同じ世界で一緒に歩こう

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Suger For My Honey


 
         
   

高耶さんは甘いものが大好きで、今日も我が家にケーキの箱を持ってきた。
美味いケーキ屋があると聞くと西へ東へと奔走する。
今日は学校帰りに途中下車して、大手町のオアゾというビルの中にあるケーキ屋でカマンベールチーズケーキを買ってきている。
他にもロールケーキとイチジクのタルトも。

「直江も食えば?チーズケーキ、あんまり甘くなくてうまいぞ?」
「そうですか?じゃ、半分ください」

最近では俺も甘いものに慣れてきて、高耶さんが買ってくるケーキを一緒に食べられるようになってきた。
とんでもなく甘いものもあるが、彼は俺に合わせて甘くないものを選んでいるようでもある。愛されているなあ…。

「どう?」
「…カマンベールそのものみたいで、新鮮な風味で美味しいですね」

これはカマンベールのおかげで甘さとしょっぱさが相まってとても食べやすい。
チーズケーキで一番美味いと思うのはホテルオークラのものだ。以前、撮影でオークラの庭を使ったことがあった。その際に
高耶さんへのお土産に買って帰ったものがコクのあるチーズケーキで、甘さも控えめで、高耶さんの「こんなチーズケーキ初めて!」という言葉に釣られて俺も少し食べたのだが、濃厚なのに飽きの来ない素晴らしいケーキだった。

「こっちのロールケーキもサッパリしてていいぞ。直江にも食べられるはずだ」

ロールケーキはレモン風味で甘さがちょうど良く抑えられている。正直なところ、生まれてこのかたこんなに美味いロールケーキを食べたことがない。
これからはロールケーキナンバーワンはこれに決定だ。

「直江もずいぶん食うようになったな」

口の端にクリームをくっつけた高耶さんが「オレのおかげだよな?」とでも言いたげに俺を見ている。確かにあなたのおかげです。

「けどあんまり食って太ったらモデルできなくなるぞ。控えめにな」
「いつも控えめですよ。心配しないで」

手を伸ばし、口端のクリームを指で掬って取り、それを舐めた。当たり前のようにしているそれが、俺と高耶さんの親密さを
表すようで嬉い。キスして取っても良かったのだが、それをすると甘いものを満喫している高耶さんに殴られるのは必須だ。

「イチジクも食う?」
「それは甘すぎるみたいなので、やめておきます。あ、でもイチジクだけ下さい」
「え〜?そんな食い方すんなよな。今回だけだからな。ほら、あーん」

フォークにイチジクを刺して口に運んでくれる。それを食べると高耶さんは赤い顔をした。

「なんです?」
「エロい顔してた…」
「どんな?」

わかってはいるが、意地悪をして聞いてみた。

「どんなって…うるさいな!」
「ねえ、高耶さん、教えてくださいよ」
「うるさいってば!」

あまりいじめるとスイートタイムがビタータイムになってしまうからやめておこう。あくまでもスイートに。
そんなわけでスイートタイムを崩さないように、高耶さんの手からフォークをそっと外して持ち、イチジクのタルトに乗っている
カスタードクリームを掬って高耶さんの口へ。

「どうぞ」
「ん」

それを食べた高耶さんが甘さに頬を緩める。
甘くて美味しいクリームを高耶さんに食べさせる。俺が食べてしまいたいのは甘くて可愛い愛しい高耶さんだ。
かじって食べたら世界で一番甘いに違いない。

「今、キスしたら甘いですか?」
「うん、たぶん。カスタード味かも」
「キスしていい?」
「…いいよ」

カスタード味のキスはとろけてしまいそうに甘くて、体が震えるほど素晴らしかった。
そのあと高耶さんは結局ケーキ3個を俺と分け合って全部食べてしまった。これで太らないのはスゴイ。いつも驚くほどよく
食べるが、太る気配はまったくない。だから一度聞いてみたことがあった。どうして太らないんですか?と。

『そりゃ直江がいっつもオレに苦労かけてるからだ』
『本当ですか?!だったらもうこれからは苦労なんかかけません!かけないように気をつけます!あなたにそんなに心労をかけてたなんて気付かなくてすいませんでした!!なんて私はバカなんだ!』
『嘘だよ、冗談。体質だってば』

そんなわけで太らないらしい。炭水化物と糖質とたんぱく質と脂質。それをペロッと食べて太らないとはモデルにとってはとても羨ましい限りだ。世の中のモデル全員が高耶さんを羨むな。俺も含めて。

「なんかさ、直江とチューしてると自分がケーキになったみたいな気がする。すっごく甘くて、美味くて、繊細な味がするケーキに」
「そうですよ。俺にとって一番甘くて美味しいのは高耶さんですから。もう残らず食べて、おかわりも欲しくなるぐらいにね」
「おかわりはないぞ?」
「だからゆっくり食べるんでしょう?クリームだけ舐めて、それから上に乗ったフルーツを食べて、最後にスポンジもフルーツもクリームも一緒に食べて、欠片も残さずに全部美味しく頂いて。あなたはそういうケーキみたいなんです」
「…恥ずかしい…」
「高耶さん、食べてもいいですか?」
「…聞くな、バカ」

まずはソファでキスをする。クレームブリュレのカラメルを割って、少しだけかじるみたいに。
それから髪を撫でて、額にキスを。甘いケーキの合間に紅茶を少し飲むように。
目を覗き込んで寝室へ行きますか、と無言で問いかける。皿を手前に引いてケーキにフォークを刺すために。

「甘くて美味しい高耶さん。ケーキよりも甘くて、幸せになれるスイートタイムを俺にください」
「…うん」

ロマンチックなムードと言葉に弱い高耶さん。あれから甘い時間を堪能して、すっかり満足したようだ。
甘えて甘えてしかたなくて、シャワーを浴びに行く時も、喉が渇いたからと水を取りに行く時も、空気を入れ替えるために窓を
開けに行く時も、ずっと後ろについてきて、俺が立ち止まると抱きついて頬ずりをしていた。
しかもお互いに全裸で。

「どうしたの?今日はやけに甘えてますね」

今はタバコを吸いにリビングへ来ている。立ったままタバコの箱をテーブルから取ってライターで火をつけ、一口吐き出したら
すぐに背中に抱きついてきた。
いつもなら煙が臭いだの、むせるだの言ってそばに寄らないくせに。

「だって…」
「だって?」
「直江が…直江が優しいから、離れたくないんだもん」

いつも優しくしているが、今日は高耶さんにとって甘くてたまらない時間を過ごしたからに違いない。

「直江って、砂糖みたい。いっつも甘くて、ちょっと舐めただけで幸せになれるような感じ。チューしてると特にそう思う」
「そう?そんなふうに言われたのは初めてです。あなたこそ、ハチミツみたいですよ。甘すぎて頭が痛くなるぐらい。だけど
やめられないほど美味しくて」
「ははっ」

一口しか吸っていないタバコを灰皿に押し付けて消してキスをした。

「あ、タバコ臭い」
「やめますか?」
「ううん。タバコ臭いチューも嫌いじゃない。だからする。もっと」

甘くて優しい時間がこのまま続けばいいのに。

 

 

ところがそう長くも続くものではないのだ、甘い時間など。
翌日は高耶さんのリクエストで散歩がてら高耶さん宅の近所まで行くことになった。もちろん高耶さんの家に遊びにも行く。
そして俺の大好きな(一番好きかもしれない)アパートエッチもさせてもらうつもりだ。昨日の甘いムードを引きずったままで。
実は俺はこのあたりをそれほど熟知はしていない。高耶さんの方がよっぽど知っているはずだ。

寄り道しながら歩いて、谷中霊園に入った。墓地とは思えないほど穏やかな空気が流れるここは、有名な作家や歴史上の人物が眠っている。観光目的で入って、徳川慶喜や鳩山一郎、色川武大の墓を参って、上野方面の出口へ。
そこに行列ができる洋菓子店があった。
カップルや親子連れが何メートルも連なって並んでいる。

「ここのケーキも買いたいんだけど、いっつも混んでてつい見送っちまうんだよな」
「並びましょうか?」
「ううん。このぐらいの行列だと30分ぐらいなんだって。時間がもったいないよ」
「そうですか…?」

しかしとても惜しそうな顔をしている高耶さんを見て、はいそうですか、と立ち去るのは恋人としてどうかと思う。
やっぱり並びましょう、それで一緒に食べましょう、と言うと高耶さんは急に怒り出した。

「いいんだってば!行くぞ!」
「高耶さん?」

並んでいる人々が俺たちを見て怪訝そうな顔をする。居辛くなって高耶さんは走り出す。
その後を仕方なく追って、言問通りに出た。坂を下って少しあるけば高耶さんのアパートに着く。本当なら寛永寺の前を通って上野の森公園で散策して、いい展示があれば美術館に入ろうと話していたのに、高耶さんは眉をひそめてズンズン早足でアパートに向かう。

「高耶さんッ。どうしたんですか」

いくら呼びかけても返事もせずに先を急ぐ。路地に入り、人目もなくなってからいい加減にしてくれと態度で表しながら腕を掴んだ。

「高耶さん!」

押し黙る彼は好きじゃない。いつもあんなに大きく心も体も開いてくれるのに、たまにこうして頑なに何もかもを拒む時があ
る。
それは大抵、嫉妬だ。もしくは自己嫌悪。
いつそんな気分になったのか。さきほどの洋菓子店の前からだ。

「あとでちゃんと話してくれますか?」
「何を」
「あなたが急に怒り出したことです。私が無理に引きとめようとしたからなのはわかってますけど、どうしてそれが気に入らなかったのか、教えてください。これからは気をつけますから」
「…とにかく、帰る」

怒りはナリを潜め、ただ沈んだだけになってしまった。沈まれるのが俺は一番怖い。怒りの方が数倍マシだ。
沈んだ高耶さんはひどい時には何も話してくれなくなる。黙って、俺を避けて、いつもの明るい彼が幻想だったかのようにとても小さく、頼りなくなる。
たぶんそれは子供の頃におきた辛い出来事から逃げるために、癖になってしまった自衛なのだろう。
だからゆっくり優しく話しかける。あなたには価値がある。そう思ってもらうために。

アパートに着くと俺を部屋に上げ、窓を開けて空気を入れ替えてからベッドの隅っこにクッションを抱えて座った。警戒されてるみたいだ。

「じゃあ、話してくれますね?」
「…………」
「そばに行ってもいいですか?」

返事をしないのは拒否でも肯定でもない。どうしていいのかわからないだけだ。
だから隣りに座った。そして肩を抱く。

「……怒られるから、言えない」
「怒りませんから…並ぶのがイヤだった?それとも、俺が無神経なことを言いましたか?」

溜息を小さくついて、俺にできるだけ顔を見せないようにして話し出した。

「並ぶのは、別に……直江が無神経だったわけでもない……自分が急にイヤになっただけ」
「どうして?」
「直江は見たか?あの、並んでるやつら」
「ええ」

ただの近所の住民や、観光でこの近辺に来た人たちだった。何も変わったところはなかった。
それがなんだというのだろう。

「子連れがいたんだ」
「ええ…いましたが…」
「すっげー幸せそうにしてて、並んでるのも苦じゃなくて、帰ってからみんなで食うんだろうな、って思ったら、なんでオレ、女
じゃなかったんだろうって思って。そんで、ああいう所で直江と手を繋いで堂々と買い物できないんだって悲しくなって。直江は絶対に、そんなの気にするなって言うのがわかってるんだけど、たぶん直江はああやって並んだりしたいんじゃないかって
想像したら、自分が……直江といる資格はないんじゃないかって、そう思ったんだ」

やはりそうだったのか。何度も何度もこういう話をしてきたはずなのに、まだそんな考えを捨てられないのか。
たとえ街中を手を繋いで歩けなくても、子供ができなくてもいいのに。
まだわかってもらえてなかった。

「そう言われると、私も辛いですね。もちろんああやって堂々と手を繋いだり、子供を連れて買い物したいとは思いますよ。だけどそれはあなたじゃなくては意味がない。私に子供ができないのを気にしてるんだったら、それは間違いです。私に出来ないのだったら、あなたにも出来ない。あなたといる資格はない。その負い目は、私も感じています。あなたをどこかの女に渡して、幸せな家族を作らせるべきだと、何度も考えましたよ。だけどあなたも同じでしょう?私とでなければ意味がないでしょう?だったら私と幸せになってください。子供がいなくても、どこのどんな家族よりも強い絆で結ばれてください。できるはずです、あなたと、私なら」

何度だって考えた。この若い彼を俺が縛り付けて、女との恋愛をさせずに、子供も…仰木家の跡継ぎを作らせないなんて、
と。
手を繋いで買い物をしたり、街を歩く喜びを与えてやれないなんて、と。
だけど、俺は自分の心の底からの願いを優先させた。高耶さんを手放したくない。だったら、どこの誰よりも幸せにしなくては
いけないのだ。そして自分も世界中で一番幸せにならなくてはいけない。

切々と高耶さんへの思いを吐き出した。今まで黙っていようと決めていたことも吐き出した。
あなたを恋人に持つ資格は俺にはないんだと、何度も煩悶したことを。自分の気持ちを何よりも、高耶さんの気持ちよりも優先させたことを。

「俺だってね、高耶さんと同じか、それ以上に悩んで、こうしてるんですよ」
「直江…」
「あなたは若いから…もっと色んな人…女性とお付き合いすべきなのに、俺なんかの恋人でいてもらってる。だけどそれを話した事であなたが夢から覚めて、俺と別れるなんて言い出さないように、ずっと黙ってただけです。卑怯ですよね」
「そんなことない…」
「これが夢で、目が覚めてあなたがいなかったら、と考えるだけで、俺は寂しさで死ねますよ」
「だったら、覚めないでいよう。オレだって、直江がいなくなったら寂しくて死ぬよ」

たぶんこれからもこういった出口のない悩みをお互いに抱え続けるんだろう。でもいい。

「愛してます。何もかもなくなっても、あなたを」
「うん…オレも」

 

 

 

「あ、このケーキの箱は!」

それは休みだった俺が高耶さんのために谷中まで出かけて買ってきたあの店のケーキだった。少々並んだが平日だったため先日ほどではなかった。ついでにサインを求められ、店員と写真まで撮らされた。しかし!

「今度から電話さえ入れれば予約してくれますって」
「マジで?」
「ええ。高耶さんが食べたくなったらすぐに言ってください。私が電話しておきますから」
「やった!」

その約束を取り付けるために、普段しないサインをして、事務所から禁止されている写真まで撮って(しかも何枚も!)もしその店に雑誌からの取材などが来た時にはお得意さんとして俺の名前を出してもいいと許可まで出したのだ。
これで報われなかったら許さない。
学校帰りにマンションに寄る高耶さんのために、今日は大変苦労した。

「そういえばさ、今日って何の日か覚えてる?」
「今日ですか?…ええ、覚えてますよ」
「なーんだ?」

エクレアを頬張りながらイタズラする子供のような目で俺を見る。考えられない。一年前の今頃は絶望という名に近いものを
感じていたはずなのに。

「あなたに好きだって初めて言ってもらった日です」
「ブー。不正解」
「ええ?そんなはずは」
「初めて直江に愛してるって言ってもらった日だもん。あと、初めてチューした日」
「同じじゃないですか」
「オレからの視点じゃそうなんだよ」
「こら」

エクレアを取り上げてキスをした。甘くて、とろけそうなキス。笑いながらするキスはどうしてこんなに甘いんだろうか。
頭が痛くなるほど甘くて、舌が痺れるほど幸せで、止まらないほど美味しくて。

「本当にあなたはハチミツですね」
「直江だって砂糖だよ」

ぶくぶくと太ってしまいそうなほど、俺はハチミツを食べた。

 

 

 

 

 

END


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C.J.ルイスの曲から頂きました。
『SWEETS FOR MY SWEET』
という曲です。
やっぱ甘甘SSにはこうゆうのが
ないとね!みたいな。
直江がケーキを食べる姿を
想像すると可愛くて
しょうがありません。