同じ世界で一緒に歩こう

18

かたおもい

その3

 
   



とは言うものの、本当に兵頭がオレを恋愛って意味で好きなのかどうかは確認したわけじゃないからわからない。
だからってわざわざ聞くのも変だし、今になって態度を変えるのもおかしいと思う。
もしそうだったとしても知らんぷりするしかないんだよな。だってオレは直江のものだもん。直江以外とどうにかなるなんて考えられないし。

「は〜…」
「どうした、仰木。今日はなんかゲッソリしてねーか?」

教室からベランダに出て、そこに置いてある休憩用の椅子に座って頭を抱えてたら矢崎がコーヒー片手にやってきた。

「矢崎…」

相談してみようかな。

「あのさー、おまえって彼女いるじゃん。で、学校の友達で仲のいい女の子がいて、そいつに密かに想われてたらどうする?」
「えー?知ってて知らないふりするんじゃねーかなー」
「んで、おまえの彼女はその女の子の存在を知ってて、心配してんの」
「ああ、そりゃきついな。浮気なんかしないって言っておいても、ちょっと疑われるような真似したら最後だもんな」
「だろ?どうしたらいいんだろ…」
「…それって、もしかして小島雪乃のこと?」
「小島?ああ、違う。小島には告白されたけど断ったし。そうじゃなくて、向こうがオレにそんな素振りも見せない時の話だよ」

あれ?返事がないけど…

「小島に告白されたのか?!」

急に小声になって質問されてしまった。こうゆうのって隠しておくべきだったのかな?

「うん。けどハッキリ断ったぞ。彼女いるからって。小島もあれから何も言ってこないし、その話はもういいんだ。今回は密かに想われてるってことでさ」
「おまえってモテるよな…去年の秋ごろから妙に大人っぽくなったからかな〜?彼女が出来て色気も出て、ってことか?」

去年の秋って…直江と付き合いだしてからのことじゃんか!色気も出て、って、それはその…エッチしてからってことかよ!
ひえー!そんなに変わったのか、オレ!!

「でもさ、密かに想われてるってことは、向こうがおまえを諦めてるって意味でもあるんじゃないか?イマドキ、好きな男に告白しない女なんかほとんどいないっての。諦めてるからこそ密かに想うもんだろうよ」
「そうか…?」

それは女だからであって、男に好かれてる場合は?なんて、そんなの質問できないけど。

「もしその子と話しづらいようなら距離置いてもいいと思うけどな。だって恋愛は自由なんだぜ?いちいちそいつに気を使ってたら彼女が可哀想にならないか?立場ないよ」
「だよなー」

直江が可哀想、か。そうかもしれない。
オレの一番大事な直江を悲しませないためにも、オレは兵頭とは距離を置かないとダメなのかも。そうしないと直江が不安に
なるって言うなら、そうするべきなんだろうな。

「サンキュ、矢崎。なんかスッキリした」
「こんなんでいいならいつでもアドバイスするよ。あ、そーだ。さっき兵頭が今度の金曜に泊まりにこないかって」
「え?」

さっそく?!

「Nちんとオレと行くんだけど、仰木はどうする?」
「いや、オレは…」
「あ、いたいた、仰木〜。なにしとんの?探してもーたわ」

このマヌケな口調の名古屋弁はNちんだ。その後ろにいるのは…兵頭。

「金曜に兵頭んち泊まりに行くんやけど、仰木はどうする?」
「えっと…」
「仰木が見たいって言ってたバイクの雑誌もたくさんあるぜ。来いよ」

バイクの雑誌は見たいけど、だけど。

「いや、悪い。その日は…タチバナさんと出かける約束してるんだ」

兵頭にはハッキリキッパリ、直江とって言ってしまえばいいんだ。直江の話じゃオレたちが付き合ってるのを感づいてるみたいだから、彼女って誤魔化すよりはこっちの方が兵頭にはいい。

「いいなあ、仰木。またゴチしてくれるって?」
「タチバナさんか〜。いい人そうだったし金持ちっぽいし、たくさんうみゃあもんオゴってもらえるなあ」

矢崎とNちんは何もわからないから単純に返してきた。でも兵頭だけは顔が強張った。

「仰木…」
「だから悪いけど、また今度な。バイクの雑誌は店でも見られるからいいよ」
「そうか…」

ベランダから教室に戻るとき、兵頭がオレだけを引き止めて言ってきた。

「タチバナには気をつけろって言ったのに、どうして会うんだよ」

カマをかけられてる。付き合ってるのかって。

「どうしてって、別にいいじゃんか。オレはタチバナには襲われないぞ。そんなことしないよ、あいつは」
「なんでわかるんだ?」
「…そうゆう男なんだよ。オレが一番良くわかってる。…こうゆう答えが聞きたかったんだろ?」
「…仰木、それは…!やっぱり、おまえら…」
「とにかく、金曜はタチバナと会う約束をしてて、たぶんいつになってもオレは兵頭の家には行かないと思う」
「…わかった。でも、俺は認めて諦めるような人間じゃないからな」

冷たく、悔しそうな声でオレに告げると先に教室へ入って行って、一番後ろの席に座った。オレは矢崎たちと同じ机について、その日のソーイングの授業をやっと半分だけ頭に入れることができた。

 

 

「ほら!やっぱりそうじゃないですか!」
「うん、本当にそうだとは思わなかったから驚いた。でもオレには直江がいるってちゃんと言ったからな」
「ええ、とても嬉しいです。金曜もここへ来てくれるんですよね?」
「当たり前だろ。土曜はおまえ仕事だって言ってたけど、それでも来るよ」
「ありがとうございます!」

またムギューっとされて、たくさんチューされた。

「だけど、諦めないって言ってた」
「え?」
「諦めないんだって。どうしよう」
「人の気持ちはどうにかできるわけではありませんからね。恋愛は特にそうだ。あなたは拒むしかできないでしょうね」
「そうだよな。学校でもバイトでも顔を突き合わせていくんだから、そうやって拒み続けて、諦めてもらうしかないんだな」

直江の胸の上に顔を置いて、途方に暮れた。いつも無視しなきゃいけないなんて、友達なのに。

「考えようによっては可哀想な男ですね」
「ん?」
「もし私が兵頭の立場だったとしたら、あなたが恋しくて恋しくて気が狂います。目の前にいつもあなたがいる学校やバイト先で拷問にあっているようなものですから」

静かに、とても静かに直江は話す。まるで本当に自分が失恋してるかのように。

「それでも、私だったらあなたに諦めないなんて言いません。そんなこと言ってもあなたを困らせるだけだ。困らせて、傷つけて、復讐なんて、ひどい真似。どんな手ひどい手段を使ってでもあなたを我が物にしたい、そう思っても、それ以上の想いであなたを大事にしてしまうでしょうね。そうして私は朽ちていき、あなたの記憶から存在すら消えて、それでもなお、想い続けますよ」

悲しくなった。これって直江がいつも考えてることなんじゃないのか?
もしオレが他に好きなヤツが出来たって言って去ったら、直江はこうして静かに朽ちていくんじゃないのか?
この前オレを殺しかけたのは、オレがあのままマンションに残ってたから。もし帰ってたら。直江はきっとオレの前から姿を消してたのかもしれない。そうしてオレの記憶から直江の存在が消えても、ずっと想ってくれてたのかもしれない。

いや、違う。
直江の存在は、記憶から消えない。魂がなくなっても、消えない。

「高耶さん?…泣いてるんですか?」
「そんなこと言うなっ」
「え?」
「オレはおまえのそばにいるって決めたんだ。絶対におまえはオレから消えない!」
「もちろんです。信じてます。私が兵頭だったら、の話ですよ」

直江がいなくなってしまった時の想像をして泣いてしまった。しばらくそのまま頭を撫でてもらって、背中をポンポン叩いて
もらって、ようやく安心した。

「オレも、直江に好きなヤツができたら…諦めるけど、ずっと想い続けるよ」
「そんなの考えないでいいですよ。私には高耶さんしかいませんから」
「うん。そうじゃなきゃ許さない」

たくさんチューして、ずっと抱いててもらった。この腕に他の誰かが抱かれるなんて、考えただけで嫉妬に狂って死んじまう。
だから、大事にするから抱いてて。
いつまでも、抱いてて。

「愛してるから、オレを消さないで」
「高耶さん…」

 

 

「兵頭」

翌日、学校帰りに兵頭を呼び止めてひと気の無い公園へ行った。

「なんだ?」
「昨日のこと…。諦めないんだったら、どうする気なんだ?」
「さあ?俺にもわかんねーよ。てか、おまえを見てたらもう無駄な気がしてきた。この前はうなじにキスマーク、今日はタチバナが買ったブレスしてるし。そこまで本気だと思わなかったからな」
「え?」

ブレスレットは直江が「して行きなさい」って言うからしてきたんだけど、そうか、そうゆう魂胆だったんだ。

「俺だってそんなにバカじゃない。おまえがタチバナに大事にされてるんだったらそれでいいさ。俺が何をしたって無駄だって
んなら、もう考えないようにする。おまえに無視されるよりは友達のまんまの方がいいしな。…でもきっと、しばらくは諦めら
れないと思うけど」

兵頭は兵頭なりに決断したんだな。

「悪かった」
「いや、オレこそ。ゴメンな」
「タチバナがおまえを好きなの、よくわかる。おまえがタチバナを好きなのも、なんとなくだけどわかる。あいつってちょっとバカに見えるけど、仰木をすごく大事にしてるんだもんな。バイト先に来た時、おまえを見る目が違ったって言ったろ?あれ、本当は変な意味じゃなくて、大切に包み込むような目してたって意味なんだ。それで嫉妬して、仰木にバカバカしい噂なんか吹き込んで、対抗しようだなんて。汚いよな。きっとタチバナはそんな真似しないんだろうなって考えたら、自分が嫌いになりそうだった。だからもうやめる」

兵頭はすごくいいヤツだった。ちゃんと理解してくれてる。オレのことも、直江のことも。

「この先も友達でいてくれるか?」
「うん。これからもヨロシクな」

兵頭が笑った。こいつと友達になれて良かった。
帰りに一緒にラーメンを食べて、直江の話を少しだけ聞かれて答えたら「仲良くやれよ」って。
親友になれそうな気がした。

 

 

「…ああ、そーですか。良かったですね」
「なんで不貞腐れてるんだよ」

今日あったことを直江に話したら、ソファで抱かれてた肩から手を外してそっぽを向かれてしまった。
そんでつまらなさそうにタバコをふかす。

「兵頭がいいヤツだってわかったんだからいいじゃねーか。オレの友達だぞ?」
「ラーメン食べてデートして、楽しかったんですよね?私と別れたら兵頭と付き合うつもりですか?」
「別れないよ!なんでそんな発想になるんだかな。オレは直江とずーっと一緒にいるんだって何度も言ったじゃんか」
「…だったら、一個だけお願いがあるんですが」
「何?」
「今度の日曜は休みを貰ってます。一緒に、指輪を買いに行きましょう」
「ゆびわ?なんの?」
「お揃いのです」

…………………………………は?
えーと、えーと、それって。

「え〜!!そんなの!そんなのー!!」
「ダメですか?」
「だってそんなの、け、け、結婚指輪みたいじゃんか!」
「そうですよ」
「ひー!」

気が遠くなって、ソファから転げ落ちた。直江が驚いて支えてくれなかったら頭を打ってるとこだった!

「そんなに驚いたんですか?嫌なら諦めますけど…」
「違う!イヤじゃない!嬉しい!!買いに行く!」
「高耶さーん!!」
「なおえー!!」

いつもより強くムギューってされて、息苦しくなって、それでも直江に抱かれてるのが嬉しくて、酸欠になる寸前までガマンしてた。
だって本当に嬉しかったんだもん。

「直江、大好き。愛してるぞ!」
「俺も高耶さんをとっても愛してます!」

 

 

そして俺たちは日曜、銀座に指輪を買いに行った。高耶さんが恥ずかしがったから選ぶのは高耶さん、買うのは私といった感じで購入の際は店の前で待ってもらったが。
帰りの車の中で、店の袋を渡すとさっそくケースを開けて見ていた。
高耶さんが選んだのはシンプルなプラチナの細い指輪だった。飾りなどはほとんどない。

それをマンションに戻ってからリビングで交換し合い、お互いの指に嵌めた。

「すげー嬉しい…」
「いつもしててくださいね」
「うん」

これで高耶さんに悪い虫がつかなくて済むな。いいぞ、私。ナイスなアイデアだ。
思いがけず高耶さんも大喜びしてくれたし、初めてお揃いのものをゲットできた。

「直江、チューは?チュー」
「してあげますよ」

ザマアミロ、兵頭!!毎日この高耶さんの手を見て思い知るがいい!

 

学校に指輪をしてったら、矢崎とNちんからものすごく聞かれてしまった。
幸い、指輪の内側には結婚指輪みたく何かが書いてあるわけじゃないから抵抗なく見せたりできた。彼女とお揃いにしたんだって言えば誰も怪しまないもんな。

ただ兵頭の顔色が変わったのだけは見逃せなかったけど。
諦めたんじゃないのか?これからどうなるんだろ?

直江、どうせならオレを全部の面倒ごとから守ってくれ…。

 

 

END



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あとがき

暗いバージョンもあったんですが
誰も救われないので明るくしました。
高耶さんは相変わらず甘ったれで
指輪も素直に嬉しがったのが
カムイ的にいいなあ、って感じ。
直江も優しかったし。
これからも兵頭出したいわ。