同じ世界で一緒に歩こう 20 |
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次の仕事は渋谷のスタジオでモトハルの撮影だった。今回は広告用ポスターの撮影ということでモトハルとチーフデザイナーが一緒に来ることになっている。 「渋谷か…」 高耶が渋谷でバイトをしているのは直江から聞いていた一蔵だが、バイカーズショップというのがどんなところかわからない。 「あ、直江!」 今日も縫製の作業はないのか、ハンディモップ片手に店内の整頓をしている。 「こんちは、高耶くん」 同世代なので話しやすいらしい二人を微笑ましく見て、直江はさらに店内を見渡す。 「いらしゃいませ。タチバナさん」 見えない火花がバチバチしている。 「先日は高耶さんの付き添い、ありがとうございました」 学校の高耶と、家での高耶を比べあってどうする、と、はた目には思うが、どっちも嫉妬を隠せない。 その間、高耶は一蔵から今日のプロモ撮影の話を聞いていた。 「キスシーン?」 一蔵が言う「うまいこと」とは「キスしてるみたいに見せるのがうまい」ということであって、実際にしたわけではないが高耶にはそう聞こえる言葉遣いだった。 「そんなの聞いてなかったけど…」 それはそうだが、キスシーンやラブシーンはもうしません、と直江が言ったことがあった。それは嘘だったのだろうか。 直江がチューしたのか?あのアイドルと?しないって言ったのに?誰もが見るプロモで? 「高耶くん?どしたの?」 兵頭とにこやかに見える会話をしていた直江が高耶の元に戻ってきた。そして正面に立ち、 「バイトが終わる時間になったら電話をしてください。たぶんまだ渋谷にいますから一緒に帰りましょう。あ、夕飯も一緒にどうですか?」 プイと横を向いて、一蔵だけに笑って「じゃあまた」と言う。直江は一蔵に袖を引かれてエレベーターに乗った。
スタジオにはモトハルと一緒にチーフデザイナーが来ていた。今回のポスターで使うスーツがチーフデザイナーの自信作と 「よう、直江。待ちかねたぞ。ほら、今回のスーツのデザイナーだ。今春からチーフに昇格したトワコ」 モトハルから紹介されたトワコが頭を下げて挨拶をするが、直江の心ここにあらずといった感じでいつものような笑顔での挨拶がなかった。 「直江、聞いてるのか?」 仕事モードに入っていない直江をモトハルが怪訝な顔をして見ている。トワコも同様。 「モトハルさん、タチバナさんていつもあんな感じなんですか?」 何を隠そう、トワコも直江のファンだった。 モトハルに注意されてようやく仕事モードになった直江がスーツに着替え、メイクをしてもらってセットに立つ。 「はい、OKです。タチバナさん、どうですか?どこか攣ってるところはないですか?」 スラックスの裾は直江の脚の長さに合わせてテープで止め、アイロンをかけてある。これで足元まで写ってもいいスーツに 「さすが直江だな。うちの服を着せたら天下一品だ」 襟に特徴のある上品な細身のスーツだった。モトハルはダブルのスーツが得意らしいが、今回トワコが作ったのは細身で、新しいスーツラインにする予定になっている。タグには「MOTOHARU KIKKAWA TO・WA」と入っていた。 「やっぱりおまえはファッションモデルやってる時が一番だな」 撮影が終わって私服に着替え、携帯電話を見る。メールもなければ着信もない。もう高耶のバイトは終わっているはずだった。
バイトが終わって高耶と兵頭は駅までの道にあるラーメン屋に入った。安くてそれなりに美味く、トッピングもし放題、という貧乏学生にはピッタリのラーメン屋だ。 「なあ…さっきタチバナとなんかあったのか?」 兵頭としては嬉しい限りだが、高耶が浮かない顔をしているのも気になる。 「…なんつーか…あいつが嘘ついてたのが許せなくて」 まるで女だな、と思いながら高耶の話を聞いていた。 「しょうがないだろ。仕事なんだからそーゆーこともあるって。いくら約束してたからってなあ」 こんなラーメン屋で恋愛相談を受けるとは思っていなかった。しかも兵頭が片思い中の高耶から。 「だから、嫉妬して、一緒にいるのが辛いから、今日は頭冷やしたいってのもあったし、オレとの約束破ったから腹も立った まるで女、ではなく、これでは乙女だ。 「けどどーせ仲直りすんだろ?」 もうこれで何度目の失恋になるのだろうかと考えながら、兵頭は傷付いた心にそっと傷薬を塗りこむようにしてラーメンのツユを飲んだ。我ながらバカバカしいとは思いつつ。
駅で兵頭と別れた高耶は地下鉄を乗り継ぎアパートに帰った。直江からのメールを少しだけ期待していたのだが、今日は忙しいのか、それとも疲れたのか連絡はない。 いつのまにか深夜になって、軽くシャワーを浴びてから寝るか、と、立ち上がった時に携帯の着信音が鳴った。 「もしもし」 どうして今日は一緒に帰ってくれなかったんですか?と言いたいくせに、それが出てこない直江がもどかしい。 「用がないなら切るぞ」 我ながらひどい事を言っている自覚は高耶にもあるが、嫉妬が心の大半を占めていてどうしても直江に当たってしまう。 『最近、何か変ですよ?昨日だって急に…』 怒鳴ってから通話を切った。普段の高耶なら絶対にしないことなのに。 どうしてあいつはああなんだ!約束破っておいて!
「高耶さん…」 切れた通話の音を聞きながら、直江は呆然としていた。 色々と考えてみたが直江にはさっぱりわからなかった。何か悪いことをしたような記憶もない。バイト先へ行くのは高耶から 堂々と大人な態度を武器に、正攻法で聞くしかないが、今の様子だと会うのも困難だ。
ツヅク
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乙女なんだからしょうがないじゃん。 |
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