしてくれないとこ。それと恥ずかしげもなくそーやって色々聞くところ!」
「そ、そうですか…?高耶さんにはどうも周りに接するようなわけには行かなくて…つい…」

それって本物の直江を見せてくれてるんだろうな、と高耶は知っている。
落ち込みそうな直江を慰めるように軽い口調で言った。

「いいんだよ。それでいいの、直江は」

人気のない路地で腕を組む。
いつもの高耶がしない行動に直江は驚いた。

「さてと、今日はもう帰って…さ?」
「帰って…お説教でしょうか?」
「なんで説教になるんだよ。今日はもう帰って直江を独占すんの。オレだけに優しくしてもらうんだよ」
「…高耶さん…!」

思わず抱きしめそうになって阻まれる。
直江の腕に囲われて、もがきながらも高耶は笑っていた。

「こーゆーのは帰ってから!」
「じゃあ早く帰りましょう!ね?ね?ね?」

ワガママな子供のような直江が可笑しくてたまらない。路地で大笑いしてから、早足で大通りに出た。

 

 

明日は学校がある高耶のために、今夜は高耶のアパートにお泊りの直江。
高耶が淹れた紅茶と、直江のために作った甘くないプリンを出されてご満悦なところに高耶の素朴な疑問が飛んできた。

「そういえばさ、直江ってオレにレディファーストしねーよな?嫌いだから?」
「私は日本人ですからね。日本では男が先に歩くでしょう?なんでだと思います?」
「男尊女卑?」
「違いますよ。男が先に歩くのは女性を守るためです。日本男児は何があるかわからない場所に、女性を先に入らせたり行かせたりするわけにはいかないんですよ。まず男が先に歩いて、危険がないかを確かめてから女性に後を付いてきてもらうんです。ですから、私が高耶さんを先に店に入らせたことも、先に歩かせたこともないでしょう?」
「そーいえば…」
「大事な人を守るためにね」
「…オレ、直江のそーゆーとこ大好きかも」
「高耶さん!!!」

ギューギュー抱きしめられて苦しくても笑っていた高耶だったが、そのうち体が軋むような感覚が来た。

「離せ!はーなーせー!」

ようやく直江を剥がして、深呼吸すると怒鳴った。

「殺す気か!やっぱその過剰な愛情表現は大嫌いだ!」
「すいません~!!」
「…殺さない程度に抱けっ…」
「はい!」

 

オレが直江のどこを好きか教えてやる。強いて言うなら優しいところだ。
でも本当は全部好き。

 

 

 

END

 

あとがき

男はこうあるべきだ!と、私が勝手に
思ってるので、書きました。
最近の男は甘えたくなるタイプが
おりませぬ。
男の器には厳しいのだ。

このお話には15.5話があります。
この話の前々日ぐらいの話です。

   
         
   


   
 

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