同じ世界で一緒に歩こう

42

愛情表現

その1

 
         
   

「はい、仰木……ええええ!マジで?!ちょっと待……!書くもの!直江!メモ帳!!」
「え?!ああ、はい!」

どこからかはわからないが、キスを邪魔した憎い電話。しかしどうやら学校からの大事な話らしい。
高耶さんに手近にあったメモ用紙を渡すと、たどたどしくメモを取り始めた。

「わかった。ここに電話して面接の日を決めてもらえばいいんだな?何て言えばいいわけ?あ、そうなんだ。今すぐしてみる」

携帯の通話を終わらせて、高耶さんはメモ用紙を見ながらちょっとだけ唸った。その顔も可愛らしい……。

「どうしたんですか?」
「いやその、面接をしたいって言ってくれてる会社があってさ……」

なんと!やはり高耶さんの実力をわかってくれる会社があったのだ!その会社の発展はこの私が保証するぞ!!

「良かったじゃないですか!」
「……まさかとは思うけど、直江が根回ししたわけじゃないよな?」
「はい?なんのことですか?」

私にはまったく心当たりがない。高耶さんは私のコネを使いたくないと言っていたので、そんなことは一切していないのだからなくて当たり前だ。

「そっか……なら良かった」
「詳しく教えてくださいよ」

電話の内容はこうだった。
とある企業から学校へ電話が入った。それは高耶さんに我が社の面接に来てもらえないかという打診だったそうだ。
就職試験の多い時期から少し出遅れてしまったが、その企業は欲しい人材を数ヶ月前に決めていて、その中に高耶さんの名前もあったそうなのだ。

なぜそんなことになったかというと、あのコンクールだ。
他のコンクールに応募した人間も含め、企業が選んだ人材からさらに面接でフォーマル部門の新入社員を決めたいそうだ。
高耶さんのドレスは入選で終わってしまったが、デザイナーの目に留まったということになる。

「それでどこの会社なんですか?その見る目のあるナイスな会社は」
「モトハル」
「……え?!」

モトハルだと?!どうしていったいどんなわけでモトハルが?!

「あそこはフォーマル部門はありませんよ?」
「再来年からできるんだって。その立ち上げからのデザイナーの面接なんだって。そーいや正月にそんな噂聞いたなぁ」

まったく知らなかった。当たり前だが企業秘密というやつなのだろう。

「じゃあ受かれば高耶さんは東京に残るってことですね……?」
「そーなるな」

いいぞ、モトハル!!よくぞ高耶さんに目をつけた!さすが私のクライアントなだけある!!

しかしモトハルは仕事に私情を挟むような男ではない。いくら面接で高耶さんが知った顔だからと言っても優先してくれるはずがない。
さらに難しいのはモトハルには本当に優秀なデザイナーしか入れない、ということだ。

いや、高耶さんが優秀ではないとは言わないが、今のところ学校での成績は中の上あたりだろう。
他の学校の生徒や、今は就職浪人している人材を集めて面接を行うのだから難しいに違いはない。
これはやはり……。

「コネなんか使うなよ……?」
「……はい」

見破られたか。

「今から面接の日取りを決める電話入れるから、おまえはとにかく黙っててくれよ」
「わかりました」

そして高耶さんは指示された電話番号をプッシュして面接の日を決めていた。

 

 

翌日、ファッションショーのために日帰りで京都へ行った。
朝イチで高耶さんのアパートを出て東京駅で一蔵と待ちあわせる。もちろん行きがけに高耶さんに熱烈なキスをお見舞いして夜10時にはアパートに戻ります、と言って出た。

高耶さんは時間ギリギリまで寂しがりの子ウサギちゃんのように私の胸に鼻を擦り付けて甘えていた。
さすがにあんなひどいことがあったのだから甘ったれも倍増になっている今日この頃。
こんな高耶さんを置いて京都まで行かねばならないこの私の悔しさは、言葉だろうが絵だろうが音だろうが表現できないほどのものだった。

後ろ髪を引かれながらアパートを出て東京駅へ。待ち合わせの改札にはすでに一蔵がいた。
私を見てホッと胸を撫で下ろした。

「なんだ?遅刻はしてないはずだが」
「いえ、その……」
「ハッキリ言え。気持ちが悪い」
「あ〜、その、バックレられたらどうしようって思って……」

一蔵が言うと「まったく最近の若者は」と思うような言葉「バックレ」。
しかし高耶さんが言うと可愛らしい言葉になる。一緒に使ってもいいほどの言葉「バックレ」。

「どうして俺がそんな真似をすると思うんだ。マネージャーだろう?モデルを信じろ」
「でも……」

改札を抜けながら一蔵がチラチラと私の顔色を伺う。いったいどうしてこんなおかしな態度を取るんだ。

「言え」
「……タチバナさんがモデル辞めるって噂が内部であって……」

しまった。墓穴を掘ってしまった。
あの日、高耶さんからの電話で泣きながらモデルを辞めるだの辞めないだの言いながら復縁を迫ったのを、事務所内で数人が聞いていた。
その場で高耶さんとの関係も、モデルを辞める話も口止めはしたが、それでも漏れてしまったのか。
幸い、一蔵は高耶さんとの関係をまだ知らないようだが。

「そんなものはただの噂だ。辞めるわけないだろう」
「そうですよね!辞めませんよね!」

安心したのかいつもの調子に戻った一蔵。ゲンキンなものだが、それでもここにもう一人、私にモデルを続けて欲しいと思っている人間がいる。
まだまだ辞めるわけにはいかないようだ。

「じゃ、タチバナさん、これサンドイッチです。朝食まだですよね?」
「ああ、済まんな」

一蔵の家の近所にある人気のパン屋の紙袋を渡され、私はグリーン車、一蔵は普通車に乗って京都へ向かった。

ショーが催されるホテルの会場でリハーサルをし、休憩時間に控え室で文庫本を読んでいると携帯電話が鳴った。
以前の携帯は壊してしまったので登録データがほぼ入っていない。そのため今回も電話番号のみが表示された。

「はい」
「直江か?モトハルだが」
「ああ、久しぶりだな」

なんとも都合のいい時にモトハルから電話がかかってきた。
高耶さんの面接のことで探りを入れようと口を開きかけたとき、モトハルが先に真剣な声で聞いてきた。

「おまえ、モデル辞めるって本当か?」
「……どうして……」
「この前、鮎川さんと二人で飲んだんだ。おまえはうちの看板モデルだからな。契約に響かないようにって鮎川さんの配慮で教えてもらったんだ」
「ああ、それで……。その話は流れた。まだまだ、出来る限りは続けることにした」

いつか高耶さんと一緒に仕事ができるように。なるべく長く。

「は〜、安心した。おまえがいなくなったら誰がうちのカタログを飾るのかと焦ったよ。おまえの代わりなんかいないからな」

ここにも一人いた。

「それは済まなかった」
「いや、いいんだ。続けてくれるのなら問題はない。だが気をつけろよ。おかしな噂が立ってるそうだ」
「おかしな噂?」

まさか高耶さんとの関係が……?

「名前は忘れたが最近テレビや雑誌で売れてるタレントの女がいるだろう?一応ファッションモデルという触れ込みの」
「あ、ああ」

高耶さんとけやき坂で出くわした時に連れていたあの女か。
こちらとしては付き合っているつもりはなかったが、血迷って口説いてしまったのだから向こうはその気でいた。
高耶さんと遭遇してから上の空であの女と食事をして、期待した目を向けられていたが紳士を装って何もせずに帰した。
あの後で家に帰ってから高耶さんのアパートにフラフラと向かったんだっけな。
思い出したくもない。

「モデルを引退するのはその女と結婚して実家の稼業を継ぐんじゃないか、という噂だ」
「……まさか。彼女とは二回ほど食事へ行っただけで、結婚なんて有り得ない」
「じゃあやっぱり指輪のカミさんと結婚するのか?」
「指輪の……って、ああ、まあ、そうなる予定ではあるが」

その鍵を握っているのはまさにおまえだ、モトハル!

「おかしな噂には気をつけろよ。向こうの女は破竹の勢いで売れてるんだ。写真なんか撮られたらカミさんに誤解されるぞ」

とっくに誤解されていたと言いたいところだが、余計な話はしない方がいいだろう。

「じゃあまたな」
「あ、ちょっと待ってくれ」

切ろうとしたモトハルを制止して、肝心な話をした。少し探りを入れるぐらいなら高耶さんも怒らないだろう。

「ところでモトハル、今度新部門を創設するそうだな」
「どうして直江が知ってるんだ?!」

一応企業秘密のようなので、他のモデルやスタッフに聞こえないように部屋の隅でヒソヒソと話した。

「どうしてもこうしても、その立ち上げのデザイナーの新卒面接に高耶さんをスカウトしただろう」
「……高耶って……あのおまえの付き人のバイトをしてた……?」
「そうだ」
「……そうか……あの子だったのか、仰木って子は」

モトハルはまったくわからなかったらしい。
面接スカウトをした生徒たちは学校名と名前とコンクールの時の作品だけしか知らないと言う。

「だからって優先はできないからな。それはおまえもわかってるだろう?」
「もちろんだ。あの人の実力なら受かるだろうと信じているからな」
「遠まわしなプレッシャーをかけるな」

そうは言うがやはりモトハルは企業の社長で、一流のデザイナーだ。
私からのプレッシャーなどないも同然だろう。

「まあ高耶さんの服を見て驚くのはおまえのほうだろうな。面接を楽しみにしててくれ」
「わかった。ぜひいいプレゼンをしてくれと伝えておいてくれよ」

微妙な駆け引きをしてモトハルは通話を切った。この話は高耶さんには黙っていたほうがいいだろう。
私は面接結果をじっと待つだけだ。受かりますようにと祈りながら。


 

 

ツヅク


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