同じ世界で一緒に歩こう 24 |
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今日も玄関でお出迎えをしてくれた高耶さん。今日から学校が始まって普通に授業を受け、そして帰りには私のマンションへ来て夕飯の支度をしてくれていた。 「ただいま。高耶さん」 夏休み限定の同棲生活の名残を引きずったまま、俺たちは玄関でキスをして抱き合って、それからようやくリビングへ行く。 「なんか癖になっちまってるな。こうやって一緒にいるの」 麻のジャケットを脱ぎながら着替えに行こうとした時、内ポケットに入っている物の存在を思い出した。 「そうだ、高耶さん。あなたに郵便が来てました」 封筒を渡すとその場で開けて中身を取り出した。入っていたのは2枚のチケットと招待状だ。 「えーと……前略、お元気ですか。俺は半年間世界中を回って写真を撮ってきました。それで個展を開くことになったんだけど良かったら来てください。だってさ」 よもや武藤が高耶さんに惚れたなんて話じゃあるまいな。 「わかんね。でも行ってみたいな。一緒に行こうぜ」 次の休みの日に学校帰りの高耶さんと行く約束をした。
学校帰りの高耶さんと神田神保町の老舗の喫茶店で待ち合わせをした。学生街の喫茶店、という曲が昔のフォークソングにあって、その店をモデルにして作られたという有名な店だ。私も初めて入る店だったが、高耶さんも雰囲気が気に入って少しばかり嬉しそうだった。 「半年も外国に行ってたんだな〜」 う、まずい。可愛らしすぎる。この場でキスしてしまいそうになるじゃないですか! 「オレがちゃんとデザイナーになるまで頑張り続けろよな」 そ、それは避けたい。 「そろそろ行くか」 俺がタバコを2本吸ったのを機会に、高耶さんが席を立った。会計をして外に出る。 「おー、ここだ、ここ。武藤は毎日いるって言ってたから挨拶しなきゃな。あ、花とか持ってくりゃ良かったかな」 俺のスマイル発言を無視して高耶さんはそっけなく返事をした。 「……ずいぶんと……」 袖をチョンと引っ張られて上目遣いで俺を見る。少し怒っているようだがその視線には愛がテンコ盛りだ。 「ほらほら、入るぞ。こんな狭い歩道ででかい男が突っ立ってたら邪魔だろ」 入り口でチケットを二枚渡し、簡単な作品解説が入った紙を貰う。まず目に入ったのは武藤の作品とは思えないほど原色ばかりの風景だった。解説にはチベットで撮ったものだと書いてある。 「なんか、モトハルのカタログや雑誌の写真撮ってるのと雰囲気が違うな」 全部、武藤が撮ったとは思えないものばかりだ。以前、モトハルから見せてもらった武藤の写真集はのどかな情景や美しい風景ばかりだったが、今回はどうやら何かがあったらしく、まったく毛色の違う作品になっている。 「仰木〜!」 奥から高耶さんを見つけて人の群れを掻き分け、武藤がやってきた。いつものように無精ヒゲを生やし、ラフな格好だ。 「タチバナさんと来てくれたんだな。ありがとな。お久しぶりです、タチバナさん」 俺が今まで見てきたのは芸術写真と言われるものばかりで、好んでというか、無理矢理自分に言い聞かせて見てきたものだった。 「んー、オレは写真とか詳しくないからわかんねーけど、でもいい写真だってのはわかる。な?直江」 武藤が俺を見て不思議そうな顔をした。疑いもあり、驚きもあり、そういった表情だ。 「まさかタチバナさんにそう言って貰えるとは思わなかったな……」 写真にしても絵画にしてもそうだが、この頃は好みが変わったらしい。人間の本質を写す写真が好きになってきている。 マシンガンを笑顔で持つイスラムの子供。俺の知らない国で起きている真実。 それを単に人物写真と言ってしまえばそれまでだ。そうじゃなく、これはすべて真実で、すべて人間の本質だ。 「武藤さん、あなたはこれを報道のつもりで撮ったのではないですよね?」 隣りで高耶さんは渋い顔をした。 「人間ってものすごくいいなって気が付いたってゆうか……俺、やっぱ人間撮りたいなって思って」 武藤の琴線に触れたのが、あの高耶さんの表情だったのだろう。喜びをそのままに感情に乗せて放つ。隠さない自分を見せる。 「あなたは素晴らしい人ですね」 武藤は見つけたのだろう。生命の輝きを。そして知ったのだ。世界が素晴らしさで満たされているのを。 「なんかオレ、話に付いて行けないんだけど」 唇を突き出して頬を膨らませる。そんな顔も武藤にはたまらなくフォトジェニックなのかも知れない。だがそう簡単に高耶さんを撮らせるわけにはいかないからな。 「んじゃ俺、まだ挨拶しなきゃいけないから。ゆっくり見てってくれよな」 ふたりで武藤の作品をひとつずつ丁寧に見て行った。高耶さんが気に入ったのはアフリカの子供たちの写真で、川に入って遊んでいたところにレンズを向けられて照れながら何人も重なるように集まっていた写真だった。 「大丈夫。子供たちはきっといつか、幸せを見つけます」 照れたように笑って、優しい表情をした。それだからあなたを好きになったんですよ。
マンションに戻ってから高耶さんは思い出したかのようにむくれ始めた。 「あなたは私にも武藤にも大事なものを教えてくれる人だって話をしてたんですよ」 キスをしたら小さく笑った。機嫌が直ったようだ。 「オレ、直江が怒ってても笑っててもその顔好きだなっていつも思う。雑誌のも、ふたりでいる時も、いい表情だなって。たぶん武藤はそーゆー気持ちでみんなを撮ってたんだろうな」 即答した俺に高耶さんは大きく笑って、抱きついてきた。よっぽど気に入った答えだったのだろう。 「そうやって甘やかして、いつか失敗したって思うかもよ?」 ソファに押し倒されてキスを雨を受ける。今日は妙に積極的だ。 「何か企んでませんか?」 背中に手を回して体を密着させる。高耶さんの体の重みを受け止めて、耳元に囁いた。 「ありがとう」 何があっても、あなたを離しはしません。私を解き放ったあなただから。 「愛しています」 返事はなかったが、胸元に小さいキスをされてわかった。
END
あとがき 変な話になったなあ。
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