同じ世界で一緒に歩こう 35 |
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「なんのデザイン画ですか?」 先日少しだけ説明をしてもらった。イギリスのコンクールに応募するらしい。 「この前、直江と美術館とか行ったじゃん?それでけっこう頭の中がまとまったんだ」 いつものように丁寧にデザイン画を描いている。今回は4枚応募するらしい。 「どうしていまさらデコルテなんでしょうね?いったい何のコンクールですか?」 聞いたことのないコンクール名だったが、学校で案内書を渡されたぐらいだから大きなコンクールなのだろう。 「これに出品する条件があってだな、使っていい布が限られてる」 動物性というところで私は気が付いた。ヨーロッパでは毛皮などの動物を殺して作る服を着ない運動がある。 「毛皮はもちろん、レザーもダメ。絹もダメ。綿や麻みたいな植物性か、化繊だけ使えるんだ」 学校や服の話をしている高耶さんは輝いていて、いつも私は学校と服、ひいては糸にまで嫉妬をする。 「ローマ法王っているじゃん」 どうしてここでローマ法王が出てくるのだろうか? 「ローマ法王の服に絹が使われてるかどうかまでは知らないけどさ、式典の時の帽子とかローブに付いてる光りモノ、あれって一個100円のボタンだったり、一袋20円のビーズだったり、どこにでも売ってるようなガラス玉だったりするんだぜ」 天下のローマ法王の衣装がか?てっきり何百万もかけているのだと思っていたが。 「布もな、1メートル何十円とかな。中には1メートル何万てのもあるらしいんだけど」 しかし注釈があった。その話は先代のローマ法王の話で、今はどうなっているかわからないらしい。 「だから今回の服の素材はほとんど化繊なんだ」 色々なコンクールがあるものだ。しかしプレタはわかるが、デコルテでどうして? 「化繊や植物性の布のデコルテなんて、いつ着るためのものなんでしょうね?」 今の皇太子が王になる際の戴冠式用ドレスだと言うのだ。 「優勝者以外の入選は?」 もしこれで高耶さんが優勝したら……私の手の届かないところへ行ってしまいそうな気がする……。 「だけどずっと私の高耶さんなんですよね?!」 少しばかり怒られたが、高耶さんは私にキスをしてくれた。 「オレはずっと直江のもの。だからそんな顔すんな。それと理解してて欲しいんだけど、これやってるのも直江と一緒に仕事できたらいいな〜って思ってやってるんだからな」 デザイン画に向き直った高耶さんは丁寧に色を乗せていく。私はその後ろでクッションを抱えながら眺めていた。
コンクールのデザイン画を学校に提出してしまうと、今度は学校の課題と作品の手直しで忙しくなったらしい。 そんなわけで私が高耶さんのアパートに居候状態だ。 「ここじゃロクな飯も作れないんだから、たまには直江んちで作ろうよ」 私の服もいくつか運んであることだし、何日だっていられる。スーツで出かける時は家に一旦帰ればいいだけだ。 「まったくも〜」 そう文句を言いながらも、私の足の間に入って背中を預けて縫い物をする。今日は刺繍の縫い足しだ。 「高耶さん」 少しだけキスをするつもりがお互いに盛り上がって、刺繍を放り出して夢中でキスした。 「エッチする?」 アパートエッチが大好物の私は実を言うとその誘いを待っていたのだ。
高耶さんの忙しさがマシになり、またマンションに通ってくれるようになった。 そんなある日の仕事中、ちょうど待ち時間だったのだが高耶さんから電話があった。 「どうしたんですか?何かありましたか?」 電話の向こうで叫んでいるからよく聞き取れなかったが、コンクールに入選したのはしっかり聞き取れた。 「本当ですか?!」 世界中から応募があっただろうに。何名入選なのかはわからないが、とにかくショーに出す服を作らなくてはいけないのだと言う。 『そんで頼みがあるんだけど』 コンクールバンザイ!!高耶さんが我が家に住む!!同棲じゃないか!! 「いつから来ますか?今日からでもいいですよ!」 ラブラブ生活は期待していないが、とにかく我が家にいつも高耶さんがいる! 電話を切ると一蔵が不審げな顔をして私を見た。 「なんの電話ですか?」 帰りはこの邪魔な一蔵を事務所まで送り届けてから、それから高耶さんの家に行こう。そうしよう! 「高耶くんにおめでとうって言ってくださいね!」 待っててください、高耶さん!!この直江信綱、あなたのためならどこまでも!!
夜7時ごろに高耶さんのアパートに到着し、部屋まで行くとすでに荷物が出来上がっていた。 「けっこうありますね」 喜びが伝わってくるキスをして、思い切り抱きついた彼を支えるようにして立つ。 「おめでとうございます」 一蔵からの伝言も伝えようかと思ったが、今は一蔵の名前すら出したくない。 荷物を車のトランクと後部座席に入れて、高耶さんのために助手席のドアを開けた。 「直江〜」 シートベルトをしてあげる時はだいたいキスをする。それを待っているのだ。 「じゃ、行きましょうか」 可愛い高耶さんを乗せて、我が家へと5分の道のりを急いだ。 家に着くとカバンの中に折りたたんで入ってたデザイン画のカラーコピーを出した。 「制作時間はどのぐらいあるんですか?」 高耶さんと喜びを分かち合えるこの幸せを、私は一生大事にしたいと思った。
入選したということは、当然、来賓用のドレスになるデザインに決定したも同然だ。 努力をするだけなのだが。 「……あの〜……」 コレだ。 「ゴメン!!すぐ作る!」 濃紺のベルベットを手に持って、済まなさそうな顔をしている。 「気にしないで。高耶さんがやってることと、今日の夕飯じゃ比べようもないでしょう?いいんですよ」 交差点の近くに美味しい定食屋があるからそこに行きたい、と高耶さんが言った。 「どのぐらいまで進んだんですか?」 生地が厚いので工業用ミシンでなければ縫えないらしい。 「だから明日からは夜間の生徒が来るまで学校でやる。そんで学校で全部仕上げて、そのまま学校から発送してもらうことにした」 それはそうなのだが、いなくなると聞くと寂しくなってしまう。 「そんな顔すんなって。いつだって会いにくるから」 高耶さんと同棲!と、喜んでいたのだが、同棲していた間の2週間強、私と高耶さんはキスしかしていない。 「ずっと直江に甘えてなかったから、今夜はしっかり甘えさせろよ?」 なんだ、高耶さんも同じ気持ちだったのか。 「帰ろう?」 そしてマンションのリビング。私の隣りには高耶さん。ぴったりとくっついて甘えている。 「コンクールには行くんですか?」 そんなものなのか。学校側が考慮してくれそうなものだが。 「だからあとは結果待ち。無理だと思うけど、一生懸命やったってのが大事だろ?」 私が今まで見てきたのは、結果を出せる高耶さんではなく、結果に向かって一生懸命頑張る高耶さんだ。 「あなたといると新しい発見もたくさんありますけど、再発見も多いですね」 無言で「何してる?」という顔をして首を傾げたのがたまらなく可愛らしかった。 「大人になると生きていくのに慣れてしまって、当然しなくてはいけないことを忘れるんです」 大袈裟に思われたってかまわない。そう思った私が本当の私なのだから。 「結果を出さなければいけないって風潮がありますけど、そうじゃないですよね。あなたを見てるといつもそう思います」 顔を赤くしながら私の胸に頭を乗せて、甘えてくる。その頭を撫でて欲しくてそうする高耶さん。 「だから私も一生懸命生きますよ。どんなことも未来に繋がっていくんですからね」 得意満面な笑顔で彼からキスをしてきてくれた。 「直江が優勝」 高耶さんの一番でいてもいいということか。 「優勝トロフィーをもらえますよね?」 立ち上がって高耶さんを抱きかかえた。 「あなたが優勝トロフィー。私に全部くださいね」 だけど高耶さんは幸せそうで、大きな笑い声を出しながら暴れた。 「下ろせ〜!」 床に下ろすと元気よく抱きついてキスをしてくれた。笑いながら。 「オレも直江みたく大人になっても一生懸命生きるようにする。直江がオレを見てそう思えるように、オレも直江を見てそう思いたい。だからずっと、一緒にいような?」 やっぱり高耶さんを選んで間違いなかった。
コンクールには残念ながらデザイン入選で終わっただけだったが、それでも悔しがったり落ち込んだりすることもなく、高耶さんは毎日を楽しく過ごしている。 そしてコンクールの結果が出て数日後のある日、ちょっと不器用に包んであるプレゼントを渡された。 「なんですか?」 中に入っていたのは木綿のパジャマ。 「……私に?高耶さんが?」 初めて!初めて高耶さんが私の服(?)を作ってくれた!! 「大事にします!額縁に入れて飾っておきます!」 あんな小さな約束を覚えていてくれたことが嬉しい。 「愛してます、高耶さん!」
END
あとがき このコンクールは後々大事な
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