同じ世界で一緒に歩こう

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美しい場所

その1

 
         
   

夏休み限定で高耶さんと同棲していた時期に、とある出版社の企画会議に参加した。
新しく発刊される男性用ライフスタイルマガジンのキャラクターに登用されることになったので、その企画会議だった。
その日の私は同棲し始めたばかりのせいか浮かれすぎていたようで、会議の内容を半分ほどしか聞いていなかった。それがいけない。

 

 

都内某所でのショーイベントの打ち上げに出た帰りに、タクシーの中で一蔵から一枚の紙を渡された。明日、土曜の日程が書いてある。

「なんだ、これは」
「明日の取材内容ですけど」
「…集合場所が自宅というのはどういうことだ?」
「あれ?だってその日はタチバナさんのライフスタイルの取材だからじゃないですか」

ライフスタイル?

「企画会議でタチバナさんのプライベートを取材と撮影するってことになったでしょう?」
「ええ?いつ?」
「忘れたんですか?ほら、新しく発刊するメンズ雑誌『クアトロ』でタチバナさんが半年のキャラクター契約を結んだじゃないですか。その創刊2号の記事ですよ」

創刊2号の記事はお気に入りのレストランやブティックで撮影したのを覚えていたが、自宅を拝見などと言う企画は覚えていない。

「それは…俺がいる間に決まったのか?」
「は?ええ、そうですよ。夏の企画会議の時に。いいですよ、って言ったの覚えてますよ。プライベートを披露するなんてタチバナさんにしては珍しかったからよーく覚えてます」
「…そうか…」

話を聞いてなかった自分が悪いのだが、まさかこんな企画があったなんて…。

「いまさらダメだなんて言えませんからね。契約はしちゃったんですから」
「わかってる…」
「明日は綾子さんが付き添います。俺は休みなんで」

我が家の取材か…高耶さんとの愛の巣に他人を入れたくはないが、契約したのなら仕方が無い。

 

 

 

その日は俺の帰宅が何時になるかわからなかったため、彼のアパートに行く約束をしていた。事務所に戻る一蔵を六本木で降ろし、根津へ向かう。
すでに夜10時を回っているので足音を忍ばせて高耶さんのアパートの階段を上がり、愛しい高耶さんの部屋のドアを小さくノックした。

「お疲れさま」

笑顔で迎えられて疲れた神経と体が一気に回復するのを感じる。

「お邪魔します」

ドアを閉めて、マンションでもアパートでも恒例のキスをして抱きしめ、狭い室内に入る。課題をやっていたらしくミシンを片付けるとすぐに何か飲み物を出すからと言われたが、それを制してまずは明日の取材の報告をした。
報告したとたん、高耶さんはワタワタしはじめて、頭をフル回転させて

「えー!マジで?!だったらオレのものとか隠さなきゃ!」

と言いだした。

「そんなに細かい所まで撮影はしないと思いますが」
「でも!もしかしたら洗面所とか、寝室とか、風呂場とか見られるかもしれないし!それに夫婦茶碗とか!」
「ああ…そうですね…夫婦茶碗はさすがにマズイかもしれない。でも、私はいいんですけど」
「オレは良くない!」

この際、俺が高耶さんとラブラブなのをわざと撮影させて、全国に知っておいてもらうという手もあるが、それでは高耶さんの
逆鱗に触れることは間違いない。
だが高耶さんの存在はいくら俺の自宅取材だとしても消したくは無い。仕事は大事だが、それよりも高耶さんが我が家にいた形跡を隠してしまうような小細工は俺には出来ないのだ。愛ゆえに。

「じゃあ、こうしましょう。あなたを従兄弟として事務所に紹介してあるでしょう?だから今回もタチバナは従兄弟と同居中って
ことにしたらいいんじゃないですかね?」
「うーん、それでもいいけど…」
「それなら取材中にもしあなたの物が見られても平気ですよ?」
「んー…けど心配だなあ…」
「心配なら同席しますか?従兄弟がいると言えばあなたが同席したって当然でしょう?見られたくないものは高耶さん自身でブロックできますしね」
「どうしようかな…」
「幸い、明日の付き添いは綾子ですから一蔵やマネージャーに面倒な言い訳しなくとも済みます」
「そうだな〜」

そんなわけで夫婦茶碗だけ隠して、あとはそのままということになった。
ペアのカップも、グラスも、クッションも、色違いの歯ブラシも、ボディスポンジも、すべてそのままだ。

「午前中は六義園とその近くで撮影して、その後は近所のカフェで撮影しながら取材です。昼食の休憩を取ったあとにマンションですね」
「そっか…じゃあ明日は朝からマンションにいないとマズイよな。今から直江んち行く?」
「ええ…ですが…」

本当は高耶さんのアパートで久しぶりにエッチしたかったのだが。マンションとは違って声が漏れるので、恥ずかしがる姿が
たまらない。ちなみに隣人は東大生でいかにも勉強ができそうな男だそうだ。夜11時を過ぎてからミシンの音がするだけで
壁をドンドンと叩く神経質なタイプで、しかも真面目なヤツらしい。そんな男が聞くかもしれないというスリルが俺と高耶さんを
掻き立てるものだから、マンションでするより興奮する。
俺は泊まる気マンマンでここに来たのだ。

「明日の朝に戻ればいいんじゃないですか?」
「けど少しは掃除したいじゃん。ここから戻るより直江んちで起きた方がいいよ」
「大丈夫です。午前中は外で撮影ですから。その間に掃除できますよ」
「そしたらオレが直江の撮影を見学できないじゃんか…」

ああ!そうだったんですね!俺の雄姿を見たかったんですか!

「だったら掃除、早起きしてメチャクチャ手伝います!」
「…ん…うーん」

早起きが苦手な高耶さんがマンションに泊まった方がいいと言うのはわかる。しかし俺はアパートエッチがしたいのだ。

「大丈夫ですよ。ちゃんと起こしてあげます。ね?」
「絶対寝坊すんなよ?」
「はい」

そんなわけで俺は楽しみにしていたアパートエッチをゲットして、可愛らしい高耶さんを見ることが出来た。
翌日が早起きなだけに一回しかさせてもらえなかったがヨシとしよう。

 

 

翌朝、眠そうな高耶さんをタクシーに乗せてマンションへ戻った。あと2時間で綾子が迎えにくる。その間に掃除をして、朝食を食べて、着替えておかねば。
とりあえず見える所を重点的に掃除し、夫婦茶碗を食器棚の奥に隠し、万が一寝室を見られた場合を考え(立ち入らせる気はない!)枕を一個にし、二人で写っている写真をチェストの中に入れて完了だ。
それから高耶さんの美味しいカリカリベーコンと温野菜のサラダ、あまり甘くないフレンチトーストと作り置きのオニオンスープを食べてから着替えた。今日の取材は私服を着ることを義務付けられている。
普段着のタチバナなのだから高耶さんに選んでもらってもいいかもしれない。

「んーと、普段着なのにジャケットはおかしいから、洗いざらしのシャツでいいんじゃないか?いつものボタンダウンとか。中にヘンリーネックのTシャツ着てさ」
「そうですか?じゃあそれにしましょう。パンツはどれにしましょうか」
「ブランド物だと読者が引くから、リーバイス」
「ですね」

普段着のタチバナに好感を持ってもらうためにという高耶さんの気遣いが嬉しかった。直江としても、タチバナとしても愛されているのだな。なんて幸せ者なんだ。

「直江ってさー、ジーンズ買うのも大変だよなー」
「あ、ええ」
「外国のジーンズ売ってる店だとか、古着屋とかでしか買えないだろ?」
「身長が障害になってますね。この背だと日本のリーバイスじゃ丈が短くて合いませんものね」

一度高耶さんと買い物をしに行って、ジーンズが買えないという話をした。足が長すぎてジーンズの裾が短くなってしまうのだ。
しかたなく海外へ行った際に購入したり、アメリカなどから仕入れている古着屋で買うしかない。最近はネットで買えるからだいぶ便利にはなってきたが、まだ不自由している。

「どこかおかしい所はありませんか?」
「ないけど、ちょっと飾り気がなさすぎて寂しいかな」
「どこらへんが?」
「腕」

高耶さんの働くショップで買ったブレスレットをはめてもらった。
それをする高耶さんのはにかむ笑顔が可愛くて可愛くて食べてしまいたいほどだ。食べてしまったら時間がなくなるのでやめたが。
姿見で全身を見て、高耶さんのチェックが入る。パーフェクトを貰って綾子の登場を待つのみとなった。

「オレがいても平気かな?邪魔にならない?」
「大丈夫ですよ」

これから数時間の間はキスできないからとお願いして、リビングで綾子を待つ間、ずっとキスをしてもらった。
昨夜さんざんキスしたのに、それでも足りないと思う自分が浅ましいようで愛しいとも思う。
10分ぐらいそうしていたら綾子がやってきた。エントランスからのインターフォンで呼び出され、高耶さんを伴いロビーへと向かう。

「おはよう。あら、高耶くんも一緒?」
「うん。見学させてもらうって口実で、見張り」
「直江の見張り?」
「じゃなくて…家の中にさ、オレのものとかたくさんあるじゃん。だからなんつーかこう…疑われないように?」
「タチバナは従兄弟と同居してるという事にしておいて貰えるか?」
「まあね〜。いきなりペアのカップとか見せられたら彼女の存在とかツッコミ入りそうだもんね、いいわよ」

綾子の了解を得て高耶さんは一安心したようだ。
それから集合場所の六義園に向かう。園には撮影許可を取ってあるらしく、いつものように入園券を買わなくても済んだ。

「おはようございます!」

元気のいい声がして、そこを向くと今回の企画のプランナーがいた。俺には気さくでいいヤツという印象があるのだが、一蔵はあまり好きではないと言っていた男だ。
なぜなのか聞いたのだが、タチバナさんは知らなくてもいいんです、と返された。
顔見知りの面々5人と挨拶をして、それから撮影に入る。まだ紅葉には早いが黄色くなりはじめた葉が朝日に当たって美し
かった。
半分緑、半分は黄色といった庭園の中で話をしながら撮影される。インタビューを兼ねての撮影だ。

「ここにはたまに来るんですか?」
「ええ、たまに。散歩がてら入って、ゆっくり回ったり、池の周りで和んだりしてますよ」

高耶さんと一緒に。

そんな話をしながら約1時間、庭園を回りながらの撮影だった。
次は近所のカフェで本格的なインタビューが行われる。このカフェは夜はフレンチレストランになるため、たまに高耶さんと来て食事をしている。
午前中の暇をもてあました近所のセレブ主婦の溜まり場になっていて、準備に取り掛かる撮影隊を遠巻きにして見ている。

「午前中なのにこんなにたくさん客がいるんだな」
「幼稚園のお母さんたちらしいですよ。前にここに来た時にそう言ってました」
「話したのか?」
「握手を求められました」
「モテモテじゃん」
「奥様雑誌には出てないはずなんですが」

綾子が言うには若い奥様方が読むファッション雑誌にも俺は出ているそうだ。そういえば宣伝ページというものが雑誌にはある。
そこに載っているのだそうだ。

「モード系の奥様はね、あんたみたいなモデル見りゃすぐわかるのよ」

だそうだ。

それから1時間のインタビューと写真撮影。先日のお気に入りレストランとは違い、店内で普通に過ごすタチバナというものを
撮りたいらしく、ポーズを取ることは一度もなかった。
プランナーがインタビュアーと兼業になり、休日の過ごし方などをメインに聞く。話の流れで先日行った武藤の写真展の話になった。
今はセンスのいい写真よりも、ああいった泥臭い写真の方が好きになったと答えると、プランナーは意外そうな顔をした。

「あまりタチバナさんのイメージではありませんね」
「そうですか?華やかな世界にいるモデルはセンスが良くて、汚いものは嫌いで、美しいものばかりを周りに置いていると思われるみたいですね。だけど自分を省みると、実は一番汚いのは自分ではないのか、と思うことが増えたんです。ずるくて、汚い、そんな自分を見つけたんですよ。だけど1年ほど前、それでいいんだと言ってもらったことがあって。人間は誰だって汚さやずるさを持ってて、それを自分でわかってることが一番大事なんだと教わりました。それまでの私は偽善で固めたような人間で、格好つけて欲しいくせにいらないと言ってみたり、やりたくないのにやってみたり。どこかに自分を忘れてきたような、そんな感覚で過ごしていたんです。でも『ありのままでいい』と思わせてくれた人と出会えて、癒されました。それからですね。本質を見逃さないようにしようと思い始めたのは」

長く、饒舌に話した俺に呆れたような、感心したような、そんな顔をされた。

「それって世俗的になったってことですか?」
「何かいけませんか?世俗的なものが悪いと、誰か決めましたか?」
「そうではありませんが」
「モデルをやっていても人間ですから。色々なことに出会い、感じますよね。それが不快であっても、心地よくても、感じるのは人間である自分ですから。虚飾の世界で生きても、生きている実感がなければ何も意味がないと、そう思いませんか?辛いことも、楽しいことも、全部ひっくるめて人生だって思うんです」

高耶さんに出会えたから、そういう私になった。
これだけで生まれてきて良かったと思える自分になれた。

そこで1時間が過ぎたようで、インタビューは終わった。脇で俺の話を聞いていた綾子が少し感心したようでニッコリ笑った。
同じように、高耶さんも。

カフェで昼休憩を取るということでテーブルを用意してもらい、撮影隊とは分かれてテーブルについた。綾子と高耶さんと3人で店のランチメニューをオーダーした。

「直江ってあんなこと思ってたのね」
「俺をバカだと思ってたのか?」
「そうじゃないけど、真剣に色々考えてるんだな〜って思ったの。最近いっつもデレデレしてるからさ、高耶くん病がひどくなって脳ミソが溶けてるのかもしれないって心配してたのよ」
「確かに高耶さん病にはかかってるが、脳ミソは溶けてないぞ」

俺の隣りで高耶さんが顔を赤くして俯いた。と、思ったら足を踏まれた。

「痛いですって」
「おまえ、そんなにいつもデレデレしてたのかよ?」
「してませんよ」
「ねーさんに余計なこと言ってないだろうな?」
「ええと…例えば?」

そこで綾子の良く喋る口が開いた。

「例えばね〜、今日は高耶さんが夕飯を作りにくるから早く帰りたいとか〜、昨日は可愛い寝顔を見てて眠れなかったとか〜、一蔵くんに指輪を失くしたらコロスぞって言ったりとか〜、高耶さんのアレはピンクで可愛いとか〜」
「綾子!」
「アレって何だよ!アレって〜!!」
「唇よ。いやあねえ。エッチな想像しちゃった?」
「綾子…」
「ねーさん…」

その時ちょうど綾子のうるさい口を塞いでくれるランチがテーブルに届いた。
高耶さんにはもう一度、足を踏まれた。

 

 

ツヅク


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ギャグなしのつまらない話になりそうです。