同じ世界で一緒に歩こう

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夏休みだけの同棲

その3

 
   


カッコイイモデルだからなのか、湯上りもカッコイイ。暑いからって裸同然で出てきたのにも関わらず。
ズボンは一応履いてる。ヨットに乗る高級志向の男が履くような白い短パン姿。ウェストに紐があるやつ。名称は忘れた。
確かファッション辞典に載ってたはずなんだけど。
そのカッコイイ直江がミネラルウォーターをボトルのままゴクゴク飲んでる姿は本当にカッコイイ。

「オレも入ってくる」

しっかりと鍵をかけて風呂に入ったけど、直江が来る様子もなくのんびりと風呂を堪能した。自分のアパートの風呂はユニットバスだから、立ってシャワーを浴びるか、たまにお湯を張って短時間浸かるって感じ。だから直江のマンションにこんな豪華な風呂場があるのがメチャクチャ嬉しい。
直江が金持ちで良かったなあ。もし貧乏モデルだったら…それはそれで面白いかもな。節約の情報交換したりして。
今日はどこのスーパーで安売りしてるとか、光熱費の節約は何が効率的か、とか。そんな直江も可愛いかも。

バカバカしいことを考えながら風呂から出て、脱衣所で体を拭いた。水滴を拭き取るとすぐに汗が噴出してきて、体が少し冷めるまで拭き続ける。せっかく風呂に入ったのに汗臭くなったら嫌だなー。
直江みたく上半身裸でリビングまで戻れれば一番いいんだけど、それをして直江が変なモードに入ったら困るからちゃんとTシャツと短パンは着て戻った。
そしたら直江が常温のミネラルウォーターを出してきた。

「冷たいやつがいい」
「高耶さんはすぐにお腹を壊すでしょう?湯上りに冷房の中でいきなり冷たいものなんて、ダメですよ」

こうゆうのって甘やかされるって言うのか?厳しくされてるようでもあって、甘やかされてるような気もする。
でも冷たい水は飲みたいんだよなー。

「じゃあ氷を一個だけ入れてあげます。これで我慢してください」

ロックアイスの小さいのを一個だけ冷凍庫から取り出して、グラスに入れてくれた。
受け取ってカラカラとグラスを回して溶かしてから一気に全部飲んだ。少しだけ冷たくてスッキリ。

「髪を拭きますよ。こちらにどうぞ」

付き合ってからすぐに、風呂上りのオレの髪の毛を拭くのが直江の習慣になった。オレだってちゃんと拭いてるつもりなんだけど、直江がやってくれるってわかってるから手抜きしちまったりもする。
ソファに座った直江の足の間、床に座って後ろを向く。柔らかいタオルで丁寧に拭く直江は優しい感じが際立ってて好きだ。

「テレビ見たい」
「いいですよ。お好きなのをどうぞ」

こいつってあんまりテレビ見ないんだよな。普段、暇な時は何をしてるのかって聞いたらだいたい音楽をかけて聞くか、本を読んでるか、ビデオやDVDで映画を見てるんだって。
テレビは情報の垂れ流しだって言ったことがあったから、テレビっ子のオレは反論した。

『その情報のおかげでおまえの仕事があるんだぞ』って。

オレは垂れ流しだとは思わない。見るのは本人の意志なんだからさ。
それに悪い情報や余計な情報ばっかり流してるわけじゃない。いい番組もたくさんある。

リモコンで1って数字を押して、見たい番組を呼び出した。テレビを見るってことが髪を拭く手を止めるきっかけになった。

「お、これこれ〜。前に見逃したから再放送を待ってたんだよなー」

それはだな、国営放送で1ヶ月前に放送した美術番組。すっかり忘れてお笑い番組なんか見ちゃったもんだから悔しかったなあ。

「ルネサンス、ですか?」
「うん。この前のテスト範囲にルネサンスがあったんだ。テストのために見るつもりだったんだけど、うっかり忘れて」
「テストにはどんな問題が出たんです?」
「えーと、ルネサンスの言葉の意味と、主な芸術家3人と、なぜルネサンスと呼ばれたか、だったな」
「けっこう難しいんですね」
「おまえ、答えられるか?」
「最初の2問はわかりますけど、なぜルネサンスと呼ばれたかはわかりません」

直江が答えた最初の2問は正解だった。『再生』がルネサンスの意味。主な芸術家はミケランジェロ、ラファエロ、ダビンチ。

「えーとな、オレもあんまり自信がないんだけど、古代ローマ・ギリシアの学問、文献、芸術の復興、って意味…だったっけな?」
「はあ、なるほど」
「美術系の問題って苦手なんだけど、絵や造形を見るのは好きだな。どの時代でもさ」
「そうですか。じゃあ今度、一緒に美術館へ行きましょう」
「うん」

甘えるみたいに直江の膝にもたれかかりながらテレビを見てた。

「直江はこの中だったら、どの芸術家が一番好き?」
「私はラファエロですね。上品で、美しくて、静かな感じがするでしょう?高耶さんは?」
「ダントツでミケランジェロだな」
「どうして?」
「うーんと、絵や彫刻を見ればわかると思うけど、こいつだけ世俗的な感じがするんだ。人間的って言うのかな?そんな感じ」

どんなに聖人の絵を描こうが、実に人間くさい表情をしてる。無表情に見える彫刻だって、ちゃんとその背景を知っていれば
悲しみや愛しさが伝わる。絵や彫刻の目に見える範囲の造作じゃなく、その奥にある外側からじゃ見えない情熱なんかもちゃんとある。

…ミケランジェロの作品は、直江に似てる。不器用で、誰よりも臆病で、泣きたくなるほどの激情と孤独を持ってて。
だから好きだ。
直江には内緒だけど、そのうち教えてやろう。

「高耶さんらしいですね」
「なんで?どこが?」
「いつも一生懸命で、絶対に自惚れない、自分の傷を知ってるから、他人の傷もわかる、ミケランジェロみたいな人ですから」
「そ、そんなことねーよ」
「そうですよ。私が最初にあなたを好きになったのは、そんなところです」

嬉しいけど恥ずかしくて、しかもなんかちょっと悲しくて、誤魔化すために直江の足を平手で叩いた。
バチンといい音がして手形がついた。

「イタタタ…ああ、もう。痣になったらどうするんですか」
「恥ずかしいこと言うからだ!」

そっぽを向いたオレの頭に手を乗せて、柔らかく撫でる。湿った髪をパサパサと。それからつむじにチューされた。

「本当のことですよ」
「…ん」

その夜、オレがミケランジェロになった夢を見た。直江のせいだ。
夢の中のオレはダビデ像を白い大理石で作ってる。ゴリアテを倒したその顔を彫刻していったら直江の顔になった。
肉厚で筋肉質で均整の取れた体に、直江の顔がくっついてた。そのダビデは動き出してオレに言ったんだ。

『あなたが私を生んでくれた』って。

 

 

制作は順調に進んで、期日の一週間前には完成した。モデル役の小島さんに試着をしてもらうために会わないといけないんだけど直江がいい顔をしない。

「会うってどこで会うんですか?」
「学校」
「二人きりで?」
「他に作業しにきてるヤツがいれば二人きりじゃないけど」

すっごいムカついてる顔してやがる。だけど着てもらわないと寸法の直しができないから会わないわけにはいかない。
それに小島さんの都合もあるから早めに約束しておかないと会えなくなる。

「もう何を心配してるんだかな。別に浮気もしないし、誘惑するような子じゃないし、直江が不安になることねーのに」
「それでもです。あなたが誰かと二人きりで会うなんて耐え難い」
「しょーがねえだろ!オレのこの制作を何だと思ってんだ!遊びでやってるわけじゃねーんだよ!」

怒鳴ったオレを睨み返して、ふて腐れた顔で床にゴロンと転がった。直江にしては珍しい行動だ。

「そうですよね。邪魔しないって言ったのは私ですからね。何も考えないようにしますよ」
「…そーしてくれ…」

チラッとオレを見て、プイと横を向く。これっていつもオレがしてることの真似か?恥ずかしい。

「直江〜…そう拗ねるなって」
「拗ねてません。我慢してるだけです」

呆れた。いい年した大人がこんなんでいいのかよ。ご機嫌取るのも大変なんだぞ。

「じゃあどうしたらいいんだよ…」

こうなったらいつものウルウル攻撃しかねーな。めんどくせーな。

「着てもらわないと寸法直しがあっても出来ないし、それで成績が悪かったら除籍かもしんねーし…そしたら直江と一緒に住むことも出来なくなる…実家に帰ってガソリンスタンドとかに就職して、直江とも遠距離恋愛になるんだ…」
「高耶さん!」
「直江はその方がいいのか?オレはそんなのイヤなのに…」
「俺だって嫌ですよ!高耶さんはいつまでも俺のそばにいてください!そのためなら何だってしますから!」
「じゃあ小島さんに会うの、拗ねないで我慢してくれるか?」
「します!高耶さんを信じてします!」

騙されやすい男だな、まったく。しょうがねえ、サービスしてやっか。

「オレが愛してるのは直江だけだから」
「ああ、高耶さん!」

もうマジで恥ずかしいよ。気分も出ないのにこんなセリフ言うなんてさー。
その後はずーっとしつこいチューをされたけどオレとしても嬉しいからしてた。オレも直江並に単純だったみたいだ。

 

 

学校で小島さんに会って、その場で寸法合わせも完璧にこなして完成!!
合宿までバイトもないし、直江とずーっとイチャイチャ出来るぞー!!

「やっと正味の新婚生活モードに突入ですね!」
「おう!」
「毎日高耶さんが俺だけのためにここにいてくれるなんて!今までよりもっと濃い生活ですね!」
「…濃い?」
「そうですよ!濃厚で熱い毎日が待ってるんですよ!至福です!」
「濃厚で、熱い、って?」

ちょ、ちょっと待てよ!それって!毎日するってことかよ!

「冗談だろ!そんなの無理に決まってるじゃんか!自分のことばっかり考えやがって!」
「え?なんの話です?」
「毎日エッチなんか無理だからな!」
「そんなこと言ってませんよ。キスの時間が無制限になったって意味で言ったんです。そんないやらしいこと考えてたんですか?だったら高耶さんのご希望通りにしてあげますけど?」
「な!!紛らわしいこと言うんじゃねー!!」
「高耶さん
「うるせえ!」
「愛してますよ。卒業してここに越してくるまでに、もっと深く愛し合いましょう。あなたの持つ孤独も傷も、私が全部理解してあげる。一緒に住む頃にはもっと深く理解しますから」

急に優しくて真面目な顔になった直江が何を言い出したのか一瞬わからなかった。
少し考えてわかった。
ミケランジェロの話をした時に、そんなこと言ってたっけな。

「だから同棲してる間はたくさん甘えてください。キスもたくさんしましょう。あなたのためなら何だってしますから」
「…うん」

夏休みだけの同棲生活はこれから。もっと深く、直江と理解しあって、愛し合って。

 

 

あ、でもその間に合宿があるんだっけ。何も起こらなければいいけどな…。

 

 

END



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あとがき

本当にダラダラした話になりましてすいません。
次回が高耶さんの合宿の話に
なるので、そのための制作期間を
書いてきたかっただけです。
同棲してるわりにドライな関係に
見えますがやることはやってますから。
下衆な考えだ…


このお話には21.5話があります。