同じ世界で一緒に歩こう

25

朝帰り

その1

 
         
   


学校帰りに男だけでマックに行って、エロい話になった。
チェリーは誰もいなくて、みんな女のアレはどうだとか、ココはこうだとか、そんな話をしてる。オレはなるべく入らないように
してたんだけど、彼女がいるってことになってるから色々聞かれた。
話したくないって言っても許されるもんじゃなくて、すっげー困ってたら兵頭が話を逸らしてくれた。良かった……。

 

 

「ただいま」

マンションの外から自分の部屋の窓を見たら灯りが点いていた。だから高耶さんが来ているのだろうと思っていつものように
玄関で迎えを待ったが出てくる気配はいっこうにない。スニーカーはあるから絶対にいるのだ。なのに、なぜ。

「ただいま、高耶さん?」

リビングまで行くと高耶さんが床に座り込んでテレビを見ていた。画面には映画のエンドロールが流れている。

「高耶さん」
「な、なおえ〜!」

振り返った彼は鼻と目を真っ赤にして泣いていた。

「どうしたんですか!何があったんです!誰に泣かされたんですか!」
「うー」
「高耶さんてば!」

彼のそばへ寄ると抱きつかれた。どうしたんだ、一体。俺は高耶さんを抱きながら頭を撫でてやった。

「どうしたの?」
「映画……見てて……」

聞けば悲しい映画をレンタルしたDVDで見たせいで泣いたというのだ。なんて感受性が豊かで可愛らしい人なのだろうか。
背中を優しく叩き、髪を撫で続け、泣きたいだけ泣かせておいた。落ち着いたのを見計らって彼の額にキスをした。

「もう大丈夫ですか?」
「ん。大丈夫。おかえり」
「ただいま」

ようやくおかえりのチューをしてもらってどんな映画を見ていたのか聞いた。子供が出てくるヒューマンドラマだそうで、主人公が重い病気にかかって死んでしまい、その親友の知恵遅れの少年が彼からもらった勇気を支えにこれからも生きていく、というベタベタだがだいぶ感動する映画だったそうだ。
どんな映画なのかを知ろうと、床に置いてあったパッケージを拾って見た。なるほどこれは有名な作品だ。他にも何か借りたようでビニールの袋の中に収まっていた。
高耶さんのことだからアクション映画だろう、と思い、手を伸ばしたその時。

「ダメ!」

慌てて袋を奪われた。

「……なぜです」
「なぜって……直江は見なくていいの!つまんないヤツだから!」

怪しい……俺の嗅覚を侮ってはいけませんよ、高耶さん。

「いいから見せなさい」
「ダメだったら!」
「怒りますよ?」
「お、怒ればいいじゃんか。怖くねーもん」
「へえ、そうですか。隠し事するんですか。いいですよ。その代わり……」
「なんだよッ」
「いえ、別に。なんでもありません」

立ち上がって無関心を装いながら寝室へ向かった。高耶さんは「その代わり」の後の言葉が気になって仕方がないらしく、俺を追いかけてきた。

「なんだよ!言いかけてやめるなよ!気になるだろ!」
「だからなんでもありませんてば」
「直江!」
「私も隠し事をします、って言ったらどうします?」
「う」
「高耶さん?」
「……わかった……見せる」

汗ばんだシャツを脱いで、クローゼットから洗いざらしのTシャツを出して着替えた。そしてリビングに向かう。
先程のビニール袋がまだ床に置いてあった。

「見ていいよ」

ふて腐れながらその袋を指差し、高耶さんは小さくなってソファに座った。俺を注視したまま。
床からその袋を持ち上げ、中身であるDVDを出した。ピンク色と金色が多く使われたパッケージは。

「これって……」
「そーだよ、AV!」

プイと横を向いて視線を逸らす。俺はその場で立ったまま呆然としてしまった。
こういった類のものは俺だって見たことは何度もあるが(「何度も」あるのか!)なぜ高耶さんに必要なのかわからない。
俺は彼を満足させていないのだろうか。

「なぜ……」
「ベンキョーだ、ベンキョー!」
「勉強?こんなもの学校の何に役立つんです?」
「そーじゃなくてなあ!」

半分怒鳴りながらの高耶さんが言うことには。

「今日学校の友達とマックで話してたらエロい話になったんだよ。んで、みんな女のアレはどうだとか、おっぱいはどうだとか
そーゆー話になって。でもオレはそーゆーの知らないじゃんか。けど学校じゃ彼女がいるってことになってるし、下手なこと言って彼女じゃなくて彼氏だってバレたら大変だろ。兵頭がどうにか話を逸らしてくれたからいいようなものの、あの場に兵頭がいなかったらオレが女とエッチしたことないってバレてたかもしんねーの。だからって女と浮気するわけにもいかねーだろ。だから借りてきたんだよッ」

そういうことか。兵頭は憎いが高耶さんのためにやった事なら大目に見るか。

「今までは抜くだけのために見てたけど、今回はちゃんと見ておかないとマズイの!」
「抜くって高耶さん……そんなはしたない……って、あなたこんなもの見てたんですか?!」
「オレだって男なんだよ!そーゆーの見るに決まってっだろ!」
「俺と付き合ってるのに?!」
「おまえと付き合う前だ!」
「なんだ……良かった……」

俺とエッチしてるのにこんなもので抜かれていたら立場がなくなる所だった。

「それで、こっそり見たんですか?」
「まだ見てねえ。カバンに隠しておこうと思ったら、つい映画に夢中になって忘れたんだ」
「没収です」
「はあ?!」
「明日、私が返却に行きます」

こんなもの!もし高耶さんが不埒な思いを抱いてコレで抜いたら、と思うと嫉妬でレンタルビデオショップに放火しそうだ。
高耶さんは俺だけで抜いていればいいのだ。

「だからダメだってば!学校の友達にまた色々聞かれたら困るんだって!」
「じゃあ教えてあげますから」
「……もっとヤダ」
「どうして?」
「……直江が……女との体験をオレに聞かせるなんて……そんなの、絶対聞きたくない」

口を尖らせて目をギュッと瞑り、耳を塞ぎ、頭を振る。
ああ!その顔!その仕草!嫉妬してるんですね!嫉妬してくれてるんですね!可愛いです―――――!!

「すいません。そんな話しませんからこっちを向いてください」
「ヤダ〜」
「言いませんてば。高耶さん。わかりましたよ。コレはお返しします。でも……私としても見て欲しくはないんです」
「じゃあどうしろってんだよ〜」

どうしろと言われましても……とにかく高耶さんがAVであれ、官能小説であれ、なんであったとしても俺以外の人間でそんなことをして欲しくはない。
だからって学校の友達に女性体験がないと思われて、不審がられるのは可哀想だ。

「一緒に、見ますか?」
「え?」
「百歩譲ってそれならどうにか耐えられます。どうします?」
「……考えさせてくれ……」

高耶さんはそのままソファで丸まって考え込んでしまった。夕飯も作らずに。俺はその横で大人しく待っているだけだ。
あの、そろそろお腹が空いたんですが。
そう言うことも出来ずに待っていた。
高耶さんが悩み始めてから約1時間後。俺の腹がグーと威勢のいい音を出して鳴った。

「あ、腹減ってんのか。ごめんな。今から作るから」
「そうしてください……」

その日はもうDVDの事は忘れ、いつものように楽しく夕飯を食べ、お泊りモードの高耶さんに風呂をすすめ、ソファでイチャイチャした後にベッドでもイチャイチャして、ハッピーラブラブタイム、略してHLLTを過ごした。

……というのは嘘だ!高耶さんは夕飯の時も、たぶん風呂の中でもAVのことを考えていたようだ。しかも定番のソファでイチャイチャだってさせてくれなかった!チューも心ここに在らずで、可愛らしい赤い舌は動かないまま!
ベッドに入って「さあこれから!」という時だって端っこで俺に背を向けて寝たのだ!ショックを隠せない俺は高耶さんの肩を
掴んでこちらを向かせ、濃厚なチューをしたのだがもちろん上の空だ!
こうなったら実力行使だと手をパジャマに忍び込ませて、ようやく気が付いてもらえたのだ!
その時の高耶さんのセリフを俺は一生忘れないだろう。

「何やってんの?」

…………それはないでしょう、高耶さん!!今夜は金曜なんですよ!!あなたがゆっくりと泊まれる日なんですよ!!

「直江?」
「あの……今夜はHLLTはナシですか?」
「ああ、そうだっけ。忘れてた。今日はやめとこう」
「そんな……もう4日もしてないんですよ?」
「うるさいなあ」

うるさい?!うるさいって何ですか?!私は5月の蝿ですか?!

「高耶さん!」
「あー、わかった、わかった。すりゃいいんだろ」

こんな高耶さんは嫌いだ。エッチはしたいがこんな高耶さんを抱く気に誰がなれると思っているんだ!

「もういいです。しませんよ。諦めます」
「そうか?」

そうして俺は枕に顔を埋めて涙を隠し眠ったのだ。

 

 

翌朝。

「見ていいですよ」
「ん?何を?」
「AVを」

俺からそんなセリフが出るとは思わなかったのか、高耶さんは驚いて目玉焼きを食べていた手を止めた。
今朝はちゃんとおはようのチューもしてくれたし、こうして朝食も作ってくれた。
一晩眠ったら悩みを忘れてしまったようだった。

「なんで?昨日はあんなにダメダメって言ってたのに」
「あなたが上の空でいるよりマシですからね。勉強でも何でもしてください」
「じゃあそーする。良かった♪」
「……そんなに喜ばなくても」

俺はこれから仕事で出かける。その間に見ればいい。俺がいない間に見て、勉強しようが抜こうが好きにしてもらって、でも
感想や報告なんかは言わないでくれればいい。
最大限の妥協だ。
おかげで今日の俺の顔は最悪だ。目の下にクマが出来てるし、ほんの少しやつれていた。しかも出かける前から疲れてい
る。

「……では、行ってきます」
「おう、行ってらっしゃい。頑張ってな」
「はい……」

玄関のドアノブを握ると高耶さんが呼び止めた。

「なんですか?」
「えっと、チュー、しないで行くのか?」
「……うっ」

涙が出そうになった。高耶さんがキスをしてくれるのが嬉しい反面、俺が出かけたらこの人はAVを見てしまうのかという悔しさとで。

「今日は出来ません……でも頑張ってきます!あなたに立派だと言われるような仕事をしてきます!すいません!」

唖然とする高耶さんを置いて、マンションを飛び出した。

 

 

「何を拗ねてるんだかな……」

仕事で出かけた直江を送り出してから、まずは洗濯機を回した。直江の服とオレの服が絡まりながら洗濯槽を回る。
いいな〜、こうゆうの。洗濯物も仲良しみたいでラブラブみたいでなんかいいな〜。

おっとその間に掃除をしちまおう。今日はリビングと寝室だけでいいや。あとは明日だな。風呂掃除は明日直江にやらせよう。
その後は学校の課題をやって、明日の直江との時間を安心して過ごせるようにしなくちゃな。
そんで今夜はエッチもたくさんして、いっぱい甘えなきゃ。

もう昨日はあいつが「私の体験談を話します」なんて言うもんだから、AVのことよりそっちが気になって超悩んじゃったよ。
そりゃ直江は大人だから、そーゆー経験もたくさんあって、しかもあの容姿だからメチャクチャモテたんだろうからわかってはいるんだけど、このマンションにも何人か連れ込んでたみたいだから、そうやって考えると風呂場も寝室もソファも絶対に女が使ってるわけで。

考え出したらイヤでイヤでしょうがなかった。でも今はオレを愛してくれてるからって思い込もうとしてたんだ。でもやっぱ切なくて、悔しくて、直江が何をしてきても反応できなかった。

そうやってイヤな事ばっかり考えてたせいか真夜中に目が覚めた。そしたら直江がオレを抱えながら寝てたんだ。顔を見たら突然、涙をツツーって流しやがった。
寝ながら泣くか?可愛いヤツだな。
そう思ったらAVの事も、昔の女の事もどうでも良くなった。
今の直江にはオレしかいなくて、だからAV見るなとか言ってたんだなって。

でも一応AVは見るぞ。だってまた友達に聞かれて答えらんなかったらヤバいもん。けど抜かない。
直江がダメって言うから。


 

ツヅク


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健全な男子は見てあたりまえだ。