同じ世界で一緒に歩こう

31

すれちがい

その1

 
         
   

2学期の課題は入院だとか補習だとか俊介が来た騒動で少しだけ大変だったけど、ギリギリで提出できた。
今回の課題はコートと、あとは自由課題のワンピース。どんなものでもいいからとにかくワンピースじゃなきゃいけない。
オレはワンピースは得意だから時間をかけずに作れたんだけど、他の人の作ったものを見て後悔した。

ワンピースっていうカテゴリにはオールインワンだのライダースーツだのも入るらしくて、そうやってデフォルメしながら作った人がけっこういたからだ。
オレのは相変わらずドレス系だった。刺繍をしてる時間がなかったから布に金の絵の具で模様を描いて、金糸で作ってあるレースを買ってきて縫い付けてデコレーションした。
先生受けは良かったんだ。
題材もビザンチン様式っていうしっかりした下地があって、イメージコラージュに使った写真もローマ法王がメインだったからわかりやすい上に、華美で、だいぶ凝った作品が出来上がった。
学年順位も120人中24位という今までにない快挙だったんだけど……。

自分で作ったものが独創性に富んでないってゆーのがよくわかった。
それが証拠にデザインの先生とテキスタイルの先生の評価は非常に高くて、逆にパターンの先生と縫製の先生の評価は低かった。
救いはパターンの先生の「ドレープがキレイだ」って言葉ぐらい。

やっぱりやるとなったらしっかり作りたい。バランスが悪い評価はオレにとっては「ダメ」の最低点だ。
3週間も直江と会うのも控えて頑張ったわりに、順位は良くてもそんな理由でオレは落ち込んでしまっていた。

 

 

 

課題提出でようやく冬休みに入って、毎日のように直江の家に入り浸りだ。
バイトも直江の家から行って、そのまま直江の家に帰ってくる。夏休みの同棲生活みたいになってるんだけど、その理由が直江と一緒にいたいってゆーよりも、ひとりでアパートにいたくないってことで、正直なところあんまり楽しくなかった。
直江もそんなオレになんとなく気付いてて、優しくはしてくれるんだけど腫れ物に触るみたいに接してくることもある。

それが申し訳なくて、だけどなんだか気に入らなくて、こっちから会話を振ることにした。

「直江って、学校の成績どうだった?」
「成績、ですか?」
「うん。高校とか大学とか」
「得意も苦手もなかったですね。なんとなくこなしていたというか…親が少し勉強に対して厳しかったので成績が悪いのだけは許されなかったというか……」
「学年で何位ぐらいだったら良かったんだ?」

直江の親が成績に厳しかったってのは初耳だ。

「親が望むのは10位以内でしたね。だけどそんなにうまく行くわけがないでしょう?だいたい30位ぐらいをフラフラしてました。確か学年生徒数が400人弱だったので、親もそれほどうるさくは言ってきませんでしたけど」
「そっか…」

30位ってことはどの科目もけっこう上だったってことで、バランス良く点数を取ってたんだろうなってのがわかった。
なんでもソツなくこなす直江。頭がいいから要領もよくて、器用で何でもすぐにマスターする。
きっと料理も裁縫も、教えられればすぐに覚えるんだろうな。で、簡単にオレを追い越す。

「学校の成績が気になってるんですか?」
「うん…まあ、そんなところ」

コートはAラインの普通のコートを作って、襟にフェイクファーを取り付けられるようにした。
ポイントは袖口の折り返しで、ちょっとだけ難しい花びら型の断裁をした。コートは縫製の先生しか成績をつけないから上手に縫ってあればそれなりにいい点が貰えて、オレの評価は10段階で8。丁寧に縫製してあるってコメントを貰えた。
だから今回の成績に文句はないはずなんだけどさ、やっぱワンピースの評価が気になるんだよな。

「作品はどこに置いてあるんですか?見せてくださいよ」
「あ〜、実家に送った。コートは美弥が着るって言うし、ワンピースはペチコートが入っててうちにあっても嵩張るだけだから」
「そうですか……」
「別に見たって直江には関係ないじゃん」
「関係なくないですよ。高耶さんの作ったものだったら何でも見たいです」

いつもそう思ってるのは知ってる。だけど今回のは見られたくなくて昨日のうちに実家に送ったんだ。
そしたら直江はもしかして学校を辞めさせられるぐらい悪い成績だったのかって思ったみたいでオロオロし始めた。

「あの、大丈夫ですよね?」
「大丈夫だよ。クビにはならない」

心配してるから成績を教えてやったら不可解ですって言われた。

「そんな、今回は今までで一番いい成績じゃないですか。なのに悩んでるんですか?」
「成績は良くてもな……そろそろ就職も考えながらやっていかないとさ……やっぱ総合的に成績が良くないと希望先に就職できないだろ。特にな、オレの場合は流行があんまり関係ないとこに行きたいわけだし」

初めて直江に就職の話をした。オレがどこで働きたいとかって一回も言ったことなかったからちょっと驚いてた。

「どこを希望してるんですか?」
「ドレスメーカーの会社」

ドレスメーカーってゆっても本当にドレスを作るだけの会社もあれば、そういう部門を持ってるブランドもある。
オレの第一希望は部門の方だ。女性用下着がメインのブランドで、その別部門でフォーマルドレスを作ってるブランドがあって雑誌で見て知って「ここがいい!」って思ったんだ。オレが作る服に近いイメージを持ってるから。

「就職活動までまだあと1年近くあるんですから、大丈夫ですよ。これからは苦手なところを克服しながらやっていけばいいと思いますよ?」
「そーなんだけど」
「私はデザインのことなんかまったくわかりませんけど、高校の時の勉強に限ってはそうやっていけば大丈夫でしたよ」
「うーん、どうなんだろ……」

落ち込むオレの肩を抱いて、直江がチューしようとした。だけどそんな気分にはなれなくて。

「やだ」
「え?」
「チューしたくない」

ずっと忙しかったせいもあってエッチもご無沙汰だったんだけど、成績でオレが落ち込んでるから休みに入ってもしてない。
チューは今朝、直江が出かける時と帰ってきた時にした。でも今はしたくない。

「オレもう風呂入って寝るよ。明日は午前中からバイトだしさ」
「高耶さん…」

和室の押入れにある下着とパジャマを出して風呂場へ。
適当にワシャワシャ洗って出ると、直江がリビングで待ち構えてた。髪の毛を拭いてくれようとしてる。

「いい。自分でやる」
「あの…」
「だから直江も早く風呂入っちまえよ」
「はい…」

別に直江に八つ当たりしてるわけじゃなくて、本当に甘える気分になれないだけ。
だけどそれが大問題に発展するなんて思ってもみなかったけど。

 

 

「どした、直江〜!」

久しぶりに事務所でミーティングがあった。終わってから次の仕事まで時間が空いたものだから綾子にコーヒーをもらってポジフィルムを見るためのライトボードがあるテーブルで雑誌を見ながら飲んでいた。
そこにやってきたのは長秀だ。

「なんかえらい落ち込んでないか?」
「そう見えるか?」
「見えるってもんじゃないぜ。おまえの周りの空気がヘドロ色になってる」
「ふう……」

そうか、俺はそんなに落ち込んでいたのか。

「高耶となんかあったのか?」
「まあな」
「言ってみな。場合によっちゃ探ってやってもいいぞ」
「……倦怠期、というやつだと思う」
「倦怠期?!おまえらが?!マジかよ!」

長秀に詳しく話すつもりはないが、ここ3週間高耶さんを抱いていない。課題に追われている期間だったから仕方ないとしても一昨日から冬休みで、しようと思えばできるはずだった。
キスは一昨日も昨日も今朝もしたにはしたが、いつものように高耶さんが甘えてしてくるようなものではなく、ただの義務のようなキスだけしかしていない。
しかも全然甘えてくれない。
成績のことで悩んでいるというよりは、高耶さんが聞き分けのいい大人になってしまったようで寂しいのだ。

「そーゆーのは旦那側の努力が必要なんだぜ?」
「ああ、わかってる。だがにべもなく突き放されたら何もできないだろう?」
「甘やかしてるだけが愛情じゃないんだから、たまにはおまえから突き放してみたらどうだよ」
「追うのをやめろ…というわけか。基本的な恋愛の駆け引きだな」
「そーそー。そうゆう刺激も必要な時期じゃん?付き合い始めて1年ぐらいだもんな。倦怠期に入っても仕方ないって」

この長秀の提案をやってみようと思った自分がバカだった。

 

 

 

バイト先で兵頭と成績のことで少し話した。
兵頭の成績は中間ぐらいで良くもなく悪くもなく。今回のオレの順位を羨ましいって言ってた。

「そんなの贅沢ってもんだぞ。仰木の方が順位が上なのは、俺よりも努力したって証拠だ。しかも感性も優れてるってことになるんだ。そりゃ縫製とパターンの評価がイマイチだったとしてもさ、デザインとテキスタイルはいいんだろ?テキスタイルなんかいい評価を貰おうと思ったって難しいだろーが。ああして布を加工するってアイデアと技術を持ってるおまえだからこそ取れた評価なんだから、そこらへんは胸張っていいと思うけどな」

兵頭のワンピースはライダースーツだった。本皮は高価で買えないからってフェイクのスエードとタータンチェックのウールを使ってデザイン性に優れたライダースーツを作ってた。
本当にそれでバイクに乗れるかって言われれば絶対に無理な作品だったけど、デザインとパターンが良くて順位は68位。
オレが色々考えちゃった要因のひとつにはこの兵頭のライダースーツを見たってのがあったんだ。本来の使い方は出来ないけど、どう見たって独創性に富んでる。ライダースーツなのに所々タータンチェック。誰も考えつかないなって思った。

「けどさあ……」
「いつまでも過ぎたことをクヨクヨ考えてもしょーがねえだろが。ったく」
「就職に困ることになったらウチの家庭、崩壊しちゃんだよな〜」
「バーカ。そういうのは崩壊してから言えよ。しょうがねえな。帰りに飲みに行くか?オゴってやる」
「……うん」

兵頭と二人でなんて直江に言ったら殺されちゃうけど(兵頭が)今日ぐらいいいよな。黙っておこう。
気晴らししたいもんな。

兵頭が連れて行ってくれたのは知り合いが働いてるってゆーバーだった。西部劇のバーみたいな内装でバーボンがメインで置いてある。
隠れ家的なバーのカウンターに座って、知り合いだってゆうバーテンの男の人に兵頭はワイルドターキーってゆうバーボンを
ロックで頼んだ。

「仰木は?」
「ええと、ラムコーク」

バーボンを飲む兵頭は大人って感じで、ちょっと直江に似てる。そんなこと言ったら直江は火がついたように怒るんだろうけど似てるって思うんだからしょうがないよな。

「いいか、仰木。悔しいが俺はおまえより成績が悪い。だからおまえに何か言ってやれることは正直言ってない。だけどさ、おまえの服って俺はいいと思うんだよな。どんなに大変でもちゃんと作ってあるだろ。刺繍もそうだし、縫製もそうだし、確実に着られる服になってる。先生たちがどう評価したってさ、悪かったわけじゃないんだから落ち込む必要はどこにもないんだよ。俺はそうやって順位を上げてきたおまえをスゴイと思うぞ?」
「そうかな……」
「そうだよ。夏の合宿の時は俺の方が順位上だったからな」
「うーん」
「たぶん…タチバナもそうゆうおまえに惚れてるんだろうしさ」

なんでここで直江の名前が出てくるんだって思ったけど、少し酔ってたからあんまり気にしなかった。

「どうせタチバナの前でも今日みたいな顔してたんだろ?心配してるんじゃねえかな?」
「かも」

そうだな。チューする時も気もそぞろでしてたしな。
心配ってゆーか、不機嫌になってるかも。今日はメールが一回も来なかったし…。

「そろそろ帰るよ」
「じゃあ出ようか」

兵頭は駅前からバスで。オレはJRで駒込駅まで出て、直江の家に帰った。

 

 

 

マンションの窓に明かりがついてたから、直江がもう帰ってきてるんだなって思って鍵を使わずにピンポンを押した。
インターフォンから直江の声が聞こえてきた。

「ただいま。開けて」
『待っててください』

ドアが開くと直江が立ってた。抱きついてチューしようと一歩前に出たら、直江はすぐに背中を向けて廊下を歩いて行ってしまった。

「ん?」

やっぱりか、と思いながら後をついて行って、ダイニングテーブルでグラスにビールを注いでる直江の背中に貼りついた。

「ただいま」
「おかえりなさい。高耶さんもビール飲みますか?」
「ううん、いらない。ちょっと飲んできたから」
「誰と?」
「兵頭」
「そうですか」

体を捻ってオレを離すと、頭をクシャクシャ撫でてそれでおしまい。いつものヤキモチはどうしたんだろう?
グラスを持った直江はリビングのステレオのリモコンを取って再生を押した。何枚かステレオの前にCDが積まれてるから聞きたいのを選んでおいたんだろう。
誰のかわからないけど、優しげなクラシックが流れだした。

酒が入ってたせいもあって、それに兵頭に励まされたおかげか元気が出てたオレはすごく甘えたい気分になってた。
ソファに座る直江の膝に頭を乗せて床に座って甘えてみた。

「今日って、仕事忙しかった?」
「そうでもないですね。ミーティングの後は待ち時間が長い撮影でしたから、ちょっと退屈するぐらいでしたよ」
「メールが一回も来なかったからさ、忙しいんだと思ってた」
「ああ、メールですか。忘れてました」

忘れてた?そんなこと、今まで一度もなかったのに?

「ん…と、どこか体調悪いとか?」
「いいえ。どうしてですか?」
「じゃあ機嫌が悪いとか?」
「いたって普通ですけど」
「ふぅん……」

どうしたんだろ…?

「高耶さん」
「ん?」
「アパートに帰らなくていいんですか?」
「え?!」

直江からそんなセリフが出るなんて思ってなかったオレは驚いて顔を上げた。直江は真面目に、本当に不思議そうにオレを見てた。

「な、なんで?」
「なんとなくです。冬休みは同棲しようって約束はしてないですし、いつもと変わらずに高耶さんはアパートに戻るんだとばかり思ってたんですけど」

そりゃ約束はしてないよ。だけど最近はオレに「アパートに戻れ」なんて言ったことないじゃんか。オレが課題で忙しくて帰るって言ったことはあっても!

「……オレがいたら迷惑?」
「そうではありませんよ。いつでもいてくれてかまいません」

今までだったら「いてください」って言ってたのに…。なんかおかしい。
もしかして……。

「兵頭とでかけたから怒ってる?」
「怒ってませんよ。たまにはいいでしょう?いつも兵頭があなたを口説いてるわけではありませんしね。友達なんでしょう?」
「でも…でも直江、なんか変だ。チューもしてくれないしさ」
「そうですか?じゃあキスしましょうか?」
「……そんなのヤダ!もういい!帰る!」
「え?!高耶さん?!」

嫌われる前に帰る!!イヤな思いをする前に!!

床に置いてあったカバンを持って飛び出すようにしてアパートに帰った。

 

ツヅク


30の2に戻る / その2へ

 

   
   

就職活動中の皆様、応援しています。ガンバレ!