「忘れ物はないですか?」
「うん、大丈夫」
早朝、直江のマンションの玄関でチューをした。今日は合宿に出発の日だ。
三泊四日で、一日目は準備、二日目はショー、三日目は観光、四日目は帰宅。これが今回の合宿スケジュール。
一年目も合宿はあって、ないのは就職活動がある三年目だけだ。
大きなナイロンバッグに着替えや洗面道具を入れて、スーツカバーに今回のメインであるドレスを入れてある。
両方とも自分で持ったら、エレベーターに着く前に直江にバッグを取られてしまった。
「自分で持つってば」
「いいから持たせてくださいよ。しばらくあなたと離れ離れになって過ごす私の気持ちをわかってください」
「…それとこれとは…」
頑なに拒んだから持たせておいた。地下駐車場までエレベーター直通で行って、直江の車に荷物を入れた。
車で学校の近くの集合場所まで送ってもらうんだ。できるだけ長く一緒にいたい直江の思惑と、荷物が重くて電車に乗りたくないオレの思惑が重なって、そうゆうことになった。
「私のお願い事項は覚えてますよね?」
「深酒しないこと、浮気しないこと、羽目を外しすぎないこと、毎日電話を入れること」
「破ったら泣きますよ」
「じゃあオレのお願い事項は覚えてるか?」
「……宿泊先に乗り込んでこないこと…」
「破ったら殴るからな…」
オレも普通に浮気するなとか言いたかったんだけど、直江はそんなことしないし、酒も程々しか飲まないし、とにかく今は品行方正な男だから付け加えなかった。
でもこいつって寂しいとか言って合宿先まで来るよーなヤツだ。「来ちゃいました♪」とか言って。
早朝特有のすがすがしい空気の中を車は順調に走り、あっという間に学校の近くになった。
チラホラと生徒が歩いてるのが見えてきた。直江とこんな早朝に一緒にいるのを見られたら変に思われる。
「このへんでいいから」
「そうですか?」
路肩に車を停めて、シートベルトを外す。
「じゃあ…」
「んー」
こっそりチューして車を出た。荷物を後部座席から出して、窓から顔を出してる直江に向かって一言。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
手を振ってから集合場所に向かって歩き出した。
自分が乗る号車のバスに入ると、オレの座席あたりにもう矢崎がいた。遅刻したら自腹で行かなきゃいけないから早めに来たんだって。兵頭もすでにいた。
「どう?服、出来上がったか?」
「まあまあだな」
「矢崎は?」
「…まだ…合宿所に着いたら細かいところ作らないと…」
ショー形式だから先生たちは縫製だとかをちゃんと見ない。見栄えさえ良ければいいらしい。だから両面テープで貼り付けたりするヤツもたくさんいるんだけど、オレも矢崎もそーゆーズルは嫌いだ。出来る限り、作り上げてこそ成績だって思うし。
何人か遅刻したヤツを置いてけぼりにして、バス3台は出発した。
着いたそこは冬場はスキー客で満員そうな山の中のホテルだった。けっこうキレイなところ。
合宿初日は準備しかないからオリエンテーションをしてから各自翌日の準備になった。ステージの設置なんかはホテルの人がやってくれてるらしい。
部屋は和室の4人部屋にオレと矢崎と兵頭とNちん。部屋割りだけは直江には教えられなかった。
だって兵頭と一緒だなんて言ったら…考えただけで怖いよ。
「あー、なんか暇だなー」
「だったら俺の手伝ってくれよー!」
矢崎がボタンをつけたり、裾をかがったりしてて大変そうだったから、スカートだけ手伝ってやるって言って裾かがりをした。
Nちんと兵頭はテレビつけたり、お菓子食ったり、バカ話して笑い転げてる。
そうこうしてたら夕飯になって、それも終わって大浴場で入浴タイムだ。班だとか部屋割りはあるけど基本的に自由だから行きたいヤツが行きたい時間に行く。
「仰木、行くぞー」
オレの部屋は全員揃って行く気なのか。…兵頭も?
うーん、別に男同士だから平気なんだけど…もしまだ兵頭がオレを好きだったらって思うと…なんか直江も言ってたし。
絶対にまだ高耶さんのこと好きですよ!そんな顔してますから!って。
「仰木?」
「あ、うん、わかった」
考えないようにしよう!平気だ!兵頭はオレを好きじゃないってことにしよう!意識したってしょーがねえし!
ショップのビニールバッグに着替えやら石鹸やらを入れてみんなで大浴場に向かった。中でクラスメイトたちと紛れちまえば
兵頭のことも気にならないはず!
できるだけ離れて風呂に入ったけど、やっぱ視界に入ってくる。て、ことはだ。オレも兵頭に見られてるってことだよな。
うわー!直江に知られたら何されっかわかんねー!!
頭を抱えながらお湯に浸かってたら、矢崎が不思議そうにオレを見てた。意識したらダメだってば!
「なんか悩みでもあんのか?」
「え?いや、ないけど」
「まー、明日は本番だしなー。緊張もするわな。頑張ろうぜ」
「…うん」
横目で兵頭を見た。直江よりは背も低いし、体つきも細いけど、でも大人って感じの逞しさはある。さすが2歳年上。
うーん、でも男の裸には直江以外興味ないしなー。全然何とも思わない。
まあ、かっこいいとは思うけど…って、オレ、何考えてるんだ!
「うがー!!」
「お、仰木?!」
「のぼせる!出るぞ、オレは!」
「え、もう?!」
なんで兵頭なんか見てかっこいいとか思うわけ?!オレは男は直江にしか興味がないんだよ!!
就寝時間は一応10時。だけどそんなものを守るよーな人間はいないし、学校側も中学高校みたくうるさくない。
酒を販売機で買って飲むのもOKだし、他の部屋に行って遊んでるのもOKだ。ただし朝食には点呼があるからそれまでには
起きなきゃいけないって決まりはある。要は自己責任てやつだな。
オレは誰も来ないホテルの廊下の突き当たり、大きな嵌め殺しの窓の所で直江に電話した。
このぐらいの時間じゃないと電話できない。
「もしもし?」
『高耶さん、どうですか?合宿は』
いつもの直江の優しい低い声。毎日聞いてるけど、こうして離れてしまうと胸が締め付けられるほど愛しい声。
「まだ準備しかしてないからどうもこうもないけど、けっこうのんびりしてる。明日は忙しいけどさ」
『ずっと頑張ってたんですから、いいステージにしてください。今、周りに誰か人はいますか?』
「んー、いない。いない場所探すの大変だったんだからな」
『そうですか』
電話の向こうで直江が少しだけ笑った。オレが直江と二人きりになりたいって(電話だけど)思ったのがわかったみたいだ。
「寂しい?」
『ええ、寂しいですよ。でもあなたが努力している姿を見ていたので、私のことなど気にしないで欲しいとも思います』
「そんなのオレが寂しくなるから言うな」
『高耶さんも寂しいですか?』
「………うん」
『大丈夫。いつも想ってますから。愛してますよ』
「うん。オレも愛してるから。寂しいけど大丈夫」
その時、窓の中の景色が動いた。正確には真っ黒な窓に映った人影だ。いつのまにか誰か来てたんだ。
誰に聞かれても、やましいセリフは何も言ってない。恥ずかしいセリフではあるかもしれないけどさ。
誰だろうと思って、直江と話しながら振り向いた。
兵頭………。
「あの、明日また電話する」
『誰か来たんですね。ええ、また明日、待ってます』
察しがいい直江は電話の向こうに誰かいるってわかったのか、そのまま電話を切った。まさかそれが兵頭だとは思いもしてないだろう。
「電話中だったのか。悪かったな。話し声が聞こえたから、誰かと思ってさ」
「ん、いいよ。別に大事な用で話してたんじゃないし」
兵頭の手には白いポリ袋が下がってた。何本かビールやサワーの缶が入ってる。買出しに販売機まで行かされたみたいだ。
「どこ行くんだ?」
「Bクラスの男連中の部屋。仰木も来るか?」
「行こうかな」
並んで廊下を歩いた。兵頭の顔が少し固いのに気が付いたけど、知らないふりをした。でも。
「さっきの、タチバナ?」
「…うん。毎日電話する約束だったから。聞こえてたか?」
「聞こえてないよ。オレも愛してるから、なんて」
「聞こえてたんじゃねーかよ!!」
意地悪そうな眉毛を片方だけ上げて笑った顔が、いつもの兵頭で少し安心した。何も気にすることないんだな。
オレが直江と付き合ってて、ラブラブなのも知ってるんだ。
「相変わらず仲いいんだな」
「そりゃー、まー…最近は特に、かも」
「なんで?」
「夏休みだけ同棲してるんだ。本当の理由は光熱費の節約なんだけどさ」
「なんだ、そりゃ。あ、おまえの光熱費か。なるほどなあ。貧乏だもんな、仰木って。俺も人のこと言えないけど」
「そうだよな〜?」
笑いながらみんなの待つ部屋へ行った。バカみたいなゲームや話をして、深夜1時過ぎぐらいに解散。
オレたちの部屋に戻ったら矢崎もNちんも布団に入ってグッスリ寝てた。オレは矢崎とNちんの間が空いてたからそこに寝て
兵頭は一番入り口に近い端っこで寝た。
ツヅク
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