その夜、高耶さんから電話が掛かってきてアパートまで迎えに行った。そして道すがら夕飯を食べに寄ってから俺のマンションに。
気疲れをしたと言う高耶さんに先に風呂を譲って、出てきたところで髪を拭いてやる。いつもの習慣だ。
「あー、やっぱちょっと緊張したみたいだ。疲れた〜。直江、肩揉んで〜」
「はいはい」
肩を揉むというナイスなシチュエーションを使って、さりげなく高耶さんのショップで買ったブレスレットをした腕を見せた。
「あー、これしてるんだ。似合うぞ」
「そうでしょう?高耶さんの見立てですからね。気に入りました」
「失くすなよ?」
「もちろん。大事にしますよ」
そしてしばらく高耶さんの細くてキレイな肩を揉んでいた。見た目より華奢だが、とてもしなやかな筋肉をしていて、俺はこの
肩に噛み付くのが好きだ。たまに歯型を残すと怒られてしまうが。
「あの同級生の兵頭くんですが、仲良しなんですか?」
「うん、矢崎とかNちんとかとグループっぽくなってる。バイクの話で気が合うからよく話すよ」
「彼には付き合っている女性はいるんでしょうか?」
「聞いたことないけど、なんで?」
「私が心配性なだけですよ。あなたを取られまいかと思って、気になっただけです」
「って、それ。オレが兵頭とどーにかなるんじゃないかってことか?有り得ないだろ」
有り得ないのは信じているが、もしあの男が高耶さんにちょっかいを出すような真似をしたら、と思うと。
「あのな、世の中そんなにゲイはいないんだぞ?」
「世の中けっこういますよ。私の知り合いにもたくさんいますしね。もし彼がゲイじゃないとしても、あなたの魅力に負けてしまうかもしれないでしょう?私のように」
「はー?まさかー。それにオレは浮気なんかしないっての。直江しかいないもん」
「それを聞いて安心しました。でももし彼が何かアプローチしたとしても、絶対に断ってくださいね」
「当たり前だ。なんでオレが兵頭と…」
そう言って高耶さんは肩揉みをやめさせると向き直って正面から俺を見た。
「チューしよ、直江」
「はい」
「こーゆーことすんの、直江とだけだから」
「はい!」
しばらくの時間、高耶さんとキスをした。高耶さんはいつになく積極的にたくさんキスをしてくる。顎に、頬に、鼻に、瞼に、子供のようなキスをして、それから…
「あ…」
ブレスレットに。
「おまえはオレのもの。オレは、おまえのもの。わかってるか?」
「わかってますよ、もちろん!!」
「ちゃんと大好きだから、そうゆう心配すんな」
「高耶さーん!!」
苦しいと根を上げるまで抱きしめてから、ゆっくり力を抜いて抱いて、こちらから再度キスを一回した。
「直江も風呂入っちゃえば?出たらアイスティーにブランデー入れて作ってやるからさ」
「そうします。ダージリンティーでお願いしますね」
「うん」
浴室には高耶さんが使ったシャンプーの香りが立ち込めていた。あの人と同じシャンプーを使っているのと思うと、それだけで独占しているような気がしてくる。このシャンプーは日本では売っていないから、香りを共有できるのは高耶さんの周りでは
俺だけに違いないからだ。
また購入しておかねば。
そして出てきた俺にアイスティーを振舞ってくれる。高耶さんは最近紅茶に凝っていて、俺がみつけて買っておいた茶葉をブレンドしたり、フルーツを入れて試してみたりして相性の良い組み合わせを作って飲ませてくれるようになった。
今夜はブランデーらしい。そのブランデーも香りの区別をつけて、どの茶葉に合わせれば一番風味が良いかを考えて選ぶのだ。
まさに理想の奥さん像だ。
「どう?今日のブランデーは…えーと、カルヴァドス・フェルミエ・ド・ノルマンディ。りんごのやつ」
「ああ、これはフルーティーでいいですね。コーヒーに入れた時も良かったですけど、紅茶はさらにいいですね」
「コーヒー?そんなのいつ作ったっけ?」
「自分でやったんですよ。コーヒーだったら私に任せてください」
「なんだ、そうか。てっきり昔の女がやったのかと思ってた」
危ない…今回は自分でやったのを普通に言っただけだが、もし昔の女がやったのをつい口を滑らせて喋ってしまったら最後、高耶さんのご機嫌は急降下だ。
「今度それ飲ませろよ」
「ええ、いいですよ。ブラックで飲むんですけど、大丈夫ならね」
「ブラックか…うん、直江と同じの飲んでみたい」
う…可愛らしい…可愛らしすぎる!!
「高耶さん!!」
「うわ!なんだ、急に!!」
思わず抱きしめてしまった俺の背中をポカポカ殴るが、まったく『離せ』という意思が感じられない。もっと、とねだっているようじゃないか。
「せっかくの紅茶が〜!氷が解けて薄まるじゃんかよ〜!」
「薄まらないうちにキスしてください!」
「は〜?なんだよ、それ。しょーがないなー」
氷が解けない程度の時間、キスをしてから、紅茶を飲み干して寝室へ。高耶さんを飲み干します、と言ったら今度は本気で
殴られた。
「ダメ!明日も学校だから!」
「前は学校があってもOKだったじゃないですか〜…」
「明日はウォーキングの練習があんだよ!週末だったらいいけど、合宿が終わるまでは平日のエッチはなし!」
「そんなあ」
「ダメ!」
そうゆうわけで俺はガマンをするはめになったのだが、若い高耶さんのこと。半分だけ願いを叶えてくれた。
兵頭め。高耶さんは俺のものだからな。ザマアミロ。
「仰木、それ何?」
「どれ?」
「うなじの所。赤くなってる」
バイト初日の翌日、デザイン画の授業で隣りの席になった兵頭に聞かれたうなじ。
…直江だな。あいつ、うなじにキスマーク残しやがったな…。
「ああ、これか。虫刺され」
「キスマークかと思った」
ギクーリ。なんか、バレバレじゃないか?
「あのさあ、仰木。タチバナとはけっこう仲いいのか?」
「え、うん。普通、かな」
「なんかさ、昨日、5万もするブレス買ってったろ?あんな高価なもの押し付けたみたいで悪かったかな、と思って。今度会う時にお礼言っておいてくんねーかな?」
「ああ、それなら気にしなくていいって。すごい気に入ってたみたいで、ずっとつけてたから」
風呂入るときも、寝るときも、直江はずっと付けっぱなしだった。よっぽど気に入ったみたいだ。
例えそれがオレが似合うって誉めたからかもしれなくても、気に入ってくれてるんだからオレはけっこう嬉しかったりする。
「ずっと?」
え?うわ!!ヤバー!!
「そ、そ、その、あれからまた夕飯食いに連れてってくれて!その時にさっそくつけてて!そんで、そんで、えーと、すっげー気に入ったって!」
「ふうん…そっか。よく会うんだな」
「う、うん。近所だから」
なんかすっげー疑ってる目されてんだけど!どうしよう!
「おまえさ、少し気をつけた方がいいかもな。前に俺、アパレルで働いてたから聞いたことあるんだけど、タチバナってすげー手ェ早くて色んなモデルとかタレントとかやられてるって。中には男のタレントもやられてるって聞いたぞ」
「…男のタレント?」
「ハーフだかなんだかのヤツだってよ」
直江のヤツ、男はオレが初めてだって言ってたくせに!!いや、待て。ただの噂だ。冷静に、冷静に。
「昨日のタチバナさ、なんか仰木を見る目が違ってたような気がしてな。なんとなく、狙われてるんじゃないかって思って。ただの思い過ごしならいいんだけど、もし何かされそうになったら逃げろよ?」
「うん…」
つーか、もうすでに狙われて、何かされちゃってるんだけどな。逃げるつもりもないし。
オレを見る目が違うのは当然なんだけど、他人にもわかるほどだったら気をつけてもらわないといけないかも。
「二人きりで会わないかって誘われたら俺も行ってやるよ」
「え?兵頭が?なんで?」
「友達だから心配してんだよ」
「ああ、そうなんだ…」
せっかくの直江との時間に兵頭を参加させるわけにはいかない。直江が兵頭の前でオレとの約束を取り付けようとしない限りは大丈夫だろうけど…。
それにしても兵頭ってけっこう友達思いでいいヤツだな。こーゆーヤツは好きだ。うん。譲みたいだ。
「まあこんなもんか」
「へ?なんか言った?兵頭?」
「いや、別に」
今、何か聞こえたような気がしたんだけど。「こんなもんか」って。ま、いいか。
その日はアパートで課題をやるつもりで直江とは約束してなかったんだけど、兵頭が言った噂を確かめておこうと思って直江のマンションにチャリで行った。合鍵を使って中に入り、メールをする。
『今、直江んちにいるんだけど何時に帰る?遅くなるようだったら先に寝るけど、話があるからなるべく早く帰って来て』
そしたらソッコーで返事が来た。
『すぐ帰ります!今は食事しようと一蔵と事務所を出たところですが、予定を変更して帰ります!本当だったら電話であなたの声を聞きたかったのですが、横に一蔵がいるのでメールですいません。本当にすぐ帰りますから待っててください』
…食事終わってからでもいいんだけどな…けどせっかく帰ってくるって言うし、簡単に何か作って待ってやるとすっか。
一緒に夕飯食べれるし♪
夕飯は冷蔵庫にあったベーコンとニンジン、セロリ、ジャガイモとタマネギを使ってポトフを作った。それだけじゃ寂しいからトマト缶とマカロニでペンネアラビアータも。急な用意だからこんなもんでいいかな。
出来上がったころに直江が帰ってきた。
「おかえり!」
「お待たせしました、高耶さん!もう会いたくて会いたくてしょうがなかったです!」
玄関でムギューっとされて、チューもたくさんされて。嬉しいと思うあたりがオレも相当イカレてる。
「いい匂いがしてますね。夕飯ですか?」
「うん。簡単なものしか作れなかったけど、一緒に食おうと思って」
「ええ、さっそく食べさせてください。ところで話とは?」
「食ってからな。ほらほら、早く着替えて来い」
直江を着替えさせてから食卓へ。毎度のことながら直江は何を食っても美味いとしか言わない。実際オレの腕もいいんだけどさ。
夕飯を済ませていつもの通りコーヒーを作ってリビングへ。
隣りにペッタリ座ると直江は腰に手を回して、さらに引き寄せてくれるからもっとペッタリできる。
「それで、お話というのは何でしょうか?」
「えーと、噂で聞いたんだけど…その、直江に女がたくさんいたのは知ってるんだけど…」
「もうその話をむしかえさないで下さいよ…全部と別れたじゃないですか…」
「そうじゃなくて、それはもういいんだよ。えーとだな…女じゃなくて、男は…?」
「は?高耶さんがいるじゃないですか」
「じゃなくて、オレの前に、男は?…あ、ああ、いたっていいんだけど、正直に言ってほしくて」
「いませんよ!何言ってるんですか!!」
「あ、そうなんだ。だったらいいんだ」
なーんだ。良かったー。
「どうして急にそんなことを?」
「あのな、今日、兵頭から聞いたんだけど、タチバナは男も女も手ェ出しまくってたって。男もって聞いて驚いてさ」
「兵頭?」
「うん。あいつ前はアパレルメーカーの社員だったから、直江の噂を教えてくれたんだ」
「…兵頭が…」
「どうした?」
「他に何か言われましたか?」
「うーんとー…あ、そうだ!おまえ、オレを見る目つきが普通じゃないってよ。他人からそう見られるなんてよっぽどだぞ。気をつけろよな」
「…あいつ…」
「あとな、直江に二人きりで会おうって誘われたら兵頭も参加してくれるらしいぞ」
「はあ?!」
直江のこのバカ面ったら!!可笑しい!!爆笑もんだ!どうしたら男前のこの顔をそこまで崩せるんだろう。
「なんて顔するんだよ!変な顔〜!!」
「高耶さん、それは私たちの仲を邪魔するってことですか?!」
「みたいだな」
「そ、それでなんて答えたんですか!」
「誤魔化した。だってせっかく直江と二人きりで会える時に、兵頭に邪魔されたらたまんねーもん」
「…高耶さん…」
「オレは直江と二人で会いたいんだよ。そうじゃなきゃチューもできないじゃん」
「ええ…そうですよね…」
直江は心底安心したように肩を落とした。
オレのこととなると途端に情けない姿になっちまうところが愛しいなあ、といつも思う。
それでオレもつい直江に甘くなる。チューとかしてしまう。
「友達だから心配なんだってさ。オレが直江に襲われたらって考えてるみたいだぞ」
「襲ったりしませんよ。いつもちゃんと同意を得てるでしょう?大事にしてるんですから」
「だよなー。でも兵頭って、どうしてそこまで心配するんだろうな?」
「…まだ気付いてないんですか?」
「何が?」
「あなたのことが好きだからですよ」
「友達だもん、そりゃ好きじゃなきゃ仲良くならないって」
「そうではなくて、私と同じようにあなたを好き、という意味です」
………………………………………え?
「えええー!!!」
「そうゆうわけですから、気をつけるのは私に対してではなく、兵頭に対してですからね」
「ちょ、ちょっと待て!」
「昨日あの店で兵頭を見た時から私にはわかりましたよ?まったくあなたは鈍感で…そこも可愛いんですけど、警戒心を持って欲しいですよ。それと、私と高耶さんが付き合ってるのも感づいていると思います」
「……それマジ?」
「ええ。あなたと私を見る目が普通じゃないですから、あの男は」
「そんな〜。明日からどう接したらいいんだよ…」
「警戒して接してください」
「…警戒って…」
「いいですね?あなたは私のものなんですから、他の男に隙なんか見せないでくださいね」
「うん…」
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