同じ世界で一緒に歩こう 39 |
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高耶は焦っていた。 他の同級生は内定を貰ったりしているのに、自分はまだどこからも内定が来ない。 日々落ち込みが激しくなる高耶はひとりでアパートにいるのが心細いせいで、毎日のように直江のマンションで寝泊りしていた。 「また落ちた……」 今日はアパートに帰ってすぐに郵便物を見た。 「就職できなかったらどうしよう……」 こうなったらドレスメーカー以外の会社でもいいかな、と思って受けたのだがそちらもすでに3ヶ所落ちている。 「また明日、面接なんだ」 たぶんまた落ちるんだろうな。それでも数打ちゃ当たるというじゃないか。 「はー、がんばろっと」
そんな就職難の中、落ち込んでいる高耶に父親から電話が入った。 「マジ?マジで?」 松本か……と一瞬悩んだが、就職できずに奨学金を返せなかったり、美弥を大学へ通わせてやれないよりはマシだった。 「わかった、受ける!親父の名前言って面接の日にちを決めてもらえばいいんだな?」 翌日、学校の昼休み時間に電話をかけて父親の名前を言うと、相手の声がワントーン上がった。 『仰木さんの息子さんね?お話は聞いてますよ。面接でしょう?』 どうやら父親が先に連絡をしていたようだ。『息子が面接をしたいそうで』とかなんとか言ったらしい。 「あの、それで面接を受けさせていただきたいんですけど」 住所と面接時間を聞いて電話を切った。明日ということは今日しか準備の時間がない。 「おっと、スーツ着ていくんだった」 しばらく直江のマンションにいたので、面接用のスーツも直江の家だ。 「また面接ですか?」 直江が何気なく聞きながら、脱いだジャケットをベッドの上に置いた。 「松本」 何枚かあるワイシャツを選んでいたから、高耶の答え方は無意識だったとしか言いようがない。 「……松本?」 そこまで答えて高耶がハッとした。 「……受かったら、松本、ってことですよね?」 心持ち目を眇めて、直江が背中を向けてベッドに座った。視線が定まらない自覚をしながら、また高耶に問いかける。 「受かったら、松本に帰る。そういうことですよね?」 高耶の返事に直江の胸がグッと固まる。 「言いたくもありませんが……遠距離恋愛になるわけですか……」 直江が静かに怒っているのが伝わってくる空気の濃さ。 「あなたが選ぶ道を私はどうこう言うつもりはありませんでしたけど、今回ばかりは……。同居の約束だってしてるのに、どうして」 直江にとって高耶の卒業と就職がどれだけ待ち遠しいものか、高耶にもよくわかっている。 「だってオレ、奨学金で学校行ってるんだぞ?美弥だって来年は大学に行くつもりで受験勉強してる。あいつはオレと違って頭いいから国立入れて奨学金の世話にならなくてもいいけど、それでもやっぱり金はかかるし、美弥にはオレみたいなボロアパートなんかに住まわせたくないんだ。女の子なんだから。なんでもちゃんとしてやりたいんだよ」 直江の気持ちはわかってはいた。だが高耶がどれだけ就職難に失望しているか考えていない直江に怒りが湧いてくる。 「だから!今まで東京の会社を受けてきたんだろうが!それでも落ちまくって、もう目ぼしい就職先なんかなくなってきてるんだよ!わかってんだろ!ウチが貧乏でオレが就職しなかったら親父も美弥も苦労するってことが!」 それ以上、直江は何も言えなかった。 「とにかくオレは松本に面接に行く」 無言のまま痛そうな顔をしている直江を置いて、高耶はスーツを持ってアパートに戻った。
翌朝、高耶は予約をしていたあずさの指定席で松本に帰った。 「あの、面接を受けに参りました仰木です」 受付にいた若い女性は事務員なのだろうか、落ち着いたスーツを着ていた。 「お待ちしてました。どうぞ、そちらのテーブルに。すぐに社長が参りますから」 内線電話をかけると高耶がテーブルに着く前に社長らしき女性が出てきた。 「お待たせ、仰木くん。お父さんからいつもお話は伺ってます」 どうやら父親とも交流があるらしき女社長は、気さくでアクティブな女性らしい。 封筒に入れた履歴書に目を通している間に、高耶が作品を出す。作り直したドレスは綻びもなければ攣れもない。 「これが作品ね。こっちはビザンティン風なのね。丈は……膝丈。ずいぶん若者向けのドレスね」 慌てて製図ケースからデザイン画のファイルを出した。今まで高耶が描いてきたデザイン画の中でも出来のいいものばかりが入っている。 「……あら、キレイね。ここまでキレイに描く人なんて少ないのよね。うちみたいなオーダーメイドの店はデザイン画を多く描くよりも、お客様のリクエストに添ったディテールのデザイン画をいくつかわかりやすく描く方が重要になってくるでしょう?いいわね、あなたの絵」 パラパラとファイルのページがめくられていく。 「……素材感が……すごいわね、仰木くん。このデザイン画って、このドレスよね?ソックリじゃないの」 持ってきたドレスのデザイン画を見た社長が驚愕しながら作品とデザイン画を見比べている。 「写真を撮らせてもらっていいかしら?他にも何人か面接してるから、覚えておくのが大変なの」 気取らない女性で好感が持てる。年齢は高耶の父親と変わらないらしいが、仕事が仕事なだけに若く見えるし何よりも無邪気で、今まで受けてきた会社の面接官やデザイナーとはまったく違った。 写真を取り終えた社長は高耶が作品を片付けるのを手伝ってくれた。それから店内を案内され、裏方の縫製場所やデザインルーム、完成品のドレスが並んだ部屋を見せてもらった。 「結果は後日、そうね、まだ他にも面接の希望があるから1ヶ月先になるけど、いいかしら?」 帰る道で浮き足立つ自分がいる。あの店で働きたい。 実家で一泊して帰る予定だったので、店が見えなくなる曲がり角まで歩くとタクシーを拾った。
実家で食べた夕飯の時間に、高耶は今日の面接であったことを美弥と父親に話した。 「そうか、気に入ったか」 しかし美弥だけは浮かない顔をしている。どうしたのか高耶が聞いてみたが、生返事しか返って来ない。 「お兄ちゃん、松本の会社なんかでいいの?」 美弥は直江と高耶が付き合っていることを知っているが、それを高耶は知らない。 「……そりゃ、遠距離にはなるけど、別れるわけじゃないんだし」 それだけ言って美弥は部屋から出て行った。 「……メール、してみるか……」 ところが何時間経とうが直江からの返事はなかった。そうとう怒っているとしか思えない。 「わざとか……怒ってんだろうな……」 その夜、就職と恋愛の間で高耶は不安に揺れるしかなかった。
その頃、直江は目の前にある携帯電話を見つめながら、苦悶を噛み締めていた。 しかしもう2年も前から高耶との同居を楽しみにして、そのために自分も相当なガマンを重ねてきた。 それなのに、大切にしてきた高耶が自分から離れて松本で仕事をすると言う。 思い返せばここ1年はそうだった。 2時間前に携帯電話にメールが届いた。高耶から届くと画面に数秒間、高耶の写真が出る。 「自信なんかありませんよ……」 歯の根が合わなくてガチガチと音を立てる。 「きっと、捨てられる……」 酒を飲んでいたせいもあっただろう。仰のいて手で目を隠す。その隙間から涙がこぼれた。
ツヅク
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ああ!石を投げないで!痛いから! |
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