同じ世界で一緒に歩こう

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朝帰り

その2

 
   

 


仕事場であるショー会場でモデル仲間数人から夕飯に誘われた。久しぶりに会った仲間もいたし、高耶さんはマンションで
AVを堪能してるに違いないから帰る気も失せていたし、誘いに乗った。
しかし一応高耶さんに連絡をしなくてはいけない。夕飯の用意をしていたら悪いから。
だが電話をする勇気がない。もしかしたら、今、このとき、まさにAV鑑賞をしているかもしれないからだ。

メールでいいか。

『今日はモデル仲間で食事に行くことになりました。申し訳ありませんが夕飯はいりません。遅くなるかもしれませんので眠くなったら先に寝ていてください』

これでいい。昨夜の虚ろな様子からしてきっと高耶さんは何も気にしないで好きな映画だろうがAVだろうが見て、俺を気にせず眠っていてくれるだろう。
もし起きていたら遅くなったことを謝って、キスして抱きしめればご機嫌も直るはずだ。

 

 

「う……バカ〜!!!」

なんで土曜日なのに真っ直ぐ帰って来ないんだ!もう夕飯の買い物しちまったじゃねーかよ!しかも今日はエッチできるんだぞ!
イチャイチャだっていつもより長くできるのに!あのバカ!!

いいよ、いいよ。さっき見たAVもう一回見てやっからな!目的が違う見方をしてたから全然面白くなかったけど、二回目は楽しんでやっからな!抜いてやる!チクショー!!

 

 

誰もが俺をヨシアキと呼ぶ。今ここにいる人間で俺を直江と呼ぶ者はいない。ワインを皆で何本も空けた。料理の皿も来ては下げられしていた。
会話は最新のモードについてや、評判の店について、モデルの誰それがタレントに路線変更をしただの、あのデザイナーはワガママだの、相変わらず内情は戦々恐々だ。
情報が乏しかったり、時代に付いていけなかったり、少しでも綻びを出せば蹴落とされていく。そんな中で俺は偽装した笑顔を作って、うわべだけの会話に入る。
つまらん。

「ヨシアキが結婚したって噂があるんだが、本当なのか?」

話題はいきなり俺に変わった。

「いや、してないが。なぜだ?」
「指輪」
「ああ、これか。結婚はしていないが、本気で付き合ってる恋人ができたんでな」
「へー、おまえがねえ……とうとう身を固めるわけか」

モデルは結婚すると仕事が減る、そんな傾向がある。それでこの会話になったわけか。

「結婚はまだまだ先の話だよ。年齢が離れているし、何より向こうがそんな状態ではないんだ」
「なんだ。そうなのか。おまえが結婚したら寂しがる女がたくさんいるんじゃないか?」
「さあな」

高耶さんと付き合い出してからも昔の女たちから何度か電話が来た。すべてすげなく断って二度と電話をするなと冷たく切った。
それでもしつこくかけてくる者もいたが、今ではそんな電話もなければメールすら来ない。
寂しがる女などはいないも同然だ。
それに高耶さんとは実質上結婚できない。日本の法律が改正されない限りは無理だ。
俺と高耶さんの間で『結婚』という言葉は、実際に同居することを指す。それはあと1年半も先の話だ。

「その大事な彼女を土曜の夜にほったらかしていいのか?」
「今日はいいんだ。用事があるそうだから」
「じゃ心置きなく飲めよ。ヨシアキが参加するなんて久しぶりなんだからさ」

どのぐらい飲んだのだろうか。意識はしっかりしているがだいぶ酔っている。
俺はモデル仲間と楽しいようでそうでもない食事。高耶さんはマンションでAV鑑賞。ああ、つまらん。
だが家に帰る気にはまだなれない。

 

 

「おーそーいー!!」

もう日付が変わる時間だぞ!いったい何してやがんだ!飯食うってそんなに時間かけて食ってるのかよ!
いい加減にしやがれ!メールしてやる!

『早く帰れよ。おせえんだよ』

せめて帰りのタクシーに乗ってこのメールを見てますように!こんな時間まで連絡がないなんて、初めてのことだ。

 

 

高耶さんが怒っている感のあるメールが届いた。
そのメールが来たのは店を変えてダーツバーに入ったあたり。洒落た店内の一角にあるカウンターでモルトウィスキーを飲んでいた。
これ以上メールを読むのがつらくて、電話がかかって来るのが怖くて、電源を切った。
AVなんて、浮気されているようでたまらない。

「誰?彼女から?」

モデル仲間で、俺が以前狙っていた女性が携帯を出した俺に気付いて声をかけてきた。他の仲間はダーツを楽しんでいる。
今は彼女にすら興味が湧かない。

「ああ、そうだった」
「帰って来いって?」
「そんなところだな」
「帰らなくていいの?」
「まだいいさ。久しぶりに参加したんだからもう少し遅くなってもかまわない」
「ひどい男ね」

彼女が付き合っているのは、今ダーツをやっているハーフのモデルだ。彼氏の浮気に悩んでいるそうで、相談されてしまっ
た。
カウンターで相談に乗っていると、さっきまで感じていた戦々恐々な感じが薄れて、人間同士の会話になっていった。
こういう話をしている方が実があって好きだと感じた。きっとこれも、高耶さんが教えてくれたことだ。

それから彼女と俺も含めた4人が残り、あまり気乗りはしないがダーツとビリヤードをやって2時間程度遊んでいた。
こんな姿の俺を高耶さんが見たらどう言うのだろうか。仕事をしている時のように「かっこいい」とは言ってくれない気がする。
たぶん似合わないと言われるだろう。酒とタバコの匂いが充満した遊び場での俺と、高耶さんと過ごすマンションやアパートでの俺はまったく他人のように違うと感じるのかも知れない。

遊びに飽きてまたカウンターに座って飲んでいた。あぶれた同士で先程の彼女と隣りに座って。視線を横に移して何かを見ている。
女性に話しかけられている自分の恋人だった。どんな気持ちで見ているのだろうか。
もし俺だったら。高耶さんが女性に話しかけられて、嬉しそうに返事をしていたら。
きっと、嫉妬でその場で抱きしめてしまうかもしれない。この人は俺だけのものだと。

「ヨシアキの彼女ってどんな人?」

寂しそうな表情で聞かれた。俺の彼女と自分をダブらせているのだろうか。

「そうだな……言うなれば、美しい人だ。素直で飾り気がなくて、可愛いらしくて……でも持っている思いが純粋な鋭利さという
感じがして、とても美しいよ」
「そうか。私とは違うみたいね。ヨシアキの彼女も苦労が多そうで大変だけど、そこまで愛されてるならきっとヨシアキを疑う
なんてないんでしょうね」

高耶さんは俺を疑ってはいない。今夜も女遊びをしているかも、なんて微塵も思わないに違いない。
俺たちは信頼関係でも結ばれているんだ。

「疑わせるような真似はしないさ」
「なんか、ようやく本命を見つけたみたいね」
「ああ、長い間みつからなかったが、ようやくな。でも、もっと早くに見つけてやりたかったな」
「どうして?」
「辛い過去がある子なんだ。俺がもっと早くに見つけていたら、そんな思いをさせなくて済んだのにと後悔もしている」

彼女はとても優しい目をして俺を見た。ヨシアキがそんなことを言えるようになったなんてね、と。

「変わったわね」
「よく言われる」
「よっぽど大事にしてるんじゃないの。だったら帰ってやりなさいよ。可哀想だわ」
「そう……だな」
「そんな子だったらヨシアキが帰ってこないのはきっと寂しいはずよ?」
「かもしれない。じゃあ、そろそろ帰るよ。おまえももっと素直にぶつかってみたらどうだ?」
「やってみるわ」

彼女はキレイな笑顔を浮かべて、俺をせっついて立たせた。
飲み代は浮気性の彼氏に払わせろと言って、外に出た。すでに空が白んできていた。

「眠ってるな……きっと」

高耶さんと付き合ってから、初めての朝帰りだ。

 

 

夜が明けてからマンションに着いたのはいいが、部屋のドアはチェーンがかかっていた。これではいくら鍵があっても入れない。
しかたなく携帯に電話を入れることにした。タクシーの中で着信のチェックをしたのだが、電源を切っている間に高耶さんは
3通のメールと、2回電話を入れていた。留守番電話には何も録音されていなかったが、メールには 「どこにいるのかぐらい教えろ」 「帰らないならそう連絡すれば怒らないから」 「メールに気付いたら連絡して」 と入っていて、時間が経つごとに不安な様子を伝えていた。

謝らなくていけない。とにかく今はドアを開けてもらうために電話をしなくては。
コールが3回で出た。彼のいつものタイミングだ。

『はい』

眠っていたのかもしれない。とても低い声で返事がした。

「すいません…遅くなってしまって」
『…………』
「高耶さん?」
『誰だ?』
「あの、直江ですが」
『そんな人は知りませんけど』

まずい。怒っている。そりゃそうだろう。高耶さんを丸一日ほったらかしにしていたんだ。

「謝りますから、チェーンを外してもらえませんか?」
『だから直江なんて人は知らないってば。それに高耶さんなんて人もいませんが』

間違い電話をしたのかと思って画面を見てみたが、やはり高耶さんの携帯にかかっている。

「高耶さんでしかないですよ、その声は。俺があなたの声を間違えるわけないでしょう?謝らせてください」
『……待ってろ』

鍵だけ開いたドアの前で待っていたら、チェーンを引く音がした。ようやく開けてもらえたとドアノブを回そうとしたら、鍵が再度かかっていた。
意地悪をしたんだろうか。
仕方なくまた自分の鍵を取り出して開ける。
玄関に高耶さんの姿はなく、リビングへの扉も閉まっている。これは相当怒っているようだ。

大人しく謝るしかない。

リビングに入ると高耶さんはテレビの前に座り込んで天気予報を見ていた。今日の東京は快晴だそうだ。

「すいませんでした。連絡もせずに朝帰りだなんて」
「ホントだぜ。待ってるヤツの身になれないなんてな」
「……色々と余計なことばかり考えてしまって、あなたに会うのがつらくなってしまって」
「ふーん」

テレビの前にはレンタルビデオショップの袋があった。中にはあのDVDが入っている。高耶さんが何を見ようが、俺を愛して
くれているためだとなぜわからなかったんだろう。

「ごめんなさい……本当に反省してます。二度としません」
「……結局、DVD見ちゃった」
「いいんですよ」
「だから直江が帰って来ないんだってわかって、なんか……寂しくなった」
「高耶さん……」

彼が言うことには、俺がもし高耶さんに隠れてDVDを見たりしていたらやはりイヤだと思い、そして帰ってこない俺を疑ってはいなかったが、もしかしてもしかしたら、と考えると涙が止まらなくなったんだそうだ。
タバコ臭い俺の服に顔を摺り寄せて、浮気しててもいいから黙っててくれ、と言った。

「浮気なんかしませんよ」
「じゃあどこで何してた?」
「モデル仲間とレストランで食事をして、それからダーツバーに行きました。メンバーは最初は6人でしたが、途中から4人になって女性が一人と、男性が三人です。しかもその女性は彼氏と一緒にいましたから、浮気なんかの心配はありません」
「ん……」

安心したのか背中に手を回して強く抱かれた。顔を上げさせてキスをするとそのまま耳までキスされた。くすぐったい。

「ひとりぼっちで朝まで待たせてすいませんでした」
「なあ、すぐエッチしよう?」
「え?」
「やっぱ直江じゃなきゃヤダし」
「……私もです」

よっぽど寂しかったのか、俺から離れずにバスルームまで行き、しかも初めて一緒にバスタイムを過ごした。

 

 

「オレが朝帰りしたら怒る?」
「……怒らないとは思いますが、機嫌は悪くなります」
「それって怒ってるって言うんじゃねーの?」
「そうですか?」
「おまえってさ、オレのことマジで大好きなんだな」
「今更何を言ってるんですか。毎日毎日そうあなたに伝えてるでしょう?」
「うん。でもこれからも毎日そう言えよ?」
「もちろんです」

腕の中の高耶さんはAV女優やモデルなんか目じゃないほど、可愛らしく、色っぽく笑った。

「誘ってます?」
「まあな」

セカンドラウンドは一緒にお風呂で。ブクブクエッチだぞ、と彼は笑った。

 

 

END



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あとがき

朝帰りとAVのネタを混ぜたら
こんな感じに。
ダーツバーって今時の流行じゃ
ないような気がするけど
まあいいや。