同じ世界で一緒に歩こう

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コンクール


 
   

 


忙しい合間を縫って高耶さんはデザイン画を描いていた。
ちなみにここは高耶さんのアパートだ。
いつも使っているB4画用紙ではなく、A4サイズの画用紙だ。このサイズの画用紙は珍しい。

「なんのデザイン画ですか?」
「今度のコンクールに応募するやつ」
「ああ、ローブデコルテですね」

先日少しだけ説明をしてもらった。イギリスのコンクールに応募するらしい。

「この前、直江と美術館とか行ったじゃん?それでけっこう頭の中がまとまったんだ」
「そう。良かった」

いつものように丁寧にデザイン画を描いている。今回は4枚応募するらしい。

「どうしていまさらデコルテなんでしょうね?いったい何のコンクールですか?」
「お、よくぞ聞いてくれた!」
「?」
「コンクールの名称はリンクスってんだ。部門が二種類あって、プレタとデコルテ。オレはデコルテに応募すんの」

聞いたことのないコンクール名だったが、学校で案内書を渡されたぐらいだから大きなコンクールなのだろう。

「これに出品する条件があってだな、使っていい布が限られてる」
「そんな条件あるんですか?」
「これに限っては、な。動物性の布や糸を使っちゃいけないんだ」

動物性というところで私は気が付いた。ヨーロッパでは毛皮などの動物を殺して作る服を着ない運動がある。
その一環だろう。

「毛皮はもちろん、レザーもダメ。絹もダメ。綿や麻みたいな植物性か、化繊だけ使えるんだ」
「だけどそれじゃあデコルテには向かないと思うんですが」
「そー思うだろ?それが違うんだな」

学校や服の話をしている高耶さんは輝いていて、いつも私は学校と服、ひいては糸にまで嫉妬をする。

「ローマ法王っているじゃん」
「ええ」

どうしてここでローマ法王が出てくるのだろうか?

「ローマ法王の服に絹が使われてるかどうかまでは知らないけどさ、式典の時の帽子とかローブに付いてる光りモノ、あれって一個100円のボタンだったり、一袋20円のビーズだったり、どこにでも売ってるようなガラス玉だったりするんだぜ」
「ええ?!」

天下のローマ法王の衣装がか?てっきり何百万もかけているのだと思っていたが。

「布もな、1メートル何十円とかな。中には1メートル何万てのもあるらしいんだけど」
「ああ。やっぱり」
「だけど全体的にそんなに高価な服じゃないわけ。だから素材や価格でいい服が作れるとは限らないってこと」
「なるほど……」

しかし注釈があった。その話は先代のローマ法王の話で、今はどうなっているかわからないらしい。

「だから今回の服の素材はほとんど化繊なんだ」
「はあ……」

色々なコンクールがあるものだ。しかしプレタはわかるが、デコルテでどうして?

「化繊や植物性の布のデコルテなんて、いつ着るためのものなんでしょうね?」
「……聞いて驚け。これは戴冠式用なんだ」
「たっ、戴冠式ですって?!」

今の皇太子が王になる際の戴冠式用ドレスだと言うのだ。
優勝者のドレスは皇太子の妻のドレスになる。

「優勝者以外の入選は?」
「来賓用だ」
「……ものすごいコンクールに応募するんですね……」

もしこれで高耶さんが優勝したら……私の手の届かないところへ行ってしまいそうな気がする……。
いや、入選しただけでもそうなりそうだ。

「だけどずっと私の高耶さんなんですよね?!」
「あたりまえだ!!」

少しばかり怒られたが、高耶さんは私にキスをしてくれた。

「オレはずっと直江のもの。だからそんな顔すんな。それと理解してて欲しいんだけど、これやってるのも直江と一緒に仕事できたらいいな〜って思ってやってるんだからな」
「はいッ」

デザイン画に向き直った高耶さんは丁寧に色を乗せていく。私はその後ろでクッションを抱えながら眺めていた。

 

 

コンクールのデザイン画を学校に提出してしまうと、今度は学校の課題と作品の手直しで忙しくなったらしい。
私から見れば完璧な作品なのだが、高耶さんからすると手抜きの部分がたくさんあるそうで、糸を解いて縫い直したりしている。
私のマンションにミシンを運び込んでいいと言ったのだが、そうすると何から何まで持っていかなきゃいけないし、不便になるから嫌だといわれてしまった。

そんなわけで私が高耶さんのアパートに居候状態だ。

「ここじゃロクな飯も作れないんだから、たまには直江んちで作ろうよ」
「でもあなたはすぐに帰ってしまうじゃないですか」
「だって〜」
「だったらここで一汁一菜でいいです」
「おまえって変なとこで頑固だよな」
「そうですよ」

私の服もいくつか運んであることだし、何日だっていられる。スーツで出かける時は家に一旦帰ればいいだけだ。

「まったくも〜」

そう文句を言いながらも、私の足の間に入って背中を預けて縫い物をする。今日は刺繍の縫い足しだ。
いつも思うのだが、高耶さんの刺繍は繊細で丁寧でキレイだ。
1年生の時と比べて格段にうまくなっている。本人も刺繍に関しては学校の誰にも負けないと自負している。
さすがにミシンをかける時は寄りかかったりしてはくれないが。

「高耶さん」
「ん?」
「いつでもいいですから、私にも何か服を作ってください」
「え〜?オレ、メンズは作れないんだけど。パターンの作り方から何から違うし」
「既製の型紙からでいいですから」
「うん、わかった。気晴らしにもなるし、いいよ」

少しだけキスをするつもりがお互いに盛り上がって、刺繍を放り出して夢中でキスした。
そういえばこのところご無沙汰だ。

「エッチする?」
「いいんですか?」
「いいよ、今日ぐらいは」

アパートエッチが大好物の私は実を言うとその誘いを待っていたのだ。

 

 

 

高耶さんの忙しさがマシになり、またマンションに通ってくれるようになった。
学校の勉強に関して真面目な彼は、手直しを数週間で終えて、課題もそつなくこなした。
早いですね、と感心したら「直江といる時間を増やしたかった」と赤くなって答えてくれたのだ。
感激だ。

そんなある日の仕事中、ちょうど待ち時間だったのだが高耶さんから電話があった。
いつも仕事中はメールを入れてくる彼が、だ。

「どうしたんですか?何かありましたか?」
『何かどころじゃねえよ!聞いてくれ!コンクール、入選だ!』

電話の向こうで叫んでいるからよく聞き取れなかったが、コンクールに入選したのはしっかり聞き取れた。

「本当ですか?!」
『うん、さっき先生から聞いたんだ!やったー!!』

世界中から応募があっただろうに。何名入選なのかはわからないが、とにかくショーに出す服を作らなくてはいけないのだと言う。

『そんで頼みがあるんだけど』
「なんでしょう?」
『しばらく直江んちに住みたい』
「……大歓迎です!!」

コンクールバンザイ!!高耶さんが我が家に住む!!同棲じゃないか!!
理由は大きな布を切るスペースが自分のアパートにないことと、夜中でもミシンをかけるかもしれないから隣りの東大生に壁を叩かれたくないことだったが、そんな理由はどうでもいい!

「いつから来ますか?今日からでもいいですよ!」
『うん、そのつもり。だから仕事が終わったら車で来て。ミシンや道具を運ぶから』
「はい!待っててくださいね!」
『うん!』

ラブラブ生活は期待していないが、とにかく我が家にいつも高耶さんがいる!
毎日一緒に眠れる!なんて素晴らしいんだ!!

電話を切ると一蔵が不審げな顔をして私を見た。

「なんの電話ですか?」
「高耶さんがコンクールに入選したらしい」
「マジっすか?!」
「努力が実ったんだな」
「すっげー!」

帰りはこの邪魔な一蔵を事務所まで送り届けてから、それから高耶さんの家に行こう。そうしよう!

「高耶くんにおめでとうって言ってくださいね!」
「ああ」

待っててください、高耶さん!!この直江信綱、あなたのためならどこまでも!!

 

 

夜7時ごろに高耶さんのアパートに到着し、部屋まで行くとすでに荷物が出来上がっていた。
ミシン、裁縫箱、衣類、製図用の紙が入ったアジャストケース、70センチ定規、製図用品、シーチング。

「けっこうありますね」
「直江、直江」
「はい?」
「チューしよ!」
「はいはい」

喜びが伝わってくるキスをして、思い切り抱きついた彼を支えるようにして立つ。

「おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
「頑張ってくださいね」
「頑張る!!」

一蔵からの伝言も伝えようかと思ったが、今は一蔵の名前すら出したくない。
今のこの瞬間は私と高耶さんだけのものだ。

荷物を車のトランクと後部座席に入れて、高耶さんのために助手席のドアを開けた。
スルリと入ってすわり、私がシートベルトをしてあげるまで待っている。可愛い人だ。

「直江〜」
「待ってて」

シートベルトをしてあげる時はだいたいキスをする。それを待っているのだ。

「じゃ、行きましょうか」
「うん!」

可愛い高耶さんを乗せて、我が家へと5分の道のりを急いだ。

家に着くとカバンの中に折りたたんで入ってたデザイン画のカラーコピーを出した。
4枚の提出作品の中でも私が一番好きだと思った濃紺のベルベットをロングジャケット風にドレスにしたものだった。
割れたジャケットの中心からクリーム色のサテン生地が覗いている。プリーツスカートを中に履いているイメージだ。
そしてやはり高耶さんのこと。裾や首周り、背中の一部分に金糸で刺繍が入っている。

「制作時間はどのぐらいあるんですか?」
「一ヶ月」
「大丈夫?」
「うん。それだけあればなんとかなる」
「……また徹夜なんかしないでくださいね。今回は夏休みじゃないんですからね」
「わかってるよ」

高耶さんと喜びを分かち合えるこの幸せを、私は一生大事にしたいと思った。

 

 

入選したということは、当然、来賓用のドレスになるデザインに決定したも同然だ。
もうこれからは高耶さんがどんなに高みへ登ろうが、私は卑屈にならないと決めている。いつもそばで支えてあげられるように、隣りに並んでいられる努力をするだけだ。

努力をするだけなのだが。

「……あの〜……」
「え?!あ、直江!!帰ってたのか!!」

コレだ。
毎日コレなのだ。
私が玄関のドアフォンを押そうが、鍵を開けて入ってきてただいまを言おうが聞こえてない。
すべての集中力はドレスに費やされている。
そして現在、午後9時半。
「今日は少し遅くなりますけど、夕飯は家で食べますから」と言ってあったのに、支度はされていない。

「ゴメン!!すぐ作る!」
「もういいですよ。高耶さんも疲れたでしょう?どこかに食べに行きませんか?」
「うん……」

濃紺のベルベットを手に持って、済まなさそうな顔をしている。
場所を使わせてもらう代わりに、夕飯だけはちゃんと作ると自分から言い出しただけに、この状態を反省しているのだろうか。

「気にしないで。高耶さんがやってることと、今日の夕飯じゃ比べようもないでしょう?いいんですよ」
「ごめん」
「夕飯は忘れてもかまわないから、私の存在は忘れないでくださいね」
「忘れるわけねーじゃん」
「ね?だから夕飯食べに行きましょう?」
「うん」

交差点の近くに美味しい定食屋があるからそこに行きたい、と高耶さんが言った。
私は初めて行く場所で、どんなところかと思いきや小奇麗な店だった。メニューを見てからチェーン店だとわかったのだが、これが案外バカにしたものではなく家庭的で優しい味がした。
食べながら作業の進み具合を聞いてみた。

「どのぐらいまで進んだんですか?」
「刺繍だとか飾り部分だとかは終わったんだ。あとは部品を縫い合わせて裏地をつけるだけ」
「じゃあもう少しですね」
「いや〜、それがさあ……スカートになる部分が家庭用ミシンじゃ無理そうなんだよな。だから明日からは学校でやんなきゃ」

生地が厚いので工業用ミシンでなければ縫えないらしい。

「だから明日からは夜間の生徒が来るまで学校でやる。そんで学校で全部仕上げて、そのまま学校から発送してもらうことにした」
「ということは?」
「うん、明日は直江んちから出てくから」
「……もう?」
「だってこれ以上、直江んちを散らかすわけにいかないだろ」

それはそうなのだが、いなくなると聞くと寂しくなってしまう。

「そんな顔すんなって。いつだって会いにくるから」
「はい……」

高耶さんと同棲!と、喜んでいたのだが、同棲していた間の2週間強、私と高耶さんはキスしかしていない。
エッチする時間があるのなら作業時間を増やしたいと高耶さんが言ったからだ。
まあそれは仕方がない。
しかしイチャイチャもほとんどなかっただけに、私の寂しさはいつもより倍増されていた。

「ずっと直江に甘えてなかったから、今夜はしっかり甘えさせろよ?」
「……はいっ!!」

なんだ、高耶さんも同じ気持ちだったのか。

「帰ろう?」
「帰りましょう!!」

そしてマンションのリビング。私の隣りには高耶さん。ぴったりとくっついて甘えている。

「コンクールには行くんですか?」
「行かないよ。そんな金も時間もないもん。行ったとしたら何日間かの授業が受けらんなくなるじゃん」

そんなものなのか。学校側が考慮してくれそうなものだが。

「だからあとは結果待ち。無理だと思うけど、一生懸命やったってのが大事だろ?」
「……ええ、そうですよ」

私が今まで見てきたのは、結果を出せる高耶さんではなく、結果に向かって一生懸命頑張る高耶さんだ。
当たり前のように努力をする、いや、当たり前に努力をする、という言い方の方が正しいだろう。

「あなたといると新しい発見もたくさんありますけど、再発見も多いですね」
「何?オレそんなことした?」
「してますよ。いつも」

無言で「何してる?」という顔をして首を傾げたのがたまらなく可愛らしかった。

「大人になると生きていくのに慣れてしまって、当然しなくてはいけないことを忘れるんです」
「どんなこと?」
「一生懸命生きること、です」

大袈裟に思われたってかまわない。そう思った私が本当の私なのだから。

「結果を出さなければいけないって風潮がありますけど、そうじゃないですよね。あなたを見てるといつもそう思います」
「……やっぱ恥ずかしいヤツだな……でもそういう直江だから好きなのかも」

顔を赤くしながら私の胸に頭を乗せて、甘えてくる。その頭を撫でて欲しくてそうする高耶さん。
サラサラの髪をゆっくり撫でてから抱いて、顔をあげさせてキスをした。

「だから私も一生懸命生きますよ。どんなことも未来に繋がっていくんですからね」
「うん」
「あなたとの未来にね」
「……そうだよ」

得意満面な笑顔で彼からキスをしてきてくれた。

「直江が優勝」
「はい?」
「オレの中のコンクールで、直江が優勝だ。どんなものより、どんな人より、直江が一番すごい」

高耶さんの一番でいてもいいということか。
だったら。

「優勝トロフィーをもらえますよね?」
「トロフィー?」
「そう、こうやって、抱きかかえられるぐらい、大きなトロフィーです」

立ち上がって高耶さんを抱きかかえた。

「あなたが優勝トロフィー。私に全部くださいね」
「バッカじゃん!!」

だけど高耶さんは幸せそうで、大きな笑い声を出しながら暴れた。

「下ろせ〜!」
「下ろしたら何してくれますか?」
「……おまえは〜!」
「高耶さん?」
「うー、チューしてやるから下ろせ!」
「はい」

床に下ろすと元気よく抱きついてキスをしてくれた。笑いながら。

「オレも直江みたく大人になっても一生懸命生きるようにする。直江がオレを見てそう思えるように、オレも直江を見てそう思いたい。だからずっと、一緒にいような?」
「はい」

やっぱり高耶さんを選んで間違いなかった。
私を生かしてくれているのは、いつだって高耶さんなのだから。

 

 

 

コンクールには残念ながらデザイン入選で終わっただけだったが、それでも悔しがったり落ち込んだりすることもなく、高耶さんは毎日を楽しく過ごしている。
それが礎になる日がいつか来るのだから、と。
私は改めてそんな高耶さんを愛してよかったと思った。

そしてコンクールの結果が出て数日後のある日、ちょっと不器用に包んであるプレゼントを渡された。

「なんですか?」
「いいから開けろ」

中に入っていたのは木綿のパジャマ。

「……私に?高耶さんが?」
「うん、直江の服を作るって約束しただろ?服は難しいから、パジャマだけど」

初めて!初めて高耶さんが私の服(?)を作ってくれた!!

「大事にします!額縁に入れて飾っておきます!」
「着なきゃ意味ないだろが!」
「あ、そうですね」

あんな小さな約束を覚えていてくれたことが嬉しい。
それだけで私は幸せで幸せで高耶さんを抱きしめなければ気がすまなくなる。

「愛してます、高耶さん!」
「苦しい!離せ!」
「嫌です!」

しつこいと怒られるほどキスをして、いい加減にしろと殴られるほど抱きしめて、ある意味昇天(KOともいう)しながら私は幸せを噛み締めた。

 

END



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あとがき

このコンクールは後々大事な
要素になります。
まだ内緒。
自慢ですが、私もこの
デコルテで入選しました。
結果?高耶さんと同じですよ。