同じ世界で一緒に歩こう

36

それだけの幸せ
そうか。普段は頼りがいのある青年なのか。
よく考えたらそうなのだ。フィッターのバイトでの高耶さんは誰よりも仕事が速く、私もとても助かった。
付き人のアルバイトでもソツなくこなして、一度もヘマをしてはいない。
それに食事の支度や掃除、洗濯も完璧にこなしてくれる。
課題だって一度も落とした試しはないじゃないか。

かっこいいです、高耶さん!!
そんな素晴らしい人が私のものだなんて!

「高耶さん」
「なお…!タチバナ、さん!」

困ったような、嬉しいような顔をして私を見る。少しだけ頬を赤くして。

「学校のお友達ですか?」
「う、うん。ちょっと待っててくれるか?今から会計するとこなんだ。店内見てて」

そう言って二人をレジに誘導し、しかめっ面の兵頭と会計をして、包装をした。
相変わらず兵頭は高耶さんに惚れているようだ。その恨みがましい視線はやめろ。

一方高耶さんは笑顔でその包装を二人に丁寧に手渡し、「学校に着てこいよ」と言った。
女の子たちはその高耶さんの笑顔にうっとりと見とれてからハッとし、貧血を起こしそうなほどブンブン頷いている。
そして女の子たちを店のドアまで送っていった。

「ありがとな。また来てくれよ。別に買い物しなくてもいいから」
「うん。こっちこそありがとう!」
「また学校でね、仰木くん」
「ああ、またな」

最後まで手を振って、見送っていた。高耶さんの優しいところはこんなところだ。キレイだな、と思う。

「直江、もうちょっとで仕事終わるから」
「ええ。では外で待ってますから、食べたいものを考えておいてくださいね」
「うん」

そして高耶さんは閉店の準備を始める。今日も何か買って帰ろうと思っていたのだが、彼女たちに先を越されてしまったな。
高耶さんがモテるのはよーくわかった。そして高耶さんを好きになる女性はみんな可愛らしくて、好感が持てる。
きっと彼のいいところを理解してくれているのだろう。
彼女たちに高耶さんを譲る気は1ミリもないがな。

店を出ようとしたところで声をかけられた。

「タチバナさん」
「兵頭……くん。お元気ですか?」
「ええ、まあ。今日も仰木のお迎えですか。ご苦労様ですね」

こいつはどうにも好かん。

「仰木ってモテますよね。心配になりませんか?」
「たまに心配にはなりますよ。でも、それは高耶さんが愛される人柄だという証拠ですからね。私も嬉しいと、最近思うようになりました」
「ずいぶん余裕で」
「はい」

お互い笑顔での応酬だ。そのへんは多少ぎこちないだろうが、私が言った言葉は本心でもある。

「アレの他にも仰木のファンは多いんですよ。ただ、仰木には彼女がいて、指輪もお揃いでしてるから誰もコクらないだけで」
「ええ、知ってます」

私の指にも高耶さんとお揃いの指輪がはまっている。こうしてお互いにお互いを大事にしているという目に見える物が、自信を与えてくれる。

「直江、まだ店ん中にいたのかよ。外で待ってろってば」
「はいはい。では失礼します」

兵頭はまだ諦めきれないようだ。可哀想なヤツだ。高耶さんが私以外の人間と、恋をすることはもう二度とないのに。
……………ざまあみろ。

仕事が終わった高耶さんが兵頭と一緒に店を出てきた。楽しそうに笑いながらだ。

「おまたせ!」
「はい。お疲れ様でした」

相変わらず兵頭は高耶さんの隣りに立ったまま。もしかして、兵頭も連れていけと言い出すのではないのか?

「じゃ、行こうか。またな、兵頭」

良かった!そりゃそうですよね!私とのデートに邪魔者はいりませんよね!

兵頭は少しだけ悔しそうな顔をしたが、そんなものは無視だ。

「食べたいものは決まりましたか?」
「うん、ラーメン食いたい!明治通りにうまいラーメン屋あるって聞いたからさ、そこにしようぜ」
「いいですよ」

一瞬、高耶さんの腕が私の方に伸びてきた。このしぐさは私と腕を組もうとする時に出るものだが。
ふと気が付いて腕を引っ込める。そしてまだいる兵頭を振り返る。

「うっかりしてた」
「行きましょう」

可愛い人だ。もっと正直に生きることができたら、高耶さんという人は万民から愛される存在になるんだろう。

 

 

今夜は高耶さんのアパートにご招待されたかったのだが、最近バイトばかりしていて部屋を片付けていないからダメだと断られた。
しかし今日はマンションまでお泊りしに来てくれるらしい。
一度アパートに戻って、荷物を取ってからマンションに来る。ちょっとだけでもお邪魔したかったのだが、本当に足の踏み場もないほどだそうだ。

「なんでそんなに来たがるんだよ?」
「あなたの部屋が好きなんです」

高耶さんの部屋の雰囲気も、高耶さんといる部屋の空気も、もちろんあの部屋でのエッチも。

「あ、もしかして……浮気チェックとか言い出すんだじゃないだろうな…?」
「まさか!」
「いいよ。好きなだけチェックしろっつーの」
「そうじゃありませんてば」

高耶さんが浮気などしないのは本人よりもこの私がよくわかっているのに。
しかしなんだ。せっかくだからお邪魔させていただこう。

 

 

高耶さんの部屋は、本当に散らかっていた。足の踏み場もないとはまさにこのことだろう。
あちこちに画材だの画用紙だのが撒き散らされている。コンクールに専念していた間の課題を複数こなしているからだそうだ。

「どうだ?浮気してるよーなモノは見つかったか?」
「見つけるどころじゃありませんね……凄まじい散らかりようで……」
「だろ?」

そんな中で荷物を用意してリュックに詰め、着替えも少しだけショップの袋に入れていた。

「そーだ。携帯の充電器も持ってかなきゃ」

散らかった床に埋まった充電器を探し出し、部屋に鍵をかけて出た。
私のキーホルダーにもこの部屋の鍵が付いている。

「どうした、ニヤニヤして」
「今度は泊まりに来ていいですか?」
「いいけど」
「声、大きくならないように私も気をつけますから」

たぶんとてもいやらしい顔をしていたのだろう。脇腹をフックで殴られた。
………いいパンチです……素晴らしいリバーブローです……。

「せっかく今日はエッチ解禁しよーと思ってたのに。もうしばらくナシだからな!」
「ええ〜?!」
「反省しないなんて、サル以下だ!」

そう言う高耶さんは、じゃれているみたいで可愛い。私を非難しているようで、実はそうじゃないところが。

「直江?本当に痛かった?」

下を向いたまま黙っていた私を心配してか、覗き込むようにして見てきたから、アパートの廊下だというのを承知でキスをした。

「な!何しやがんだ!急に!」
「仕返しです」
「アホか!」

怒っているように見えて、そうじゃない。顔を赤くして、私から離れないでいてくれる。

「行くぞ!」
「あ、はい」

そしてあの仕草が出る。誰も見ていないから、腕を組む。

「マンション着いたら、ちゃんとチューしよ」
「はい!」
「そんでたくさん甘えさせろ。腹が膨れたから、次は直江で満腹すんだ」
「はい」

頼りがいのある青年に見える一面も高耶さんだが、こうして甘える高耶さんも本物で。
男らしい行動をするかと思えば、二人きりになれば子供のように可愛らしくもなり。
本当に魅力的な人だ。

マンションに着いてすぐ、玄関でキスされた。
私の服の袖を引っ張り、背伸びをして唇に軽いキスをする。笑いながら。花が綻ぶような笑顔。

「私の事、好きですか?」
「え?うん」
「どうして?」
「どうしてって……考えたことないけど、色々かな」
「全部教えてもらえますか?」
「う、ん……ちゃんと言えるかわかんねーけど」

ソファで並んで座って、高耶さんの腰に手を回す。引き寄せて耳元で囁いて欲しかった。

「言って」
「えーと……優しいから」
「全部ですよ」
「うーんと……あとは、かっこいいし、物知りだし、甘えさせてくれるし……大事にしてくれるし」

まだまだ聞きたい。

「アホだったり、バカだったり、かっこ悪かったり、情けなかったり、エロかったり、そーゆーとこも好き」

いや、それはちょっと複雑ですね……。

「でもな、やっぱり全部好き。ちゃんと真面目な話も、変な話もしてくれて、そうやって全部オレに曝け出してくれるじゃん?だから信頼っつーか、直江と一緒だったら何があっても大丈夫だって確信持てるから、安心していられる。ああ、もう。何言ってんだかな。だから!要は直江だから好きなんだよ」
「高耶さん……」
「もういい?満足した?」
「しました……」

そんな風に思ってくれていたなんて、嬉しくて涙が出そうになる。

「なあ、チューしてくれるんじゃねーの?」
「ええ。たくさんしましょうね」

どうして高耶さんを好きになったのか、と問われれば、私は陳腐な言い方しか出来ないだろう。

「私は、高耶さんが生まれてきたから、好きになりました」
「なんだ、それ……」

キスの合間に囁いて、彼を徐々に落としていく。

「あなたに会うために、生まれてきたんだと思ってます」
「ん……」
「あなたを愛するために」
「うん……オレも、直江に会いたかったんだと思う……」
「どんなあなたも、愛してます」

これから先にあなたが生きていく上で、私はいつもあなたに必要とされますか?
もしもあなたが今よりも頼りがいのある男になって「もういらない」と私を捨てたとしても、私にはあなたしかいない。
それを覚えていて欲しい。

「なおえ?」
「……はい」
「今日の、あの女の子たちに、嫉妬した?」
「しなかったと言えば嘘になりますね」
「じゃあしたんじゃん」
「しました」

高耶さんはイタズラを見咎められた子供を見るような目で私を見つめてこう言った。

「直江が嫉妬しなくなったら終わりだもんな。けどオレ、妬かれるの好きだよ。おまえがオレを好きだってことだから」
「……じゃあ毎日しますよ」
「バーカ」

頼りがいのあるあなたも好きです。
だけど、私に甘えてくれるあなたはもっと好きです。
必要とされている気がするから。

「いつまでもヤキモチやいてあげます」
「うん、ほどほどにな」

寄りかかって甘える高耶さんの髪を梳いて、私は私があなたのものであることを知った。
ただそれだけの幸せ。

END



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あとがき

そろそろ佳境に入りますが
よろしいでしょうか?
あと2話ぐらいしたら・・・かな。
直江に試練を与えます。
とても大きな試練です。