同じ世界で一緒に歩こう 37 |
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以前、長秀と綾子と来たことがあるのだが、はやり一緒に来る相手が違うとこれほどまでにいいムードだとは。 「へ〜、個室って案外落ち着くなあ」 向かい合わせで座っている高耶さんは足をエスニックな絨毯で覆われている床に投げ出している。 「高耶さんは何にしますか?お酒?」 この店ではビールが一番アルコール分は少ないのだが、ビールの苦味が好きではないからとカクテルにしていた。 「よっしゃ!食うぞ!」 元気良くいただきますと言って、見ているこちらが楽しくなるほどたくさん食べ始めた。 「ところで」 そうだったのか?そんな風には見えなかったが。 「だからって浮気すんなよ」 高耶さんが冗談で言っているのはわかっていた。しかしそんなこと、冗談でも言って欲しくない。 「そんな時は来ません。じゃあ証明しましょうか?あなたしか好きにならないって公言してあげますよ。どのメディアがいいですか?雑誌?ブログ?」 その必死な表情にクスクス笑うと、仕返しの意地悪をしたのがわかったのかふて腐れてテーブルの下から蹴られた。 「ひどいですねえ。あなたの要望に応えようとしただけなのに」 ブログで公開もいいかもしれない。本気で。いつかやってやろう。ふっふっふ。 「さてと、帰りましょうか」 やっぱり考えてることは同じですね、高耶さん!! 「このエロオヤジ!!亜津子さんにそのデレデレしたツラ、見せてやりてえよ!」 店を出てタクシーを拾おうとしたらジャケットの裾を引っ張られて止められた。 「どうしました?」 道順なんか知らないのに、目印を決めてフラフラ歩くのが好きな高耶さん。 「なんなら歩いて家まで帰りますか?」 先に歩き出したのだけれど、道が三叉路に分かれていてどちらへ行けばいいのかがわからないらしく立ち止まった。 「直江」 確か坂を上がれば東京タワー方面に行くはずだ。そっちを指差そうかと思ったのだが、私はその隣りの道を指差した。 「こっち?」 少しだけ長く、あなたと歩きたい。隣りをのんびり、ゆっくり、月を眺めながら。 「直江と歩くの好きなんだ」 振り返って坂道を後ろ歩きしながら高耶さんが笑った。 「いつも歩調を合わせてくれるし、黙って歩いてても全然ラクチンだし、気が付くと同じものを眺めてるから」 楽しそうだ。嬉しそうだ。穏やかに空気が包んで、その中で私の気持ちが弾ける。 「知りませんでした。だけど、あなたが気付いててくれて良かった」 またさっきの、あの感覚を思い出した。甘くて優しい何かの味。確か、飲み物だったような。 前を向いて歩き出した高耶さんに追いついて、そっと背中に触れながら聞こえる程度の小声で言った。 「大好きです、高耶さん」 それから、何も話さず穏やかに、同じ月を見ながら、東京タワーまで。
思ったよりも時間をかけて歩いてしまったせいで、その夜は約束のキスをしていたら高耶さんが大欠伸をしてしまった。 「じゃあ、先に寝ててください。私も風呂に入ってきますから」 軽くキスをしてから浴室へ。明日は昼からの仕事だから長めに入った。高耶さんのおかげで長めに入る癖がついて健康にもいいのではないだろうか。 テレビをつけて海外のニュースを見て、さてそろそろ寝るか、と立ち上がった時に高耶さんが起きてきた。 「どうしたんですか?トイレ?」 寝ぼけているのか?ギュウっと抱きついて離れない。 「高耶さん、これじゃ歯磨きできませんから」 完璧に寝ぼけてるな……。さてどうしようか。 「わかりました。寝ましょう。ほらほら」 とにかくベッドで寝かせてから行動しよう。 「すぐ戻りますから」 返事が終わるか終わらないかのうちに眠ってしまった。やはり寝ぼけていたらしい。 「おやすみなさい、高耶さん」 抱き込んで眠った。穏やかな気持ちを与えてくれる高耶さんの甘い匂いを嗅ぎながら。 「う……んん……」 まあいい。今は高耶さんのすべてを包んで眠ろう。
それから数日後の日曜日、書斎から高耶さんが何かを引っ張り出してきた。 「これ見ていい?」 ファイルだった。写真を入れておくファイルだ。 「……どうしてこれを……?」 たぶん一枚か二枚はあるだろう。それを見つけてどうしようと言うのだろう?うーん、心配だ。 「あ、これ高校生のころの?直江はどれ?」 やはり昔の自分というのは恥ずかしいものだ。決して恥ずかしいことをしていたわけではないのに、どうしてこんなに恥に思うのか。 「いた。これだろ?」 こうなるって何ですか、こうなるって。何か異議でもあるんですか。 「んで……これかな?亜津子さん」 高耶さんが指差したのはまさに亜津子だった。可憐で清楚な花のような亜津子。 「ちょー可愛い……こりゃオレも惚れるな……たぶん」 ファイルを閉じて立ち上がった。 「紅茶でいいか?」 背伸びをして軽くキスをすると、呆然とした私を放ったらかしにして紅茶を淹れる準備を始めた。 「ミルクティーでいい?」 なんとなく不安な心持のまま戻り、ファイルを書斎に片付けて大人しく座ってまっていた。 「お待たせ」 気取らないマグカップになみなみと注がれたミルクティーを両手で持ってきてテーブルに置いた高耶さん。 「あれ?写真は?」 これだったのか。あなたが作り出す穏やかな空気に似ているのは。 「高耶さん」 大好きです。高耶さん。あなたも、あなたの作る優しい時間も。
END
あとがき 書いてるときにテレビで
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