同じ世界で一緒に歩こう

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直江の休日
挿絵提供:MS-083 トワコ様 →

 
 

 


高耶さんが合宿に行ってしまった。
笑顔で送り出したはいいが、実はとてつもなく寂しかったりする。

夏休み期間限定の同棲生活とはいえ、やはり常に高耶さんがマンションにいてくれたわけで、生活の隅々まで浸透しているわけで、彼の面影が私を心細くさせるわけで…。
おっと。どこかのヒューマンドラマのような口ぶりになってしまった。

ダイニングテーブルにはいつも二人分の食器が出されていたし、寝室には高耶さんが脱ぎ捨てた服が散らかっていたり、リビングのテレビの上には無造作に置かれた二人の生活費入り財布がある。

ああ、とても寂しい。
こんなに寂しい思いをしたのは生まれて初めてではないだろうか。

浮気の心配はまったくと言っていいほどないが、酒に弱い高耶さんが飲まされて貞操の危機に晒されるんじゃないかとか、羽目を外して楽しんで俺に電話する約束を忘れたりしないかとか、彼が急に寂しくなって電話をかけて泣き出すんじゃないかとか、色々と妄想してしまう。(勘がいいね、直江)

車で高耶さんを学校のそばまで送って行き、一度マンションに帰ってから支度をして仕事に向かった。
その日は気が気でなくて仏頂面でショーに出たのだが、何を勘違いされたのか渋い表情もいい、と絶賛された。

そうではなくて!!俺は高耶さんがいないのが寂しいだけなんだ!!
誰か今すぐ高耶さんを連れ帰ってくれ!!
ああ、愛しの高耶さん!
俺のスイートハニー……

 

 

翌日、目覚めたのは昼少し前。
いつも横にある高耶さんの寝姿がない。
溜息をつきながら体を起こし、グダグダとベッドから出てカーテンを開ける。今日もいい天気だ。
いい天気すぎる。俺の心の中を理解しない青空が憎くてたまらない。
高耶さんがいる場所にも同じような青空が広がっているのだろうか。同じ天の下にいるのに、同じ空の下と感じない俺はさもしいのだろうか?

「たまには一人で買い物でもするか…」

今日は休みだ。なぜ高耶さんがいない日に休みなんかにするんだ。うちの事務所はまったく気が利かない。(悪かったわね。BY綾子)
こうなったら高耶さんとは買い物できないようなものを買ってやる。
彼はとてもしっかり者で、金銭感覚に優れているため、俺が欲しい服や貴金属などを買おうとすると「無駄遣い!」と言う。
それでいつも欲しい物を逃してきていたが、今日は買ってやるのだ。絶対に。

出かける前に食パンを出して、貰い物のリンゴで高耶さんが作ったジャムをつけて食べた。
甘さは少なく、シナモンが利いていてとても美味だ。さすが高耶さん。
野菜ジュースをレンジで温め、コンソメと胡椒と塩を入れてスープにした。これも高耶さんが教えてくれたものだ。
「おまえは火を使うな」と心優しい言葉とともに教えてくださったレシピ。感激だな。
食後はコーヒーを淹れて飲み、着替えるために寝室へ戻る。

今日は何を着ようか。これでもファッションモデルだから外出の際は色々と考えて着ている。
高級品店にも入りたいのでブルージーンズはやめておく。そうして選んだ服はイタリアンの流れをくんだカジュアルになった。
せっかくだから先日購入したばかりのサンダルとベルトをして行こう。同じ革を使っていて上品で流行の品だ。

髪は…寝癖だけ直してこのままでいいか。
あとは高耶さんに似合うと言われたブレスレットをして、お揃いの指輪をして。

玄関で車のキーを持ったが、少し考えてそれを置いた。
今日は電車で出かけよう。高耶さんのように地下鉄で行くのもたまにはいいんじゃないか。
駅はJRの方が近かったが、あえて地下鉄を選んで駅まで行った。

 

 

平日の昼とはいえ、夏休みの渋谷は人でいっぱいだった。
スクランブル交差点を渡り、文化村通りを進む。今日はこの先の百貨店にある宝石店で買い物をするつもりだ。
ウィンドウを見ると俺がここ数日間気になっていた腕時計が目に入った。雑誌で見て一目惚れした時計。値段は130万円。
収支を考えて買えない値段ではない、と思った。
よし、今日は思い切ってこれを買おう。

店内に入ろうとしてふと思い出した。

「おまえの金銭感覚、やっぱおかしい」

これは同棲初日、高耶さんが夕飯の時間に言い放った一言だ。
一週間分の生活費をここから出してくれ、と財布を渡したのだが、その中身を見た高耶さんが呆れて言ったのだ。

「こんなの、普通の家だったら一か月分だぞ」

そうなのだろうか?二人分の生活費だったらいつもの倍と考えてそれを渡したのに。
高耶さんの金銭感覚が正しいのだろうとその時は納得したのだった。

とりあえず自分の欲求と、高耶さんの金銭感覚を秤にかけてみた。
欲求の勝ちだ。
店内に入り、目当ての時計の前に立つ。店員がヒソヒソと何かを話してからこちらへやってきた。

「いらっしゃいませ。こちらの腕時計がお気に召されましたか?」

その店員の背後から「タチバナ」という単語が耳に入った。どうやら俺を知っているようだ。

「ええ、見せてもらえますか?」

腕時計をショーケースから出して、ベルベットのトレイに置いて出してきた。それを腕に当てる。
今、俺の腕にはまっているのはハミルトンのアンティークだ。祖父の形見として貰ったもの。
また高耶さんの声をふと思い出した。

「その時計、似合うな。やっぱ直江ってセンスいい。こうゆうの似合うのってカッコイイよな」

店員の前で思わずニヤけそうになったが自制心を総動員してどうにか阻止した。
こうしてふたつの腕時計を並べてみると、はやり高耶さんがカッコイイと言ってくれたこっちの時計以上のものではなかった。
当てた腕時計をトレイに返し、申し訳なさそうな笑顔を作って断る。

「もう少し考えます」
「はい、ぜひよろしくお願いします」

無礼を詫びて店を出た。今度は本屋にでも行こうかと歩き出した時に呼び止められた。

「なーおえっ!」

嫌な声だ。聞きたくもない声だった。高耶さんと比べたら天使と悪魔だ。

「………長秀…」
「今日は一人か?可愛いあの子はいないのか?」
「合宿で明後日まで帰ってこない」
「そっかー。なーんだー。てっきり捨てられたんだと思ったぜ」
「そんなわけなかろう。で、おまえは何をしてるんだ?」
「んー。そこの百貨店主催のショーがあってな、インターバルで暇つぶし」

そうだったのか。チ。知ってたら渋谷になど来なかったのに。

「一緒に茶でもどうよ?」
「遠慮する」
「まあまあ、そう言わずにさ」

強引に腕を引かれて目の前のカフェに連れ込まれた。どうして長秀と茶などしなくてはならんのだ。

「最近どーなの?」
「仕事は順調だ」
「じゃなくてさあ、高耶とだよ」

高耶さんとのことか!そりゃもう幸せでたまらない日々だ!

「夏休み中はマンションで暮らしてる。毎日毎晩一緒というわけにはいかないが、おまえには想像も付かないような幸せな生活だ。あの人が作った食事を食べ、選んだ服を着、洗濯した寝具で寝、送り迎えのキスをして、常に腕の中に入れて抱き、昼夜を問わずメイクラブ…長い人生の中でもこの上ない幸せを味わっているところだ」

うっとりと言った俺に長秀はこう返してきた。

「……おまえはバカか…」
「バカとはなんだ。こういう話が聞きたかったんじゃないのか?」
「だからってそこまで話すなんて尋常じゃねーよ。俺って口軽いからな〜。高耶に今のセリフ全部言っちまうかもな〜」
「は!!それだけはよせ!」
「じゃ、口止め料として買ってもらいたいもんがあるんだけどな〜」
「…く…何だ、それは…」
「A&Gの指輪♪」

そういうわけでそのアクセサリー屋に行った。高耶さんとの幸せな日々をうっかり口走った俺が悪いのだが、大変不本意だ。
だいぶ値が張る指輪を買わされ、そのまま長秀は百貨店に戻り、公園通りの交差点でひとり取り残された。
さて、気を持ち直して本屋でも行こうか。

「な・お・え〜」

誰だ、今度は。

「綾子か。どうしてこんなところにいるんだ?」
「今日はあたしも休みなの。どこ行くの?」
「本屋に…」
「ああ、パルコの地下にあるやつ?じゃあ一緒に行こう!」

いや、俺が行きたいのはそこではないのだが…まあ、本屋はどこも同じだな。

「その前にさあ、ちょっと洋服も見たいんだけど、付き合ってよ」
「しかし」
「いいじゃない。かっこいい服があれば高耶くんに買ってあげたりできるんだし!」

そうだな…それもいいな。

「ちゃんとメンズのフロアも行ってあげるわよ!」

綾子と一緒にパルコに入り、まずは綾子が見たがったショップに入った。中国人デザイナーの少しセクシーな服が売っている。

「うわ〜、可愛い!ねえ、ねえ、これどう?似合う?」
「ああ、似合うんじゃないか?」

赤いシルクのドレスだった。結婚式に着ていく目的で買い物に来たらしいのでちょうどいいのではないだろうか。
刺繍も細かくて美しい。そういえば高耶さんもこんな刺繍を得意にしているな。

「うわー、よく見たら値段がすごいわね。…直江」
「なんだ?」
「高耶くんてさ、刺繍が得意だったわよね?こういう服作ってくれるかな?」
「…さあ?」
「頼んじゃおうかな〜」
「ダメだ。高耶さんは忙しいんだぞ」
「うーん、でも同じようなのが欲しいのよね〜。忙しいのは知ってるけど頼みたいな〜。無理矢理頼んじゃおうかな〜。あの子
優しいから断らないわよね」
「これを買えばいいだろう」
「だって薄給なのよ、あんたと違って。じゃああんたが買ってくれるっての?やっぱ高耶くんに…」
「…わかった。買ってやる」

長秀に買った指輪よりも少し値が張るドレスを俺がカードで買った。いくらプラチナカードだからってなぜ俺がこんな買い物を
しなければいけないんだ。

「サンキュー直江!じゃ、メンズのフロアに行こ!」

メンズのショップを見て回り、高耶さんに似合いそうな綿のシャツとパンツを購入した。それでも長秀の指輪より安かった。
パルコの一階の出口で綾子と別れ、今度こそ本屋に行こうと足を踏み出した。
地下の本屋は若者で賑わっていた。目当ての小説を探しに棚を見ていた時。

「ヨシアキ〜!お久しぶり!」
「…こ、高坂…」
「ちょっと見ない間に老けたんじゃないの?あ、そーいえば!あんたって隠し子いるそうじゃないの?」
「隠し子?!」
「遊んだ女は数知れずだとそういう話もあるわよね?あの高耶くんて子もさぞ悲しむでしょうね」

妖艶に微笑みながら(高耶さんには負けるが)面白がっている。
しかし俺に隠し子がいたとは初耳だ。じゃなくて!!

「そんなものいないぞ。マナーは守っていたはずだ」
「でもそういう噂があるんだから仕方ないでしょう?」
「どこの女がそう言ってるんだ」
「知り合いの知り合い。あたしがヨシアキと付き合ってたって言ったら友達が教えてくれてねえ。でも信憑性がないから嘘だとは思うけど、どうする?高耶くんの耳にもすぐに入るはずだけど。その女、潰しておく?」
「頼む!」
「そうね〜。仕事料もらえる?」
「何が欲しいんだ」
「バッグ♪」

高耶さんにおかしな誤解をされて決別になるぐらいなら、数十万のバッグだって安いものだ。
そして高坂と坂の下の百貨店に行った。影の薄いマネージャーも引き連れて。
エルメスでバッグを買い与え、頭を下げて高坂に仕事を頼むと、軽い返事をして帰って行った。大丈夫なのだろうか。

気を取り直して本屋に向かい、目当ての小説を買い求め、そして雑誌コーナーで立ち読みをしていたらあの時計が載っていた。
やはり欲しい。売り切れ必須アイテムらしいのだ。
自分へのボーナスだと思って買うことにした。

店に入りさっきの店員に時計を出してもらった。今度は気持ちが挫けないようにハミルトンを外して。
腕に当てると時計が「買って、買って〜」と高耶さんのようなスマイルで話しかけてくるようだった。買おう。

「これをください」

カードで支払い、包みを持ってマンションに戻った。
すでに日が暮れている。いったい俺は何をして一日を過ごしたのだろうか。
そして今日の夕飯は何を食べたらいいのだろうか。
しかたなくポットで湯を沸かし、高耶さんが買っておいてくれたカップラーメンをすすって夕飯にした…虚しい。

 

 

そして月日は流れ、カードの明細書が届いた。なんと支払は200万!
その半分以上は自分の欲しかった時計の価格だが、残りは俺の浅慮から来るものだ…なんてことだ。
リビングのテーブルに置きっぱなしにして打ちひしがれていたら元気いっぱいの高耶さんが合鍵を使って入ってきた。
慌てて隠そうとしたが見つかってしまった。

「何隠したんだ!見せろ!」
「なんでもないです!ただの紙切れですよ!」
「いいから見せろ!隠し事はなしだって言ったのおまえだぞ!」

取り上げられ、明細書を見た高耶さんはこぶしを震わせていた。
神様、俺は今から何をされるのでしょうか…………

「金銭感覚を直しましょうかね、直江さん…それと女物の服とバッグの追求もさせて頂きますから…指輪も」

その日、俺は高耶さんが鬼よりも怖いことを知った。

 

 

 

END



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あとがき

なんつー買い物の仕方なんだか。
直江がいたらこうやって脅して
何でも買ってもらえるのになあ。
という願望を込めて。
それにしても直江はいつも高耶さんの
ことばっかり考えてるわけで。

トワコさん、ステキな挿絵ありがとう!

リク内容は「かるてぃえのまえで
しょーうぃんどうのとけいをみるなおえ」
細かい描写がとても嬉しかったのです。
さんきゅうべりいまっち!わりばしめがね!