同じ世界で一緒に歩こう

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再会

その2

 
   

 


高耶の症状をナースを交えて聞いた母、佐和子は軽い食中毒だと聞いて安心した。
高耶はまだ何から話せばいいのかわからないまま、佐和子から聞く話にただ相槌を打つだけだった。

「美弥からは何も聞いてないの?」
「聞いてる…あいつが結構母さんに電話したりしてんのは知ってるんだ」
「高耶は一度も電話してくれないから、ずっと怒ってるんだと思ってたわ」
「…ずっと怒ってたけど、今は…そうでもない…」
「学校はどう?」
「ん、思ってたより大変だけど、楽しいから。毎日楽しい。バイトも面白いし、友達もたくさん出来たし、けっこういいよ」
「……ごめんね」

佐和子のその一言で大粒の涙がこぼれた。
今まで会えなかったのは、自分が会おうとしなかったからだ。最初は怒っていた。少し経って冷めたが連絡を取る機会を逃した。
受話器を上げて電話番号を押す。しかし最後まで押せなくてそのまま受話器を置いた。そうして何年も過ごした。
美弥と父親がたまに連絡を取って、美弥が仙台に行くことはあれど、高耶だけはそう出来なかった。
いまさら会ってどうなるんだ、そう思って。

「直江さんの話も美弥から少し聞いてるのよ。モデルさんで、優しい人だって。バイト先の人なんでしょう?」

美弥にはフィッターのバイトをして知り合って、その後冬休み限定で付き人をした話もしていた。それを言っているのだろう。

「すごいお世話になってる人だって、美弥が。今回のことでもご迷惑かけて申し訳ないわね」
「うん。でも平気。あいつにも色々と話してあるし」

こっちも世話してやってるし。

「あのね、俊介と来てるの。今日は親戚の家に預けてあるけど、お兄ちゃんに会いたいって言ってたから、会ってくれる?」
「しゅんすけ?ああ……弟か…知ってんの?」
「話してあるのよ。小さいうちから教えておけば、大きくなってからよりいいかもしれないって思って」
「そっか…いいけど、オレ、こんなだよ?」
「いいのよ」

直江と同じように微笑みながら髪を梳いた。その手が温かくて、優しくて、一気に心のわだかまりが取れていく。

「母さん」
「なに?」
「入院すんのも、悪くないんだな」
「……そうね」

何も話さなくても穏やかな空気が流れる。直江といる安心感と同じだ、と高耶は思う。
そこに直江が戻ってきた。
佐和子が立ち上がり、直江に椅子を譲る。

「いえ、座っていてください」
「いいんです。もう帰りますから。また明日来ます」

高耶の髪をもう一度梳いてから、病室を出て行く。直江が玄関まで送ると言って一緒に出て行った。

「すいません、高耶がいつもご迷惑をかけて」
「いいえ、そんなことありません。いつもは私がお世話になっているんですから」

春休みに仰木家と旅行に言ったことも美弥から聞いていたらしく、父親と高耶の今の関係を聞いてきた。
美弥からも聞いてはいるが、やはり家族以外の人物から見てどうなのかを知りたいらしい。

「仲がいい、というイメージではないですけど、あの年齢の男の子だったらそんなものでしょう。わだかまりはだいぶ解けているようでしたよ」
「そうですか……昨日、あの子の父親が心配して私の所に電話をしてきたんです。高耶が入院したらしいが、自分は行ってやれないから頼む、って。とても混乱した声で。頼みごとなんか離婚してから初めてのことで、ああ、この人はちゃんと高耶を愛してくれてるんだって思いました。それで…自分を反省したんです。いくら高耶が私を避けてるからって、会いに行かないのは間違ってたんです。押しかけてでも様子を見に行けば良かったのに、何もしなかった自分が恥ずかしくなりました」
「お義母さん……」
「今日高耶に会ってよくわかりました。あの子は意固地になってただけで、本当はずっと私に会いたかったことが。そんなことすらわからなかったなんて、駄目な母親ですね」
「それは違いますよ。高耶さんと同じくお母さんも悩んでたんですから、仕方のないことなんです。それにまだ高耶さんは不安定な年齢だから、自分ではどうしようもない気持ちをたくさん持ってます。だから、今回お母さんが来てくださったのは彼にとって救いになったんだと、思います」
「そう言っていただけると、私も安心します……」

玄関で別れる際に佐和子から頼まれごとをされた。

「明日には仙台に戻らなくてはいけなくて…これからも高耶とはなかなか会えないと思います。あの子の父親から聞いたんですけど、東京に来て高耶がだいぶ丸くなったって、きっと直江さんのような大人の方たちとお付き合いして、それで色々と思う所があったんだろうって、言ってました。美弥はお兄ちゃんが素直になったって言ってます。やっぱり直江さんのおかげだろうって。もしこの先もご迷惑でなければ、高耶とお友達でいてくだいね」
「はい。もちろんです」

お友達とは全然違うが、直江は一生高耶と過ごしていくつもりだ。いつかは高耶の家族にもこの関係を認めてもらわなくては
いけない。そのためにも、高耶を大事にしていこうと思っている。

玄関でもう一度挨拶をして、佐和子は春日通りに向かって歩きだした。背中が小さくて、ずっと寂しかったのは高耶だけでは
なかったのだと直江は知った。

 

 

 

病室に戻ると高耶が布団をかぶって泣いていた。

「高耶さん」
「う〜」

布団から顔を出して濡れた瞳で直江を見る。小さな子供に戻ってしまったようだ。

「良かったですね。お母さんに会えて」
「うん……なんか…歳とってて、小さくて、驚いたけど、やっぱ母さんだった…」

それから高耶は泣きながら直江に長く話した。自分たちを置いて出て行った母親に対して怒っていたことも、自分から連絡を絶ったことも、直江といる時のように母親のそばが安心したということも。そして。

「え?弟さんがいたんですか?」
「うん、明日、会いにくるって。オレも初対面」
「…あなたの弟さんなら、とても可愛いんでしょうね」
「さあ?まだ8歳だって。オレのことも知ってて、お兄ちゃんに会いたいって言ってくれてるんだってさ」
「大事なものがまた増えましたね」
「……そーだな」

自分と美弥以外の子供が母親にいることに対しての複雑な感情があり、もし弟に好かれなかったらという不安もあったが、それでもはやり弟だと思うと会うのが楽しみになってくる。

「こうゆうのって、なんていうんだっけ?悪いことがあったのに、いいことになるってゆう。ほら、ことわざとかでさ」
「災い転じて福となす、ですか」
「そうそう。なんかさ、早く元気になってく気がする」
「でも無理しないで休んでくださいよ?」
「うん。…直江、ありがとな。たぶん直江と出会ってなくて、こうして入院してたらメチャクチャ心細くてたまんなかったと思う。
そこに母さんが弟連れて来てたら、きっと怒って傷つけてたと思うんだ。でも直江に出会って、素直になれて、母さんと会えたのが嬉しいって思えて、弟が会いたいって言ってくれて楽しみって思える自分になれたんだ。直江がいなきゃダメだった」

布団から手を出して、直江の手を握る。大きくて温かくて優しい手を。

「大好き」
「あなたが少しでも幸せになれるなら、私はなんだって惜しみませんよ。喜んでもらえたなら、それが私の勲章ですね」
「今度は直江を喜ばせてやんなきゃな。オレみたいなワガママで生意気で使えない恋人で悪いけど、直江の幸せのためなら
オレもなんにも惜しまないから。これからも、よろしく」
「…私こそ、よろしくお願いします」

 

 

高耶が退院したのは翌々日。弟が来た日は直江は仕事で病院には行かれなかった。
その翌日は休みだったため、午前11時に高耶を迎えに行き、清算をしてマンションへ来させた。まだ本調子には戻っていないため、心配した直江がしばらくはマンションで暮らしてくれと頼んだのだ。
それなら何かあった時でも高耶が自分で救急車を呼ぶこともない。

しばらくはお粥と消化の良いものを食べるように言われている。直江は料理が出来ないので高耶が自分で用意しなくてはいけない。
まだ体力が戻っていないためメモに食材を書き出して直江に持たせ、買い物をさせた。
それを使って消化に良い料理を手早く作る。ちゃんと直江も満足するような料理だ。

「私が料理できないばっかりに…」
「だな。今度ちゃんと教えるから練習しろよ」
「そうします」

何事も器用にこなす直江だったら料理も覚えればすぐに高耶レベルにはなるだろう。
何から教えようかと話しながら、茶碗蒸しとジャガイモの煮物と、温野菜の酢の物を食べた。直江にはちゃんとした御飯を、と
炊こうとしたが、高耶さんと同じものを食べます、と言ってお粥にしていた。

「気ぃ使わなくてもいいのに」
「そうじゃないですよ。病人であるあなたの気持ちを理解するためには同じ物を食べないとわかりませんからね。少しでも分かち合えるなら、その方がいいでしょう?」
「そーゆーもんかな?でもオレ、直江が病気したって同じものはヤダよ。毎日お粥なんて、もうこりごり」
「…冷たいことを…」

箸を止めて項垂れる直江の髪をテーブル越しに梳いた。

「だからおまえは健康でいてくれ。病気になってわかったのは、健康でいるのが一番難しいってことだ。直江は体が資本なんだから特に気をつけてもらわないとな。それに、直江が入院なんてことになっても、今回直江がしてくれたみたいにちゃんと
出来るかわかんねーもん。まだガキだから保証人にもなれないし」
「…気をつけます。ありがとう、高耶さん」

ゆっくりと食事をしてから直江が和室の押入れにあった布団をリビングに運んだ。
寝室で寝ているのが一番いいのはわかるが、きっと高耶は入院中寂しかったのだと考えると、どうしても一人で寝かせておくのがかわいそうになった。
自分がそばにいられる場所で寝かせておきたい、そう思って運んだ。

「ここなら寂しくないでしょう?落ち着かないなら寝室に行ってくださいね」
「……うん。直江がそばにいる方がいい。ここで寝てる」
「ちゃんと休んで、体力も回復させてください」
「わかった。でも、ちょっとだけくっついてていい?」

おねだりをする高耶をソファまで連れて行き、そこでしばらくぶりの抱擁とキスをした。腕の中に収めてようやく高耶が戻った
ことを実感する。
可愛い、大事な、あなた。

じゅうぶん直江の愛を堪能した高耶が腕の中で顔を上げた。

「見る?弟の写真」
「見ます!」

携帯のデジカメで弟とのツーショットを撮っていた。

「…似てますね。高耶さんも弟さんもお母さん似なんですね」
「可愛いだろ」
「ええ。とっても」

待ち受け画面にするんだ〜とはしゃいでいる高耶を見てふと疑問が浮かんだ。

「そういえば私とのツーショットって、携帯には入ってないですよね?」
「……う」

高耶のこの様子からすると、わざと携帯では写真を撮らなかったようだった。弟とは仲良さそうに頬を寄せているのに、直江とは撮らない。これで直江が嫉妬しないわけがない。

「撮りましょう」
「やだ」
「なぜ」
「人に見られたらどうする。年齢の離れた弟だったらわかるけど、おまえとじゃ怪しいだけじゃんか」
「これも俺の幸せのためだと思って、惜しまないでくださいよ」

まさかここであの言葉を言われるとは思わなかった。入院中、世話になりっぱなしだったこともあって、高耶は渋々承諾した。
絶対に他人には見られませんように、と願いながら。
まずは高耶の携帯で。
直江が高耶の肩を抱いてくっつき、もう片方の腕を伸ばして二人がフレームに収まるようにして撮った。
次は直江の携帯で。
直江の携帯は撮りながら自分たちが見えるようにはできていない。だいたいの予想をつけて、さきほどと同じように撮る。

「もういいだろッ。離せっ」
「ええ。ありがとうございました♪」

高耶が自分の携帯を確認すると仲睦まじく写っているふたりがいる。気恥ずかしいが嬉しさもあり、SDカードに保存した。
直江も自分の携帯を見て嬉しそうにしている。嬉しそうに、というかニヤけている。

「そっちのも見せろ」
「え!」
「見せろよ〜」

隙を狙って直江の携帯を奪って、そこに見たものは。

「な!なんでおまえ、チューしてるんだよー!!」

高耶の髪にキスをしている直江が写っていた。

「こんなの見られたら!た、た、大変どころの騒ぎじゃねーじゃねーか!消す!」
「ダメですよ!待ち受けにするんですから!ああ!何を!消さないでください!」
「待ち受けになんかされてたまるか!」
「ああああ!」

データは消されてしまったが、落ち込む直江をかわいそうに思ったのか、高耶がキスをしてきた。

「これでガマンしろ。写真なんか見なくたって、いつでもチューしてやっから」
「…いつでも?」
「ふたりっきりの時はな」
「じゃあ今します!今してください!」
「ははっ。バーカ」

監視カメラのない部屋の中で、長くて甘いキスをした。

 

 

「これ、なんだ?」

直江が脱ぎ捨てたジャケットがソファの背にかかっていた。そこからこぼれて落ちた名刺。

「なんですか?」

高耶の目が見る見る吊り上がっていく。どうしたことかとその手の中にあるものを覗き込んでみた。ピンク色の名刺だ。

「いつの間に……!」
「え?なんですか?……ええ?!なぜこんなものが!」

高耶の病室の担当になったナースの名前とメールアドレスが書いてある。

「…受け取ったのか…?ああ?」
「違います!知らない間に入ってたんです!本当に違いますから!信じてください!」
「どーだかな」
「本当ですってば!高耶さ〜ん!!」

名刺を細かく千切ってゴミ箱に捨てた高耶。直江を振り返ってツツツとそばに寄る。

「油断できねえな」
「信じてくださいってば…」
「そうじゃなくて、おまえにつく虫に、だ」

可愛いヤキモチに笑んでから、高耶の膨らんだ頬にキスをした。

「膨らむあなたも魅力的ですね」
「ふん」
「私はあなたのものですよ。いつまでも、離れませんから」
「……ん」

 

お母さんも、心はあなたから離れてませんからね。信じてあげてくださいね。

 

 

 

END



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あとがき

お母さんと和解させたかったんです。
しんみりしちゃってすいません。
弟くんが出てきましたが、たぶん
また出ます。
子供ちゃんがたくさん出る話を
考えてます。