同じ世界で一緒に歩こう 17 |
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「仰木くん」 学校の休憩所で矢崎と一緒にコーヒーを飲みながら喋っていたら、メンズデザイン科の女の子に声をかけられた。一回しか喋ったことのない子だったが、何か高耶に頼みがあるようだった。 「何?」 合宿のモデル、とは、ショー形式で行われる本格的な合評会のため、人間に服を着せてウォークをしてもらうモデル役のことだ。 「オレ?別に今のところは誰からも依頼されてねーし、いいけど」 高耶の服を着るモデル役の女の子もまだ頼んでいなかったので、ついでに自分の服を着てくれないかと条件つきでOKした。 「もちろんいいよ!仰木くんの服、あたしが着るね」 小島雪乃、という名前を頭に叩き込んでいたら小島から携帯番号を聞かれた。 「ウォーキングってどうするんだろ?」 本物のモデル? 「なあ、仰木」 明らかに矢崎は直江の登場を望んでいるようだ。高耶が直江の事務所でアルバイトをしていたのを知っていて、どうにかならないかと思っている。 「タチバナさんに頼んだりできねー?」 彼氏だ。 「そっか、タチバナさんは売れっ子だもんなあ。だったらさあ、バイトしてた事務所で他に手伝ってくれそうなモデルいねーかな?」 思い浮かんだのは千秋だ。千秋もそこそこ売れているが直江ほど忙しくはない。頼めば来るだろうがギャラが発生しないのなら来ない可能性は大きい。 「とにかく頼んでみろよ。ウォーキングは誰に習えって先生に言われてるわけじゃないし、授業がない時間なら教室で練習していいらしいしさ」 二人が見ている前で携帯のメモリを探して千秋の名前を出した。そして打つ。 『合宿でショーやるんだけど、ウォーキング習わないといけないんだ。千秋、教えてくんねえ?ギャラなしで』 すぐに返事が返ってきた。 「なんだって?」 そう打って返事を出したらOKだと返ってきた。 「じゃ、日にちとか決めておかなきゃな〜。習いたいヤツら、集めておこうぜ」 もしやこれって、オレ、誘惑されてんのかな?
このことは直江には黙っていたほうが良策だと判断した。もし知れたら絶対にしゃしゃり出てくる。 その日のうちに千秋と連絡を取り合って、夜になってから池袋で会った。千秋の自宅近所だ。 「直江に黙ってるのはいいけどよ、後でバレたらどうすんだ?」 千秋が空いてる日と、授業のない時間と教室を合わせて日にちを決めた。
数日後、学校の前で千秋と待ち合わせをして、空いた教室に招き入れた。集まった人数は約40人。 「男のウォーキングなのに…」 千秋の横でヒソヒソと高耶と矢崎が話している。それを耳ざとく聞きつけた千秋が矢崎の配慮を誉めた。 「いや〜、ありがとな、矢崎くん!気が利くよなあ。そっちのボケ高耶とは違ってさあ」 高耶に脇腹を小突かれて矢崎が呻く。 「じゃ、さっそく始めてくれ。まずは普通に手本でも見せろよ」 机を取り払った教室の真ん中を千秋が真っ直ぐ歩き出す。周りの目線は千秋の一挙手一投足に見入るようにして追った。 「基本的には大股で歩け。背筋を伸ばして頭の高さを固定して、視線は真っ直ぐ前を。肩の力を抜いて腕を流れるようにして前後。つま先も真っ直ぐ前に向けて、内股やガニ股は禁止。ステージの一番前まで行ったら、ポージング。これは自由だが、着た服に合わせろよ。個人の想像力を問われるとこだ。ポージングは約1秒。それからターン。ターンは顔を残すようにして、肩の高さを変えないように下半身だけで。顔も全部ターンさせたらまた真っ直ぐ歩く。これが基本だ」 みんな千秋に見とれた。高耶も同様。 「すっげー。千秋って本当にモデルだったんだ〜」 背中を押されて高耶がステージに見立てた教室の隅に立った。千秋が手を叩きながらリズムをとって、スタート!と言った。 「おら!背筋を伸ばす!顔を上げろ!ったく、てめぇは何聞いてやがったんだ!」 高耶が一周終わってから、数人が同時に歩くだけの練習をやった。何度も繰り返し、ひとりひとりに千秋が助言をする。 「くそー、直江に言いつけるぞ」 最後に千秋がポージングの見本を何種類か見せてくれて、1時間半の講習会が終了した。 「おい、高耶」 たった1時間半の講習会なのに、どうしてこんなに疲れるんだろうと思っていた高耶に千秋が話しかけた。 「今日のことは直江にも綾子にも言うなよ。お互い様ってな」 千秋と玄関まで出て見送りしてから、高耶も帰ることにした。数人は残って今のウォーキングの練習をするらしいが、高耶は神経も体力も使ってしまったから残る気にはなれなかった。 「仰木くん」 呼ばれて振り向くと小島雪乃がいた。 「ああ、今帰り?」 まったく気付かなかった。それでなくても高耶は人の顔を覚えるのが苦手なのだ。 「ねえ、帰るならさ、一緒にお茶してこーよ」 今日は直江が夜8時に帰るって言ってたから、それまでなら暇つぶしにいいか、と考えて駅前の国道を歩き、代官山へ向かった。
その頃、タクシーでマネージャーと移動していた直江が高耶たちが歩く国道に差し掛かった。 「次は青葉台の公園で撮影だったな」 その公園は直江も気に入っていて、いつか高耶と訪れたいと思っていた。今度の休みに高耶を誘ってみようか。 「あれは…」 ふと窓の外を見ると高耶が歩いていた。そういえばここらへんは高耶の学校のそばだ。もし授業が終わって帰るところだったら高耶に見学に来てもらおうか、と思ったところで、気が付いた。 横の女は誰だ? 交差点でタクシーが止まる。信号に合わせて高耶たちも止まった。親しげに、あの高耶が珍しく笑顔で話している。 「高耶さん…」 傍から見て、あの二人は似合っている。可愛い女の子と、甘えさせ上手な恋人という構図だ。持っている荷物から同じ学校の 「タチバナさん?どうかしました?」 信号が変わってタクシーが走り出す。同時に高耶たちも歩き出す。こちらには気付いてないのか、高耶は笑顔で話を続けていた。
「腕組むのって、変じゃないか?」 腕を組んだことがあるのは美弥と、直江だけだった。いつも自分が直江にしているように、小島が自分の腕を取る。 しばらく歩いて代官山に着いた二人は、買い物をしたいという小島の申し出を受けて二つほど店舗を覗いてみた。 「どうしたの?」 あれからあの古着屋は店長が変わったそうだ。戻って来ないかとバイト仲間から誘われているが、今更戻るほど厚顔無恥ではないし、高坂が店長に恥をかかせた点については多少なりとも責任も感じている。 そこのケーキは手作りの味がして素朴で美味かった。 「2個?」 一応、高耶には彼女がいることになっている。実際は彼氏。 「仰木くんて、彼女いるんだよね?その人の家?」 しばし固まってしまった。こんなふうに女の子から直接告白されたのは初めてだ。 「でも別に邪魔したりとか、無理に好きになって欲しいとか思わないから大丈夫よ。もしあたしの方が良くなった、って言って まったく嫌な気分にも、迷惑だとも思わせない彼女の言葉に優しさを感じる。さっぱりした性格なのだろうか、イヤミがない。 「一応ね、言っておきたかっただけ」 お互いにそれは冗談だとわかっている。友達として付き合うには最高の女だろう。なんでこんなにいい子がオレなんかを 「帰ろ」
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高耶さんモテます。 |
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