同じ世界で一緒に歩こう 38 |
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夏休み真っ最中に高耶には最初の難関、就職試験が待っていた。 「筆記試験て何ですか?」 ニュースだけでは心もとないと思ったのか、高耶は直江のマンションにある古新聞を1週間分貰って帰ることにした。 「そんなことしなくても、ここに寝泊りすればいいじゃないですか」 ところがその翌日、高耶が泣きついてきた。 「やっぱここにしばらく住む!」 それは大人として基本的な知識です、と言いたかったが愛する人の機嫌を損ねてはいけないと思い飲み込んだ。 「直江に教えてもらうか、直江のパソコンで調べるかしようと思って……ダメ?」 そうして課題はアパートで、その後は直江のマンションに泊まって一般教養を覚える高耶だった。
「行ってきます!!」 直江の家から色鉛筆と筆記用具を持った高耶が勇ましく出かけて行った。今日が筆記試験だということだ。 会場は青山の大きなビルの中。多目的に使われる貸しスペースだが、講演会なども開かれるような大きな会場だ。 高耶の学校からここへ来ているのは5人。どの人間とも話したぐらいはあった。 「仰木、おまえデザイン画描くの遅いんだから今日は多少の手抜きしろよ?最低5枚は描けって言われるらしいぞ」 高耶のデザイン画は最低でも1枚30分かかる。それを5枚で1時間。 「な、なんとかなる!」 そして試験が始まった。 次がデザイン知識30分。 その次は作文60分。 その次はデザイン画60分。 「……終わった……」 怒涛のような3時間が過ぎた。 「仰木……どうだった?」 ちょうどランチタイムだったのでビジネスマンで混雑している店をさけ、原宿まで歩いて細い路地を入ったサンドイッチの店へ。 「仰木くんはどの部門希望なの?」 インナーウェア部門が3人。全員女子だ。高耶の他のもう一人の男子はカジュアルウェア部門だそうだ。 「150人の中から、デザイナー合計10人、プレス5人、パタンナー3人か……」 全員筆記は受かる自信があるらしい。高耶も同じように。 「自信ねえ〜」 話題を変えようと言って学校でのくだらない話が始まった。 「んじゃ帰るか」 全員で表参道まで出ると、向かいの表参道ヒルズで何やら人が集まっている。 「見に行こうか」 帰る女子を見送ってから歩道橋を渡ってヒルズの人だかりを見た。 「う……」 平日の昼間に撮影をしているのは今朝一緒に気合を入れて送り出してくれた直江だった。一蔵もいる。 「タチバナだ」 知り合いどころか恋人だ。 「そーいや表参道で撮影があるんだとか言ってたような……」 仕事中だからみつかっても声はかけられないと思うが、あの男のことだ。ちょっとでも隙があれば絶対に声をかけてくるに違いない。 「もう行こうぜ」 みっとない直江を大勢に見られるのを避けたくて友人を引っ張って行こうとするが、やはりそこはデザイン学校の生徒。新作の服の撮影なのだからできるだけ見ていたいらしい。 「モトハルの服だよな?」 直江と腕を組んでいる女のモデルは一流と呼ばれる日本人モデルだ。背が180センチ近くあるようで、直江と並んでいても決して低いとは思わせない。 「タチバナって外国人モデルと比べると背低いよな」 自分が背伸びしないとキスできないほど大きいのに? 「やっぱ外国人モデルって190とか平気であるからなあ。タチバナだってそんな大きい方じゃないらしいぜ」 直江の数年後を考えてみるが、やっぱりモデルを続けているようにしか思えない。 「そろそろ行くか」 ようやくその場を離れようと歩き出すと一蔵に見つかったようだ。声をかけられる。 「高耶くん、学校帰り?」 思い出したくないことを聞かれたものだ。早く退散したいと思っていたらフラッシュの光がやんだ。 「高耶さん!」 やっぱり見つかってしまったか。周りの視線が自分に注がれるのがわかった。 「どうでしたか、試験は?」 着替えのための時間なのか、女性のモデルはもういなくなっている。直江は着替えずに高耶のもとへやってきた。 「まずまずですって」 大人気なく一蔵に暴言を吐いた直江を責めたいが、人前でそんなことが出来るわけもなく。 「良かったですね。ええと、あと二時間程度で仕事が終わるんですが……」 ここで「オレは友達と遊ぶから」とでも言ってしまえば、あとでうるさく文句を言われるのを知っているので高耶が大人になって「待ってる」と答えた。 「じゃあ、終わったら電話します。このへんにいてくださいね」 ニッコリと笑顔を出されて高耶は諦めの溜息をつき、周りはうっとりした溜息をはく。 「高耶さんのお友達の皆さんですね。いつもお世話になってます」 行くぞ!と声を張り上げて、友人を連れてヒルズを出た。 「またあとで!高耶さん!」 恥も外聞もなく高耶さん高耶さんと言ってくる男に腹を立てながら、反面ちょっと嬉しくもなりながら2時間後の逢瀬まで友人をつき合わせて原宿を歩いた。
「おっせえ」 原宿表参道の歩道橋の上、カバンを肩からかけた高耶が憮然として待っていた。 「2時間つったのに30分も遅刻だ」 一緒に撮影をしていたあの女性のことを指して言っているのだが、高耶からしてみれば直江も一流モデルだ。 「もういいよ。そんで?どこ連れてってくれんの?」 直江に連れて行かれたのは混雑している原宿の真ん中ではなく、青山の路地にある小さな喫茶店だった。 「ここ?」 男二人でもまったく違和感を感じさせない渋い内装の店内で、高耶はチーズケーキとダージリン、直江はウバを頼んだ。 「試験、どんな感じだったんです?」 まさか私の高耶さんに限って、と言おうとしたが、そんなことをこの場でいえるわけもない。 「印象よりも作品と真剣さだと思いますよ。高耶さんなら大丈夫です」 ずっと付き纏っていた不安が直江の笑顔と言葉で融けてしまったようだった。 「これ食ったら帰る」 きっと直江は鎮静剤のようなものなんだろう、と高耶は思った。
結局、その試験は受かったのだが、面接で落ちてしまった。緊張でほとんど喋れなかったせいだ。 「落ちた〜……」 名前を言われて直江も、ああ、そこですか、と答えるほど有名なところだった。 「ここも第一志望と同じぐらい行きたい会社なんだ」 可愛らしい恋人を腕の中に入れて、直江は世界で一番優しいキスをした。
END
あとがき 次の話への序章のような
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