ゴールデンウィークも近づいてきた4月27日。
朝からだるくて目覚まし時計を止めてから30分間も寝てしまった。学校は完璧遅刻だ。
今まで無遅刻、無欠席できたのに〜。
狭いオレのベッドから起き出して顔を洗いにユニットバスへ行った。ザブザブと景気よく顔を洗ってタオルで拭いて気が付いた。首のあたりが痒い。虫刺され?
と、思って鏡を覗き込んでみたら!
灰色のタコの頭みたいのが首から生えてた。根元にはシワがある。直径約6ミリ。一個じゃない。3個も。
驚いてTシャツの首を引っ張って見てみたら、胸にも5個あった。
もしかして寝てる間に宇宙人にインプラントされたのか?!それとも昨日食べたタコ焼きの祟り?!
なんだコレ?!なんだコレ?!なんだコレ?!
「なおえ〜〜〜〜!!!!」
「高耶さん?!」
外でドアをドンドンと叩く音と、直江の声がした。
呼んだらすぐに来る直江、なんて思ったけどそんなはずはない。偶然、直江がウチに来ただけだ。
「どうしたんですか、高耶さん!開けてください!」
走ってドアを開けて、直江が心配そうに立ってたから抱きついてグリグリした。
「オレに変なものが生えた!」
「生えた?!何がです!見せてください!」
ドアを閉めて首の灰色タコを見せたら、一瞬驚いたけど安心したみたいに息を吐いた。
「コレ何?!」
「それは水疱瘡です」
みずぼうそう?それって、あの子供がよくかかる一生に一度の伝染病?
「どこかで伝染されたんですね。まだやってなかったんですか」
「そういえばやった記憶もやったってことも聞いたことなかったかも…」
「昨日どこか痒かった場所はありませんでしたか?」
「そういえば…足の付け根が痒かった」
「見ました?」
「見たけど、痒くて潰した後だったみたい。虫刺されか湿疹だと思ってた」
「そろそろ病院が開く時間ですから、行った方がいいですよ」
ああ、良かった。死ぬようなものじゃなかったんだ。ホ。
「ところで直江はなんでウチに来たんだ?」
「仕事に行く前に顔を見たくて…こうゆうのを虫の知らせって言うんでしょうか?」
「縁起の悪い…」
「一緒に病院に行きたいところなんですが、今日はもう時間がないんです。一人で行けますか?」
「行ける!」
バカにしてんのか!
「この近所に病院はあるんですか?」
「すぐ裏にある!下町だからってバカにすんな!」
下町には開業医がけっこうあるんだ。どこも小さいけど親切なんだぞ!
「では行きますけど…帰りに寄りますからウチに来てください。あなたひとりになんてさせておけません」
「ん、わかった。用意して待ってるから…なるべく早く迎えに来い…」
「もちろんです。では行ってきますね」
「あ、なお…いや、なんでもない」
チューしたいけど、水疱瘡なんかのオレにしたくないだろうな。
「高耶さん?」
「いい、なんでもないから」
「そう?」
でも直江はチューした。嬉しかった…。
「ではあとで。高耶さん」
「うん」
水疱瘡でゴールデンウィークが終わるまでは休む、と学校に連絡してから病院に行った。飲み薬と、かゆみ止めの軟膏を貰って帰ってから、直江の家に泊まる準備をした。
たぶんしばらくは帰って来られないから常備してある衣類じゃ足りないし、携帯の充電器も必要だしな。
薬を飲んで少し痒さが収まってくると熱のだるさで眠くなって、直江が迎えに来るまで寝てしまった。
直江が迎えにきて、マンションに連れていってくれた。だいぶ熱が上がってしまってすごいだるい。
「背中がかゆい〜」
「見せてごらんなさい。ああ、また新しく出来てますね。薬を塗りますから、シャツを抑えてて」
直江に汚い背中を見られるのはイヤだったけど、そうも言ってられなくて塗ってもらった。
それから水疱瘡が潰れてもいいからと、背中をさすってもらうと気持ち良くてたまらない。
「熱はどうですか?」
「まだ高いみたいだから寝る」
軟膏と潰れた水疱瘡で直江のベッドを汚すわけにはいかないから、和室に布団を敷いてくれって言ったんだけど直江がそれは絶対にダメだって言う。
オレを看病したいんだって。
さっきも熱のせいで吐いちゃったし、頭は痛いし、だるいし、直江が心配するのも当然なのかも。
ベッドに連れて行かれて、ひんやりしたシーツに横たわると布団をかけてくれた。
「眠るまでそばにいますよ。大丈夫だから、安心して」
「うん」
「痒かったらさすってあげますね」
「うん」
19歳にもなって水疱瘡なんて笑われるかと思ったけど、直江は優しくしてくれて、嬉しかった。
そーいえば大人になってから水疱瘡をすると子種がなくなるって聞いたけど、どうなんだろう?まあ、オレは一生直江といるって決めてるから子種がなくなってもいいけどさ。
すごく嫌な夢を見た。直江がオレの前で結婚式をしてるんだ。隣りには顔のわからない女。
「高耶さん、美しい妻でしょう?」なんて言って、自慢するんだ。オレは泣くのが悔しくてガマンしながらおめでとうって言って、みんなが直江を祝ってる姿を遠巻きに見る。
ああ、不快だ。夢だってわかってても不快だ。早く目を覚ましたい。
「高耶さん?」
「あ…ああ、直江…」
「うなされてましたけど、嫌な夢でも見ましたか?熱のせいですから怖がらないで」
「なおえ〜…」
抱きついてこの気分をどうにかして欲しくて甘えた。優しく髪を梳かれたけど、それだけじゃ安心できない。
「どうにかしろ〜」
「どうにかって…困りましたね…熱はしょうがないんですよ。氷枕作りますから、待ってて」
「待ってない〜」
「いい子だから待っててください。すぐに戻りますから」
「…吐く」
「本当ですか?洗面所に行きましょう。抱っこしますよ」
直江に抱っこされてトイレへ。吐いてる間にアイスバッグをタオルにくるんで用意してたみたい。うがいをしてからまた抱っこしてもらって寝室。枕の上にアイスバッグを置いてその上に寝かされた。
「冷たすぎませんか?」
「うん、へーき。気持ちいい」
「眠れそう?」
「うん。抱いててくれたら寝られる」
「そう?だったら抱いててあげますよ」
直江は少し笑って抱いててくれた。アイスバッグがちゃんとオレの首に当たるように押さえながら。
それからは夢も見ないでグッスリ眠った。
翌日は体が熱に慣れたのか、そんなに苦しくなく過ごせた。寝てなくても平気だ。
朝は直江にお粥を作ってもらったけど、それが不味くてどうしようもなかった。だけど心配してる直江に申し訳なくて少し食べて「食欲がない」ってことにして残した。
直江に料理はさせられないな。
「では私は仕事に行きますが…確か今日は長秀が休みでしたから、辛かったら呼び出すんですよ?もし譲さんがいてくれるようだったら来てもらってくださいね。ああ、それとも一蔵を…」
「大丈夫。一人で留守番できっから」
「本当に?」
「昨日よりはいいんだ。大丈夫だから心配しないで行って来い」
「夕方には戻りますからね。お腹が減ったらレトルトの雑炊がありますから」
だったら先にそれを食わせろ。
「わかったからもう行けよ。遅刻するぞ」
「じゃあ、行きます。ちゃんと休んでくださいよ」
「ん」
今朝も直江はチューをしてから出かけて行った。
一日寝てスッキリしてきたんで、直江の書斎でインターネットをして遊んでいたら、口の中の皮がむけた。鏡で見てみたら口内炎が歯茎に出来てた。でも痛くなし、食べても沁みない。たぶんこれも水疱瘡だろうな。
こんなとこにも出来るんだな、って感心して、それからトイレに行ったら大事なとこにも出来てた。
これはさすがに痒かった!場所が場所なだけに掻くわけにもいかないんで、軟膏を塗って鎮めた。
こんなの直江に見られたら…って、何考えてんだ、オレ!!!
べべべ、別に直江に塗ってほしいなんて思ってないし!掻いてもほしくないし!
そりゃ背中は掻いてほしいけど!手が届かないんだし!
…一人で言い訳してもしょうがないな…
「何?高耶くんが水疱瘡なの?」
今日は大事な打ち合わせで綾子が一緒だ。綾子に話しても仕方ないが、心配でつい漏らしてしまった。
「それであんたのウチにいるの?あらら、かわいそうに」
「昨夜は熱にうなされてるからずっとそばにいたんだが、おかげでこっちが眠れなくてな」
「それってなんか恋人にしてやってるみたーい」
ギクリ。
そうだ、綾子には話してなかったんだ。だが何か感づいてるような節もある…
「いくら従兄弟でもねえ」
「おまえ…勘違いしてないか?高耶さんは従兄弟だが、年が離れてるから弟のように可愛いだけでだな」
「ホント〜?」
「本当だ」
「そろそろ本当のこと言っちゃいなさいよ!前からおかしいなーとは思ってたんだから。あたしと直江の間じゃないの。ね?」
綾子は俺にとっては大恩があるマネージメントをしてもらっていた。現在のマネージャーの前は綾子が担当していたのだが、俺が嫌いな仕事に引っ張り出されることもなく済んでいるのは今も綾子の力が大きい。
「本当は付き合ってるんでしょ?あたしはあんたの家族とも面識があるけど、あんな従兄弟がいるなんて話は聞いたことないわよ〜。鮎川所長だってそう思ってるんじゃないの〜?ね?他の人には黙ってるからさ、教えなさいよ。協力もしてあげるからさ」
綾子のしつこさには定評がある。これはもう隠せないんだろう。
「上杉社長には絶対にバレないようにするから!ね?」
しかたない…
「…おまえの考えている通り、高耶さんは俺の恋人だ。だが絶対に言うなよ。それに色々と協力もしてもらうからな」
「もちろん!やっぱそうなのね〜。最初から怪しいと思ってたのよ。お似合いだからいいんじゃない?」
「そうか?お似合いか?」
「…あんたがそんなだらしない顔さえしなければね…。なんかさー、あの遊び三昧のあんたが急に大人しくなって、今までの女からの連絡もないし、女から誘われても断るようになったから誰か本命ができたんじゃないかって思ってたのよ。そしたら高耶くんの登場でしょ?どう考えても怪しいじゃない」
そんなに怪しかったのか…女の勘とは侮れないものだな。
「でも安心してね!あたし誰にも言わないから♪」
「当たり前だ」
綾子にバレてしまったが、この先協力してもらえるなら良しとしよう。仕事上、何か困った事態になっても、綾子だったら上手く対応してくれるだろうしな。
だが高耶さんにどう説明したものか。綾子にバレた、と正直に言った所で、高耶さんは恥ずかしがって綾子に会わなくなってしまう。それどころか俺とも会ってくれなくなる。
長秀にバラした時だって怒ったぐらいだしな。
「高耶くんには何て言う?」
「俺から話すが、もうしばらく様子を見てからだな」
どうしたものか…
夕飯の材料を買って帰ろうかと思ったが、あいにく私は料理ができない。いつも高耶さんに任せっぱなしだ。
仕方なく車をピーコックの駐車場に入れ、惣菜を買うことにした。
高耶さんが好きなもの、と考えながら選んでみたがどれもこれも美味しそうに食べているからわからない。
病人だからさっぱりしたものを中心に買って帰った。
「なんで惣菜なんか買ってくるんだよ!」
「え、だってあなたに台所をさせるわけにいきませんから」
「もー、冷蔵庫にあるもんでどうにでもなるのに〜!もったいないな〜!」
「すいません…」
病気でも台所仕事はするつもりだったらしい。
だが買ってきた惣菜を無駄にしたくない、と言って開けて皿に移し変える。味が気に入らないものは味付けを変えて作り直しまでしていた。
「本当にすいません。病気なのにこんなことまで」
「いいんだよ。もう楽になったし。洗濯とか掃除する体力はないけど、料理ぐらいなら気晴らしになるしさ」
「洗濯や掃除は私がやりますよ。料理もしばらく出来合いでガマンして療養してください」
「ん〜、わかった。もったいないけど、直江がそう言うなら」
そして夕飯を食べ、高耶さんの体を蒸しタオルで拭いている時だった。
「風呂って入っちゃダメなのかな?」
「湿疹がなくなったらですよ。気持ち悪いですか?」
「うん。潰れてるのと軟膏でベタベタだから」
「しばらくは蒸しタオルでガマンしててくださいね」
「…しばらく、か…。なあ、直江。やっぱ今からアパートに帰るよ」
「ええ?!なぜですか!」
「んー、なんとなく…」
「高耶さん?!」
「だってさ、汚くなって直江に嫌われるのイヤだもん」
「嫌いませんよ!」
「オレがイヤなんだよ。だから帰る。風呂入れるようになったらまた来るから」
そんな…これでは高耶さんを病気なのに一人ぼっちにさせてしまう!昨夜など寂しがりの子ウサギちゃんのようだったのに。
「急に具合が悪くなったらどうするんです?」
「譲か千秋に来てもらう」
「私は高耶さんの何なんですか!あなたが苦しい時に私は不要なんですか!」
「だって…」
「だってじゃありません!帰るんだったら治してからにしなさい!いいですね?!これだけは譲りませんよ!」
「…だって…」
しまった。言い方がキツかったか。泣かれてしまう。
「だって直江に汚い体も見せたくないし!心配ばっかりかけてるし!迷惑もかけてるし!そのうち嫌われる!」
「そんなことありませんてば!」
「じゃあなんで目の下にクマが出来てるんだよ!モデルだろ?!致命的じゃんか!」
「そんなので仕事がなくなるはずないじゃないですか。私はあなたが寂しかったり、苦しかったりするときもそばにいたいんです。たかが水疱瘡で私があなたを嫌いになるはずないですよ」
「でも〜」
泣きそうな高耶さんの顔を触ってみたら夕方よりも熱かった。やはり熱が上がったようだ。
夜になると熱は上がるものだし、それでグズってるだけだろう。
「帰しませんよ。本当に大丈夫ですからここにいてください。アパートに帰ったらもっと心配で眠れなくなってしまいます。私には無理して強がらなくてもいいんです。何があっても高耶さんを愛してますから」
「ホントに?」
「ええ。本当に。あなたにとってはちょっと頼りない彼氏かもしれませんが、ちゃんとしますから頼ってください」
「うー」
「もう寝ましょうね。熱が上がったみたいですよ」
「昨日みたくそばにいてくれる?」
「ええ」
高耶さんを寝室に連れて行き、また眠るまでそばにいた。
眠ったのを確認してから自分は風呂に入り、アイスバッグを用意してすぐに高耶さんのいるベッドに入った。
俺が高耶さんを嫌いになる?100%有り得ない。
こんなに愛してるのに、まだあなたはわかってないんですか?
私はあなたのものなのに。
つづく