同じ世界で一緒に歩こう 19 |
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学校の夏休み合宿で発表する課題である服を、高耶は芍薬をイメージしたドレスに決めた。 「そーいや仰木んちは日暮里から近くなかったか?」 高耶の家から日暮里までは徒歩で20分程度だ。問屋街に行くのに便利だといつも実感している。 「じゃあ帰りは仰木んちでプレステしよーぜ」 たまに高耶のアパートに遊びにくる矢崎はプレステ2の戦国無双猛将伝でどうしても最強武器をゲットしたいらしい。 「今日はな〜…約束あっから6時までならいいけど」 脇でNちんと兵頭が呆れている。しかし兵頭の頭の中には少しだけ高耶のアパートに行きたいという気持ちもあった。 それを必然的に聞かなければならない兵頭には葛藤があるが、高耶は兵頭がすでに自分を諦めたものだと素直に思い込んでいる。 倉庫のようになっている布屋が路地を入った所にある。そこが高耶たちのお気に入りの問屋だった。繁華街にある布屋と違って値段が格安だ。しかも種類も豊富なのだ。 「あ、仰木くんだ!」 高耶を見つけて近寄ってきた少女がいた。小島雪乃だ。それに雪乃と同じクラスの香川もいる。 「仰木くんも買いに来たの?」 小島たちに案内されて狭い通路を歩く。たくさんの布が筒状になって重ねられていたり、立てられたりしている。 「げ…」 いくら問屋でもシフォンは値段が高い。 「うう…どうしよう…」 理想の布は初っ端から見つかったが、値段が見合わない。今回のデザインは何枚も同じ形に裁断した花びら様の布を重ねて芍薬が持つ雰囲気を出そうとしていたため、最低でも5メートルは欲しかった。 「お金足りないの?貸そうか?」 しかし矢崎もNちんも親の仕送りで一人暮らしをしているし、兵頭はもっと節約が必要な苦学生だ。借りるアテがない。 「シフォンが一番安いのってここだって。似たような生地が良ければ化繊のサテンて手もあるけど」 小島が妥協案を出したが、高耶のイメージはすでに決まっている。 あのデザインで化繊のサテンを使うとテカテカになっちまう…それじゃ品がなくなるし、デザイン画で描いたようなマットテイストも出ない。何より直江が買ってきた布と相性が悪くなる。 すでに矢崎も兵頭もNちんも、それぞれ欲しい布の筒を抱えてレジへ向かっている。最初から買う物を決めていたのもあるが高耶のように『元から使いたい布』があって、それに合わせて選ぶわけではないので時間はかからなかったようだ。 全員布を購入して、まだ決まらない高耶の元へやってきた。 「あ、小島さんと香川さんじゃん。来てたんだ?」 兵頭はフェイクレザー、Nちんはイギリス風のチェックの木綿を買っている。 「選ぶのに時間かかってるのか?」 腕組をして目の前のシフォンとにらめっこをしている。 「どうしようかなあ…。ちょっと考えてからでいいか?後でまた来ることにする」 矢崎が兵頭とNちんに向かって同意を求めた。もちろん二人ともOKだ。 「じゃあさ、仰木くん。私の布決めるの手伝って。仰木くんが着るんだからさ」 小島雪乃は当然だが、香川も実は高耶ファンだ。最近、小島と行動して高耶とも話すようになりファンになったらしい。 「いいぜ、俺は。兵頭とNちんは?」 そして女子二人の布を選ぶことになった。Nちんと矢崎は狭い店内を歩き回るのはもう疲れたと言って、適当に小物を見るそうだ。兵頭と、小島、香川、高耶でウールに似た化繊のコーナーへ行った。 「ちょっと変わった形のスーツにするのね。無地でグレーがいいの。あんまり厚くない素材だったらどんなグレーでもいいから シフォンと違って傷みにくい素材だからか、布の筒はうずたかく積まれていた。もしこの中から引っ張り出すとしたら小島の 「ああ、けっこう上に積まれてるな。俺が引っ張り出すから仰木が受け取ってくれ」 一番背が高く、腕力もある兵頭が上の方の筒を取り払いながら、目当ての布の筒を引っ張り出すことになった。それを高耶がその高さで受け取るのだ。 「危ない!!」 取り出した筒と、他の筒がどこかで引っかかっていたらしく、それにオマケのように他の筒が雪崩のように落ちようとしていた。 「仰木くん!!」 女二人の声は、兵頭にはどこかくぐもって聞こえた。それもそのはず、高耶が女の子たちを庇って背中で重たい筒を受けたのだ。 「イツツツ…」 蹲った高耶を心配して小島と香川もしゃがみこむ。 「仰木!」 兵頭もすぐに踏み台から降りて高耶の顔を覗き込んだ。騒ぎを聞きつけて矢崎たちも駆けつけた。 「お、仰木くん!」 兵頭が背中をさする。骨は折れていないようだったが、背中を打ったショックで呼吸が苦しくなったようだ。 「本当に平気…イテテ…」 店長らしき人が出てきて高耶に謝罪した。タクシー代はこっちで持つから病院へ向かってくれという。
ただの打撲と診断され、湿布でだいぶ楽になった高耶は兵頭に付き添われてアパートに帰った。着いたらすぐに電話がかかってきた。 『今日の約束なんですけど、高耶さんのアパートに行けばいいですか?』 電話の相手が直江だとすぐに察知した兵頭が、高耶の携帯を奪って出てしまった。 「兵頭だけど」 直江に心配をかけまいとして嘘をついたのに、兵頭のせいで失敗してしまった。携帯を取り返し、本当に大丈夫だと言おうと 『すぐに行きます!』 切れた携帯を見てから、兵頭を見た。 「大丈夫だって言ってんのに、なんであいつに言うんだよ…もう。また心配かけちまうじゃんか」 特に意識してやったことではなかった。ただ自分の目に飛び込んできた物から、自分よりも弱いものを庇う。 「だって、女なのに怪我したら大変だろ。顔とか傷付いたらさ、可哀想じゃねーか」 そういう高耶を好きになったのだ。兵頭は。クールに見えて、実は人情に厚くて、周りの人々を大事にする。 「あのさ…」 もう一度、本気で想いを告げようとしたところにドアがノックされた。 「高耶さん!」 直江だ。必死な声で呼んでいる。高耶が立ち上がろうとしたが、それを止めて兵頭が立つ。 「おまえは座ってろ。まだ痛いんだろ?」 兵頭が顔を出したら直江がキレそうな気がして怖い。だがすでに玄関のドアを開けている。 「高耶さん、大丈夫なんですか?!」 直江の背後にいる兵頭を振り向き、もう一度頭を下げた。 「ありがとうございました。高耶さんをここまで送ってくださって、感謝してます」 直江に睨まれるのだろうと思っていた兵頭だったが、まさか頭を下げられて感謝の言葉を言われるとは。 「あ、じゃあ、俺は帰るから。明日、学校来るの辛かったら休めよ」 直江に玄関まで送られて、兵頭は帰った。 あいつは仰木のことを本気で大事にしてるんだな。必死で駆けつけて、ライバルである自分に深々と頭を下げて、謝辞を述べる。 「なんか、こっちがバカみてーだな」 眉を下げて笑って、地下鉄の階段を降りた。
翌日、高耶はいつもどおり登校した。学校の手前まで直江の車で送ってもらったのだが。 「大丈夫だったの?!ホントにごめんね!」 なんてステキなのかしら…と、見とれて二人は頬を染める。いきなりポーっとなった二人に高耶はわけがわからず愛想笑いだけして教室に入って行った。 「仰木!マジで大丈夫なのかよ!」 女は何でもすぐに言い触らすものだ。すでに教室内でも高耶は注目されている。 「そんなことねーだろ。別に当たり前のことしただけなのに。Nちんが噂されてんのは聞いたことあるけど、まさかオレにそんな噂が立つわけねーだろ」 そう言ってアイロン台に向かって真剣にアイロンをかける。その姿をクラスにいた女子の大半が見ていたのにも本人は気付かない。 「あいつって鈍いよな」 友人3人は呆れてアイロンをかける高耶を見つめていた。
放課後になってすぐ高耶の携帯にメールが入った。 『学校の前にいます。お迎えに来ました』 「直江…」 今日の授業はパターンがあったため、座ったり立ったりしながらの姿勢でボディに針を打っていた。 「仰木、帰ろうぜ」 高耶の近所に直江が住んでいるのは矢崎もNちんも知っている。もちろん兵頭もだ。だから直江が来ても誰も変に思わな 「あ、仰木くん。今日、どうだった?大丈夫だった?」 車の中から高耶を見守っていた直江が出てきて、ちょうど会話が切れたあたりで話しかけてきた。 「お疲れ様でした、高耶さん、皆さん」 高耶を囲んでいた5人が直江を振り向いた。 「近くにいたので、迎えに来ました。怪我、大丈夫なんですか?」 少し体裁を考えて高耶と直江は会話をする。あまり親密な仲だと思われて、高耶が学校に居辛くなったら大変だ。 「ごめんね、仰木くん。昨日はありがとう。もし何か手伝えることあったら言って」 どうやらこの女の子たちを庇って怪我をしたらしい。片方は高耶と腕を組んで歩いていた女じゃないか。 「じゃあ行きましょうか。立っているのも大変そうですよ」 矢崎たちに手を振って、直江にエスコートされながら車へ行く。直江は当然のようにドアを開けて、高耶を乗せた。 「おまえなあ…」 窓を開けて友人たちに手を振ると車が発進した。すでに直江の指には指輪が嵌められている。あれでも気を使ったのがわかって、さきほどのシートベルトの件はもう許すことにした。 「なんか、今日のおまえ、余裕があったな。小島さんにも兵頭にもイヤミとか言わなかったし」 ゆっくりハンドルを切る直江の横顔を見つめる。 「大好き」 ちょっとだけ、車を停めて、キスをした。
END
あとがき てんむす様のリクエスト作品です。
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