同じ世界で一緒に歩こう

20

気に入らない

その1

 
         
   


高耶には直江と付き合っていて気に入らないことが一個だけある。
それは直江がモテることでも、人気があって女性からキャーキャー騒がれることでも、掃除も洗濯も料理も出来ないところでもない。
それは、直江の仕事が女性モデルや女性タレントとの共演が多くあることだった。

ファッションモデルなので当然のごとく女性モデルと一緒に写真を撮る。抱きつかれているスチルも多い。しかもそれが直江の半裸姿だったら嫉妬でページを破きたいぐらいだ。
しかし毎回そうやって嫉妬丸出しにしていては直江を困らせてしまうので言えないでいる。
笑って「いい写真だな」などとやせ我慢をする。
直江はといえば高耶に誉められるのが嬉しくて、高耶のやせ我慢に気が付かない。

どちらかといえば直江が悪い。

 

 

ある晴れた休日。高耶はいつものごとく直江のマンションのリビングにいた。

「明日はどこで仕事なんだ?」
「えーと、世田谷にあるスタジオです。プロモの撮影ですね」

また今日も嫌な予感がする高耶。

「なんのプロモ?」
「前にアイドル歌手のプロモやったって話をしましたよね。またお呼びがかかりました」

そのアイドル歌手とは、高耶と付き合う前に恋人役でプロモ出演していた。高耶という思い人がいるのに、アイドルと恋人役をしなくてはならないという葛藤と戦ってこなした仕事だった。

「あの、前に恋人役で出たってやつ?」
「そうです。よく覚えてましたね」
(覚えてるっつーの!あのプロモ見て嫉妬全開だったんだから!)

そんなことはおくびにも出さずに「まあな」とだけ答えた。
それから気を取り直して直江が出ているファッション雑誌を本棚からいくつか出し、自分の勉強のために見始める。
パラパラとページをめくっていくと、直江の写真が出てきた。

「そんな、雑誌で私を見なくたって、ここにいるじゃないですか」

ただ単に直江のページになっただけなのをわかっていて冗談を言った。しかし高耶の耳には届いていない。なぜならそのページには高耶が破って捨てたいほど嫉妬をした半裸の直江と美人モデルが抱き合っていたからだった。

「高耶さん?」

思わず手に力が入るが、どうにか制して次のページを開ける。
そこにあったキャッチコピーを読んでまた嫉妬する。

『休日は彼と二人で海に。贅沢で優しい時間』

直江と海なんか行ったことない。しかもこんなふうに上半身裸の直江がオレをお天道様の下で抱くわけがない!
くっそー!

「タヒチに連れてけ!」
「はい?!」
「タヒチ!ゴーギャンのタヒチ!ダメっつったら別れるぞ!」
「急にどうしたんですか?!」
「もういい!帰る!別れる!」

やせ我慢にも限界があったらしい。とうとうページをグシャリと握り潰してしまった。
そして別れると言われて直江が焦らないわけがない。

「ちょっと高耶さん!」
「直江なんか嫌いだ!」
「どうしたんです!何かしましたか?!」

嫌いとまで言われて黙っておけない。しかも嫌いなはずがないのだ。どうして急にそんなことを口走ったのかを聞かなくては
根本的な解決にはなりそうもない。
高耶の腕をしっかり握って絶対に離すものかと引き寄せる。

「なんでもいいですから話してください」
「…言えない!」
「いい加減にしなさい。話して貰えなければわかりません。別れるなんて嘘でしょう?」
「…嘘だけど、言えないもんは言えないんだ!嫌われるから!」

とりあえず別れる意思がないのを確認し、そして逆に高耶が直江をメチャメチャに愛していることもわかった。

(こんな時の高耶さんは…)

冷静に考えて高耶の思考や行動を辿ってみる。いつもと変わらない午後だ。タヒチと繋がりのある何かを探してみたら雑誌のページが海だった。寒空の下で半裸になって九十九里浜で撮影したページ。

「ああ、そうゆうことですね」

ようやく高耶が海に行きたいのだとわかった。このページのように海で過ごしたいのだろう、と。

「すぐにタヒチは無理ですけど、いつか一緒に行きましょうね」
「じゃあすぐに行けるのはどこの海だよ!」
「鎌倉か九十九里はどうですか?なんでしたら高耶さんが夏休みに入ったらすぐにでも行きましょう。バスケットにお弁当を
つめて。ひと気のない海岸を車で探して、二人きりで過ごしましょう」
「……マジで?」
「ええ。あなたのためなら、何だってしますよ」

高耶の眦にじんわりと涙が浮かんできた。

「本当に?」
「はい。それが生きがいなんです」
「…なおえ〜」

高耶を抱きしめて、海へ行く計画を立てる。何がしたいとか、どこがいいとか、そんな話を宥めるようにしながら。

「…そしたら、ああして太陽の下で抱いててくれる?」
「高耶さんがいいなら、太陽の下だろうが、スクランブル交差点だろうが、どこでだって抱いててあげますから」
「うん…」

こんなワガママならいくらでもしてほしい。直江は心の底からそう思った。
だがワガママではない。嫉妬である。そんなわけで根本的にわかってない直江が翌日、高耶を怒らせてしまうのは当然だった。

 

 

翌日のプロモ撮影は短時間の出演しかないので直江としては安心だった。実はファッションモデル以外は苦手な直江。
このプロモは所属事務所の上杉社長が友人の芸能プロ社長から是非にと頼まれて出演することになった。前回もそんな理由があってのことだ。

今回は「タバコを吸う男」だ。歌詞の中にタバコを吸う男にキスをしたらタバコの味がした、というような部分があるため、そのシーンの撮影だった。キスシーンはアイドルなだけになかったが、する直前までの演技がある。あとは影で誤魔化す。
スタジオに設置されたリビングルームのセットの中で、直江が自分のタバコを出す。監督から色々と演技指導があって、吸い方を指示され、ポーズを取りながらリハーサルをした。

そういえば高耶さんとはタバコを吸いながらキスしたことはなかったな。
吸った後にキスして「タバコ臭い」と言われたことはあるが。今度やってみようか。

そんなことを思い浮かべてニンマリした。

「タチバナさん、何をニヤけてたんすか。気持ち悪い」

セットから出た瞬間、一蔵に言われてしまった。

「気持ち悪いとは何だ」
「だって怪しい人みたいでしたよ。人前なんですからイメージが壊れるようなことしないでください。綾子さんから言われてるんすから」
「綾子から?」
「そうっすよ。最近タチバナさんが変な笑いするから、注意しておけって」
「…そうか…」

そんなところまで見られていたとは。さすが綾子。

「あ、タチバナさん」
「なんだ。まだあるのか?」
「いえ、そーじゃなくて、指輪。外しておかないと」
「え?ああ。そうだったな」

恋人役なのに結婚指輪(厳密には違うが)をしていてはおかしいので外し、一蔵に預けた。一蔵はその指輪を預かる時、失くさないようにと直江から渡されている指輪用の小さい別珍の巾着(高耶お手製)に入れている。
先日、それをカバンに入れたはずなのにどこにもない、というような事態になった際、直江に物凄い剣幕で怒られた。
結局カバンの底から見つかったので事なきを得たが、それ以降は直江に「どこにしまったか報告しろ」と言われるようになっ
た。

「じゃあ、今日はカバンの外ポケットに入れておきますから」
「失くすなよ」

本番入ります、という掛け声でまたセットに戻る。アイドル歌手と挨拶をし、曲を流しながらそれに合わせてシーン撮影が始まった。

白で統一された生活感がまったくないリビング。セットに使われているのは木綿の布をかけたソファと、脚に蔦が巻かれたガラスのローテーブル、床も白ペンキで塗った木が並べられた簡素なフローリング。のみ。
思い出としての幻想的なシーンなので余計なものはない。

暗めの照明の中、けだるくソファに深く腰掛けて、火のついたタバコを吸う。煙が吐き出されてすぐに、歌手の女の子がフレームインして直江の横に膝を付いてソファに乗る。
タバコを取り上げ、直江の頬に手を添えて、キスをする仕草。

そこでカット。一発OK。

次は影を撮影しなくてならない。白い床に映った影が重なるように顔を仰向けて、アイドルがその上からキスしているような感じに位置を取る。
影を自分で見るわけにはいかないので、何度かやりなおしながらようやくOKをもらった。

「お疲れ様でした〜」

リハーサルも入れて2時間ほどで終わった。スケジュールとしてはまだ時間が余っていた。どう時間を潰そうかと指輪をしながら一蔵と話していると声がかかった。

「タチバナさん♪」

今日の主役のアイドルだ。

「あ、お疲れ様でした。今日はまだ続けるんですか?」
「はい。もうちょっと。お昼ごはん食べたらまたここで」

次は彼女ひとりで部屋で泣くシーンだそうだ。

「良かったら一緒にお昼ご飯食べませんか?撮影所の食堂に行くんですけど」
「ああ、残念ですがもう出なくてはいけないんです。また今度誘ってください」

何も起こらないに決まっているが、もしここで一緒に食べようと言って、それを後々一蔵が高耶に話したらとんでもないことになると思って断った。
一蔵は不思議そうな顔をしている。

「そうですか〜。残念ですぅ。あ、タチバナさん、そーいえば全然メールしてくれないじゃないですか〜」

メール?
そうだった。前に赤外線でアドレス交換をしたんだったな。高耶さんに消去させられたんだった。

「すいません。ちょっと事情があって」

そこで左手を見せた。指輪が嵌まっている手だ。

「こうゆうわけなんです。ヤキモチ妬きで大変なものですから。そこも可愛いんですけどね」
「…あ、そうなんですか…」

これで二度と誘いはないだろうと見越してのことだ。プロモもお声が掛からなくなるだろうが、それならそれで良い。
撮影所を出て車に乗った。

「あーあ、もったいない。人気アイドルのお誘いは断るわ、せっかくのアプローチなのに振っちゃうわで。いいんですか?」
「いいに決まってるだろう。好きでもない女に迫られたって嬉しくもない」
「ふーん。けどタチバナさんの恋人って会ったことないからわかんないんすけど、そんなにいい女なんですか?」
「当然だ」

あんなに魅力的な人はそうそういない。本気で思っている直江だった。

 

ツヅク


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モデルなのに演技まで。苦労してますな。