同じ世界で一緒に歩こう 41 |
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千秋から電話がかかってきたのはあの日から数日経ってから。 「へ〜……」 トイレから出てきた千秋が高耶を見下すようにしてつぶやいた。 「旦那の歯ブラシ、まだあるんだ?」 勢い良く立ち上がってユニットバスに入り、直江の歯ブラシと香水のビンをゴミ袋に入れた。 「マジで聞くけど、おまえはどうなんだ?まだあいつのこと好きなのか?」 嫌いになって別れたわけではない。これ以上は付き合えない、そういう意味で別れたのだ。 「直江、な。今入ってるスケジュールが終わったら、モデルやめて不動産屋になるんだと。兄貴の会社で」 千秋はこれを伝えに高耶を誘ったらしい。珍しく真剣に話している。 「もうモデルに未練はないんだってさ。あとは定年まで働ける会社に入って、適当に結婚して、普通に人生を終わらせるんだって〜。つまんねえんだよな、ライバル減って」 そんなことを言われても、高耶にはどうしようもない。引き止めるつもりもない。責任だってない。 「でもあいつ、この前、女と歩いてた。だからじゃないのか?」 それを聞いて千秋はあの時の女かと思い出す。あれを高耶が目撃してしまったのなら更に関係が悪くなる。 「付き合ってるかどうかは知らないけど、たぶん本気じゃねえよ。いや、絶対本気じゃねえな」 別れたいきさつは先日直江を問い詰めて聞いたばかりだった。 しかし綾子から聞いた話では高耶のこの部屋に直江がやってきたのだと言う。 「でもさ、直江、ここに来たんだろ?」 俯く高耶の肩が少しだけピクリと動いた。 「オレ……じゃない。兵頭が追い返した……」 直江から聞かされたことがある。高耶の同級生で兵頭という男がいて、そいつが高耶のことを好きで手出しされそうで腹が立つ、と。 「ここに兵頭ってやつを呼んだのか?」 この部屋にやってきた兵頭。それを見た直江が考えることはひとつだ。 「おまえの新しい彼氏だって思い込んだわけか」 そう聞かれて高耶が口ごもる。何かあったのだと言っているも同然だ。 「……抱かれた」 それを聞いて千秋が脱力する。てっきり『抱かれた=やった』と思い込んでしまった。 「紛らわしいこと言うな!」 千秋がどう考えてしまったのかを想像して高耶の顔が赤くなる。そういう意味じゃないんだと発言を取り消した。 「その時は、オレが笑いながら泣いたから、兵頭も同情でそうしたんだと思う。このまま兵頭と付き合ったらいいかもってちょっと思ったんだけど、やっぱダメなんだよな。泣いて混乱してたから平気だっただけで、今になって考えると直江じゃないやつにあんなことされたって嬉しくも何ともない。てゆーか、キモイ」 もしもこの場に直江がいたらどれほど喜んだことだろうと千秋は思う。しかし直江はここにいないどころか毎日泣き暮らしているのだ。 「えーと、俺の意見としてはだな……おまえが松本で就職するってのには反対じゃない。直江と遠距離になっても付き合えばいいと思う。だから、おまえが直江をどうにかしろ」 強い口調で責められて高耶が身を引いた。引けばその分迫ってくる。 「あいつは無意識にここに来たんだってな。おまえに会いたくてガマンできなくて来たってことぐらい、おまえにもわかるだろ。やり直したいって思ってるんだって、俺ですらわかるぜ。だから話に来たのに、なんで追い返すんだよ。兵頭なんかシカトして話しゃ良かったじゃねえか」 いつまでもウジウジしている高耶にも直江にも腹が立って来た。 「だってじゃねえ!好きなんだろう!どっちもダメになる別れ方するぐらいなら、とことん話して嫌いになってから別れろ!その方が直江だっておまえだっていくらか覇気を取り戻すんだろうが!」 直江が日々やつれていくさまを見るに耐えかねた。 「いいんだな!直江がモデルやめたっていいんだな!俺がそう言ってきてやるよ、今すぐ!!」 初めて会った時、直江が言っていた。 「……ちゃんと話せよ……そう言ってやれよ。あいつな、ケータイ壊しておまえに連絡したくても出来ないんだ。おまえの電話番号、手帳にメモってなかったらしいぜ」 高耶はテーブルにあった携帯を握り締めた。 「マジで大丈夫だから。ゴチャゴチャ言ったら俺が替わる。してみな」 ひどく優しい千秋の声に気持ちを解されて小さなボタンを数回押した。画面に直江の文字が浮かぶ。 『はい?』 誰からかかっているのかわからない声だった。携帯を壊したのだから、現在登録されている人間以外は番号でしか表示されていないのだろう。 『どちらさまですか?』 なかなか声がしないのを不審に思ったのか重ねて聞いてくる。 『……高耶さんですね……』 どうしてわかったのだろうか。息遣いか、気配か。 『どうしたんですか……?』 優しいけれど、怯えたような声だった。こんな直江の声を聞いてばかりだったような気がする。 「モデルやめるな!」 思い切って声を出したら、こんな言葉しか出なかった。 「オレがいなくってもモデル続けろよ!自分で選んだんだろ!モデルやりたいんだろ!」 直江の声が泣き声に変わった。高耶が返事も出来ないほど、電話の向こうで大きな声で泣いている。 「な?」 千秋がニヤっと笑って高耶を見た。直江の声があまりにも大きかったらしく、千秋にまで聞こえていたようだ。 「どこにいるのか聞いて、行ってやれ。そんで『おまえはひとりじゃ何もできねーんだな』つって足蹴にして、おまえのワガママたくさん言ってみろ。あいつ、全部はいはいって聞くぜ」 しゃくりあげながら直江が答える。 「事務所……?の、どこ?」 答えがないということは、周りに何人かいたということだろうか。 「……マンションに戻ったら、電話しろ。行くから」 呆れるというか、あ〜あ、という顔で千秋が通話を切った高耶を見た。 「事務所で大泣きしやがったんだ?あの旦那は」 高耶の笑顔が泣き出しそうだった。しかしさきほどまでとは違って幸せそうに目を潤ませている。 「もう離すなよ」 千秋には似つかわしくない貧相なドアを開けて出て行った。
ツヅク
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ソッコーで解決に向かってしまった気が・・・ |
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