同じ世界で一緒に歩こう 20 |
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ファッションモデルなので当然のごとく女性モデルと一緒に写真を撮る。抱きつかれているスチルも多い。しかもそれが直江の半裸姿だったら嫉妬でページを破きたいぐらいだ。 どちらかといえば直江が悪い。
ある晴れた休日。高耶はいつものごとく直江のマンションのリビングにいた。 「明日はどこで仕事なんだ?」 また今日も嫌な予感がする高耶。 「なんのプロモ?」 そのアイドル歌手とは、高耶と付き合う前に恋人役でプロモ出演していた。高耶という思い人がいるのに、アイドルと恋人役をしなくてはならないという葛藤と戦ってこなした仕事だった。 「あの、前に恋人役で出たってやつ?」 そんなことはおくびにも出さずに「まあな」とだけ答えた。 「そんな、雑誌で私を見なくたって、ここにいるじゃないですか」 ただ単に直江のページになっただけなのをわかっていて冗談を言った。しかし高耶の耳には届いていない。なぜならそのページには高耶が破って捨てたいほど嫉妬をした半裸の直江と美人モデルが抱き合っていたからだった。 「高耶さん?」 思わず手に力が入るが、どうにか制して次のページを開ける。 『休日は彼と二人で海に。贅沢で優しい時間』 直江と海なんか行ったことない。しかもこんなふうに上半身裸の直江がオレをお天道様の下で抱くわけがない! 「タヒチに連れてけ!」 やせ我慢にも限界があったらしい。とうとうページをグシャリと握り潰してしまった。 「ちょっと高耶さん!」 嫌いとまで言われて黙っておけない。しかも嫌いなはずがないのだ。どうして急にそんなことを口走ったのかを聞かなくては 「なんでもいいですから話してください」 とりあえず別れる意思がないのを確認し、そして逆に高耶が直江をメチャメチャに愛していることもわかった。 (こんな時の高耶さんは…) 冷静に考えて高耶の思考や行動を辿ってみる。いつもと変わらない午後だ。タヒチと繋がりのある何かを探してみたら雑誌のページが海だった。寒空の下で半裸になって九十九里浜で撮影したページ。 「ああ、そうゆうことですね」 ようやく高耶が海に行きたいのだとわかった。このページのように海で過ごしたいのだろう、と。 「すぐにタヒチは無理ですけど、いつか一緒に行きましょうね」 高耶の眦にじんわりと涙が浮かんできた。 「本当に?」 高耶を抱きしめて、海へ行く計画を立てる。何がしたいとか、どこがいいとか、そんな話を宥めるようにしながら。 「…そしたら、ああして太陽の下で抱いててくれる?」 こんなワガママならいくらでもしてほしい。直江は心の底からそう思った。
翌日のプロモ撮影は短時間の出演しかないので直江としては安心だった。実はファッションモデル以外は苦手な直江。 今回は「タバコを吸う男」だ。歌詞の中にタバコを吸う男にキスをしたらタバコの味がした、というような部分があるため、そのシーンの撮影だった。キスシーンはアイドルなだけになかったが、する直前までの演技がある。あとは影で誤魔化す。 そういえば高耶さんとはタバコを吸いながらキスしたことはなかったな。 そんなことを思い浮かべてニンマリした。 「タチバナさん、何をニヤけてたんすか。気持ち悪い」 セットから出た瞬間、一蔵に言われてしまった。 「気持ち悪いとは何だ」 そんなところまで見られていたとは。さすが綾子。 「あ、タチバナさん」 恋人役なのに結婚指輪(厳密には違うが)をしていてはおかしいので外し、一蔵に預けた。一蔵はその指輪を預かる時、失くさないようにと直江から渡されている指輪用の小さい別珍の巾着(高耶お手製)に入れている。 「じゃあ、今日はカバンの外ポケットに入れておきますから」 本番入ります、という掛け声でまたセットに戻る。アイドル歌手と挨拶をし、曲を流しながらそれに合わせてシーン撮影が始まった。 白で統一された生活感がまったくないリビング。セットに使われているのは木綿の布をかけたソファと、脚に蔦が巻かれたガラスのローテーブル、床も白ペンキで塗った木が並べられた簡素なフローリング。のみ。 暗めの照明の中、けだるくソファに深く腰掛けて、火のついたタバコを吸う。煙が吐き出されてすぐに、歌手の女の子がフレームインして直江の横に膝を付いてソファに乗る。 そこでカット。一発OK。 次は影を撮影しなくてならない。白い床に映った影が重なるように顔を仰向けて、アイドルがその上からキスしているような感じに位置を取る。 「お疲れ様でした〜」 リハーサルも入れて2時間ほどで終わった。スケジュールとしてはまだ時間が余っていた。どう時間を潰そうかと指輪をしながら一蔵と話していると声がかかった。 「タチバナさん♪」 今日の主役のアイドルだ。 「あ、お疲れ様でした。今日はまだ続けるんですか?」 次は彼女ひとりで部屋で泣くシーンだそうだ。 「良かったら一緒にお昼ご飯食べませんか?撮影所の食堂に行くんですけど」 何も起こらないに決まっているが、もしここで一緒に食べようと言って、それを後々一蔵が高耶に話したらとんでもないことになると思って断った。 「そうですか〜。残念ですぅ。あ、タチバナさん、そーいえば全然メールしてくれないじゃないですか〜」 メール? 「すいません。ちょっと事情があって」 そこで左手を見せた。指輪が嵌まっている手だ。 「こうゆうわけなんです。ヤキモチ妬きで大変なものですから。そこも可愛いんですけどね」 これで二度と誘いはないだろうと見越してのことだ。プロモもお声が掛からなくなるだろうが、それならそれで良い。 「あーあ、もったいない。人気アイドルのお誘いは断るわ、せっかくのアプローチなのに振っちゃうわで。いいんですか?」 あんなに魅力的な人はそうそういない。本気で思っている直江だった。
ツヅク
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モデルなのに演技まで。苦労してますな。 |
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